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サイコー君のくま父さん

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『玉碁高校 アイラブ・シンブン』 その7

  3 東条文香の策略

 翌日、昼休みになって昼食を終える春香と廊下でばったり出会い、二人で部室まで一緒に行くことになった。
「そういや初めてかもな。二人で部室に行くの」
「だよねー。どっちも食事が終わったらまっすぐ部室までダッシュだもん」
「でも今日は二人とも歩いている。なんでだ?」
 自分でも無意識のうちにとっているその行動。違和感があるのは俺だけではない。
「……正直ね、部室に向かっているんだけど、今日はなんだか行きたくないって思ってしまうの」
「俺もだ。行きたくないわけじゃないんだが俺の本能、直感、脳が、行くなと言っている。そこには危険があり、絶望があるとかないとか……」
「あはは。何よ、それ。ワケわか……るんだよね。不思議なことに」
「だろ? 今日絶対何かあるぜ。昨日部長が言ってた東条文香。あいつの反撃があったりとか……?」
 四階に上がると、椎名さんとナッツが部室の前で立ち止まっている。鍵でもかかってんのかな?
「椎名さん、ナッツー。どうした? なんで入らないの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけどね……」
「こ、このなんとも言えないオーラが……」
 何言ってんだ、二人とも。鍵がかかっていないならさっさと中に――。
 何っ??
 引き戸に手をかけたその瞬間、ナッツの言うようにどす黒いオーラが俺の体にまとわりつく。
「うわっ! なんだ、これは?」
 二人がここで立ち止まっている理由がわかった。部室の中に入れない。体が拒否反応を起こしている。食堂で見た部長のオーラ。こいつがそうなのか? いや、違うな。そうじゃない。もっと上の……呪いの域に達しいる。
「春香……大丈夫か?」
 春香は首を横に振った。顔が青ざめている。
 ナッツに関してはガタガタ足が震えていて、そのまま失禁でもするんじゃねぇかってぐらいの状態だった。
 俺は窓から少し顔を出して中の様子を見てみる。
 すると、中には部長が一人後ろ向きに座っていた。部屋は表現しようのない邪悪なオーラに満ちている。
「うっぷ、吐きそうだ。これは、部長が出す負のオーラ?」
「たぶん……」
 春香はたったこの三文字を話すだけでも必死だったようだ。椎名さんは口をパクパクしているだけで何を言っているのかわからない。そして、とうとう気絶したナッツを椎名さんが受け止めた。その際バランスを崩し、椎名さんが尻餅をついた。
 行くぞ……かろうじて動けるのは俺一人だけ。部長に会うんだ。もしかしたら本当に悪魔に取り憑かれたのかもしれん。俺は部屋に入った。
「……部長? 部長だよな、そこにいるのは? どうしたんだ? この……禍々しい空気は」
「むむむむむ~……ッッ!!」
 声になっていないような呻き。お前は獣か、とツッコミを入れたかったが、本当に牙や爪で襲われそうだった。
 このまま後ろに下がってこれ以上の進入を諦めるか?
 でも、春香たちにいいところ見せるチャンスかもしれない。それは悪魔に立ち向かう戦士に近い。
 決めたぞ。俺はこの半ば獣と化した部長に言ってやる。何があってもなぁ!
「部長! 話してみろよ! あんたがそんな調子だと、皆ビビっちまってるぞ!」
「さ、笹宮? ……て、てめぇ~」
 え、俺? 俺が原因なわけ?
 部長はよろよろとこちらに近づいてくる。どうする? 逃げるか? でも、話してみろって言った手前だ。逃げ出すわけには……。
 部長は左手で俺の胸ぐらを掴み、右手に拳を作ってこう言った。
「頼む! 殴らせろ! ムカついて死にそうだ」
「なんだよ、そのムカついて死ぬって状況は。もちろん殴らせるわけにはいかないが話は聞いてやる。スッキリするぞ」
「絶っ~対、スッキリしない! 逆にまた苛立つわ!!」
「お、俺が何か関係あるわけ?」
「別にィ! 単なる八つ当たりだから気にするな! お前は今からわたしのサンドバッグだ! いいだろ? いいって言ってくれ。わたしを助ける思って! サンドバッグサンドバッグゥ……」
 シュッシュッと、すでにシャドーボクシング始めてるし。まったく意味がわからん。とにかく俺はここでこいつのパンチをくらうわけにはいかん。
「八つ当たりかよ! お前はな、新聞拡張部の部長だぞ! お前の指示がなかったら俺たちは動けないじゃないか。……その様子からして昨日言っていた東条のことだろ? 言ってみろよ。もう報道部の奴らには勝てねぇのかよ?」
「……キツイ。かなりキツイ。まさかあれほどだったとは……う、うぅ……」
 その場にへたりと、しゃがみ込む部長。そこに禍々しい空気はもうない。あるのは半べそをかいて、ちょっとかわいい、守ってあげたくなるような部長だけだった。
 俺は廊下にいる三人にも来てもらうことにした。もう身の危険を心配することもない。獣は去った。
 ナッツが気絶していたので、椎名さんと春香は二人で彼女を抱えて入ってきた。なんと手のかかる……。
「――部長。皆、集まったぜ。その……一人は気絶しちまってるが」
「ナッツには誰かあとで伝えておいてくれ。この絶望した状況をな」
「絶望かどうかは話を聞いてからだ。なにが起きたのか知らないが、解決するかもしれない」
「そう簡単に解決しそうならこれほど嘆いてなどない。……よぅく聞け。今まで三人いた元新聞部の奴らな。あれ、全部やらせだったわ」
「やら……どういうことだよ?」
「東条のとこのスパイって言ったほうがわかりやすいか? 初めからわたしたちを裏切る気満々だったってこと」
「よくわからん。もっと具体的に!」
「簡単に言うとその三人が今日同時に辞めた。これがどういう意味だかわかるか? 昨日まであいつら三人とわたし、みゆき、ナッツの六人で新聞の編集をしていたんだ。これが今日から三人? 無理だろ。新聞が作れない。編集が終わらない! くそ、あいつら、こっちの部員が少ないからっていきなりこんなことしやがる。東条の狙いはな、わたしたちが契約部数をここまで伸ばすことを予想していたんだ。だがやがて肝心の新聞が作れなくなる。こうなると客からの信用はガタ落ちだな。預かった新聞の購読料も返さなければならない。絶望だろ? さらにだ、報道部の契約部数は推定五百。わかるか? 手段はわからないが確実に部数を伸ばしている」

 確かにヤバイな。いや、やばすぎる!
 まず新聞が作れないのが致命的だ。次に契約部数について。報道部は俺たちの約二倍だ。勝負の日まであと二十日と少ししかない。今までのペースだと無理だということがわかる。
 考えるんだ。部長が戦意を喪失している今、代わりにがんばるのが俺たちだろう。
 ここには博識の椎名さん、新聞の交渉テクニックについては他の追随を許さない春香。一年にしてちゃっかり新聞の編集テクを身につけているナッツ。
 それに今一番成長を続けている俺がいるんだ。絶対なんとかなる。――そうだ!
「部長! 新聞は作れる。俺と春香が新聞の拡張をやめ、編集に回るんだ。そしたら総出で五人だ。これなら新聞が作れるだろ? それでも時間が足りなかったら朝練もしたらいいじゃないか。なにも体育系だけが朝練をしているわけでもない。な? それならどうだ」
 部長は少し考えてから言った。
「……確かに。それなら新聞を作ることはできる。だが次の問題はどう解決する? 拡張せん限り、契約部数が伸びることはあり得ない。一度負けてしまえばもう二度と勝負の機会はない。廃部だ……わたしは東条とそう約束を交わしたのだ」
「それもなんとかなる!」
「なんとかなるだと? お前、もしそれがふざけた答えだとしたら、どうなるかわかっているのだろうな?」
 部長の表情がみるみる怖くなってきた。怖い……だが負けるなっ!
「あぁ、なる!」
「なら、さっさと言えッ!。くそっ、イライラする!」
「俺に任せろ。……だから今は新聞を作ろう。明日の分、まだほとんど手がついていないんじゃないか?」
「だからっ! その前に勝つ方法をだな……」
「勝ち負けなんかじゃない! まずは明日、俺たちの新聞を読んでくれる人たちのために作るんだ。近いうちにちゃんと解決策を考えてきてやるよ」
 俺がここまで言うと、部長は黙っていつもの編集作業に戻った。続いて椎名さんも……。
 ナッツはまだ目を覚まそうとしない。きっと今までの疲れもたまっていたんだろう。このままソファの上で寝かせてやるとしよう。
 春香は顔を赤くして、じっと俺を見ている。
 かっこよかったかな、さっきの俺。でも本当のところはまだ全然対応策なんて考えてないわけね。このままじゃあまずいと思って勢いで言ってみたんだけど……。
 早いうちに考えよう。俺の命がかかっていると思ったほうがいい。けっこうガチでだ。
 昼休みが終わると椎名さんがナッツを起こした。寝ぼけてフラフラしていたので、ついでに彼女の教室まで送っていくそうだ。そういうところはナッツは子どもっぽいと思うし、椎名さんは優しい。
 俺も自分の教室に戻ろうとしたが、部長に呼び止められてしまった。
「笹宮。お前は今日の放課後、部室に来なくていい」
「え……ってことは新聞の拡張をしろってことか?」
「違う。お前はさっさと家に帰って例の対策を考えろと言っているのだ」
「でもそれじゃあ新聞が……俺、タイピングもちょっと速くなったんだ。文字起こしぐらいは手伝え――」
「なめるな、新米! お前一人がいなくても新聞は作れる。今のお前に求めるのはどうやって報道部の奴らに勝てるかを考えることだ。しかし……なんだな。お前には何か期待してしまう。その理由はわからん。だが、お前はそういう人間なんだろう。ピンチをチャンスに変えてみろ。信じてやる、お前のことを」
 部長がこんなことを言うなんてな。ちょっと感動してしまったぜ。
 俺はこの部に入ってまだ日が浅い。柔軟な発想ができるということか。
 普通では思いつかないようなこと。そうでもしないと今の契約部数からして報道部に勝つのは不可能。革命的な何かが必要だ。
「――わかったな? というわけだ。全身全霊を込めてアイディアを出せ。脳みそを絞って、カスカスになるまで絞りきれ!」
「……死ぬって。カスカスになったら」
「例え話だ。本気にするな、バカ。……しかしなぁ、ん~、やっぱりクソ腹が立つ! 今から東条のところに殴り込みに行ってやる!」
 殴り込みとは穏やかじゃない。部室を出ようとした部長を止めようと思ったときだ。
「……部長?」
 引き戸に手をかけたところ、部長の動きは止まってしまう。
「あら、見つかっちゃった。なんでわたしがここに来たことわかったの?」
 東条文香……! なんでこいつがウチの部室の前まで来てるんだよ?
「くっ……とっ、東条! てめぇ! ウチにスパイを送るなんてどういうことだ!」
 スパイ……それは木下、中沢、良田の三人。彼女たちはずっと新聞拡張部の仕事を手伝ってくれていると思っていた。でもホントは違った。東条からのスパイ。刺客だったのだ。
「あんたこそ、こそこそウチの子を部員に引っ張っていったじゃない。もしわたしを卑怯だと思うのならそれはお門違いだわ」
「だが……こんないきなり三人も同時に辞めるなんて。お前はやっていいことと悪いことの判別もわからないのか? これだと新聞が……新聞が、作れない?」
「そうよ。それがわたしの描いたシナリオ。あんたは調子に乗って少人数のまま部数を増やし続けた。その前にやることがあったわね。それは絶対裏切らない部員の確保」
 俺を合わせて新聞拡張部は八人。そのうち三人がいきなり辞めてしまった。この穴埋めは難しい。今でもいっぱいいっぱいだったんだ。……なんて奴だよ、東条。それに木下たち三人もだ。涼しい顔して初めから裏切る気満々だったのかよ。かつては同じ仲間だったはずだ。そんな非情になれるなんて……。
「さすがだな、東条。この世界一の策士め」
「あんたがそんなに褒めるなんてどうしたの? 勝負を放棄し、降参することにした?」
「嫌味で言ったんだよ。こういう小細工をするなんてあんたらしいや。でもな、いくらあんたがわたしの邪魔をしたって最終的に選ぶのは新聞の読者だ。新聞はいつも熱いものが掲載されていなきゃ、いつかは飽きられるってもんさ。見てろ、絶対に勝ってやるからな」
「残念。あんたの泣いたツラを見にきたのに。これじゃあ見たいものも見れそうにないみたいね。帰りましょ」
 東条たちがここを去る。そうなる前に部長が彼女たちを呼び止めた。
「待てっ! お前ら!」
「……なに? そんなに大きな声出さないでもらえるかしら? 新聞拡張部の部長さん」
「木下、中沢、良田……お前たちに言いたいことがある」
 呼ばれた三人は部長に殴られるかと思ったのだろう。なかなか東条より前に出ようとしない。
「北大路……話があるんならわたしが聞くけど」
 緊張が走る。ここで誰かを殴ってみろ。決定的だ。それこそ東条の思うがままだぞ。
 普段テキパキと指示を出す部長だったが、そのときだけはまともに思考していない。……それも無理もない。仲間だと思っていた三人に裏切られたんだからな。しかし、部長の口から出た言葉はここにいる誰もが予想しないことだった。
「今まで……ありがとうな」
 そこで感謝できるのか。三人は同時に下を向いた。こんなときでも部員をねぎらう部長の懐の広さに動揺を隠しきれない。ただ、東条だけは眉をひそめて部長をじっと見ていた。
「同情でもさせて、この子たちが戻ってくるとでも思ってるの? 甘いよ、北大路!」
「そんなことは少しも思っていない。だが、昨日まではウチの部員だったんだ。どういう企みがあったにしろ、三人がしてくれたことは新聞拡張部にとって有益なものだった。木下、中沢、良田。彼女たちがいてくれたから、わたしたちは新聞を作ることができたのだ。礼の一つぐらい言わせてくれ」
「そんな見え透いた世辞なんかで報道部は揺るがない……」
 そして東条たちは帰ってしまった。
「部長……その、なんて言っていいのかわからないんだけど……残念だったな」
 部長は呆然と立ち尽くしていた。そして大きな溜息をつく。
「報道部の勢力は十五人以上だ。人員は豊富。だから報道部に昼の業務などない。一方、ウチはこれで五人になるな。その差は三倍だ。勝てると思うか?」
 部長の真剣な顔。きっと不安なんだろう。でも俺にだってわかることがある。新聞に懸ける情熱はウチの部が一番だ。人数の差だけで負けるなんて考えたくない。
「俺を信じろよ。春香や椎名さん、ナッツだっている。あんたは新聞拡張部の部長なんだろ。だったら俺たちを使って報道部に勝てよ。そのためにあんたについていくからよ」
「……ふん。まだまだ半人前のくせして。口だけはいっちょ前になったな。さあ、仕事だ仕事。今日から体制を大きく変えないといかんな。一人一人が貴重な戦力だ。……お前らはわたしに命を預けてくれるか?」
 命か。ちょっとオーバーな表現の気もするがここまで来たら勝ってやろうじゃないか。
「やろう、部長!」
 皆の目が熱い。この一件で俺たちの絆は確実に強くなった。

 この日、家に帰るとマンションの前に一人の女の子が立っていたんだ。
 見慣れない女の子。年齢は俺と同じぐらいかな。めちゃくちゃかわいい。
 自転車置場に行くにはその子の前を横切らないといけない。まるで見てはいけないものかのように俺は視線を下げて通りすぎようとする。
 すれ違ったそのとき、彼女の口から言葉が発せられた。
「あの……」
 俺? 俺に話しかけてんの? ……ラッキーと思いつつ、かわいい子なら誰でも喜んでしまう自分のスケベ加減にちょっと嫌になった。いや、男なら喜んで当たり前か。
「はい……?」
 まとめに彼女の目を見れないでいた。彼女の肩の先の向こうとか、かなり後ろの自動販売機なんかを見ている。
「笹宮……宗太郎さんですね?」
 なぜ彼女の俺の名前を知っているのだろう。全然見覚えが……あっ! あった!
「確か新聞拡張部にいた……」
「はい。良田映美です」
 そういや玉碁高校の制服だ。拡張部を辞めちゃった子だよな。いつも三人並んで座っていた、その中で右にいた子。クラスも一緒なんだ。ほとんど会話したこともないけど。
 目が大きいっていうか、黒目が大きいんだよな。まるでかわいい仔猫のようだ。キラキラと輝いているように見えた。おデコ広くて、肌がきめ細かい。ニキビの一つすらないや。
「やだ、どこをじっと見てるの?」
「いや、広いおデコだなぁって……」
「ひどい……」
「あっ、いや、悪い意味で言ったんじゃない! いいよ、いい意味で言ったんだ。マジで」
 そう言うと彼女はふふっと小さく笑った。……よかった、機嫌を直してくれたみたいだ。で、俺はなにをやってたんだっけ。そうだ、自転車を置くところだったんだよな。で、そこに彼女がいた。……なんのために?
 まさか同じマンションに住んでいたのか? それとも最近引っ越してきたとか? ……もしくは個人的な理由で俺に会いにきた。なんて、あるわけ――。
「笹宮君に会いにきたの」
 キタ! 妄想が叶ってしまう。でもちょっと待て。今、彼女と拡張部は敵同士だ。よく考えてみろよ。この子は拡張部を裏切ったんだ。元々辞めるつもりで拡張部に入ったんだよ。で、いざってときに三人まとめて辞めた。そのせいで今、拡張部は大変なことになっている。
「君、俺を待っていたってどういうこと? 俺は拡張部を裏切った君を許すことができない。なんで裏切ったんだ?」
「そんなにたくさん一気に言わないで。……わたし、今日はそんな話をしにきたんじゃない。あなたのことについて話したかったの」
 お、俺? ……照れるな。鼻の下を伸ばすのを必死にこらえ、俺は真面目な口調で言った。
「俺になんの用なの?」
「あなたが好き……」
 待ってよ。これどう見てもおかしいだろ。だって俺、ほとんど彼女とは面識ないんだから。おかしって、絶対。
「付き合ってもらえませんか?」
「……待って。おかしい。普通に。なにを企んでるの?」
「なにも企んでないわ。あなたが好きなのよ。わたしじゃダメ?」
 OKだと言いたい。でも、俺はこの子のことがいまいち信じられなかった。どこかにウソが隠れている。そう思うとドキドキする気持ちも収まってきた。今なら冷静に判断できそうだ。
 俺は彼女の目をじっと見た。
「そんなに見ないで……」
 恥じらう気持ちで言ったみたいだが、俺がそのままじっと顔を見つめると、彼女は不快感を表す。
「なに見てるの?」
「俺のことが好きなんだろ? ならなんでそいつに見られてお前は嫌な顔してんだよ。さっきは恥じらっているように見えたけど、ありゃ演技だな。感情のコントロールは長時間できないってのか。騙されかけたよ。あんた演技が下手だな」
 彼女は小さく溜息をつき、頭をポリポリ掻いた。その表情と仕草はすっげーだるそう。
「バレたか? 男なんかこう言えばすぐ騙されるのに」
 化けの皮を剥いでやった。しかし恐ろしい。全部が演技だったんだ。俺の家に来た理由もわかりかけてきた。彼女は報道部。当然、玉碁高校全生徒の住所リストぐらい持っているはずだ。
「俺になにやらせようとしてたんだ。あ?」
妨害工作よ。新聞記事データを削除させるとか、北大路や神高にケガを負わせるとかね。特に厄介なのがあの二人だから。こっちは約十五人。拡張部はたったの五人しかいないでしょ? だから最悪わたしがあんたの動きを封じておくだけでもよかったのよ」
 なんて奴だよ。かわいい顔してこんなひどいよく思いつくな。人は見かけによらないとはよく言ったもんだ。
「で、どうする? 妨害工作してくれるんだったらデートぐらいしてあげるけど?」
「誰が! けっこうだ。バカにするな」
「あら……わたしのこと嫌いなの、ねぇ?」
 下から舐め回すようにねっとりした目で見られてしまう。この上目遣い、危険だ。彼女の笑みは小悪魔の笑みだ。やばい……また興奮してきた。顔が火照ってくる。
「もしかしたらキスぐらいさせてあげるかもよ。わたしの唇、柔らかいんだから……」
 ダメだ。ダメだ、ダメだ! 理性がもたない! さっさとここから退散しよう。俺は拡張部を裏切りたくない。
「どけ! 轢くぞ!」
 良田はこれ以上誘惑しても効果がないと思ったのか、すんなりと道を空けた。
 俺は自転車を止め、マンションの入り口に戻る。すると二人の女の子がいた。……この子たちにも見覚えがあった。拡張部にいた子だ。名前は覚えていないけど。
「報道部は随分と暇なんだな。俺なんかに三人相手か」
 髪の長い女が口を開く。
「あなただけなんで自由に行動しているの? 今、拡張部は猫の手でも借りたいぐらい忙しいはずよ。それはあなたがなにかを企んでいるから?」
 今度の奴は直球だな。だが、こちらの手の内を見せるわけにはいかん。といっても本当にまだなにもないんだが。
「ご想像にお任せするよ」
「あの北大路がこんなことさせるなんてね。ちょっと信じられない」
「あんた、ウチの部長のことを恨んでんのか?」
「個人的な恨みはない。でも、わたしたちは東条さんに確実に勝ってもらいたいのよ」
「……お前らにとって東条ってなんだよ? そこまでして力になりたい奴なのか?」
「彼女は美しくて強い。将来は絶対に大物になるわ。わたしたちはそんな彼女をずっと見ていたい。……北大路もけっこうやるけど、あの人甘いから」
 いや、すっげぇ厳しいぞ。こいつらが惹きつけられるほど、東条にはカリスマ性があるんだな。
「とにかく、俺は家に帰るんだ。どいてくれ、そこを通してくれ!」
 だが、二人の女は動こうとしない。逆に近づく。後ろからは良田が俺との距離を詰めていた。
「なんだよ。そうやって壁を作って俺を刺すってか? 冗談じゃねぇぞ」
 なにをされるかわからなかった。でもこの距離……。あらゆるドキドキが俺を襲う。
「三人であんたを気持ちよくさせてやろうか?」
 え……こいつ、今なんて言った?
 短髪の女の手が俺のシャツの一番上のボタンに触れる。
「あ、ちょっ……」
「我慢すんなよ。あんたもホントは好きなんだろ? こういうの」
 後ろで良田を背中に胸を当ててきた。……もう限界!
「う・お・お・お・おおおおぉぉぉぉ――――――――ッッ!!!!」
 ダッシュで逃げてやった。追いかけてくる様子はない。ここまで来れば安全地帯だ。階段を上がると下からあいつらの声が聞こえる。
「ちぇっ、せっかくパンツ姿写真に撮って脅してやろうと思ったのに」
「そうなったら拡張部もひとたまりもなかったのにねぇ。男子高校生が女子高校生を無理やり押し倒す。ウチの新聞の一面トップで書きたかったわ。でもあんたの誘惑に屈しない男って珍しいわね。演技力が落ちてんじゃないの、映美」
「まさか。相手がモーホーだったのよ。普通の性癖の男だったらどんな相手でも落としていたわ。今回、相手が悪かったわね。もう帰りましょ。東条さんはガッカリするでしょうけどね」
 女……怖ぁ~!!

 部屋に入って、俺は一応この一件を部長に伝える。
「――ってわけなんだよ。とんでもねぇ奴らだろ?」
「エロ君がよく映美の誘惑に耐えきったな。まさか本当にモーホーなのか?」
「そこ違うって。そこ褒めるところだから。俺は拡張部を売ったりしねぇよ。ただ、気をつけてくれ。あいつらなにをやってくるのかわからない。まともな新聞勝負じゃねぇよ。勝つためならなんでもする」
「それが東条だ。前にもそう言ったろう。別にわたしはお前を褒めんぞ。そんな見え透いた手に引っかかる間抜けがどこにいる? もし、お前が卑猥なスクープ写真を撮られていたら、そのときは真っ先にお前の存在を消す。……つまり、元々なにもなかった状態にするからな」
「え……それどういう意味?」
「階段か屋上か? ん? それぐらいは選ばせてやってもいいぞ。まあ屋上のほうが確実だな」
 こいつも東条もおかしいよ。新聞に関わる奴らって変人ばかりなのか?
「どちらもノーサンキューだ。そんなヘマはしない」
「そう願いたいものだ。お前はさっさとアイディアを出せ。ないならないで新聞の編集を手伝え。こっちは忙しくてたまらん。あー、もう切るぞ。いいか?」
「おう……絶対勝とうな、俺たち」
「むろんだ」
 ――プツッ!
 へへ、少しも動じてないか。さすがはウチの部長。肝っ玉がでかい。……しかしなんだろう。妙に背中が温かいな。ふわふわした感じがする。あっ! これ、良田の胸の感触だ。
 今思い出してみるとけっこうやばかったな。もう少しで危うく屋上行きだった。やっぱり女って怖い。