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『神の子』 その6

  2 三人の師匠

 大学に通い始めたのは二十一のときだった。
 以前から独学で得た知識は自分が思っていたよるも相当な量で、基礎レベルの授業だととても退屈に感じた。
 一番興味があったのは軍事学だった。つまり戦争、軍事力、戦略、戦術、統率、兵器さらに政治、地理、工学など幅広い分野における知識を必要とした。
 学ぶところはどこでもいい。大切なことは知識であって肩書ではない。……海外に留学するか。父は日本にいなかった。会って今度のことをゆっくり考えるチャンスでもある。神殺しの計画。それがどれほど進んでいるのか気になった。
 その気持ちは募るばかりだ。しかし、そうなるとマーラの傍には誰がついてやるのか。彼女を連れていくわけにはいかない。
 一人暮らしさせる意ことはできない。監視の下でなければいずれ彼女に課した目的も風化する。父の研究所で生活をさせるか。俺が留学する期間は約四年。その間にどれだけ強くなるかな……。

 マーラは六歳になっていた。身長が高くなり、言葉もしっかりしてきた。順調に育っている。
「――お帰りなさい」
「あぁ……ただいま」
 俺が学校に行っている間はマーラに読書をさせていた。知識を得るには本が一番だ。
「お前に言っておくことがある。ここでの生活はもう終わりだ。明日からは父の研究所に移ってもらうぞ」
「え……それはどうして?」
「俺は海外に行く。そこで神に対抗する知識を見つける。四年だ。その間、俺はお前を見てやることはできない。だから研究所にお前を預ける」
「わたしも連れていってはくれないのですか?」
「連れてはいかない。おそらく俺が向こうに行っては自分のことで手一杯だ。俺はこの四年間で世界でもトップクラスの科学者になるだろう。ならなければいけない。そんな中でお前を見てやる暇がない。お前は神を殺す上では不可欠な存在だ。四年間野放しにしておくにはもったいなすぎる。ちゃんとした指導者のもとで成長させる。わかったな? お前に選択権はない」
「……わかりました」
 マーラは四歳になるまで研究所で育った。懐かしい気持ちがあるのかもしれない。この家での生活は二年程度だったが彼女の目にはどう映っただろうか。嫌な思い出しか残っていないだろう。研究所に戻っても以前のような生活にはならない。今の生活の延長だ。すべては神を殺す技術を身につけるため。
 
 翌日、俺とマーラは父の研究所に行くことにした。
 父の研究所の基本システムとして、ネットワーク、安全対策などといった研究以外の仕事はすべてそれぞれの専属スタッフが行うようにしている。その結果、研究者は研究だけに全精力を注ぐことができる。
 研究所は私立研究所であり、個人や財団の寄付金が大きな財源となっている。
 特にオカフジ財団と三和夫妻からは、合計七千億円もの寄付金を受け取った。
 また外部による資金も行っている。世界的にも有名な薬品会社――マサシアシキャリー薬品との協定は、研究所が十年間で総額三十億ドルを得る代わりに、研究成果を元にした商業化に関する権利を薬品会社に渡している。
「外に出ろ。荷物はあとで送ってやる」
 荷物といっても数着の服ぐらいしかなかったが。
「……わぁ。外、だ……」
 外に出るな、という命令にこいつは従った。窓から射す太陽の明るい光。直に触れるのとはまた違う感覚だろう。
「車に乗れ。研究所まで俺と一緒だ」
 マーラは黙って車に乗った。ずっと外を見ている。普通に考えれば外で思いきり遊びたい年頃だ。……すまないな、それは諦めてくれ。お前は普通ではない。特別な存在だ。
 ――車を飛ばすこと一時間。都会から離れ、建物も少なくなる。山や田んぼが目立った。ところどころにはきれいな建築物もある。最近建てられたようだ。
 病院があったり、大きなスーパーもある。古いものがある中、新しいものがあった。
 父の研究所もそんなところにある。
 その敷地面積はおよそ百十三ヘクタール。原子分解能走査透過型電子顕微鏡やX線光電子分光装置といったような、世界でも最先端の研究設備が整えられている。
 いずれ俺もここで研究するのだろう。できるだけ海外で知識をつけたあとで……。
 車はすでに敷地内に入っていた。建物の入り口までもう少し走らせる。
「ここを覚えているか? マーラ」
「はい。覚えています……」
「研究所を出て二年。その間にお前もだいぶ変わったな。これからは本格的な訓練を受けることになると思う。……お前が自由になれるのは神を殺してからだ」
「わたし……やりますよ」
 長い時間をかけての洗脳が成功したのか? 彼女には少しも嫌がる様子はない。
 洗脳とは、ある人間の人格を破壊した上で違う人間を作り上げてしまうため、人道的にはやっちゃあいけないことだ。
 記憶の改竄により、洗脳の際に不当な扱いを受けたという記憶すら失っている場合は、洗脳を受けたということを認識する自体不可能である。
「広造様のためにわたし、やります」
「俺のためだって? ……妹は神の気まぐれで殺された。地球上に住む人間すべても神の気まぐれで殺される可能性がある。そうならないために先手を打つわけだ。忘れるなよ」
「はいっ!」
 強くなれ。まずは地球で一番強く。そのためには死に物狂いに訓練を続けるしかない。
 本館の一階に入ると、すぐに受付がある。何度か顔を会わせている。父――大造の名前を出さなくても立ち入りは許可されていた。
「広造様。お待ちしていました」
「マーラを連れてきた。当時、こいつの世話をしていた奴は誰だ? ここに呼んできてほしい」
「少々お待ち下さい」
 待っている時間、マーラを横目で見た。……特に不安がっていることもないか。前の担当者、俺はそいつに会うのは初めてだ。さて、どんな対面になるのか。この二年でマーラは変わったぞ。無垢な部分はなくなり、俺の命令なら絶対にこなすマシーンとなった。まだ戦闘技術はゼロだがな。だが、それも近いうちに身につくだろう。
「――お待たせしました。わたしが……」
 女か……。白衣を着ている女。年齢は二十代半ばといったところか。ふん、こっちのほうが子どものような無警戒のツラをしている。笑顔で向かってきたようだが、マーラを見て一瞬で顔つきが変わった。マーラを見てその変貌ぶりに驚いたのだろう。
「マーラ……ちゃん?」
「おい、俺はこのあと飛行機に乗るんだ。こいつの世話係はお前だけじゃない。ひと通り顔を合わせておきたい。急ぐから早く動け」
「は、はいっ! 申し訳ありませんでした、広造様!」
 隙だらけだ……チッ、こいつの甘さがマーラに移らなければいいが。生活関連の担当者を変える? もっと陰険な奴にしたほうがいいか。それのほうがマーラに憎しみの感情を植えつけられる。
「……なにか?」
「うん、ちょっと品定めだ。お前、名前は?」
「倉田美紀です」
「お前は今のマーラを見てどう思う。率直に言ってくれ」
「マーラちゃんですか……その、大きくなりました」
「外見のことを聞いているんじゃないんだがな。他には?」
「利発そうで、物静かで……大人びた感じですね」
 月並みな答えだな。どうもつまらん。平凡すぎる。本当にこいつにマーラを任せてもいいのだろうか。神を殺す計画は壮大なものだ。本人の周りにいる人間が与える影響は大きい。
「――なら、マーラ。お前は彼女を見てどう思う? 言え」
 マーラは少し考えてこう言った。
「甘いですね。血も見たことないんじゃないですか。……幸せそうな顔してる」
「では幸せとはなんだ? 言え」
「わたしに幸せなんて言葉はいらない。必要ない。それは幻想。夢の中でお姫様ごっこする年齢ではありません」
「ハッハッハ。だってさ、倉田。お前のほうがマーラより子どものようだな。お前が彼女にしてやれることを言え。五秒でだ」
「え……なにそれ? ちょっと……え?」
「――五秒たった。やっぱりお前はいらない。担当者を変える。……いや、いらないか。なにか必要なものがあったら庶務課に電話しろ。倉田、マーラの強化関連の担当者まで案内しろ。早くだ」
「はい……わかりました」
 ……こいつ、利用できるかもな。最後にあれを試してやるか。

 倉田が初めに案内するのはマーラに武術を教える者。武術と言えば聞こえはいいが、実際は暗殺術だ。体術、人体の知識、武器の使用法、兵法など学ぶべきものはたくさんある。
「こちらです」
 俺たちが着いたところ――そこは一面に畳が敷かれている。広いし、天井もかなりの高さだ。ここならどんな運動もできる。
 奥から三人の男がやってきた。……こいつらか。父も優秀な人材を集めてきてくれたものだ。二人とも殺人を経験している。刑務所から出したな。
「ご紹介します。彼らは――」
「いや、いい。お前の説明は長そうだ。俺も彼らを知っている。……全員、殺人鬼だ」
 左に見えるのが竹上小太郎。羽賀兵庫。百々山源内だ。
 竹上は剣の達人。体術の達人としても有名だ。彼はたまに人殺しがしたくなるという異常者だった。本人にしてみれば夜中に喉が渇いたから自販機まで行くようなものなのだろう。深夜にふっと外を出ては数十人を殺してやっと気が収まるらしい。こいつを捕まえるときに出動した警官は約五十人。鉄砲の弾も竹上にしてみれば見切れるスピードだ。
 銃弾を見切る目や、それに対応できる反射神経を持つこと……一般的には不可能だと言われている。人間の肉体の強度や反射神経には限界がある。しかし、マーラの場合は例外だ。彼女は人を超える存在だ。
 ある武術家の達人は相手が動くより先にかわす動きをすることができる。その理由を、自分は白い光のようなものが見えて、その光をかわしているだけだと彼は言った。
 人間極限まで鍛えれば、何かを会得する。その一つが脳で危険信号を予測するのかもしれない。
 三十人以上の犠牲者を出してようやく捕まえた。もちろん判決は無期懲役。こういうときのために死刑は免れた。こういう厄介な奴がマーラにとっては必要だ。
 年齢は三十代後半。整った顔立ち。髪は長く、着衣している白の和服は血が模様のように染まっている。常に刀を握っていなければ落ち着かないのか、今もギラギラと輝く刀を持っていた。
 日本刀の特徴は折れず、曲がらず、よく切れる。
 それは戦国時代から作り続けられている。鎧や甲冑などの進歩に対して、その度に改良が加えられた非常に殺傷力の高い武器だ。
 折れないためには柔らかな鉄であること。曲がらないためには硬い鉄であること。よく切れるためには切れる形が重要だった。
 これらを解決するために柔らかな鉄を、硬い鉄で包み込む構造になった。
 ――スッ。
 その男が刀の切っ先を俺に向ける。……挑発しているのか。それで俺とマーラの胆を計ろうとしているのか。
 かつては日本で一番脱獄が困難な刑務所だと言われた刑務所にこの男はいた。
 一般的にそこは施設の劣悪さと凶悪犯が多いイメージを強く持っている。
 一九八〇年代にこの建物は建設された。
 当初にあった死亡者が続出するような強制労働はなくなり、今では土木工事への就労などが所内の労働になっている。
 観光客が正門前に訪れているが、自由に立ち入ることができるのは正門前までであり、施設内の立ち入りは一切許可されていない。
「無礼な男だな。挨拶代わりか?」
「お前の父だってな。俺たちを刑務所から出し、ここに連れてきたのは」
「そうだ。嬉しいか?」
「ふざけるな……と言いたいところだが。お前はわかっているのか? 俺たち三人は殺人鬼だ。俺たちの気分次第でお前たちは死ぬ。俺たちは刑務所に戻されることを恐れていない。また警官たちと生死を懸けた闘いができるのかと思えばむしろ……そうだな。嬉しく思うよ」
「殺すことしか能のない人間か。気に入った。そういう人材こそマーラを強くさせるだろう」
「誰がお前の命令に従うか、と聞いているんだ。殺すぞ?」
 切っ先は目の前まで届いている。……こいつはマジだな。しかもかなりの実力者だ。重量のある刀を片手で持ち、それを水平に維持してもまったくブレない。こいつの力がマーラに備われば確実に強くなれる。
「……俺と殺し合うか? なら、足はやめておけ。俺の義足には小型化した核が搭載されている。この道場や研究所どころではない。日本列島すべてに影響を与えるほどの威力だ」
「……は?」
「その通りの意味だ。さらに俺の義手にもあらゆる武器が仕込まれている。お前の剣とどっちが速いか試してみるか? ……たぶん、お互いが重傷を負うだろうな。死ぬかもしれない。ま、そうなったらそれでもいい。俺は地獄に落ちるだろう。死んで神と直接殺し合うことにするよ」
 静寂なときが生まれた。マーラも他の二人も堂々としている。倉田だけは尻を地につけていた。
 核兵器核分裂の連鎖反応、または核融合反応で放出される膨大なエネルギーを利用する兵器の総称である。
 それは人類が開発した最も強力な兵器の一つであり、その爆発は一発で都市を壊滅させる事も可能だ。
 兵器の形態として、開発当初は大型航空爆弾のみであったが、今では小型化することに成功している。
「……本気か?」
「本気だ。時間がない。彼女にお前の殺人術を教えてやってくれ。神を倒した暁にはお前を無罪放免にしてやる。俺の父にはそれだけの力がある。断れば今すぐ俺がお前を銃殺する。二択だ。答えろ」
「……その前に、お前は何者だ?」
「妹を神に殺された。俺も殺されかけた。マーラは神の子だ。神に復讐させるために俺はこいつを強くする。協力しろ」
「……わかった。お前たちに協力してやろう。イカれた奴らだ、俺以上にな」
 竹上が笑う。一人説得できた。あと二人。

 羽賀兵庫は爆弾魔だ。九歳のときから爆弾作りをしている。
 そのときは家にあるもので爆弾を作ったらしい。
 一般に売られている肥料や薬品が爆発物の材料に転用されることがある。そうすることによって、この男はヘキサミン、硝酸カリウム、塩素酸カリウム、塩素酸ナトリウム、硝酸、塩酸、硫酸、過酸化水素水。尿素、硫酸アンモニウム、アセトンといった普通では入手しにくいものを手に入れることができたのだ。
 体技で直接誰かを死に至らしめたことはないが、爆死させた人数は竹上のそれと比べものにならない。彼は一万人以上、ほぼ無差別に人を殺した。
 歳は四十代か五十代。丸いメガネをかけて無精髭が汚らしい。背は低く、背中に大砲のようなものを背負っている。こいつも相当ぶっ飛んでる奴だ。
「羽賀だな。知ってるよ。捕まったのは約十年前か? よく死刑にならなかったな」
「心の病だか精神病だか知らんが、判決が長引いてな。とりあえず服役しているところだ。話によると俺の爆弾の知識を、いつか世界で戦争が起こったときに役立てようって腹だったらしい。政府の考えることもイカれてやがる。俺みたいな悪魔を生かしておくなんて考えられねぇよ」
「悪魔か……お前はこの少女を悪魔にさせることはできるか? お前のその歪んだ精神も彼女に学ばせたい。どうだ?」
「お前さん、本当に神なんぞと闘うのか? バカだぜ、そんなのいるわけねぇよ!」
「お前は自分のことを悪魔と言ったな。だったら神を殺してみないか? 俺に協力すればそれは可能だ。……だが、神に爆弾が効くとは思えないがな」
「な……なぜ?」
「神に銃火器は通用しない。俺が自分の目で確認した。だが、陽動にはなるかもしれん。知らないよりは知っていたほうがいいからな。マーラの頭には小型の爆弾をつけている。この状況、お前だったらワクワクしないか?」
「ば、爆弾? こんな小さな子に……」
「そうだ。神を倒せばお前に一つ島でもやろう。そこで死ぬまで爆弾を楽しめばいい。誰もお前を咎める者はいない」
「…………」
「協力してくれるな? マーラを悪魔にしろ。できるだけそれに近づけるんだ」

 最後は百々山源内か。こいつの説得が一番厄介そうだな。
 遠くから怪しい術で何人もの人を殺したという話は、噂などではなく事実だった。その力は未だ解明されていない。呪いなのか、それとも他の別のものなのか……確かな情報はほとんどなかった。
 こいつが捕まったのは、殺人を依頼した人物がうっかり口を滑らせてしまったのがきっかけだ。それで百々山の居場所がわかってしまう。今までの解決されなかった怪奇事件、その多くに彼が関わっていた。当然、口を滑らせた人間は後に百々山の呪いで殺されている。
 怪しい術にかけてはスペシャリストだ。きっとマーラの秘めた力を開花させることができるだろう。
 すでにかなりの高齢。いつ死んでも不思議ではないジジイだ。彼の髪は逆立っている。首には妖しげな装飾品をつけていた。腰が曲がり、手も足も骨と皮だけのガリガリの体型。……ただ、その目にはとてつもない力を感じる。これだとまだまだ死にそうにないな。異常者というよりは化け物だろう。
「お前は呪いで人を殺せるのか?」
「……可能だ」
 一般的に呪いというと、藁人形でクギを打つ、鶏の生き血を捧げる、処女の生き血を採る、動物の死骸を相手に送りつける……といったことを思い浮かべてしまうが、この男の場合、そういったまやかしの類ではない。
 呪いとは、人あるいは霊が精神的・霊的な手段で悪意をもって災厄・不幸をもたらす行為のことである。
 その言葉は「祝詞」と語源的には同じで、古代の言霊信仰に由来するものではないかと考えられてきた。
 呪いを人間がかける場合は少なからず神、悪魔、その他の強力な霊の力を借りていると言われている。あるいはそれとはまったく違う自己の霊能力によるもの……。
「だが万能というわけでもないだろう。誰でも好きなタイミングで殺せるのなら、お前が警察に捕まる道理がないからな。発動条件にはおそらく条件があるのだろう。だが人を呪い殺したのは事実。今、俺はそれについて高く評価したい。マーラはお前以上の術センスを持っているはずだ。……育てたくないか? 天才を」
「……儂は百をとうに超えている。今は百二十三だ。まだ生きようと思うのは我が術の後を継ぐ者を探していたからだったのかもしれん。竹上も羽賀も殺すことにかけては一流だ。その上、儂の術を身につけたとなると……最強が生まれる」
「呪いの術を教えるというより、彼女ならではの新術を一緒に考えてやってほしい。必ずできるはずだ。マーラは神の子。これ以上の素質を持った者はいないだろう」
「承知した。だが、いつまでにこの子を強くすればいい? 神暗殺の計画とやらを儂らにも話してくれんか?」
「いいだろう。こちらの手も明かさないわけにはいかない。説明してやる」
 今、マーラは六歳だ。神に接触を試みるのは十年後。彼女が十六歳になったときである。
 初めの四年は体の基本作りに時間をかけるとしよう。残りの六年間は術に時間を割く。
 俺は海外留学の四年間であらゆる知識を蓄え、その後はこの研究所で父と一緒に神殺しの研究を重ねる。すべては十年後だ。
「――そういうわけだ。とりあえず四年間、マーラを頼む。訓練の内容は問わない」
「心得た。あとのことは任せておけ。儂の采配で彼女に適した強化プログラムを考えるとするよ。お前も死ぬ気になって学んでこい」
「むろんだ。お前に言われなくてもな。……これで俺も安心して海外に行くことができる。だが気がかりなことが一つだけある。それはマーラにその気があるかどうか。ここで見せてほしい。皆が見ているこの前で」
 マーラは俺の言葉の意味をなかなか読み取れなかった。なにか行動を示せと言っている。そのなにかを彼女は考えていた。
「どうすればいいかわからないか?」
「はい……」
「倉田を殺せ」
 倉田が役に立つのはこれぐらいだ。マーラはまだ人を一人も殺していない。いずれは神を殺すのだ。人ぐらい殺せなくてどうする。今のうちに殺人を経験させておいたほうがいい。それによって竹上を始めとする三人も指導に熱が入るというもの。
 ここでお前がどう行動するのか……見ものだな。
「ま、待って下さい。わたし……死ぬん、ですか? 殺される? マーラちゃんに……?」と倉田が言う
「お前の知っているマーラはもうここにはいない。死んで役に立て。それでここにいる全員の士気が上がるというものだ」
 マーラは覚悟を決めたように一歩前に出る。
「どうやって殺せばいいのですか? 武器は?」
「そうか。確かに素手で殺すにはまだ体力差がありすぎるな。……竹上。すまないがその刀を彼女に貸してやってくれないか?」
 竹上は黙って刀をマーラに手渡した。
 思ったより重たかったのか、マーラは刀を持つとふらついてしまった。刀の切っ先が畳に刺さる。そこには穴が空いた。本物の刀だ。これなら彼女の力でも人を殺すことができる。
「武器というのは怖いものだな。六歳の少女が大人を殺すことだってできる。銃だったら指先に力を込めるだけだ。武器を開発した人間は素晴らしい。それはとうの昔にさかのぼる。生きるためには攻撃力のアップが不可欠だった。……今もそれは変わらない。さあ、そいつで倉田を殺すんだ、マーラ!」
 マーラは少しずつ倉田との距離を詰める。まさか直前で俺がやめろとでも言うと思っているんじゃないだろうな? そう甘くないことはお前が一番わかっているはずだ。
「や、やめ……いやっ、本気なの? 来ないで、来ないでェっっ!!」
 マーラは構えた。――そして刀を振った。
 ブシュッ!
 屈んでいた倉田は額を横に斬られた。血が吹き出したあと、前に倒れる。
「本当にやりやがった、あいつ……こりゃ本物だ」
 羽賀が嬉しそうに言った。竹上たちも無言で頷く。
 大したものだ。なんの躊躇もない。二年前まではお前の世話係だったというのに。情などもうずいぶん前に捨てたか?
「どうだった、初めての殺人は?」
「いえ、別に……思ったよりあっけないものですね」
「そうか。……一つ聞かせてくれないか? お前はわざとそいつを殺さなかったのか?」
 マーラの顔が一瞬で青ざめる。
 俺は気づいていた。確かにマーラの振った刀は倉田の額を斬りつけたが、深くは刺さっていない。刃は骨にすら達していなかった。
 狙ったかのような絶妙な間合い。刀をマーラに持たせたのは今回が初めてだ。狙ってこの結果になったというのなら、訓練もなしにこの見事な力量……末恐ろしい娘だな。
「わざとか、それとも偶然か……答えろ」
「わざとです。この人にはまだ利用価値がある。生かしておくほうが得策かと思ってやったことです。ご不満なら……今からでも殺しますが?」
「いや、いい。お前の言う通りだよ。利用できるものは利用しよう。それにしても大した腕だ。拍手したいぐらいだよ」
 その後、倉田は病院に運ばれた。彼女は薄皮一枚斬られただけで、すぐに退院することができた。――が、研究所に戻ってくることは二度となかった。警察に今回の件をチクることもない。
 彼女は優しさに溢れていた。それはマーラにとって不要。もしマーラがこのような運命の下で生まれてこなかったら、また違った結果になっていたかもしれない。今回は縁がなかったと納得してくれ。
 
 一つ、気がかりなこと俺にはあった。それはマーラが思った以上に順調に、育ってくれた。
 ……だがこれでは順調すぎる。挫折を知らない。このまま負けを知らずに成長していくのは、ちとまずい感じがした。……少し、敗北の味を知ってもらうか。
「竹上。俺が出発する前に、一つ頼みたいことがある」
「どうした? 内容次第では引き受けてやるが?」
「マーラと闘って、彼女を半殺しにしてほしい」
 一瞬、場が静まった。
「……お前は俺にマーラを鍛えるよう頼んだのではなかったのか? これでは話が違う」
「いや、結局は同じことだ。いずれ、マーラはお前らよりずっと強くなるだろう。だが、今はお前らに到底勝てない。だとしたら、彼女が敗北の味を知るのは今でしかない。……負けを知らないのは作品として完成してからでいい。せっかくのチャンスだ。今後、お前たちを見る目も変わるだろう。今、マーラが負けることのメリットは非常に大きい」
「一方的に俺が痛めつけるのか?」
「いや、試合形式で闘うんだ。まさか今のマーラに負けるほどお前は弱くないよな?」
「笑止な……」
 本当に負けるようなら代わりを探してこなければならん。頼むから勝ってくれよ。
「マーラ」
「はい……」
「聞いた通りだ。竹上と勝負しろ。武器を使っていい。なにを使う? 自分が一番相応しいと思うものを言ってみろ?」
「わたしは……できるだけ、殺傷能力の高い武器を」
「ふふ、ミサイルでも持ってこいと言うのか? 武器の火力の差があまりにも大きいのはよくないな」
 かと言って、竹上は剣の達人。剣同士の闘いならマーラが相当不利になるな。
 できれば対等な条件で闘って、マーラが負けてくれるのが一番いいのだが……。
「――やってやるよ。素手でな」
 この男、体術もいけるのか? ……マーラを甘く見ないほうがいいぞ。
「剣士が剣を持たない。そんな奴が強いとは思わんが」
「あんたこそ、俺を侮らないほうがいい。殺人鬼と恐れられた実力を見せてやる」
 少女と大人の男性。体力差がありすぎるが、まあいいだろう。これ以上はキリがない。
「試合はすぐに始める。相手を参ったと言わせたほうが勝ちだ。……お互い死ぬ気でやれ。手を抜いていると俺が判断したとき、そのときはなにをするかわからんぞ?」
 傍観者としてその場を見ていた羽賀は楽しそうだった。一歩間違えば死ぬことだってある。これは試合だが、そんな生易しくはない。……どちらかが骨の一本や二本はイッてしまうだろうな。そんなのことは百も承知。実戦の恐ろしさをこの身で知るのだ。マーラ!

「……本当に、いいんだな? お前の大事な娘が傷ついても」
 部屋の真ん中にはマーラと竹上が対峙している。まさに今から殺し合いが始まろうとしていた。
「構わん。殺す気でやれ。そうじゃないとお前が返り討ちにされるぞ。それに言っておくが、マーラは俺の娘ではない」
「くく、大事なってところは否定しないんだな」
 なんとでも言うがいい。お前に求めるものはそんなどうでもいい話なんかではなく、実力を見せることだ。
「マーラ、準備はいいな? じゃあ始めるぞ」
「はい……」
 まだ本格的なトレーニングは何一つ受けていない。勝っても負けても得るものはない。大事なのは経験を積み上げていくことだ。
「始めろ。殺し合いだ」
 合図をするが、すぐに二人は動かない。やがてマーラだけが構えを見せた。
「なんの構えだ? ……よくわからん。どう見ても素人に見える。が、気迫だけは伝わってくるな」
 竹上も構える。体を半身にして、右拳をさっと引いた。左手は手刀を作り、それはまるで研ぎ澄まされた刀のようだ。
「……どうした? 来い、マーラ」
 マーラの息遣いが荒いな。緊張している証拠だ。感じろ、この闘いの空気を。
 命のやり取りだ。気を抜けば死ぬ。
「――ハッ!」
 先に仕掛けたのは竹上。左手の手刀でマーラの頭部をめがけ、横に払う。
 身を屈めてかわすマーラ。竹上の左脇が空いた。そこで踏み込めるか?
「……ッ!!」
 ……踏み込めない? 絶好のチャンスだった。
 ある程度、格闘の心得がある者なら、最大のチャンスを見逃してしまった。やはり経験の差は大きい。
 竹上が一歩引く。
「やばかったな……ガードや後ろに引くのでなく、わずかに身を屈めただけ。一番反撃に適したかわし方だ。そのまま次の攻め手になっている。危ない、危ない……」
 マーラは本能的に体の動かし方をわかっているようだ。だが、守るのと攻めるのとでは、必要なセンスがまるで違ってくる。
 ……震えている?
 初めての実戦。無理もない。だがお前に知ってもらいたいことは、そこからもっと先のことだ。
 竹上が攻めてくる。今度も左の手刀だ。彼は戦闘の経験が豊富だ。同じ闘いの中で一度してしまったミスは二度としない。きっと攻め方を変えてくるはず。
 竹上は初めの攻撃のときよりも離れた間合いでマーラに襲いかかる。これにはマーラもガードする。
 ガードの意識を上部に集中させてからの、ほぼ死角からの蹴り。視線はそのままで、右のローがマーラの左ふくらはぎに当たる。
「――痛ッ!!」
 足技はリーチが長く、手技と違う角度から飛んでくる。破壊力もずっと大きい。
 マーラは体勢を崩す。竹上がマーラの左側に回って右フック――マーラはこれを、両腕を十字に組んでガードした。しかし、それだけは衝撃を吸収しきれず、当然後ろに吹っ飛んでしまう。
「きゃっ!」
 尻もちをついて隙だらけだ。竹上はほくそ笑んでマーラに近づく。しかし……。
 竹上は近づかない。逆に距離を取った。……なるほど。
 マーラの表情には余裕があった。つまり、自分があえて不利な状況になったと見せかけている。これは彼女の罠だ!
 それを感じ取った竹上は用心のため、距離を取った。もし、迂闊に近寄れば手加減なしの目潰しや金的の攻撃。肉を噛み切ることだってできる。安全に闘いたいなら、竹上の場合距離を取ったほうがいい。
 余裕のあるうちにはできるだけ無傷で闘いたいものだ。あえてリスクは取らない。
 竹上の表情が一変する。それはマーラを一人の敵として認めたということ。
「少し……本気になってやる」
 迂闊に飛び込まない竹上。自分の意図する行動を取らなかったため、今度はマーラが仕掛けられる側になった。
 遠い距離からの蹴り。それは速く、軌道を見切れるものではない。足にしがみついて、関節技へは持ち込めない。
 素早い蹴りがマーラの頭部や手に当たる。
「うっ……あっ!!」
 マーラの小さな悲鳴。頭の一部から血が流れる。
「ははっ、どうした? 防戦一方か?」
 竹上はマーラを蹴り続ける。マーラの意識は失っていない。まだガードの位置は下がっていなかった。
 ガード状態のまま、マーラは器用に立った。――その瞬間、わずかによろめく。竹上はそれを見逃さない。
 ここぞ、と急接近する。マーラは反応するが、どうしても体勢が不安定のため、少しの遅れを取ってしまう。そして、マーラは捕まってしまった。
「奥襟……取ったぞ!」
 これでマーラは動けない。これを防ぐには奥襟を握る、竹上の右手を払う必要があった。しかし、竹上の右手は攻撃と防御には回せない。片手で勝負しているのと同じことだ。現に右の脇腹がガラ空きである。……ここで一転、攻めに出られるか?
 マーラの目つきが変わる。右の掌底で竹上の顎を下から突き上げる。
「ぐっ……!」
 不意を突かれた竹上。このタイミングの攻撃はいくら非力なマーラといえど、幾分ダメージにはなるはず。
 勝つためには続けての攻撃が不可欠。格闘のセンスが問われるときだ。
 マーラは間髪を容れずに左の肘を竹上の腹に入れた。しかも狙ってところは鳩尾だ。的確に人体の急所を突いてくる。
 竹上が後ろにふらついたところ、マーラは倒れ気味に竹上の喉を殴った。
 体重の乗った攻撃。しかもこれも急所だ。……まさかそのまま勝ってしまうのか?
 竹上のふらつきは大きくなる。誰もが転倒すると思った。だが、そのとき――。
 右足を大きく後ろに伸ばし、力強く踏ん張った。まだ竹上は落ちない。
 マーラはこれで勝ったと思ったのだろう。そこに隙が生まれた。
 マーラは踏みとどまった竹上に気づいていない。顔を少し上げたとき、ようやくそのことに気づく。
 だが遅い。この反応の遅れは致命的だった。どうしようもできない状況を作ってしまった。
 咄嗟にガードする。――が、顔を伏せてしまった。これではどうにでもしてくれと言っているようなものだ。
 竹上がさらに一歩踏み込み、まずは邪魔だと言わんばかりにマーラの右肩を強打。
うぐぅっ!!」
 悲鳴が響き渡る。しかし、竹上も容赦はしない。それはマーラの秘めた力を恐れるため。いつ、どういう場面で逆転劇が起こるのかわからなかった。その表情に余裕などはまるでない。
 左の拳でマーラの腹を殴る。上下の攻め。マーラのガードは瞬く間に崩れる。
 もうテクニックや気迫などでどうにかなる問題ではない。そのまま倒れ込むマーラに向かって竹上は足の裏でマーラの頭を叩き落とす。
「――ぐっ!!」
 畳の地面に顔面ごと突っ込む。……鈍い音が聞こえた。鼻を折ったか?
 竹上はまだ踏み続けた。もうマーラはなにも抵抗ができない。竹上が踏みつけるたびに彼女の体が揺れる程度だ。死んだか気を失ったかのどちらかだった。
 羽賀と百々山は視線を俺のほうにやる。
 俺が止めに入るとでも思ったか? 俺はこうなることを予想し、また望んでいた。
 もう少し痛めつけてもいい。死んだらそれまでだ。
 そうは思ってもマーラは神の子。この程度では死なないと心のどこかで思っていた。

 ――そして五分が経過した。
 竹上はもう満足したのか、肩で息をしながら、マーラを踏みつけるのをやめた。
「はぁーっ、はぁーっ……手こずらせやがって」
 足元はマーラの血で点々としている。羽賀は「こりゃ死んだな……」とポツリと呟いた。
「やりすぎたか?」
「いや、半殺しにしろと言ったのは俺だ。なにも問題はない」
 俺はマーラに近づき、体を仰向けにした。……まだ生きているな。
 大した生命力だ。大の大人に顔を何度も踏みつけられ、まだ息をしている。普通のガキなら死んでも不思議ではなかった。
「ここからは俺とマーラだけにしてほしい。悪いが出て行ってくれないか? お前たちの世話は話してある。誰でもいい。一番近くにいたスタッフに言ってくれ。望むものならなんでも提供しよう」
 三人の男たちは部屋を出て行った。俺とマーラだけが残る。
「目を覚ましているか、マーラ」
「……はい」
 言ったがそれはとても微弱なものだった。
「死んではいないようだな。しぶといもんだ」
「わたし……負けたん、ですか?」
「そうだ。顔はぐしゃぐしゃに潰れている。これが負けるということだ。……もう少しのところでお前は死んでいた。死んだらすべてが終わってしまう。後悔する暇もない。言っている意味がわかるか?」
「はい……」
「お前はもう負けてはいけない。誰が相手でもだ。そして、いずれは竹上を倒せ。奴は神と比べたらゴミみたいなものだ。お前はそれ以下。今のお前と神の実力差は果てしなく広い。これを数年の間に埋めるんだ。できる、できないの問題ではない。神に対抗できるまで力をつけるんだ!」
 マーラは頷く。しかし、本当にひどい傷だな。今になってヒヤリとする。死んだらなにもかもパアだ。マーラにはいい経験になっただろう。
「俺はしばらくの間、日本を離れる。次にお前と会うとき、俺を失望させてくれるな。死ぬ物狂いで訓練に励め。なんでも吸収するんだ。利用できるものはなんでも利用しろ」
 そして俺は海外に飛んだ。マーラと次に会うのは四年後だ。