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サイコー君のくま父さん

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『神の子』 その9

第三章 神との再会

  1 決行の日

 ……気づけばもう三十分も話していた。二人は食事を終え、そろそろ研究に戻ろうとしたところだ。
「俺はもう行くとする。明日もお前は会議に参加だ。忘れるな」
 遅刻した本人が言うのはいまいち説得力がないがな。
「あの、プロフェッサー……一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「訓練のこととは関係ないことなんですが」
 そんな話題はない。なにを話しても神や俺、お前の話になるだろう。食った料理がうまかったとか、まずかったとかそんなことを話すつもりか?
「……いいよ。話せ」
「では……プロフェッサーには好きな人がいないんですか?」
 まったくの予想外だ。こいつ、バカか? そんな素振り一度も見せたことがないだろう。正直、無視してここを離れたかったが、本当にこいつがそんなことで悩んでいるのだったらすぐに解消したほうがいい。神殺しの計画に集中させるためだ。
「そんな感情はとっくの昔に捨てた。千依やお前のお母さんは俺にとって大事な人だ。しかしもうこの世にはいない。俺は二人の死ぬところをこの目で見た。悲惨なものだったよ。申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あのとき助けられなかったことを一生悔やむだろう。そんな奴が人を好きになる? 少し考えればわかることだろう」
「すみません……」
「これでスッキリしたか?」
「は、はい。……では、わたしのことなんか好きでもなんでもないですよね?」
「そんな感情はない。さっき言ったはずだ。……しかしお前を必要としている。お前がいなければ神殺しなど夢のまた夢だ」
「……それ、ちょっぴり嬉しいです」
「嬉しい? 言い方の問題だ。お前は俺に利用されているといってもいい。お前に特別な力がなければ俺は興味を持つことはなかった。だから俺はお前に会ったときから嫌われることを前提にしている。嬉しい要素もどこにもないと思うが?」
「だって、プロフェッサーの傍にいる女の子ってわたしだけじゃないですか。神と闘っている間はわたしがプロフェッサーを独り占めしているんじゃないかなって……おかしいですよね」
「あぁ、おかしい。冷水を浴びて頭を冷やせ。明日もこんな調子だったら殴るぞ。今も限界だ。どうかしている」
「……すみません」
 本当になにが目的で聞いたのかわからない。俺をからかうような奴ではない。それにこの顔だ……まさか本当に俺の恋話でも聞きたかったのか?
 そういう年頃、か。妹と茜さんの話をしたのは迂闊だったな。元はと言えば俺の失態か。
 俺は妹一人守れなかったクズだ。こんな奴に好意を寄せるなど、自分で愚か者だと言っているようなものだ。マーラは男を知らなすぎる。今は知る必要もない。
 彼女はずっと下を向いていた。これ以上話すこともなかったので、俺は先に食堂を出た。

 会議と訓練の繰り返しで一週間は瞬く間に過ぎていった。今日が決行の日だ。すべてはこの日のためだった。ミスは決して許されない。
 朝八時。会議室に到着すると、そこにはすでに父とマーラがいた。
「……遅かったな」
「早いな、父さん。それにマーラも」
「今日が決行の日だ。覚悟はできているか?」
「もちろん」
「わかった。じゃあさっそく作戦に移ろう。まずはこちらが作成した動画を世界のテレビ局各局で流してもらう。動画の中にはここの研究所が映っている。神はきっとそれに気づくだろう。そしてこの研究所にやってくる。それが今日来るのか、明日になるか、それとも来ないか……。もし来ないなら別の作戦で神をおびき出そう。だが来るつもりでいることだ。そこまではいいな?」
 これで神が来るという確証はない。本当なら直接神のいる場所に行けたら一番いいのだが、それをする術がない。しかし可能性はあった。何度も映像を流すことで神をここに呼び出す。おそらくなんらかしらのアクションは起こすだろう。
「問題ない」
「よし、じゃあ今から一斉に流すぞ」
 世界のすべての放送局で、神の悪行の数々をCGにした動画が通信社、新聞社、官庁、企業、個人、関係なく一斉配信される。
「マーラ、緊張してないか?」
「はい。大丈夫です」
 マーラの表情は穏やかだった。今から神と闘うというのに。
 動画の内容は当時の俺が体験したことをそのまま映像化している。神が勝手に家に押し入ったこと。俺の鼻を殴ったこと。ビールを買いに行かせたこと、フクロウを食ったこと、警察官二人を殺したこと。
 召喚術についてもすべて映像にした。
 ハイエンド3DCGソフト――Autodesk・Mayaはアニメーション、3Dモデリング、ビジュアルエフェクト、3Dレンダリング、合成のための包括的なツールが含まれる。
 そのツールセットは膨大な数にのぼる。あらゆる3DCG製作が可能だ。
 神の顔は嫌でも忘れない。CGで作った神は俺の見た神と瓜二つだ。千依や茜さんのことも映像化していた。
 絶対に声が上がるはずだ。神を非難する声が。
 研究所のスタッフはすでに警戒している。わずかな反応も見逃さない。どこから神が来てもわかるだろう。
 ……だが神はすぐには現れない。
 早く来い。こっちは準備万端だ。神よ、お前はこの映像を流した俺たちを許さないだろう。このままだと、お前が煙たがっている天使にもバレるぞ。 そうなる前に俺たちを殺しに来ないか?
 俺たちは待った。神がこの研究所に来るのを。
 十分……三十分……。そして一時間がたった。
 長期戦になるな。交代で少し休んだほうがいい。他の研究スタッフも交代で休憩を取っていた。俺とマーラもこの後で休憩するつもりだ。

 ――この日、とうとう神は来なかった。
 夜の十一時半。もう少しで日付が変わる。今でも一時間に一回の間隔で例の映像を流していた。小さな子どもがいる家庭では教育上よくないことはわかっている。
 だが例外はない。どの家庭、どのケータイからでもテレビを観る限り、あの映像が流れるのだ。
 俺たちの疲労も顔に出ていた。
「そろそろ寝るか? 広造、マーラ。先に寝ていなさい。あいつが来たら起こすよ」
「父さんこそ先に寝ないのか?」
「わたしはもうしばらく起きているよ。寝ようにも寝付けそうにない。早くあいつを殺して母さんに報告したいもんだな」
「では先に休ませてもらうか。マーラ、お前も自分の部屋に戻るんだ。なにかあったときのために、すぐ出動できるようにはしておけ」
「はい。お休みなさい」
 母は千依が亡くなったショックでずっとふさぎ込んでいた。病院ではほとんど体を動かそうとはせず、千依の写真ばかり見ている。次第に体力がなくなり、かなりやせ細ってしまった。
 俺とマーラは各自の部屋に戻った。
 部屋でシャワーを浴び、二時間ほど仮眠を取ろうとする。ベッドに入るとすぐにそれは起きた。
『ウ~、ウ~、ウ~、ウ~!』
 サイレンの音。緊急用の呼び出し音だ。何かが起きた。神がこの研究所にやってきたのか?
 俺はすぐにモニター室に行く。
「――なにがあった?」
「宮崎プロフェッサー! 大変です! 異常現象が……!」
 異常現象だと? 研究員の大半がモニターを見ている。そのモニターは訓練室の監視カメラだった。
 そこには父が映っていた。父の傍には黒い渦ができている。
「これはなんだ?」
「わかりません! こんな現象、初めてです!」
「そこをのけぇっ!」
 研究員を突き飛ばしてモニターの前に座る。黒い渦からゆっくりと腕だけが現れた。
 この手、わずかに見覚えがある。短くて毛むくじゃらで太い腕……あいつだ。神だ。神が来たんだ。
 嬉しいぜ。神ぃ……!
 お前と会うのをずっと待ち焦がれていた。もしかしたら来ないんじゃないかと心配していたが、そんなのは不要だったな。マジで会いたかったぜ。再会できなかったら復讐もなにもない。お前が人間界に来るのなら俺は全財産、それに残されたこの右腕さえ差し出してもよかった。それぐらい願っていたのだ。
 嬉しい。お前をこれほど待ち遠しく思っているのは俺ぐらいなもんだ。呑気に出てきやがって。こんな動物でも引っかかりそうもない罠にまんまと足を踏み入れたな。
 絶対に後悔させてやる。簡単に天界に戻れるとは思うな。じりじりとお前は追い詰められる。千依と茜さんの恨みだ。死で償ってもらうぞ。
「マーラはどうした? 来てないのか?」
「ただ今、連絡を取っている最中です。……電話に出ないな」
 お前が攻略の鍵なんだぞ。どこにいる? なぜ電話を取らない?
「マーラはまだ部屋にいるか?」
「いえ、カメラに見える範囲にはいません」
 彼女の部屋には至るところに隠しカメラが設置している。風呂場もトイレも例外ではない。
「――あっ、いた! プロフェッサー、彼女です。マーラです!」
「いたか! どこだ?」
「訓練室です。指揮官のお傍にいます!」
「……直接行ったのか?」
 ここは父の指揮とマーラを信じるか。モニター室にいれば敵のデータが取れる。
 訓練室は広く、動き回るには都合がいい。マーラの訓練の成果を発揮するにはこれ以上ない場所だ。
 ここなら今のところ危険はない。冷静な分析ができる。俺はここに残ることにした。モニターから音声が入る。父の声だ。
 黒い渦からは腕だけでなく、体の半分が現れていた。その光景をじっと見つめる二人。
 浮浪者のようなみすぼらしい格好。あのときとまるで変わっていなかった。
「……マーラ、来るぞ。いつでも構えておけ。奴の力は計り知れない。どんなスピードでこっちに来るかわからん。召喚術にも警戒しておけ。いきなり火が襲いかかるかもしれん。雷が鳴るかもしれん。あらゆることを予想し、例え予想していなかったことが起きたとしても平常心だ。訓練で習ったことを思い出せ」
「はいっ!」
 黒い渦から頭が出てきた。あの顔は間違いなく奴だ。
「貴様が神だな?」
 父が言った。父が神と直接会うのはこれが初めて。もちろんマーラにとってもだ。
「……あー、なんでお前がそんなこと知ってんだ? それにあの映像……なぜ知っている者がいる?」
 神といえどもすべてを知っているわけではない。奴は昔のことを思い出しながらフラフラと人間界に来たのだ。
「前にな、十六年も前のことか。人間界に来たんだよぉ、特に理由もなくな。……いや、あるか。暇つぶしってゆー理由が。しょせん人間なんて家畜のようなもんだ。何人死んでも俺の知ったこっちゃねえ。……だがな、なんでそれをお前らが知っているんだ? お前らだろ、あの映像を流したのは? おかげでいろんな奴らにバレちまったじゃねぇか。……なあ、教えてくれ。お前らは何者なんだ?」
 神はすぐに攻撃を仕掛けるわけでもなかった。まず自分の中にある疑問を解決しようといったところか。
「謝罪しろ」
「あ? 誰におめぇ、そんな口利いていると思ってんだ? おらぁ、神だぞ。神様だ! それを……くっく、謝罪しろだぁ? おめぇ、脳みそ腐ってんじゃねぇのか?」
「お前はわたしの娘を殺したんだ。ここにいる彼女の母親も殺した」
「ん、もう一回言ってくれ。まるで意味がわかんねぇ。もしかして……おい、おまっ、もしかして……あぁっ! あの兄妹の親かっ? なるほどな! そうか、なるほど! ん? でもよぉ、おかしくねぇか? なんでそれをおめーが知ってんだ? 死んだはずだ、あの兄妹は。それに爆乳ネエちゃんもな。……ふふ、あのときは気持ちよかったなぁ。またヤリたいもんだ」
「……マーラ。これが神だ。どうだ? 想像以上のクズだろう。わたしも初めて見て驚いたよ。こんなクズが本当に神なのか。これまで神を信仰してきた人たちが無念でならないよ」
「こいつが神で……わたしの父?」
 マーラはショックを受けているようだった。だが、俺としては早くそのショックから立ち直ってもらいたい。神は全身、黒い渦から出てきた。
「あー、ワケわかんねぇよ。殺そう! いっそのこと人類すべてを滅亡させてやろうか。どーせお前らなんか生きていても仕方ないだろ。そしたら映像も動画も全部なくなる。面倒くせぇ天使にとやかく言われることもない。そうだ、そうしよう。お前ら全員死ね。……まずはお前ら二人だ。気味が悪いったらありゃしねぇ。結局誰なのよ? お前たちは」
 父は銃を神に向けた。
「おいおい、そんな武器、俺に向けてどうなる? 意味ねぇよ。そのしたり顔、やめてくんねーかな? こんなにダサイのなんてねぇぜ?」
「うるさい。鬼畜が」
 ――パンッ!
 銃から放たれた弾丸が神の額に当たる。だが神は少しも動じない。本人にとっては丸めた紙クズでも当たったようなものなんだろう。澄ました顔で父のことを見下していた。
「他には? ……ないのか。つまんねぇな。十六年ぶりに人間界に来たのによ。今回はきれいなオネエちゃんもいねぇじゃねぇか? いるのはそこの小便臭そうなガキだけか。まっ、なかなかの美形だがまだ五年ほど早かったな」
「マーラ……奴は今、油断している。十分勝てる要素はあるぞ。お前の力、奴に見せてやれ」
「はい……」
 マーラがゆっくりと構える。集中している。少しも心を乱していない。
「なんだ、お譲ちゃん。俺とやるってのか? ……嬢ちゃん? 思い出した。あのときにいたドチビな女。それがお前の娘かぁ~。確か俺が焼き殺したんだよな。どうだった? 原形を留めていたか? 消防車は間に合わなかっただろう。サラマンダーだ! 奴を召喚したんだっけ? あの嬢ちゃんの父親だな!」
 マーラが突っ込む。……召喚術を使わないのか? とりあえず手合わせをし、相手の力量を確かめるつもりか。それもいいだろう。いきなりこちらから切り札を見せる必要はない。召喚術なしでどこまでやれるか試してやれ。
 マーラの貫手が神の目に刺さる。
「おっ、人間にしては速いな。上出来だ……!」
 神がマーラを称賛する。奴は完全にマーラをなめていた。そしてダメージはやはりない。
「お譲ちゃん、い~ぃ動きだ。だが次はどうする? 俺にはなんの影響もないぞ」
 マーラはトリッキーな動きを見せ、後ろから神の後頭部に肘打ちした。
「かあぁ~っ! とんでもねぇお譲ちゃんだ! しびれるなぁっ!」
 打撃はまったく通用しない。予想通りだが、やはりこのハンデは厳しい。……そろそろか。お前の召喚術をあいつに見せてやれ。そして、お前の母と俺の妹の仇を取るんだ。
「地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚まし……裁きの手をかざせ!」
 マーラが詠唱すると、神の周りに火が現れた。
「あっつっ!! 熱っっ!! ……う……なんだ? ……こいつ」
 効いているな。あの無敵にさえ思えた神が苦しんでいる。
 やはり召喚術ならダメージが通る。この炎はこの世のものではない。お前の世界に存在する炎だ。これで効かない道理がない。このことを証明できたのはなによりも大きい。
「……があああぁぁっっっっ!!!!!!」
 神が暴れる。動き回るうちに火の勢いは次第に消えていった。
 これだけで勝とうなんざ虫が良すぎるか。確実に殺すには召喚した千依による槍の攻撃が一番だ。しかし、その他の術でも足止めや撹乱などに使える。すべてをフルに活用し、攻略しろ。それはもうマーラのセンスに頼るしかない。
「はぁぁっ、くそっ……! お前、それはどうした? なんで人間界に天界の炎を操る者がいる?」
 父は後ろに下がっていた。マーラは神の声を無視し、さらなる詠唱を始める。
「おのれっ、そうはさせるかぁっ!」
 神が動いた。……速い。
 実際に神が走るところを見るのは初めてだ。人をバカにし、どんなときにも余裕を見せていた。だが今の神に余裕はない。
 マーラを恐れているのだろう。絶対だと思っていた自分の存在。それが今、崩れ始める。
 神の体当たり。これをマーラはかわす。神の武器はなにも召喚術だけとは限らない。過去に警官の一人を殺した。そのときはただ指で弾いただけだった。それで人間の頭蓋骨が破壊されるのだ。
 そのためマーラは攻撃をかわす訓練に多くの時間を割いた。神は人間と比べたら恐ろしく速いが、彼女のかわせる範囲内だ。
 神の打撃はマーラには効く。彼女の打撃は神には効かない。圧倒的に不利なのはわかっている。なら召喚術で攻め続けるしかない。
 ただし召喚術に必要な詠唱時間。これがどうしてもネックになる。マーラは神の攻撃から逃げつつも、詠唱する隙を窺っていた。
 そんなとき父は走った。ここに来る気だな。今はマーラが思いきり闘える場所を作ってやるのが必要だ。
「……お譲ちゃん。そろそろ正体を明かせよ。何者だ?」
「あんたに言う必要はないわ」
「チッ、いけ好かねぇお譲ちゃんだ。でも嫌いじゃねぇぜ、そういうの」
 マーラが大きく後ろに跳び、神と距離を開けた。
「召喚術……おめぇ、それを一体どこで覚えた? 人間界でそいつを教えるところなんざ聞いたことねぇよ。もっともただの人間に扱えるわけねぇ。どうしても特殊な資質が必要になる。お前も、もしかしてこっち側のモンか?」
 神が核心に近づいてきた。迷うということは自分の行動を鈍らせるものだ。
 考えろ、悩め。それがお前の次の行動を一手遅らせる。
「人間の生命や精神の源よ。肉体および精神活動をつかさどる人格的な実在……。五感的感覚による認識を超えた永遠不滅の存在……。宮崎……千依っ!!」
「……こ、これは?」
 この驚きようは千依のことを覚えている証拠だ。千依の顔を見てみろよ。心底、お前を恨んだ顔をしているだろ。彼女の槍にも注目だ。あれでお前を一突きする。串刺しになったお前はまだ生き残るか? そうなったらもう一突きも二突きしてやるぜ。
 俺から見ても神はあせっていた。この術は千依の霊魂を召喚するものだ。お前はこの術について何も知らない。未知への恐怖。これまでとは立場が逆だろう? 今度はお前がそれを味わう番だ。
 
「――広造。状況は?」
 父がモニター室に入ってきた。このモニター室では監視や監査を行う。
 コンピュータ(主にシステムやネットワークを監視する機能など)、ビデオモニターの表示装置全般を配置している部屋だ。
 ……父は無事か。だったら画面を見ればわかることだ。
 俺はその姿をチラリと見て、すぐにモニターに視線を戻した。
「マーラが千依の召喚に成功した。今のところは彼女が優勢だ」
 一言で状況を説明する。千依が召喚された。これで実質二対一というところか。マーラ側がだいぶ有利になった。
 千依は槍を構え、そのまま前進する。彼女は低く飛翔した。ゆえに足音などは聞こえない。一気に近づいた。
 狙いは神の心臓。体のど真ん中だ。神はそれをかわした。千依が追撃しようとする。だが神はすばやく詠唱した。すべてが速い。速すぎてなにを唱えたのか、ほとんど聞き取れなかった。
 神の術が発動する。千依の周りに炎が広がった。
「くっ……熱ッ……!」
 火系の術だ。温度はおよそ三千度にもなる。これは溶接バーナーに使われるアセチレンというガスがつくる高温の炎とほぼ同じである。
 ガスコンロやガスバーナーでは千七百度~千九百度ぐらいにしからならない。
 千依の表情が歪んだ。それは明らかに熱さを感じた苦しみだった。霊魂の千依にそんな感覚があるのか?
 しかしよく考えれば不思議なことではない。千依の攻撃も神の攻撃も、お互い通る。
 霊魂の状態から、さらなる千依の死。それは霊魂を含め、すべてが消滅することだ。
「幽霊の嬢ちゃん。俺はあんたを覚えている。俺が殺した嬢ちゃんだよな? なんでここにいる? なんでそんな状態になってここにいるんだ?」
「あんたを殺しにきたに決まっているじゃない」
「俺を? 意味はわかるが理解できねぇ、だからそれを可能にした術者のお前はなんなのだ!」
 マーラの術力の増加に伴い、霊魂状態の千依は簡単な会話程度ならできるようになっていた。
 そろそろ神がブチ切れそうだ。もうわかるだろう。あとほんのちょっと考えれば答えは出るはずだ。そのときがお前の見せる最大の隙。
「お前……まさか……俺と、巨乳のネエちゃんの……あのときの子どもかぁっ?」
 マーラが飛び出す。千依も同時だ。見逃すことはなかった。これ以上にないベストな飛び出しだった。
 スピードはマーラのほうが速い。先に彼女の攻撃が神に当たる。
「闇に生まれし精霊の吐息の……凍てつく風の刃に……散れっ!」
「ぐはぁっ!!」
 神の吐血……!
 マーラの腕は氷の刃となった。先を鋭利な状態にして人体の皮膚や臓器より固くすれば、強力な武器と化す。それが神の腹に風穴を開けた。
「かっ、……あぁ、あっ……いぃっ!」
 さらに上空から千依による攻撃。神の頭に槍が突き刺さろうとする。これが決まれば終わりだ。
「おおぉっ、~いぃっ!!」
 神は体を揺らし、千依が狙ったポイントをずらす。
 千依は槍で地面を突き刺してしまった。深く刺さった槍は素早く回収できそうにない。
 槍は戦場での優位性は言うまでもなく、「剣の三倍の優位」「農民兵でも三間槍を連ねれば騎馬武者を刺し殺す」などと言われる優秀な武器だ。
 通常の槍でも百八十センチメートル前後。さらに三間槍という槍になるとその長さは3倍になる。
 ここまで来ると刺すのではなく、その重さで敵をぶん殴る道具になる。
 槍の欠点と言えば、間隔を広く取らなければならないぐらいか。
 そして、この絶対優勢の場面から神の必死の抵抗。神は握った拳でマーラに殴りかかろうとした。その威力は想像を絶する。
 神との距離が近かったため、かわすのが困難だと判断したマーラはガードする選択を取った。わずかにかすった程度でマーラは大きく後ろに飛ばされてしまう。
 神の次の標的は千依に絞った。千依は倒れたマーラを見ていたので、神の攻撃をガードしようとは思わなかった。
 千依はなんとか槍を回収し、空中に逃げる。リーチは神より槍を持った千依のほうがはるかに長い。神は詠唱を始める。
 その隙を狙って攻撃を仕掛けようとした千依だったが神に隙はない。
 マーラの存在に神が気づいたとき――あのときが神を殺す絶好のタイミングだった。神はもう隙を見せないだろう。あっという間に形勢を逆転された感じだ。
 千依に炎が襲いかかる。千依は炎に焼かれて死んだのだ。あの思いを二度させたくない。まだ俺たちが勝つ可能性は残っている。俺はモニター室のマイクに電源を入れた。
『マーラ、千依、聞こえるか?』
「プロフェッサー? ……はい。聞こえます。聞こえ……」
 マーラが顔を上げた。よかった、まだ死んではいないな。
「聞こえる……お兄ちゃん」
 千依の声だ。その目はまだ希望を失っていない。
「ん? この声……どこかで聞いたことがあるぞ。俺はこの声を知っている!」
 そうだ、お前は俺の声を知っている。もう全部わかっただろう。お前と茜さんの子、マーラ。彼女がなぜ無事に生まれたのか。
 地獄の底からなんとかここまで辿り着くことができた。ここまで来たらお前のその命、なにがなんでも渡してもらう。
『マーラ!』
「はい! プロフェッサー!」
『まだ動けるか?』
「大丈夫です……ご指示を」
『最後のアレを使え』
「え、でも……」
『ここで負けたらすべての人間が絶望する。人類はどうあがいても神に勝てないと証明してしまう。使え』
 今持てるすべての力を出す。勝負だ、神……。
「なにが始まるってんだ? やはりこの声どこかで……ハッ! そうか、わかったぞ! まさかとは思ったが、このマイクの主はお前だな? 名は……宮崎広造! あのっ、あの鼻垂れ坊主か??」
『懐かしいな。お前は確かに神だ。認めるよ。神でもないとそんな芸当はできないからな。執念だ。お前に復讐を果たす執念が、あの地獄の炎から俺を諦めさせなかった』
「まさか、とても信じられない……あのサラマンダーの炎に耐えきれたというのか? だとするとやはり……」
『あぁ、そこにいる彼女はお前の娘だ』
「あのときに……できた……?」
 神はうつむいた。奴にとってはあらゆることが計算外だったはずだ。俺の生存。マーラの存在。そして復讐。
 マーラがいなければ、俺たちにはどうすることもできなかった。お前が皮肉にも反撃のきっかけを与えてくれたんだ。
「人間の生命や精神の源よ。肉体および精神活動をつかさどる人格的な実在……。五感的感覚による認識を超えた永遠不滅の存在……雑賀……茜」
「雑賀……茜? こいつはもしかして……そいつはっ?」
 マーラの前に光輝くものが現れた。それは千依が召喚されたのと同じような現象。
 茜さん、わかるかい? 君の目の前にいるのが神だよ。君を傷つけ、死ぬ原因となったあいつだ。今までたまりにたまった憎しみを、こいつにぶつけてやろう。