サイコー君のくま父さん

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『神の子』 その11

  3 告白

 久しぶりの再会。もう十六年ぶりになるだろうか。モニター室に千依が飛び込んできた。
「お兄ちゃんっ!」
「千依……」
 今、俺は千依に触れている。この感覚、匂い、千依の呼吸音、心臓の鼓動……それらがすべて生きていることの証明だった。千依はずっと俺の胸に顔を埋めて動こうとしない。
 なにを言ったらいいのだろう。話したいことはたくさんあったはずだ。でも実際にこうやって対面するとほとんど忘れてしまう。言葉ではなく顔で、心で、体で会話をした。
 久しく忘れていた安堵の気持ち。こうして無事に戻れただけでいい。もうなにもいらない。願うのは平凡な生活。今の地位や名誉、資産を投げうってでもいい。
 千依が顔を上げ、俺と目が合う。そしてゆっくりと視線を俺の腕……そして足に移した。千依の表情が一瞬で変わる。
「お兄ちゃん……どうして? ……どうしてぇ?」
「なにか言いたいことがあったらなんでも言ってくれ」
「その腕……それに足も」
 ふと考える。千依が霊体になっているときに俺の体のことは見ていたのでは?
 おそらく幽体のときは戦闘以外に意識が向いていなかったのだろう。いや、そもそも意識などなかったのだろうか。
「俺のことは気にするな。……でもお前、小学生のときのまんまの姿だな。俺を見てみろよ。もう中年の仲間入りだ。髭だって毎日剃ってるし、髪も薄くなった」
「お兄ちゃん……」
「お前こそいろいろ大変だったな。謝るよ。俺があのときしっかりしていたら……」
「それを言うならわたしもそうだよ。ね、その話はもうやめない?」
「そうだ。これから新しい人生を送るんだ」
 千依は変わっていなかった。あのときの無邪気な千依だ。今では兄妹というより年齢差からして親子だな。おかしな話だ。
 ……後ろに視線が。千依に会いたがっていたのは俺だけではない。俺のすぐ後ろには父がいた。
 父は体を小刻みに震わせていた。ずっと千依の顔を見ている。俺が父の涙を見るのは初めてかもしれない。
「千依、覚えているか? 父さんの顔。ずっとお前に会いたがっていたんだぞ」
「お父さん? お父さんなの?」
 今の父に厳しい表情などなく、娘を思う本来の父の姿だった。両手を広げているのは千依を守ろうとする気持ちからだ。まるで大きな割れ物でも扱うかのように丁寧に、ゆっくりした動作だった。
「そうだ……お前たち二人には迷惑をかけた。わたしが仕事で海外などに行っていなければ。あのとき幼いお前たちを残してしまったことを心から後悔している。許してくれないか? またお前を娘と呼びたい」
「わっ、もう……えへへ」
 父が千依を強く抱きしめた。……ふふっ、俺とは逆だな。
 俺と父はまた千依に会えることができた。奇跡だ。こんな幸せがまたやってくるなんて。この感謝の気持ちを誰に伝えたらいい? ……関わった人間すべてだな。
「――そうだ、母さんにも会おう。きっと喜ぶ。母さんの体調もよくなるはずだ」
「お母さん、体調悪いの?」
「ショックでな、ずっと前から寝込んでいる。お前をあんな形で死なせてしまったんだ。お前はまだ小学生だったろう?」
「だったらこれからは楽しいことを考えなくちゃ! わたし、お母さんに会いたいよ。善は急げ! 今から行かない? 病院にいるの?」
「あぁ、病院さ。まずは電話で連絡するか。こんな奇跡が起こるなんて……父さんは緊張と驚きの連続で腰が抜けたよ。ハハハッ!」
「ふふ、よかった。お父さん全然変わってない。わたしの知ってるお父さんだ!」
 千依も嬉しそうだ。……そうだ、茜さん。茜さんとマーラは?
 部屋の中を見渡すと茜さんとマーラもモニター室にいる。
「ここは……どこなの?」
「お母さん、ここはモニター室です。全部あいつをやっつけるための研究所。皆さん必死の思いでここまでやってきました。 わたしも、プロフェッサーも……」
「プロ……それってもしかして広造君のこと?」
「広造? ……はい、そうです。プロフェッサーの名前は宮崎広造さんでしたよね」
 俺は二人の話を横で聞いていた。茜さんは今の世界に慣れることができるだろうか。マーラのことを自分の娘として見ることはできるのか。
「あっ、プロフェッサー。……本当、よかったですね」
「いい雰囲気だったから、つい見とれてしまったよ。本当に親子なんだなって……」
 二人は互いに微笑みあっている。そこに親子の繋がりがあると俺は感じた。……俺の取り越し苦労か。この二人なら大丈夫だろう。もしなにかあっても俺は全力でサポートするつもりだ。
「それにしても今まで本当によくがんばったな、マーラ。偉いぞ」
「え……いやぁ、あはは。プロフェッサーがそういうふうにわたしのことを褒めてくれるなんて初めて……かも?」
 俺の表情が緩んでいたせいもあってか、マーラの表情も穏やかだった。俺も彼女のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。これからは新しい発見の連続になるだろう。
「広造君。プロフェッサーってことは大学の教授になったの?」
 そう言ったのは茜さんだ。……あ、あれ? なんだ、顔を合わすのをためらってしまう。
 茜さんの火傷の痕はなくなっていた。きれいな顔に戻っている。改めて見るとこういう顔していたんだ。
「……そうだよ。茜さん、本当によかった」
「すっかり大人っぽくなったね。ついこないだまでわたしがお姉さんだったのに。広造君、勉強がんばったんだね」
「……絶対、千依や茜さんの仇をとってやろうと思ったんだ。それには生物や工学、化学や物理の知識なんかが必要だったからね。教授になったこと自体は別になんとも思ってないんだ。諦めないでよかったと思っている」
「広造君……」
「しばらくは体を休ませていなよ。今まで死んでいたんだからすぐに動こうとしても体に負担だろ? ここにいてもいいし、入院してもいい。費用のことならなにも心配しないで。もちろん退院後についても。お金だったらたくさんあるから」
「――プロフェッサー。なんだかずいぶん若返ったみたいですね」とマーラが言う。
 思ってもみなかった再会だ。嬉しいに決まってる。
 俺が高校生のときは茜さんの魅力に気づくことはなかった。近所のきれいなお姉さんぐらいにしか思っていなかった。今の年齢になってようやく彼女を一人の女性として見ることができる。
 茜さんは美人で頭もいいし、これからのこともなんとかやっていけるだろう。
 そういう意味では千依のほうが問題だな。見た目は完全な小学生だから。また小学校に入学させるか?
 戸籍やその他の問題は父がうまいこと処理してくれるだろう。
 日本において戸籍制度は、国民一人一人を出生関係により登録する制度だ。
 戸籍簿には、氏名生年月日などの基本情報と、結婚などの事跡が記載されている。これは日本国籍を有する者の身分関係を証明する唯一無二の公的証書となる。
 でも二十六歳の小学生か……変な感じだな。でもこんな些細なことなんて悩みのうちに入らない。
「――あ! ちょっと待って!」
 茜さんがなにかを思い出したように声を上げた。
「どうしたの、茜さん?」
「……わたしの両親は?」
「二人とも生きているよ。茜さんが亡くなったとき、二人はとても悲しんでいた」
 俺はマーラをチラリと見た。
 茜さんの両親はマーラが神の子であると知って育てることを放棄した。マーラは研究所の人たちの手によって育てられたようなものだ。
 つまり茜さんの両親にマーラを会わせることはお互いにとって気まずい。神の存在がなくなったとはいえ、どうしたらいいのだろう。
 一番いいのは茜さんのご両親がマーラを受け入れることだ。でもそれは並大抵のことではない。
「広造君、ありがとう……わたしたちきっとうまくいくから心配しないで。とりあえずマーラと二人で暮らそうと思うの。マーラは学校に行くんでしょ?」
 マーラはハッとして俺を見る。こいつにも当然新しい人生がスタートする。なにもかも俺ががんじがらめにしてきた生活だ。もう誰かと闘う必要もない。これからは自由に生きてほしい。今さら俺がこんなことを言うのも変だけどな。願うはマーラの幸せだ。
「そうだ。これからは自分のやりたいことをやったらいい。もう戦闘訓練なんてする必要はない」
 マーラがわずかに下を向き、口元を緩ませる。
「――ところで」
 マーラが今まで見せなかった子ども特有の人を小馬鹿にするような態度で言った。
「プロフェッサーってもしかして、わたしのお母さんのことが好きなんじゃないですか?」
 このタイミングでそれを言うか……。もうだいぶ俺に気を許しているな。周りには父も他の研究スタッフもいるんだぞ。そんな状況で言えるわけないだろ。
「……こら。マーラ」
「こら、じゃないですよ。もしかして柄にもなく照れてるんですか?」
「今言うことじゃないだろ。……いや、それよりお前こそどうなんだ? 世間的に女の子が十六歳といったら恋に夢中になっている年頃だ。俺なんかより自分のことを考えなさい」
「もちろんわたしもこれからですよ。……答えて下さい。別に興味本位で聞いているんじゃありません。プロフェッサーの気持ちをお母さんにちゃんと伝えておかないと……二人ともかわいそうです。プロフェッサーはもう三十を超えているんですから」
 この質問の答えが出てこない。俺にとっては難問だった。できれば無回答……なんてのは無理かな。
「どうしたんですか? 固まっていますよ?」
「それは……だな」
「――わたしもそれ聞きたかったんだよねー!」
 千依も話に参加する。もう逃げられる状態ではなさそうだ。
 さらには父さんや他の研究者たちも俺の答えを待っていた。こいつら……。
 正直、俺は彼女を意識している。茜さんのことを嫌いに思うわけないじゃないか。でもいきなりすぎてよくわからないのが本音だ。生き返るなんて思ってもみなかった。こんな幸せが来るなんて思わなかった。
 俺は何人もの人間を殺めてしまった。そんな男が目的を果たしたあとも、のうのうと生きていていいのだろうか。……でもこれ以上まだ望んでいいのなら、俺は茜さんを好きでいたい。
「正直な気持ちだ……好きだ。茜さんは魅力的だ」
 互いに目を逸らした。……俺は今どんな顔をしているのだろう?
 この歳になってまさかこんなに照れるとは思わなかった。これだと千依やマーラのことを子どもなんて言えないな。
「広造君……わたし嬉しい」
「えっ?」
「両思いって素敵だね」
 思考が止まってしまう。そんなとき、マーラが涙を流していたのを俺ははっきりと見た。
 マーラは後ろを向いて、その顔を誰からも見られないようにしたのだが……その涙は意味はなんだ? そして彼女は小さく言った。
「おめでとう、プロフェッサー」
「……大丈夫か、マーラ?」
「えぇ、全然。これは感動の涙です。よかったじゃないですか、両思いで。ホントに素敵ですよ。二人とも今まで辛いことばっかりだったんですから。お二人の人生もこれからですよ」
「……そうだな。お前もいずれいい相手に巡り会えたらいいな」
「プロフェッサーなんかよりずっといい人を見つけますよ! ……って、そんな人いるのかな? いるわけないよね。いるわけない。いないよ。いない。絶対そんな人いない。いない、いないんだ……」
「マーラ? どうした……」
「いるんですか? プロフェッサーよりいい人って」
 その顔は真剣なもので冗談を言っているようには聞こえなかった。そこにいた誰もが彼女を不思議そうに見てしまう。
 どうしたのだろう。マーラが少しおかしくなった。