サイコー君のくま父さん

くま父さんがアニメ化されるまでアピールするぞ! オリジナル漫画・ラノベ作品を大量に公開中!

にほんブログ村 小説ブログ ライトノベル(小説)へ ゲーム・古本・DVD・CD・トレカ・フィギュア 通販ショップの駿河屋

『売るが屋』 その9

  3 退院後のくま父さん

 くま父さんは五日ほど入院した。その間、お店のほうはぼくと日向、それにヨシオとサトシが中心になって運営を行う。
 さすがに今回の件でやりすぎたと思ったのか、千佳ちゃんと由美子ちゃんもお店に出てくれるようになった。
 ぼくは毎日のようにくま父さんのお見舞いに言った。贅沢に一人……いや、一頭部屋だった。
「――くま父さん、調子はどう?」
 病室の札には『くま父さん』と書かれている。……ヨシオとかサトシって普通の名前なのに、なんでくま父さんはくま父さんなんだろう? 謎だ。
「水科か。元気やで。若干、トラウマになって辛い味が苦手になったけどな。甘いもんばっかり飲み食いしてるわ。今度は糖尿病で入院したりして。ハハッ……ん? どないしたんや。そんな微笑ましい目でワシのこと見て」
「いや……よかったよ。元気になって」
「心配かけたな。来週には退院できるみたいやから」
「いや、そうじゃないよ。FXのことで千佳ちゃんたちに謝ったときはさ、もう死にそうな感じだったから」
「うん……二人がお店に出てきてくれるって話聞いたらな。ちょっとは許してもらえたんやろかなーって思って。ちょっとは気分も楽なったわ」
 そう言って笑顔を見せてくれるくま父さん。まだ完全に仲直りしていないとはいえ、いい傾向だった。
「ところで、くま父さんに名前ってあるの? ほら、ヨシオとかちゃんと名前あるじゃん」
「あぁ、名前な。そんなん、ワシには必要ないで。仮に太郎って名前やとしても、娘から『太郎さん』なんて呼ばれたないわ。ワシはずっとくま父さんやで」
「いいね、それ……」
「へへ、フェイスブックしてたらイイネボタン押してくれるぐらいよかったかな? ワシな、ガラケーやからフェイスブックやってないと思うやろ? でもな、パソコンでやってるから」
 くま父さんのドヤ顔を見るのも久しぶりだな。それにガラケーネタ。いつものくま父さんに戻った感じだ。
「水科、ワシのほうからもちょっと質問してええかな?」
「いいよ。どうしたの?」
「ワシな、百万稼ぐ方法考えてんやん。それ、やってみようかなぁ思ってんねん」
「それってまさか……FXなんて言うんじゃないだろうね? ダメだよ、絶対ダメ!」
「アホ。これでもしワシがFX! なんて言ったら自分で自分の首絞めて死ぬわ。そんなに愚かやない。あのな、売るが屋のサイトで『タイムセールとまとめ買い』のサービスを始めたらいいんやないかと思うねん?」
「なにその、タイムセールと……まとめ買い?」
 くま父さんの説明によると、タイムセールというのは何時から何時までの間、各ジャンルの商品の一部が安くなるというものだった。割引率は様々。長いこと売れない商品は半額になることさえあるらしい。
 まとめ買いセールというのは五個、十個とお客さんが各ジャンルの商品をまとめて購入することで全体の値引きを行うというもの。
「……いいんじゃないかな。それ、面白いよ! タイムセールのジャンルをその日ごとに変えたら毎日目新しさが出る。まとめ買いはお客さんも安く買えるし、店側としてもたくさん売れるから利益も上がる。すごくいいアイディアじゃないか! ……でも、問題が一つあるよね」
「ん? なんや、問題っていうのは」
「そういうのできる人っているの? 由美子ちゃんならできるかもしれない。彼女でも難しいと思うけど……でも、今は簡単に頼める状況じゃないでしょ」
「あぁ、技術的な問題ってことか。できるよ、ちょっと待ってな……ほら、このディスク」
 くま父さんは体毛から一枚のディスクを取り出す。そんなドラえもんの四次元ポケット的なことしなくてもいいのに。ずっと体の中に入れていたのか。
「それなに?」
「うん、これをパソコンに読み込ませたらアホでもできるんやって。サブローが言ってたわ」
「くま父さん、もう少しわかりやすく初めから話してくれない?」
「そやったな、ごめんごめん……」
 くま父さんはこの『タイムセールとまとめ買い』を、入院したその翌日に思いついたようだ。くま父さんは知り合いのサブローというクマに連絡を取ったらしい。
 そのクマはプログラマーで、ネットショップの運営にも携わったことがある。くま父さんのアイディアを実現させることは、彼にとってそう難しくないものだった。
 サブローが売るが屋のサイトを確認して、三時間程度でプログラムを完成させたらしい。
 ディスク一枚をダウンロードするだけで、簡単にタイムセールとまとめ買いの設定ができる。
 ちなみにアホでもできるようだ。「これでできなかったらお前、ガラケーさえ持つ資格ないよ」なんて言われたようだ。どうでもいいけど、なんで毎回ガラケーが出てくるんだよ、もう。
「……ヤマトのメール便で送ってくれたわ。そこだけアナログやねんな。てっきりワシ、メールでデータ添付してくれんのかと思ったで。まあええねんやけどな。でもあれやな。あいつ、字汚いな。よくこれで届いたわ。しかも住所、病院の住所なってるしな。くま父様ってなんやねん。初め『くま父さん様』って書いて、あとで修正液で消してるわ」
「このディスク、さっそく使ってもいいかな。こんなの、これまでのネットショップはやってこなかった。革命になる! ワクワクするよ!」
「よかった。それでちょっとでも早く百万円稼げるようになったらええな。そのときなったらワシ……」
「くま父さん? なにを言ってるの?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ。……まだ決心してないんや。未練がまだあるんやろな。クマのくせにな」
 そのとき、くま父さんがなにを思っていたのか、ぼくにはわからなかった。遠い目をしていた。まるでどこかへ行くような、そんな寂しい感じ……。

 くま父さんが退院して三週間がたった。
 まだ少しはギクシャクしてるけど、千佳ちゃんと由美子ちゃんはくま父さんにイジメをしなくなった。仕事だって前向きだ。家族揃っての食事も毎日している。でも……。
 前と比べて笑うことが少なくなった。それはくま父さんも千佳ちゃんも。ぼくだってそうだ。
 前みたいに思いきり笑いたい。なにも隠すことない本音のぶつけ合い。千佳ちゃんがふざけて、由美子ちゃんが冷静にそれをツッコむ。くま父さんはいつものように堂々としてるんだよ。また「ガラケーが……」なんて言ってね。それをぼくと日向が見て笑ってるんだ。
 そんな日がまた戻ってきたらどんなにいいか。……求めすぎなのかな。これ以上、望んだらダメなのかな。
 運命の時がやってくる。それは六月の第三土曜日、父の日だった。
 この日、ぼくは仕事が休みだった。だが、くま父さんがどうしても来てくれと言うので、家を出た。向かう先は店ではなく、くま父さんの家。つまりスタッフとしてではなく、一人の友人として誘われたのだ。
 ……ただ、この日は大事なことを話したいと言っていた。嫌な予感がする。
 くま父さんの家に着くと、ぼくはいつものように家に上がった。
「水科だけどー、お邪魔していいのかなー?」
 玄関口で言うと、部屋からくま父さんの頭がひょっこり出てくる。
「おう、こっちや。お前を待っとってん。来てくれるか?」
 靴を脱いで家に上がった。部屋には全員揃っているようだ。
「くま父さん、今日大事な話があるんだって?」
「うん。まあ、座りや。……来てくれてありがとーな。水科にも直接お別れ言いたかったから」
「「えっ?」」
 なに……お別れって。
 この反応、ぼくだけじゃない。日向も、千佳ちゃんたちもだ。
「くま父さん、なに言ってるんだよ? お別れって……そういう冗談はいいからさ」
「いや、ずっと前から考えとってん。で、ようやく損失した百万円、返せる見通しついた。まず……五十万や。例の新アイディアで売上が伸びた分。ま、プログラム作ったサブローや、皆が手伝ってくれたおかげやねんけどな。だからワシだけの手柄やないけど、まあそのへんはおいおいということで……えっと、これ誰に渡そかな」
 くま父さんはきょろきょろと、ぼくたちを見回した。
「やっぱり長女の天音かな。これ、渡しとくわ」
 日向に渡されたのは厚みのある封筒。まさか、この中に……。
 日向が中を開けると、数十万円のお金が入っていた。これ、もしかして五十万円か?
「こんなお金、どうしたんだよ……?」
「汚いお金やない。ワシが稼いだお金や。……ワシの体の一部を売って作った」
 それって、モフり一回五百円とかで子どもからお金取ったとか、そういうのかな。
 それとも動物園でモデル出演したってのか? あんなに嫌がっていたのに……。
「その金はな、ワシの胃や」
 ……理解ができない。どういうことだ? くま父さんの胃? そんなこと言われてもピンとこない。わからないよ!
「クマの胃が、人間のお腹のお薬になるってことは知ってるか?」
「それ、もしかしてクマの胃のこと言ってるの? それを売ったって……じゃあ、今くま父さんは胃がないの?」
「ちゃうちゃう。まあ、慌てんなや。これはワシとドラッグストア会社との取引。ワシが死んだら、クマの胃を薬として提供する。この五十万円は前払いやな。ワシぐらいプリプリした健康な胃やったら良質なクマの胃が取れるで」
 自分の胃を売って、お金にするなんて!
「もっと具体的に言うと、それでも四十万にしかならんかった。あとの十万はクマの手や。知ってるか? クマの右手はハチミツばっかり食べてるからめっちゃ柔らかいねん。中華料理なんかで出てくるらしいで。ワシ、ハチミツより鮭弁のほうが好きやから、あんまり柔らかくないかもしれへんけど……でも、十万円にはなった。これで百万円完済や。ごめんな、ちょっと時間かかってしまったな」
「そんな……無理しなくていいのに。誰も百万円返してくれなんて……言ってないのに」
「はは、まあワシが死んでからの話や。死んでからやったら胃取られても、手ぇ取られても、痛いことなんてあらへん。ワシの胃と手が誰かの血肉となって生き続けるんや。むしろええ話やないかい」
 確かにそうかもしれない。でも、悲しいよ。死んだくま父さんの体から胃を抜き取ったり、手を切断するなんてことを考えたら……。
「うっ……」
 涙が出てくる。
「ワシのために泣いてくれるんか? ……ありがとう。ワシ、これで思い残すことないわ。これで心置きなく旅立つことができる」
「待ってよ……なに言ってるの? 旅立つってどういうこと? この家から出ていくの?」
「そうや。ワシは人間社会に溶け込みすぎたんかもしれへん。ワシはここにはおらんほうがええねんや。森に帰ったほうがええんや」
 森に帰るだって? なんで? ずっとここにいたらいいのに?
 そうか、千佳ちゃんと由美子ちゃんのこと気にしてるんだ。彼女たちがくま父さんのことをお父さんとして見てくれないから。
「千佳ちゃん、由美子。……いいの? くま父さん、ホントに家を出ていってしまうよ。こんな別れ方でいいの?」
「やめてくれ、水科。ワシは別にお前にそんなこと言ってもらいたくて、ここに呼んだんやないで。ワシはな、自分の意志で出ていくんや。千佳と由美子には関係ない。ちょっとでもな、ワシをお父さんと思ってくれて……うっ……あっ、ありがとう! ホンマ……ありがとうっ!」
「くま父さん……出ていかないでくれよ。森に帰るなんて、そんなこと言わないでよっ!」
「「――お父さんっ!」」
 千佳ちゃんと、由美子ちゃんがくま父さんに飛び込んだ。
「ごめん、お父さん。わたし、言いすぎて……謝りたかったんだけど、そのタイミングがわからなくて」
「森に帰るなんて言わないで。ずっとここにいて、お父さん!」
 二人とも……やっぱり本当はとっくの前にくま父さんを許していたんだ。
 これだ。これだよ。ぼくが待ち望んでいた光景は。よかったね、くま父さん。よかったね、皆。
「おぉ、お前ら……こんな、こんなワシみたいなダメダメなクマを……許してくれるんか?」
「お父さんはダメじゃないよ。ダメなのはわたしたちだよ。お父さんに嫌がらせなんかして……ごめん、お父さん。いつの日かお父さんのご飯にお塩をたくさんかけたの、わたしなの!」と千佳ちゃん。
「そうか……そうやったんか。まあ、大体の予想はついてたけど」
「お父さん! お父さんの麦茶にコショウを入れたの、わたしなの!」と由美子ちゃん。
「やっぱりお前か……そんな気がしとったわ。でもな、ワシちっとも怒ってへんで。だって当たり前やん。ワシ、皆のお金百万円も使ってんで? むしろあんなプチイジメで済んで儲けもんや」
「「お父さんっ!!」」
 二人はくま父さんのフカフカの体毛に包まれる。涙を見られないようにするためなのか。
 あの由美子ちゃんまでこんなになって……。
 くま父さん、君はこんなに愛されているんだよ。この子たちに、そしてぼくと日向に。
「こっち来い。天音も水科もこっちに来るんや! 今は家族皆で抱き合う感動のシーンやろ。なあ、ちゃうんか?」
 そうだよ、くま父さん。感動のシーンだ。ぼくもその中の一人に加えてくれ。
「日向、行こう」
「うん……」
 ぼくたちは一つになった。元々強い絆で結ばれていたものが、より強固なものになったのだ。
 もう絶対に間違えない。この幸せをずっと味わっていたいから。
 ありがとう、くま父さん。ありがとう、皆……。