サイコー君のくま父さん

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『ネクラだとなぜかモテるんです』 その6

第三章 普通の人

  1 ボクの気持ち

 高校に入学して、本当にいろいろあった。
 でも、今では空気が抜けた感じだ。あまりに速く、一連の出来事はさっさと過ぎ去った。
 ボクは学校に行く。
 普通に友達もできた。
 高倉さんもあの日以降、特に変わった様子はない。女友達と楽しそうにしゃべっていた。
 空手の達人だか、何の達人だか知ることはできなかったが、もういい。……もう冷めてしまったんだ。ボクにはとてもついていけない。

 ……学校が終わればそのまま家に帰宅した。
 刺激のない毎日。
 平凡な行き方。
 虎松鬼門に関してだが、あの日の翌日から学校に来なくなり、なんと学校を辞めてしまった。
 よっぽど高倉さんにやられたことがショックだったのだろう。
 一方、ボクは鬼門が学校を辞めてくれてホッとしている。
 だって、あいつがまたボクにいつ襲いかかるか、わからなかったんだもん。
 これでよかったんだ。
 とはいえ高校生活を完全に辞めたわけではなく、転校するらしい。どこの学校に転校したかまでは知らないけどね。
 というわけでウチのクラスに問題児がいなくなった。……約一名を除いて。
 当然、引きこもりで不登校の生徒もいない。
 なら、他のクラスはどうだろうか?
 他のクラスではまだ何人か不登校の生徒がいた。でも、そのたびに高倉さんが家庭訪問をして、生徒を学校に登校させたらしい。させたというか、自ら足を運んだ。
 ボクと一緒だった。
 高倉さんに関わると、彼女に恋をして、それから冷めてしまい、普通の人間になるんだ。今までのことからして、例外はなさそうだ。

 ――やがて、全てのクラスで不登校がなくなった。ネクラそうな人も、ほとんど残っていなかった。
 ネクランで言えば、誰しも四級未満。プチネクラしかいなかった。
 高倉さん、これではやる気が出ないだろうなぁ。
 あの人にとってはネクラな男子に関わることが、唯一の楽しみのようだったから。ま、それは高倉さんも普通の人間になる、いい傾向だった。
 でも……何事も普通がいいのだろうか?
 高倉さんがネクラ好きというのは演技でも何でもない。本能だ。本心の気持ちだった。
 でも、普段ではそれをあまり表には出さない。
 高倉さんにとっては日常こそが偽り。
 今、彼女はどこにも自分の本当の気持ちを出すことができないんだ。
 それって……ちょっとかわいそうだった。

 ――昼休み、最近では友達もできたから何人かで食堂に行ったりする。
 五時間目の授業が始まるまでそこでずっとだべってる。
 普通の高校生活だった。
 ……でも、それでは満たされない。
 また行くか? あの、旧校舎へ。

 ボクは一人抜けて、旧校舎の前に立っていた。
 こんなところ、誰にも用はない。
 もしかしたらこの中に高倉さんがいるかも……
 でも、ボクはもう高倉さんのことなんてどうでもいいんだ。
 どうでもいい……
 でも、なんでだろう。ずっと考えることは高倉さんのことばかりだ。
 変な子だったけど、魅力があった。
 かわいそうな女の子。本当の自分を誰にもさらけ出すことができない。
 高倉さんはかわいそうなんだ。でもそんなこと誰が思うだろうか?
 頭脳明晰、スポーツ万能、容姿端麗。まさに完璧を絵に描いたような女性。……でも、それは飾りにすぎない。
 本当の高倉さんを知っている人は少ない。

 気づけば、ブロック塀の穴に足をかけている自分がいた。
 バカな……今更何を期待している。ボクはネクラを卒業したんだ。旧校舎に入る意味なんて一つもない。
 ……意味のあること以外はしてはいけないのだろうか。
 それって個性の一つなんかじゃないかな。
 未知への探究心は抑えられない。ボクは訳のわからないまま、旧校舎の中に入ろうとした。
 まるで不思議な魅力に自然と引き込まれるように……
 図書室……何も変わっていない。
 床に流血の痕が残っている。……鬼門の流した血だろう。
 あいつがここを使わなくなって、もう誰も利用する者もいなくなった。
 この旧校舎に、もしかしたら高倉さんがいるなんて……そんなわけないのに。
 ボクは図書室を見て回った。
 ゆっくり、こうして見るのは今回が初めてだ。どんな本が置いてあるのだろう。やっぱりどれも古い本ばかりなのか。
 時代を感じる。昭和の、それも中期ぐらいの本しか置いていない。
 平成から発行された本は一冊もなかった。
 ある意味、歴史的な本がたくさんあってレアじゃないか。
 どれも古い匂いがした。古本独特の匂い。でも、嫌な匂いではない。どこか落ち着く匂いだった。
 食堂でたくさんの人とおしゃべりしているよりずっと落ち着く。
 ボクの居場所はここなのかもしれない。
 ここに通おう。昼休みはね……
 
 それからボクは昼休みをずっとここで過ごした。
 初めはここに来て、ずっとぼーっとしていた。それが飽きると本の匂いを嗅いだり、わけもなくページをめくったりした。
 この旧校舎にはボクしかいない。ボク専門の校舎だ。
 こんな生活がもう二週間ほど続いた。
 やがて、本をめくることにも飽きてしまった。
 さて、何をしようかな……。
 前のことを思い出した。そうだ、ボクはティッシュでうどんとか作っていたな。
 今、思えばおかしな話だ。あのときは高倉さんにちょっとでも気に入られようと、やっきになっていた。
 でも、今は違う。ただちぎるだけじゃない。本当のアートをしてみよう。ティッシュで。
 毎日一時間、ボクはティッシュをちぎり続けた。
 ポケットティッシュだけでは間に合わない。家から箱ごとティッシュを持ってきた。
 暇つぶしにほとんど近いこのティッシュアート。でも次第に楽しくなってきた。
 へへっ、これってやっぱりネクラだよね。普通の人はこんなことなんてしない。おかしいよ。
 ……でも、意外にそれが楽しかったりする。
 せっせ、せっせと作る。
 ――ふと、誰かの視線を感じた。
「誰っ?」
 誰も知らない旧校舎への入り口。視線は窓の奥から感じた。
 もしかして高倉さん?
 ボクは急いで窓の方へ向かって走った。
 でもそこに高倉さんの姿はいない。
「気のせい……か」
 ボクはまたいつもの机に座り、ティッシュをちぎり続けた。
 ……でも、さっきとちょっと違う。それは匂いだった。いつもなら古い本のあの独特な匂いしかしない。
 でも、今は……香水のような、花の香りがした。
 それは本ではない、とてもいい香りだった。
「まさか……まさかね」
 ティッシュアートが面白い。もう持ってきた一箱がなくなりかけていた。明日、また新しいものを持って来なくては。

 ボクはティッシュアートにはまった。
 別にこれはネクラをアピールしているわけでもない。純粋にそれが楽しくなったのだ。
 授業中も休み時間も、昼休みは旧校舎に入ってティッシュアートをした。
 そして、家に帰ってもだ。人間、何がきっかけでどんな趣味を持つのかわからない。
 もうティッシュアートに夢中だった。
 ――ある日、高倉さんがボクの席にやってきた。そのときはちょうど昼休みだった。
「よっ、勇戸君」
 高倉さんと話すのは久しぶりだった。もう二週間ぶりだろうか。
「……あ、やあ、高倉さん。元気? どうしたの?」
「いや、別にこれといってこともないんだけど……勇戸君の方こそけっこうネクラしてるじゃん」
 高倉さんがボクのティッシュアートを見て、そう言った。
 ボクはクスリと笑い、今、作っているティッシュアートを見せた。
 それは初めの頃に作っていたうどんなどとは違い、鶴の形をしていた。
 ティッシュを折り紙のようにして鶴を折ったのだ。
 紙と違って、ちょっとした力加減ですぐに破れてしまう。この鶴を作るのはかなりの器用さが必要だった。
「わぁ、これすごい……勇戸君が作ったの?」
「そうだよ。こんなの学校で作ってるなんてボクぐらいのもんさ。他に誰かが作っているなら教えてもらいたいぐらいだよ。あ、そうだ。高倉さん、さっきボクのこと、ネクラって言ったじゃん?」
「え、ええ……だってネクラじゃん?」
「違うよ。これはアートだよ。芸術さ。作品を作ることがネクラなの? ボクは違うと思う。残念だけど、ボクは高倉さんが思うようなネクラじゃあないよ。高倉さんが目を覚めさせてくれたんだ。本当に自分のしたいこと。それが例え一般的に変であっても、それは個性さ。何も恥じることはない、だろ? だからボクをネクラだなんて言わないでほしい」
「え、うん……ごめん」
 このボクの答えに高倉さんは心底驚いたようだ。
 まあ無理もない。ちょっと前までは本当にネクラでどうしようもない奴だったからな。
 周りの友達も次第にボクのティッシュアートに興味を示してくれた。褒めてくれると素直に嬉しい。

「おい、陰見。すげーな、これ。もはや芸術じゃん?」
「ああ、それ? いいだろ? 自信作なんだ」
 彼が見ているのは白鳥だ。
 ティッシュ三百枚を使って作った傑作。高さは十センチぐらいだった。
 ティッシュを一枚一枚丁寧に折っているので、強度はかなり強い。これは五日ぐらいで作った作品だった。
 他にもたくさんある。
 犬や猫も作った。それに家とかもね。西洋の建築物も見様見真似で作った。
「すごいな、すごいじゃないか」
 新しい自分。生まれ変わったような感じ。
 毎日が楽しかった。――でも、事件は起きた。
 
 ある日、高倉さんが学校を休んだ。
 そのときは体調でも崩したのかなって、ちょっと心配する程度だったんだけど、二日目も彼女は休んだ。
 これはおかしい。インフルエンザか?
 ボクは気になったので、担任の先生に高倉さんが休んでいる理由を聞いてみた。

 ――それは放課後のこと。
 ホームルームが終わり、先生が教室を出る前にボクは呼び止めた。
「先生!」
「おっ……どうした、陰見」
「あの、高倉さん……ここ二日休んでいるようですが、何かあったんですか?」
「ああ……お前、高倉と仲がいいのか?」
「えっ、まあその……はい」
「そうか。……別にな、大きな病気とか怪我ではないんだ。本人の問題らしい。どうもやる気が出ないんだと。ま、そのうちケロッとして学校に来るとは思うんだがな」
 やる気が出ない……それって本当に大丈夫なの? 心配だ……。
 先生が教室から出て行く。……まだだ、まだ行かないで!
「せ、先生っ!」
「わっ、何だ……今日はえらく元気じゃないか。まだ何か聞きたいことがあるのか?」
「高倉さんの住所……教えて下さい! お見舞いに行くんです」

 ……先生から高倉さんの住所を聞き、ボクはさっそく家に行くことにした。
 以前、ボクは高倉さんに二回もお見舞いに来てもらっている。今度はボクの番だ。
 あのとき、高倉さんはボクに元気づけてくれた。今のボクがあるのもそのときのおかげである。だから、今度はボクが高倉さんに元気づける番なんだ。
「住所……ここらへんだと思うんだけど」
 地図を片手に慣れない土地をさまよい歩く。そして……
「高倉……高倉……あっ、もしかしてここかも?」
 高倉と書かれた表札。一軒家だ。庭つきで、車つき。それに三階建て。
 家もかなり大きい。一瞬で裕福な家庭だとわかる。
「お金持ちだったんだ。それもかなりすごい……」
 こんなに立派な家だと訪問するのをためらってしまう。
 空中でちょっと指をプルプルさせながら、軽くちょんっとインターホンを押した。
『はい? どちら様ですか?』
 女の人の声。……高倉さんのものではない。おそらくお母さんか?
「あの、すみません……ボク、笑美さんと一緒のクラスで陰見勇戸っていいます。今日はその、笑美さんのお見舞いに来ました」
『……そうですか、ちょっとお待ちになって下さい』

 ちょっとして、笑美さんのお母さんだと思われる人がでてきた。
 ボクのお母さんと同じぐらいの年齢なのに、とても若く感じる。
 髪もビシッと決まって、着ている服も高そうなものだ。わずかな隙もない。見事だった。
「陰見君? わざわざ来てもらって悪いわね。さ、どうぞ家の中へ」
「はい、すみません……失礼します!」
 広い玄関。高い天井。
 これが高級住宅というものなのか。まるで、外国映画のワンシーンのようだ。
 家具もきれいで全部値段が高そう。奥の方ではメイド服を着た若い女の人が、お掃除をしている。床は特殊な石……大理石だった。
「わぁ、すごいや……」
 ボクは素直に感想を言った。
「ふふ、笑美の部屋ね。階段を上がって二つ右の部屋よ」
「あ、ありがとうございます!」
 高倉さんのお母さんはとても優しかった。それに優雅でかっこいい。

「こ、ここかな……ちょっと緊張するな」
 コンコン――。
『……はぁーい。……母さん?』
 この声、高倉さんだ。ここに彼女がいる。たぶん、私服の……。
 考えれば何の連絡もなしに家に訪問して……悪くなかったかな。
 って、こんなときに考えるもんじゃないよね。もう、このドアの向こうには高倉さんがいるんだ。ノックもしちゃったし。
『ちょっと誰なのー? もしかして父さん?』
「あのっ、ボク! 陰見です!」
「かげ……あぁっ! もしかして勇戸君?」
「はい……」
 ガチャッ!
 すごい速さでドアが開かれた。
「えっ、ウソ……まさか本当に? どうしたのよ、こんなところに来て?」
「……迷惑だったかな? お見舞い……に来たんだけど?」
「……いや、そんな」
 あ、いけない。お見舞いに来たとか言って、何も持って来なかった。
 こういうときはフルーツとか持ってくるんだっけ?
「部屋、入って」
「うん……」
 高倉さん、とっても驚いているようだった。
 高倉さんは部屋に入ると奥にあるベッドまで移動して、そこに腰をかけた。
 彼女の部屋は机にベッドにあとは本棚……あ、あとテレビもある。
 けっこう普通っぽい部屋だ。
 もっと奇抜なイメージを持っていたんだけどな。
「ちょっとぉ~、勇戸君? あんまり、部屋の中、ジロジロみないでよォ」
「あ、ごめんね。つい……」
 高倉さんはパジャマ姿だった。ピンク地に黒い水玉。ボタンと裾は白っぽかった。
 ちょっと派手かも。でも、高倉さんに似合っている。かわいい。
「ん? やだぁ、今度はわたし見てるの? ……けっこういやらしいのね、勇戸君」
「いや、ごめん。そんなんじゃないんだな……その、かわいいパジャマだなって」
「あっ……うぅ……」
 今になって自分の姿に気づいたみたい。
 真っ赤になって……恥ずかしいんだ? とってもかわいいのに。
「もうっ、お見舞いに来たっていっても、別にどこも悪いってわけじゃないんだけどね」
「うん、先生に聞いた。やる気がないんだって?」
「……そうよ。なんだろう、ここ最近、ちょっと変なのよ」
「もしかして鬼門が学校を辞めちゃったからかな。それで高倉さん、寂しいとか?」
「バカ言わないで。何よ、あんな奴。詐欺じゃない。ネクラじゃないのに、ネクラとか言って……そういう勇戸君は調子いいようね。その、全然ネクラっぽくないよ。ごめんね、前は。ネクラとか言ったり、一級とか二級とか勝手にランキング付けしちゃってさ」
「いや、いいんだよ。だって高倉さんのおかげでボク、今幸せだから」
「ふーん、そう? なら、よかったじゃない」
「だから今度はボクが高倉さんを元気にしてあげたいんだ。何かできることはないかなぁ?」
「別に……ないわよ」
「そ、そう? それは残念だ……ねえ、高倉さん?」
「何よ、もう」
「前から聞こうと思ったんだけど、何でネクラが好きなの? 今でも好き?」
「それは……わたしって本当はネクラだから」
 えっ……?
 彼女から出た言葉はいくつか予想していた中のどれにも当てはまらない。意外な答えだった。
「そんな……高倉さんは全然ネクラじゃないでしょ?」
「見た目ではね。でも、これ……抑えているのよ。本当はわたしだって、部屋にこもって漫画読んだり、ゲームしたりしたいわ。学校にいるときも牛乳キャップで遊んだり、消しゴムのカスを集めてニヤニヤしたり、割り箸を大量に作って工作なんかしたりしたい。……勇戸君のティッシュアートだって、わたし本当はすっごくやりたいんだから」
 彼女の目に涙がたまっているのがわかった。
 ……そうか、ずっと我慢していたんだ。
 高倉さんは本当はネクラ。地味な遊びもたくさんしたい。でも、学校でそんなことをやっている彼女をボクは見たことがない。何で……
「……世間体。勇戸君、わたしの母さん見たでしょ? 真面目でね、父さんもあんな感じなの。だからわたしはいい子ちゃんでいなければいけないのよ。わたしがティッシュをちぎって、『うどん』とか言えると思う? そんなの見つかったら両親に気絶されてしまうわ」
「でも、だからって本当にやりたいことを我慢するのはよくないよ。ストレスだってたまっちゃう!」
「できないの! それが世間よ。社会よ。だからわたし……地味でネクラな男子が羨ましかった。憧れだった。女の子はそういう子、ほとんどいないからね。だから……勇戸君、初めてあなたの家に行くとき、わたしはとてもドキドキしていた。彼はわたしのできないことをやってのけている。すごい! わたしも学校休んで引きこもりたいってね」
「……でもボクは今、ネクラじゃない。学校にも行っている」
「そう、そしてティッシュアートという地味な遊びを芸術にまで発展させた。すごいよ、もう。……ショックだったんだ、わたし」
「え? 何が……」
「あなたなら、牛乳キャップを使っても、消しゴムのカスを使っても誰もバカにしないと思う。それだけの器用さや、芸術の腕を持っている。割り箸、紙コップ……わたしがそれらを使って工作してもただの変態、ネクラ、変人、異常者。でも、あなたはそういうのを全て芸術に変える! 羨ましかった!」
 ボクの、せい……?
 高倉さんが最近、元気がないのはボクのせいだった?
「わたしだって地味な遊びがしたいよぉ。もういい子ぶるのやだぁ。ピアノにバレエに、お勉強……文武両道、嫌だぁ……」
「いろいろやってるんだね……」
「何で高校一年生の女の子が、二十もの格闘技マスターしなくちゃいけないのよ。そりゃあ、できるけどさぁ、もっと地味なこともしたい……」
 二十もの格闘技? ……それであの強さだったんだ。高倉さんの謎が一つ解けたぞ。
「地味なこと……したいならしようよ。ボクも、よかったら一緒になってするからさ」
「ダメよ。だって、わたしはずっとこうして生きていたのよ。それを今更……ティッシュアートがしたい? そんなこと父さんや母さんに言えるわけないでしょ?」
「何で……何で言えないの? 本当にしたいことなんでしょ? ずっと我慢している方がよっぽど辛いと思う。高倉さんだって、ご両親だって……」
「あんたに……あんたに何がわかるのよっ!」
「あっ、痛い!」
 高倉さんの投げた枕がボクの顔に当たった。
「うっ……うぅ……」
「泣いてるの? 高倉さん……」
「わたしがネクラなこと、できるわけないじゃない……」
 どうしたら高倉さんに元気になってもらえるんだろう。例え一時的に回復したとしても、それは根本的な問題解決にはなっていない。
 ボクにできること……考えろ!

「……ねえ、何黙ってるのよ。何か言ってよ」
「高倉さん……その、ちょっと待ってて!」
 ボクは部屋から出て、階段を下りた。
 その目的は高倉さんのお母さんに会うこと。会って説得することだ。
 本当に自分の子を愛しているのなら、認めてくれるはず。
 もう高倉さんは優等生でいたくはないんだ。ボクは高倉さんが何でもできるすごい人だと思っていた。
 でも、それは違う。彼女もボクらと同じ人間だ。弱いところだって当然あるんだ!
 ロビーにはいない。それなら、どこか別の部屋か?
「ちょっと待って、勇戸君! 一体どうしたの?」
 高倉さんの声が後ろから聞こえる。
 待ってて、もうすぐ君を解放してあげる。本当の自分を……

 下の階には床の掃除をしているメイド服の女性がいた。
「すみませんっ、笑美さんのお母さん、どこにいますか?」
「奥様ですか? あそこの……もしご用でしたら、わたしがお呼びしましょうか?」
「いや、それには及ばない……」
 ボクはメイドさんが指さしたドアに向かって走った。
「あっ、ちょっとボクぅ?」
 うう、大人の女性の人にボクなんて呼ばれたぞ。ちょっとショックだ。この童顔はやっぱりコンプレックスだなぁ。
 ドンドン、ドンドン――。
 ……コンコンではない。ドンドンだった。
 それほど強く、ボクはドアを叩いていた。
「すみません、笑美さんのお母さんいますか? 陰見です。お母さんにお話があります。もし、いましたらドアを開けてもらえませんか? 重大なお話です。娘さんのお話です。ぜひ!」
「……もうっ、何してんのよぉ、この子は……わたしが怒られちゃうじゃない」
「あっ」
 ボクはメイドさんに後ろから捕まってしまった。
 彼女もかなりの美人だった。年齢は二十歳? ……十代かもしれない。
 ギイィ……
 ドアが小さな音を立てて、開いた。
 そこには高倉さんのお母さんがいる。
 ……不思議そうな顔をしていた。でも、それが普通の反応だろう。
「よかった、開けてくれて……お話を、話を聞いて下さい!」
「……もちろん、話は聞くわ。美香さん、放してあげて」
「あ、はい。奥様……」
 美香さんと呼ばれたメイド服の女性はそっとボクを下ろした。
「陰見君だったっけ? さあ、いらっしゃい。この部屋はわたしの部屋。……わたししかいない」
「はい、お邪魔します」
「ちょっと何してんのよ? 勇戸君、あなたどういうつもり?」
 一階に下りてきた高倉さんがボクにそう言った。
「いや別に……君のお母さんと話を……」
「そんなのわかってる。何を話すつもりかって聞いてんのよ」
「君が本当の自分になるため……さ」
「よけいなことしないで! わたしは今のままでいいの! 勝手に話を進めないで!」
 でも、ボク……じっとしていられないよ。だって聞いたんだもん。高倉さんの本心、本音……。
 だったらボクがそのお手伝いをしてあげる! 背中を押してあげるんだ。それが余計なことと言われても。
「よけいなことするなぁぁ――――――――――――!!!!!!!」
 高倉さんが叫んだあと、ボクは高倉さんのお母さんの部屋に入った。

「――で、話っていうのは何?」
「笑美さん……二日ほど学校を休んでいますよね? それってなぜ休んでいるのか、お母さんはご存知ですか?」
「体調が悪い――そう聞いているけど?」
「じゃあ、なぜ体調が悪いのか知っていますか?」
「……何が言いたいの?」
「笑美さん、苦しんでいるんです。全部、ボクのせいだ。ボクだけ一人はしゃいで……」
「あなたが、はしゃいで……なぜ笑美が苦しむの? 関係ないんじゃないの?」
「関係あります! ……ボク、ついこないだまで本当のネクラでした」
「ネクラ……?」
「話を最後まで聞いて下さい、お母さん」

 ……ボクは高倉さんのお母さんに全てを話した。
 高倉さんがネクラな男が好きだとか、ボクのティッシュアートのことだとか。虎松鬼門のことも話した。
 そして、本当の高倉さんでいるためにご両親の理解を、地味でネクラな遊びを……認めてほしい。
 高倉さんがそうしていても、何も言わないでほしい。支えてあげてほしいんだ。
「……悔しい」
 えっ?
「悔しいのよ。あなた、まだ笑美に出会って一か月とちょっとぐらいでしょ?」
「はい……高校に入ってからでしたから。笑美さんと出会ったのは」
「たった一か月ほどの付き合いで、なぜあなたは母親であるわたしより娘のことを知っているの? ……それは気を許しているという証拠。悔しいけど、笑美はわたしよりあなたを選んだ。……ありがとう」
「えっ、ちょっと待って下さい! ボクはその……」
 急に高倉さんのお母さんがボクに頭を下げたので、驚いてしまった。
 ……何なの、これって。
「やめて下さい、お母さん! 頭を上げて下さい!」
「母親失格ね。一体、今まで何を見ていたんだか……」

「やめっ、美香さん放して……!」
「ダメです。中では奥様が、お客様と大事な話の最中でございます!」
 ドア越しに聞こえる怒声のようなもの。
 それは高倉さんとメイドの美香さんだった。
 
 バンッ!
「ちょっと、勇戸君? お母さんと何話してたのよっ!!」
 勢いよくドアが開かれた。
 ……その後ろで美香さんが申し訳なさそうな顔でこちらを見つめていた。
「何を話したの……ねえ、母さん?」
「笑美……あんた、ネクラが好きなんだって?」
「あっ、その……それは……えと……」
 ご両親には内緒にしてたんだ。……なんて顔しているだ、高倉さん。
 言葉も何言っているのかわかんないし。
 人間って本当に恥ずかしいとき、そんなに赤面するもんなんだ。
 でも、これは乗り越えなければならない壁!
 お母さんとちゃんと話して。がんばって!
「く、くぅぅ~っ!」
 鬼のような形相でボクを見る高倉さん。
 ……正直、超怖いッス。
「笑美、こっちを見なさい。……で、どうなの? 本当なの?」
「う……うぅ、だから言ったのよぉ……」
 もう泣いていた、高倉さん。
 泣き顔もかわいい。でも今そんなこと言ったら、あの見えない蹴りで瞬殺されそうだった。
「笑美! どうなの? 本当なの?」
「……本当ですぅ」
「だったら……何で今までお母さんに、そう言わなかったのよ?」
「……え?」
「わたしはてっきり笑美がピアノも他のお稽古ごとも、勉強も……楽しそうにしていたからそう信じていたのよ? でも、本当はそれが嫌だったなんて……」
「わたしは……お母さんたちが喜ぶ顔が好きだったから。だから、わたし、いい子になろうとして……」
「がんばらなくていいの」
「がんばらなくて……いい?」
「笑美、あなたは好きに生きていいの。もちろん犯罪者とかそういうのになったらダメよ。でもネクラな遊びぐらい、いいじゃない。格好悪いなんてことないよ。あなたの好きなように生きていい! ネクラ、最高じゃない!」
 ……いや、最高ではないと思うけど。それに格好悪いような。
「う……お母さんっ!」
 高倉さんがお母さんに抱きついた。
 ……何だ、いいお母さんじゃないか。話せばわかってもらえた。
 今までは話すきっかけがなかっただけ。お互い、遠慮してたんだ。よかった、本当に……。