サイコー君のくま父さん

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『大泥棒』 その5

  5 闘いの後

 俺は山を下りた。目的を達成したことで足元も軽かった。
 そして俺は思い出した。行きは馬車で来た。でも帰りについては考えていなかった。こんな辺境なところに馬車なんかそう来るもんじゃない。
 ……困ったな。どうして帰るか。
 そんなことを考えていたが、内心ではセント・ストーンを手に入れたのだ。例え、数時間、一番近くの町まで歩くのもいいと思っていた。……ま、どうせなら馬車でのんびり帰りたいものだが。
 山を下りると、山に登る前に出会ったおっさんに再会した。
「おう、おっさん。まだこんなところにいたのか?」
「あんた、帰ってきたのか。……どうだった? ジャックはいたか?」
「まあな……。そうだ、おっさん。ここから楽に帰れる方法を知らないか? 帰りの馬車まで考えていなかったよ」
「明日になれば、朝一番で郵便馬車が通りますが……」
「なるほど郵便馬車か。あの乗り心地があまり良くないやつな。でも、その分、スピードがあるからいいか。しかし、明朝か。それまで待つのもな……」
 万が一、ジャックが偽のセント・ストーンに気づくことがあるかもしれない。今は一刻も早く、例え走ってでもこの場から去ることが賢明か。
 それに郵便馬車は揺れがひどいので、俺は好きではなかった。
「でも! 何か来るみたいですよ。いや、もう来ている。……あれだ! あんた、あれが見えるか?」
 すると待っていたかのように、前方から二輪の小型乗合馬車に乗った男がやって来た。……元気そうなおっさんだ。ちょっと小太りだったが、背筋がぴんとしている。髭はきれいに整えられていた。上品そうな服を着ていた。
「お待たせしました!」
 何だ? 俺のことを言っているか?
「俺……?」
 俺は自分を指さし、そう言った。この男に全く見覚えがなかったからだ。
「はい! 珍品屋ルーシー様からの依頼で参りました」
 ルーシーが?
 ……あいつ、そんなに気が利く奴だったっけ?
 しかし、ナイスタイミングだ。明日の朝まで待っていられるか。この男はルーシーを知っている。どういう経緯でそうなったかは知らないが、今ここで馬車に乗らない理由はない。
「乗る、すぐ乗るぞ! 料金は?」
「もうルーシー様からいただいております!」
「そうか……わかった! じゃあ、ノースデンまで行ってくれ。頼む」
「はい。かしこまりました」
 俺はこの馬車でここの土地から出て行く。おそらくもう来ることもないだろう。
 俺とジャックの戦闘能力の差は明らかだ。
 今回、奴からセント・ストーンを奪って生きて帰ることができたのは、奇跡だと言ってもよい。
 ハッタリと頭脳と小手先の器用さを使った、実にスリリングな盗みだった。
「また来てくだせえね~。旦那のお二人方~」
 おっさんがそう言って俺たちを見送ったとき、御者が恐ろしい目でおっさんを見る。
 それはまるで、「黙っておけ!」とでも言っているようだった。
 その目におっさんは気づき、体をビクッと震わす。
 さっきまであんなにご機嫌だったのに、これぐらいのことで怒るなんて……わけがわからん。
「御者、さっきの目つきだが……」
「いや、すみません! 目が悪いもので。さっきの男の顔をよく見ようとしたら、ついキツイ目つきになってしまいました! もう癖なんですよ。これはどうしても治らない。ははっ、ジェダ様に不愉快な思いをさせたのならこの通り謝罪します」
「いや、別に構わんが……」
「そうですか! では先に進みましょう。……ジェダ様はお疲れでしょう。ゆっくりお休みになっていて下さい」
「ああ……。あんた、どこまでルーシーに聞いている?」
「いえ、詳しいことは……。ただ、ジェダ様の求める行き先までお連れするようにと言われただけです」
 ……なら、セント・ストーンのことも知らないか。
 確かに疲れて眠たいが、俺の鞄には三十万ゴルダー相当のものが入っている。
 万が一、落として気づかなかったなんてことはないとは思うが、そういうわずかな可能性のあることでも極力は避けたい。
「御者、悪いが事情があって、眠るわけにはいかない。とにかくノースデンまでよろしく頼むよ」
「はい。任せておいて下さい」
 ……ん? また御者の顔つきが変わったような。
 一瞬、男の顔から怒気を感じたが、元々そういう顔なのだろうか。さっき自分でも言っていたしな。
 まあいい。今、このタイミングで馬車に乗るのは非常に好都合だ。御者の目つきの悪いことなど全く問題ではなかった。
 ああ、それにしても久々に疲れたな。早いところ、自分の家に戻ってゆっくり休みたいよ。
 その前に寄るところがあるがな。まずルーシーにこのことを報告して……そうだ、サラにも教えてやろう。
 セント・ストーンを売れば巨額な財産が手に入る。それをあの教会に寄付するんだ。
 この一件が終われば、もう盗みはやめるか……。そう、身寄りがいなくて、どこにも行くところがない子どもたちのための施設を作ろう。サラの奴、ぶったまげるだろうな。
 
 ――三時間ほど馬車で移動して、グリーンディという都市に着いた。
「……ジェダ様。ここで馬を休憩させます。あなた様も少しお休み下さい。出発は一時間半後にしましょう」
「ああ、わかった」
 さて、今からどうしようか。何か飲み物でも飲みたいな。腹も減った。
 俺は店を探しにふらふらと町を歩いた。
 すると、正面には立派な服装をした者が一人で歩いている。ただの市民ではない。金持ちそうな男だった。年金受給者か? それとも貴族……
 俺の経験上からして、この男は貴族だ。だが、こんな田舎町になぜ貴族の人間がいる?
 ……待てよ。俺はこの人を知っている。
 確か、有名な大富豪の一人だ。名前は……そう、フェヴァリット!
 まさかそんな大物がこんな町に……何で?
 フェヴァリットはこの国でトップ五に入るほどの大富豪だ。それが護衛もなしにこんなところを歩いているのか?
 にわかには信じがたいがそれが事実だ。俺がこの目で確認している。もしかしたら今持っているセント・ストーン、とんでもない金額で買い取ってくれるかもしれん。
 声を……、声をかけなければ!
「ちょ、ちょっと待って下さい」
「……はて、わたしのことかな?」
 近くで見ると間違いない。この人はフェヴァリットだ。新聞で何度も見た顔だった。
「ええ、あなたはフェヴァリットさん……ですよね? なぜこんなところにお一人で?」
「いかにも、わたしがフェヴァリットだが。はっは……。面白いことを言う。わたしだってたまには一人でいたいよ。実はな、この町にあるキノコ園の経営者はわたしの幼馴染でね。ちょっと訪ねてみたところだ。なぁに、もう帰る。心配には及ばん」

 好都合だ。こんな超大物に会えるなんて。
 この人は大の宝石好きで有名だ。金に糸目はつけないだろう。しかもうっとうしい護衛はいない。こんなチャンス、そうあるものじゃない。直接交渉してやるぞ!
「あのですね、フェヴァリットさん。初めてお会いして、いきなりこんな話をするのも少し気が引けるんですが……宝石にとても興味をお持ちだと噂でお聞きしたのですが、本当でしょうか?」
「ふむ、その通りだ。いい宝石には金は惜しまん! で、それがどうしたというのかね?」
「ではセント・ストーンについてはご存知ですよね?」
「セント・ストーン? あの……幻の宝石のことか? もちろん知っているぞ! まさか、君はそれを持っているのかね?」
「はい。ただ、少し値が張ります。ものがものですので……。そうですね四十……いや、五十万ゴルダー」
「五十万ゴルダー?」
 ……少し、ぼろうとしすぎたか。
 いや、この大富豪ならきっと飛びつく。俺はこの石がそれほど価値のあるものだと堂々と振る舞えばいい。
「確かに高価です。しかし、ご存知のようにこれは幻の石。わたしはこれをあるルートの情報から、命からがらで入手することに成功しました。ですが、何度もできるわけではありません。たった一回でもそれはもう信じられないような奇跡だったのです。もちろん、今回のこの交渉を逃せば、もう二度とセント・ストーンは手に入りませんよ」
「うむぅ~、しかし……」
 迷っているな。迷っているということは、五十万払ってもいいかもしれないと思っていることだ。
 あとひと押し!
 これはもう直接、セント・ストーンを見せるしかない。
「見せてあげますよ。ほら」
 俺は腰掛け鞄からセント・ストーンを取り出した。
 恐ろしいほどに美しく輝くセント・ストーン。
 自分で言ったことだが、これ以上の石はもうおそらく世界のどこを探してもないだろう。さて、フェヴァリットの反応は……
「おお、この輝き……信じられん!」
「あなたに買っていただけないのなら、他の貴族に売ります。……どうです?」
「四十三万……四十三万ゴルダーならどうだ? それなら今すぐ払ってやる!」
「四十三万を今? 四十三万ですよ?」
「ああ、そういうときのために持ち歩いて来ているんだ。このトランクの中を見てくれ!」
 フェヴァリットが自分のトランクを開けた。
 その中には確かに、ものすごい札束がぎっしりと詰まっていた。
 しかし、四十三万か……。
 初めの予想していた三十万ゴルダーの約一・五倍。
 こんなに上手くいくとは……。どうする、四十三万で手を打つか?
 おそらくこれ以上多くの金額を求めるのは厳しいだろう。せいぜい五十にいくか、いかないかぐらいだ。
 今、ここでの不安要素は、まさかとは思うがジャックが追って来ることだった。
 次に、俺が過去に犯した犯罪のことで、大勢の警官が来ること。あと可能性の低いものとして、スリに遭う。事故。落とす。
 ……リスクは最小限に抑えた方がいい。そうなると、これ以上の好条件はない!
 今、ここで! 四十三万の値段でフェヴァリットにセント・ストーンを売ることが一番正しい行為なのだ。
 
「仕方ないですね。四十三万で手を打ちましょう」
「本当か? ははは、すまないな、君。いやぁ、得した。すまんすまん、貴族のわたしが値切るなんて何と恥ずかしい」
「で、このトランクの中身……せいぜい十万ゴルダーしか入っていませんよね? 残りはどこへ?」
「ああ、宿屋に置いてある。来てくれ」
 ……宿屋に三十万も置いているのか。
 護衛をつけていないこともそうだが、不用人な人間だな。貴族らしくない?
 それともこの人にとって三十万や四十万の金なんて、端金にすぎないのだろうか。どのみち金持ちの考えることは俺にはわからないな。
 ――数分歩いて、俺とフェヴァリットさんは宿屋に着いた。
 
 ……思ったより安そうな宿屋だ。
 ボロすぎて、俺でも泊まるのには躊躇しそうな宿屋だった。
 今のフェヴァリットが正気でいるのか、少し疑ってしまうほどだ。
「この宿に、本当に……あなたが?」
「たまにはいいだろ。こういう庶民的な宿屋も。さあ、来てくれ。部屋に案内する」
 俺はフェヴァリットに案内され、二階の部屋に上がった。
 案の定、部屋の中は狭くて古かった。
 そして、部屋の中にはいろんなものがあった。
 特に目についたのが、所狭しと置かれている大きな箱。その数は十を超えていた。
「この一番大きな箱に金が?」
「いや、違う。それは衣装だよ」
 衣装? こんなに大量に?
「では、あれですか?」
 俺は二番目に大きな箱を指さしてそう言った。
「違う違う。全く君はせっかちだな。そこでちょっと待っていてくれ」
 よく見ると、今、指さした箱から生地がちらりと見える。
 これも衣装か……だが、奇妙なことにそれは女ものの服だった。
 ……奥方と一緒に来ているのだろうか?
「あったあった。これだ。残り三十三万ゴルダー。数えるかい?」
 フェヴァリット四つほど、重たそうなトランクを持ってきた。
「いえ、そんな疑うような真似は……あ、やっぱりちょっと見せて下さい」
 俺はフェヴァリットが持ってきた札の一枚を手に取った。
 ……この手触り、本物だな。もっとも貴族のフェヴァリットが偽札を使って俺を騙そうとするなど考えられんが。
「では、このお金とセント・ストーンを交換します。よろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。いい買い物をした! ありがとうございました。ジェダ様!」
「え?」
 何だ、今の……ジェダ様?
 ……聞き間違いだよな。
「ジェダさん!」
「……はい。いいお買い物をしましたね。わたしも大変満足です。では、道中お気をつけ下さい。では、わたしはこれで……」
 俺は部屋を出て、宿屋からも出た。
 ……町を歩きながらこんなことを思う。
 名前、フェヴァリットに言ったっけ? いや、言ったはずだよな……。
 
 俺は大きな荷物を持って移動することになった。
 さすがに四十三万ゴルダーとなれば重いし、かさばる。こんな大金では持ち運びするだけで一苦労だ。
 銀行に預ける方法もあったが、そこから足がつくのを恐れた。
 俺みたいな泥棒が一日でこんなに預金が増えると誰でも変に思うからな。
 宿屋を出ると、ホテルの中から奇声か、悲鳴のような声が聞こえた。
 何だ? うるさい。
 それから、馬車を停めた料理屋に戻ることにした。
 約束の時間までまだ一時間もあったが……。
 
 ――だが、そこに御者はいない。馬だけが残っていた。
「……時間まで待つか」
 俺は残り一時間待つことにした。
 これだけの荷物だ。簡単に動くことはできなかった。
 三十分……、一時間……。
 約束の時間を過ぎてもまだ御者は来ない。
 さすがに俺もしびれを切らしてしまった。
「あの御者、時間を守らないなんて最悪だな。ノースデンに着いたら、ルーシーに言ってやろう」
 これ以上待つことはできない。俺は宿駅まで歩いた。かなりの荷物があったので、それはもう大変だった。一つのトランクには約十万ゴルダーが入っているのだ。なくさないか、気が気でなかった。
 宿駅に到着すると、さっそく辻馬車に乗り、ノースデンへと向かった。
 グリーンディに来た時点で、もうノースデンまでは半分の距離まで進んでいた。
 残りにかかる時間はあと四時間ぐらいだろうか。
 俺は馬車に乗ってからもう一度、トランクの中を見てみた。
 ……中には当然、大金が入ってある。
「本物だ……本物の四十三万ゴルダー!」
 俺は道中、目を開けて警戒していた。いつ憲兵や盗賊が現われるかわからないからだ。それにジャックがここまで追いかけてくる可能性もあった。

 ――四時間後。俺はとうとうノースデンに到着した。
 ついでにルーシーの店の前まで馬車で移動してもらった。
「御者! 助かったよ」
「いえ、どういたしまして……」
 気分が良かったので、俺はこの御者にチップをはずんでやった。
 さて、じゃあまずはルーシーの店にでも行くかな。
 俺は全てのトランクを抱えて、多少ふらふらしながら店の扉を開けた。
 
 カランッ……ギイィィィ……。
 この大量の荷物だ。店に入るだけでも大変だった。トランクが入り口の扉に引っかかる。
 そんな様子にルーシーは気づいた。俺を見て不思議そうな顔をしている。
 それがもう少しで驚きの顔になるんだ。ルーシーの呆気に取られる顔を見るのが今から楽しみだぜ。
「……ジェダ」
「くくっ……ルーシー。見てみろよ、これを!」
 俺は五つのトランクをなんとか店の中に入れた。そして、ルーシーのいるカウンターまでそれを運んだ。
「大きな荷物だな。何が入っているんだ?」
「現金だよ。全部!」
「現金だとぉ? それ全部がか?」
「ああ。聞いてくれよ。セント・ストーンを四十三万ゴルダーで売って、貴族のフェヴァリットが一人で町に……」
「ははっ。落ちつけよ、ジェダ。何言ってんのか、わかんねえよ。あせり過ぎだ。どうした?らしくない」
「すまん、それでな……」
「セント・ストーンを手に入れたんだって?」
「そうだ! あの仙人……ジャックからまんまと奪ってやった!」
「それをフェヴァリットさんに四十三万ゴルダーで売った?」
「そうだ。四十三万ゴルダー! グリーンディにいたんだ」
「ははは、ジェダ、今日のウソはキレがないな。本当にどうしたんだ?」
「なっ……何言っている? 本当だって」
「だってよ~、フェヴァリットさんならほんのちょっと前までここにいたんだぜ。もちろん何人も護衛をつけてな」
「フェヴァリットだぜ? 違う貴族と間違って言っているんじゃねえか?」
「それはこっちが言いたいよ。お前が会った町のグリーンディな、あそこからフェヴァリットさんの屋敷は全くの逆方向だ。六十キロはあるだろう。……で、何でそんなとこに行く必要があるんだよ?」
 ……。
 ……何だ、ルーシーは何を言っているんだ?
「友人だ。確か、友人に会いに来たって言っていたぜ。何でもキノコ園を経営している人にとか……」
「……ジェダ。俺はあそこの経営者を知っているが、はっきり言ってただの貧乏人だ。貴族でも何でもない。いい加減なことを吹き込まれたんじゃねえのか?」
「そんなの知らねえよ。だが、現に会ったんだ。フェヴァリットに!」
「ジェダ~、やっぱり今日のお前は冴えてねえぜ。何ならその四十三万ゴルダーを見せてみろよ」
「ああ、そうだった! これを見てくれ」
 俺はトランクの中を開ける。
 そこには大金がぎっしりと詰まって……いるはずだった。
 
「何だ、これ……」
 一瞬、俺の中で何かが止まってしまった。これは……どういうことなのだ?
「くっ、はははー。何だ、お前? 何、持ってきてんだ?」
「葉っぱだ……」
 トランクの中には葉っぱしか入っていない。
 ……ウソだろ?
 そんなこと……俺の金は? 俺のセント・ストーンは?
 俺はその場でしゃがみ込んだ。
「おい、ジェダ。ジェダってば……お前、まさか本当にセント・ストーンを入れたのか?」
 ルーシーの言葉に俺は軽く頷いた。
「おいおい、マジかよ。……ジェダ、お前、もしかして変装した奴に会わなかったか?」
「……誰だって?」
「前に言っていた、死んだ人間が町に現われるっていう件な、どうも一人の人物がそいつらの変装をしていたようだ。お前の会ったフェヴァリットさんってのは、その変装した奴じゃないのか? ……しかし、そうなると、金を葉っぱに変える術を使う者と変装する者は同一人物だということか」
「もう、いい……しばらく放っておいてくれ」
「ジェダ……」
 俺の受けた精神的ショックは相当なものだった。
 俺はこのあとしばらく寝込んでいた。もう何もしたくなかった。

 ――もう、何日寝たのだろう。
 俺にはもう何もやる気がしない。
 ……セント・ストーン、もうちょっとで手に入ったのになぁ。
 あれがあれば世の中の貧しい人間の多くが救えた。
 どうせ、いつの日かジャックの持っているセント・ストーンが悪の手に渡るのなら、俺がいいように使ってやろうと思った。
 でもそれももう叶わぬ夢となったわけだが……。

 そんなときに扉を叩く音が聞こえた。
 ……誰だ?
 俺の家を知っている人間は数少ないし、訪ねる人間となればさらに少なくなる。マジで誰なんだ。
 俺は少し警戒して扉を開ける。
 ――すると目の前にいたのはサラだった。
「サラ? お前、どうしてここに?」
「あの、ジェダ……あなたに報告したいことがあったの」
「報告? 何だ、それは……」
「あなた、前に言ったじゃない。セント・ストーンをどこかの偽貴族に取られたって?」
 偽のフェヴァリットに騙されて、教会に行ったときだ。
 情けない話だったが、そのことをサラにも言った覚えがある。
「あぁ、言ったよ。で、それがどうした?」
「わたしね、さっき会ったのよ。その人は女の顔していたけど、声が完全に男だった。……それによく見ると、顔が少しずれていたの。わかる? あれって変装よ」
「変装……そうか、なるほどな。いたか! 変化の達人が! きっとそいつだ。野郎ォ、俺を騙しやがって……サラ、その情報を詳しく説明してくれないか?」
「いいわよ。でも、その前に一つだけ聞きたいの」
「何だ?」
「あなたはセント・ストーンを手に入れてどうするつもりなの? 売ってお金にする? 大きな家に住む?」
「そんなもん、言わなくてもわかるだろ。……売るよ。売って、全部教会に寄付してやらぁ」
「でもそれじゃあ、あなたにとって意味のない行為なのでは?」
「へっ、見くびるなよ、サラ。自分のことなんかどうでもいいんだよ。ただ、俺は今の世の中が大っ嫌いなだけだ。お前は飢えたことがないのか? ありゃー、辛いもんだぜ。俺はな、飢えに困る子どもたちがいない世の中にしたいんだ。じゃないと、また俺みたいな泥棒が現れるぜ」
「……いいえ、ジェダ。それは泥棒ではない。不器用なりとも、世の中を良くしていこうと考える指導者よ」
「何でもいいよ。それより教えてくれよ。まず、そのあやしい奴、どこにいたんだ?」
「……ジェダ。あなた、仙人になってみたいとは思わない?」
「仙人? バカな。そんなもん思ったこともないね。仙人ならあのジャックだけ十分だろ。……おい、話をはぐらかすなよ。教えろぉ!」
「わかった。じゃあ、最後に……。ルーシーには気をつけて」
ルーシー? お前、ルーシーのことを知っているのか?」
「ええ、だいぶ前にね。彼は自分を見失うことが多いの。そう、今も……。残念だわ、ジェダにもう十年早く会っていればね」
「十年前だとお前はまだ五、六歳じゃねえか。バカじゃねーの?」
「ふふ、そうね。さあ、何が知りたいの? 何でも教えるわよ。何でも言って!」

 ――十分後。
「……なるほど。五十五番地に住んでいる……古いがそれなりに大きい家だな。で、そこの住人の名前は?」
「モンキ……人付き合いが悪くて、この名前さえ知っている人でさえごく一部なんだから。近くの門番に聞いてみたんだけど、変な人なんですって。家には何人もの人間が入れ替わり立ち代りで、それも若い人から高齢の人まで……。それも男女問わずよ。家の中では何が起きているのか誰も知らないみたい。でも子どもだけは一度も出入りするのを見られていない。出入りする人間がそれぞれが、どれも背丈が同じぐらいっていうところがあやしくない?」
「それって間違いなく同一人物だな。……よし、それだけわかればあとはもう白状させるなり、変装の証拠品を見つければいい。俺もルーシーも被害に遭ってるからな……それにしてもよくそこまで調べたもんだな」
「ちょっと……ね。いかにもあやしかったから」
「そっか……助かったよ、サラ」

 サラとの話が終わると、俺はすぐに家を出た――が、そのとき……
「水に注意!」
 え……?
 嫌な予感がする。もしかしてあれか……
 俺は咄嗟に後ろへ飛びついた。

 バシャーン!

 すると、見たくもないアレが上から降ってきた。
 それは窓から携帯トイレで済ませた中身だった。
 気づくタイミングがもうわずかでも遅れていたら、俺はこれを頭からかぶるところだった。
「こら、婆さん! 捨てるにはまだ早いだろ!」
「あらぁ~、すまないねえ。だって、兄さんいきなり飛び出てくるんだから……でも、かからなかったんだろうー?」
 全く、よく言うよ。少し水しぶきがかかっちまった。……臭えな、おい。
「これからもっと気をつけてな」
「おおう、すまんの……」

 ……ま、こういうのは別に珍しいことではない。
 この国の人間なら皆が自分たちの糞尿の始末に困っている。だから、一部の金持ちを除いて、こうして処理するしかなかったんだ。
 自分に落ちた糞尿が下水に流れ、下水は汚れる……。
 それはコレラのような病気を蔓延させる手助けにもなっている。
 誰も下水を整備しようとしない。調査しようとしない。……それは怖いからだ。
 確かに……誰もこんなところ好き好んで入ろうとは思わないだろうな。
 皆が困っている……となると、誰かがやれば喜ぶだろうな。
 もちろん、金持ちも……。
 町はきれいになるし、病気も防げる……か。

 ……いけね、急ぐんだった。
 俺はルーシーの店へと向かった。
 
 店の前にたどり着き、そのまま店の中へと入る。
ルーシー! いるか?」
「……あ、ジェダ。お前どうして……その、ショックから立ち直ったのか?」
「ああ、ずっと寝込んでなんていられるか……って、実はサラからいい情報を手に入れたんだ」
「サラってあの……グリゼットの女か?」
「ああ、この話を聞いたらたまげるぞ」
「……立ち直ってくれたようで俺も安心したよ。話、聞こうか……いや、それよりジェダ、お前、なんか匂うぞ」
「ん……? ああ、ちょっとひっかけられちまってその、飛沫がな」
「窓からやられたか、そりゃあついてなかったな」
 俺は持っていたハンカチで顔や服を拭いた。
 そして、そのハンカチをポケットに戻した。

 ――俺はルーシーにサラから聞いた話を伝えた。
「……そのサラって女の情報が確かなら確かにすげえ情報だ」
「お前も店も被害に遭ってるだろ? だったら捕まえねえのか?」
「ああ、もちろん……一応、警察の方にも連絡を入れておく。応援を何人か呼んでおくよ」
「ああ、そうしてくれ」
「で、お前は行かないのか?」
「俺も行くさ。だが、奴の正体がわからない以上、お前の助けがいる。……ジャックのときのようになりたくない」
「そうか……ま、戦闘なら任せておけ。となると、セント・ストーンはどうする? まさかそのまま警察に渡すつもりじゃねえだろうな? あれは元はと言えば、お前がジャックから盗んだものだろ」
「ああ、そこは……がめといてくれるか?」
「くっく、ははは……! わかった。わかったよ、ジェダ。じゃあ、振り分けはどうする? ……三割ほどもらっていいか?」
「いや、半分渡すよ。お前にはいつも世話になってるからな」
「すまないな。いい金稼ぎができそうだ」
「じゃあ、頼む。俺は先に行っておくぞ」
「何だ、一緒に行かないのか?」
「浮浪者のふりでもして、モンキの家の近辺にでもいるよ。もし、奴が住み家を移したらせっかくのサラの情報が無駄になる。……つまり見張りだ。それに俺がお前以外の警察官や憲兵と一緒にいるってのはちょっとな」
「わかった。じゃあ向こうで落ち合おう……油断するなよ、ジェダ」
「ああ、そっちこそな」

 俺はルーシーの店を出た。
 だが、途中でハンカチがないことに気づいた。
 あれ、おかしいぞ。どこいった? ……あ、きっとルーシーの店で落としたんだ。最後に使ったのはあいつの店だったからな。
 仕方ねえ、ちょっと面倒だが取りに戻るか。
 ……俺は引き返し、またルーシーの店の前にやってきた。

 ガチャッ。
 あれ……?
 ドアに鍵がかかっているな。
 ああ、店を閉めるのか。時間的にそうだし、今からあいつは警察のところに行くんだもんな。
 俺は窓ガラスから店内の様子を見ようとした。明かりはまだついていた。
 きっともうすぐ出てくるはずだ。……何やってんだろ? 支度に手間取ってんのか? それとも売上の計算か?
 そういうのはなるべくあとでしてもらいたいもんだが……あ、いた。
 俺はカウンターにルーシーがいることを確認した。
 すぐに窓ガラスを叩いて合図を送ろうとしたが、俺はその姿に妙な違和感を覚えた。
 ルーシーが手にしているものが強く光っていた。
 何を持っている……?
 その輝き、俺には見覚えがある。
 なんで……ルーシーが持ってるんだよ。
 え……どう見てもおかしいだろ……。
 ルーシーはすぐにその光るものを懐に入れ、奥の部屋へと移った。
 俺の視界からルーシーの姿は消えていた。
 店に入るか?
 ……いや、それどころじゃない。さっきの光景、俺にはにわかに信じられない。
 俺の見間違いの可能性の方が高い。でも、あの独特な輝きは間違えるはずもない。

 ルーシーの持っていたもの、それはセント・ストーンだった。