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サイコー君のくま父さん

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『玉碁高校 アイラブ・シンブン』 その3

  3 部活動

 放課後、ついそのまま家に帰ろうとしたが部活を思い出し、四階へと上がった。
「俺が部活なんてらしくねぇな。こんちはー」
 ガラッ。
「って、あれ?」
 部室にはチビ――ナッツしかいなかった。
「おう、ナッツ。お前一人か?」
「うん、そうだけど? みっちゃんと部長はちょっと遅れるって」
「え……なんで?」
「たぶん他の部に行ってるんだよ。ほら、ウチっていろんな部と絡んでいるからさ」
「ふーん、部長も足が痛いっていうのに大変だな。時間がないのは本当っぽいな。で、俺はどうしたらいい? 何やったらいいのかわかんねぇんだけど」
「それはねー、ちゃんと部長から聞いているよー☆」
 何をするのかと思ったら俺はナッツと一緒に自転車をこぎ、クラスの名簿をたどって新聞を売り込みに行かされるらしい。
 そこはあまり見慣れない土地だった。学校から自転車で十分ちょっとなのだが俺の帰宅ルートとは真逆で、ちょっと気を緩めればそのまま道に迷いそうだった。
「ナッツ、ちゃんと帰り道わかってんだろうな?」
「新聞拡張部なる者、土地勘を磨くのは当たり前のことよ。わたしの守備範囲は学校から半径四キロだから」
「へー、四キロね。そりゃすごいなー……」
「ちなみにみっちゃんは八キロで、部長は十六キロ!」
「そりゃもうウソだろ。十六キロってどんな遠さだよ。そんなに土地勘ある奴も珍しいな」
 ある住宅街でナッツが自転車を止めた。
「止まってー、宗太郎ー!」
「お、おうよ」
「ここらへんだ。ちょっと待ってて」
 クラス名簿を片手にその辺をウロウロするナッツ。
「あ、あったよー! ねぇ、こっち来てー!」
「……このマンションに入るのか?」
 正面には大きなマンション。俺が住んでいるのとは違ってけっこうな高級さだ。
「こういうマンションってまず入ることから難しいだろ。確かテレビ電話的なことするんじゃなかったっけ?」
「そうだよ。ちょっと待っててね……えっと、今から新聞を売り込む部屋の住人は一年生B組の新庄君だって。わたしが初めにやるからお手本として見ていてよ」
「お手本って……お前の勧誘方法なら俺がすでに経験済みなんだがな。あれで新聞の契約をとってくれるとは思えん。たぶん断固拒否するだろうな」
「いーから、いーから。わたしの実力見といてよ」
 ナッツがインターホンを押す。
『――はい、どちら様でしょうか?』
「あの、わたし新庄君と同じ学年の伊波奈津美といいます。ちょっと中に入らせてもらえませんかー?」
『ごめんなさいねぇ。ウチの子まだ学校から帰ってきてないのよ~。部活しているから六時半ぐらいまでは帰ってこないと思うわよ』
「そうですかー。……なら、お母さんにお願いがあるんですけど?」
『あら、何かしら? 学校のプリントでも預かってきてくれたの?』
「いえ、違います。新聞とって下さい」
『新、聞……?』
「はい。一般の部と学生の部があって、それぞれが百円と五十円。さらにウェブ版ならその半額の料金で結構ですよー。さらに今なら三か月以上購読してもらえるとラップに洗剤に演劇部の観賞チケットが二枚。それに……」
 ――プツッ。
「あ……」
「切られたな」
「こ、こうなったらもう一度連絡して……」
「やめろ。一度断られてたらもう脈はなしだ。これ以上しつこくすると学校に連絡されるぞ。ってかさ、お前今まで契約とれたことってあるの?」
「……ない」
 ないのかよ。
 こりゃ、五月末の勝負。けっこう厳しいんじゃねーか……。
 俺たちはマンションを出て、次の客を探し、移動を始めた。

「――あ、かわいい!」
 唐突に声を上げたナッツの視線の先にあるのは、散歩している一匹の犬とその飼い主だった。
 彼女はすぐに犬の傍に寄り、嬉しそうに見つめている。
「ねぇ、お姉さんっ! 触ってもいい?」
「えぇ、いいわよ」
 お姉さん……四十歳ぐらいの方だった。別に間違いではない。ナッツがそう思ったんならお姉さんだ。
 お姉さんも自分の犬を褒められたことを嬉しそうにしている。そのまま止まって犬とナッツがじゃれる様子を温かく見ていた。
「きゃは! かわいい、もう、この子全然人見知りしない~。かわいいなぁ~」
 本当に犬が好きなんだな……。犬はプードルだった。
「……アハハ、あー、かわいい。ふふっ、くすぐったい」
 ナッツが犬にじゃれ始めて五分ほどたつ。飼い主もちょっとうんざり気味だ。口には出さなかったが、微妙な顔の変化でそれがわかった。
「おい、ナッツ。もう行くぞ」
「えー、もうちょっとー。だってかわいいんだもん」
「って言ってもなぁ。ほら空気読めよ。そうやってお前が犬とじゃれていたら飼い主の人がずっと足止めくらっちまうだろ。お前ん家にも犬はいるんなら、もういいじゃないか」
「うん……そうだね。ありがとう、お姉さん! すごくいい子だね!」
「またこの子に会いたくなったらいつでも言ってね」
「うん!」
 そして飼い主と犬が行ってしまった。また会いたくなったらって言われても住所も何もわかんねぇんだもんな。
「……宗太郎、あのね」
「ん、なんだ?」
「わたしの家にも犬はいるんだけど……さっきの犬はね、前に飼っていた犬にそっくりだったんだ。ま、犬種が同じならどの犬もそうなんだけど」
「前にって……あぁ、そっか。そりゃあ懐かしいわな」
「うん……」
「また今度この道、通ろうや。そしたらまたさっきの犬に会えるかもしれねーぞ」
 俺たちはこのあと、五件の家を訪問した。だが、放課後すぐに来たこともあってほとんどが不在。母親や兄弟がいる家もいたが、やはり本人がいないとただの新聞の拡張員としか見られない。まさか学校にこんな部があるとはほとんどの人が知らないだろう。
「……もう六時になる。ここはもう諦めて帰らないか?」
「こっからが本番なんじゃない! 考えてみてよ。今まではまだ日が暮れていなかったから、生徒さん本人がいないってのがほとんどだった」
「うん」
「でも今は違う。もうちょっとしたら辺りは真っ暗。部活をしている人たちは帰ってくる。ゆえに交渉もしやすい! どう?」
「どうって言われてもな。部活じゃなくバイトしている人もいるだろ? 高校生のバイトは夜九時まで。それに暗くなってから新聞の勧誘するのって校則的にどうなの? 俺はあんまり知らないんだけど」
「それは……推奨はされていない」
「だったら帰ろうぜ。たぶん無理だ、お前のその交渉術じゃ。……そうだな、昨日の一件を見る限り、部長は論外として椎名さんのやり方がまだ一番マシだった。となると俺もお前も彼女に新聞を売るテクを教えてもらったほうが……ん?」
 ナッツが泣きそうな顔をしてこちらを睨んでくる。なんだ、またかよ。
「どうせ、わたしは新聞を売る才能なんてないですよーだ!! ……ハルちゃんさえ、いてくれたらなー」
 そしてナッツはダッシュで俺から離れようとした。
「おい、待てって。てめっ、自分だけ土地勘あるからってさっさと行くな!」
 ……わからん。くっそ! 暗くてほとんど見えねー。一度見失ったあのチビっこいのを探すのなんて無理だぜ! それにハルちゃんって誰だよ。
 俺はそのあと一時間さまよって、ようやく自転車を置いた場所に辿りついた。隣に止めていたナッツの自転車はすでに姿を消している。
 有無を言わさず先に帰ったのか。しかしこの仕打ち、小学生かよ。
 帰り道がわからなかったので最寄りの交番を訪ね、なんとか無事に帰ることができた。
 学校には寄らず、そのまま帰宅だ。しょっぱなからやる気が削がれる。こんなんで俺、ちゃんと新聞拡張部なんてできんのかよ。
 自宅に戻って夕飯を終え、俺は自分の部屋でくつろいでいた。
 漫画を一冊読み、そして二冊目と本棚に手が伸びたところで――。
 プルルルル、プルルルル……。
 電話? 誰だ、こんな時間。しかも登録していない番号だ
「――はい。笹宮ですが?」
「笹宮ぁっ! お前、なに勝手に帰ってんだ!!」
「部長か……。あー、そのことだけど帰りがね……。ナッツが俺を無視したせいで」
「あぁー? ナッツは先にお前が先に帰ったって言ってるぞ。クルァッ!」
「へ……へへ、マジであいつたまんねーや」
「……お前、やる気はあるのか?」
「ある。だが、俺もナッツも新聞を売るテクはほとんどない。これじゃあ何日かけようが無駄だ。時間がないんだろ? だったら効率良く行動すべきだ。それなら俺も真剣にやろう」
「ほう、これはなかなか熱い言葉を聞いた。本当にお前がナッツを置き去りにしてさっさと現場から帰った腑抜けだったら、こちらから願い下げだったわけだが……。まあ、たぶんお前がなにか言ってナッツを怒らせたんだろう」
「そう、それ!」
「わかった。じゃあ明日は作戦会議とする。昼休み、部室に集まれ」
「おう。でも昼飯だけは先に食わせてくれ。けっこう地味にキツイんだ。空腹で倒れたらたまらん」
「……だったら三分で食え」
「あ、あぁ。わかった」
 三分で食えだって? どんなに消化に悪いんだよ。それよりお前はどうなんだ。いつ昼飯食ってんだ?

 ――翌日。
 昼休みになって与えられた三分の大事な時間。丸呑みとまではいかないものの、かなり早いペースで弁当を食べなければならなかった。本来ゆっくりと休憩する時間であったはずの昼休みがこうも慌ただしいとは。
 食事を終え、俺はすぐに四階の新聞拡張部の部室へと向かう。
 三分で食えだって? それは移動時間を含めての三分なのか? 俺の教室から部室までは急いで一分。ならば食事にかけられる時間は二分か?
 とんでもねぇ部長だなっ!
 これはあまりにもひどい。実際こんなに早い時間で弁当を食ってようやくわかった。
 食事はゆっくりと味わうもの。そんな基本的なことに気づかされてしまった。昼休みの貴重さ、時間の貴重さが身にしみてわかる。
「――こんちはっ!」
 勢いよく部室の戸を開けるが、そこには椎名さんしかいない。
「あ……椎名さんお一人ですか?」
「えぇ、待っていましたよ。笹宮さん」
「部長とナッツの奴は? 作戦会議なんじゃあ……?」
「すみません。急遽変更です。部長は広告部と印刷部に顔を出すって言っていましたよ。ナッツは昨日、あなたにしたことがバレてすねちゃったみたい。今日は来ないと思いますけど単純な子だから、明日になるとケロってした顔で戻ってきますよ」
「そう……広告部と印刷部もあるんだ。細かいな」
「皆、その道のプロになりたい人たちばかりですよ。そう言えば笹宮さんは将来何かやりたいことはないんですか?」
「いや、俺は……ちょっとがんばって受かるぐらいの大学でも受けようかと」
「将来なりたいビジョンを早めに持っていたほうがいいかもしれませんね」
 だよなぁ、自分でも思うよ。もう高校二年生だ。やりたいことは早く決めておいたほうがいい。受験勉強だって真面目にやろうと思えば今からでも決して早いことはない。やるべきだ。でも本当に大学に行きたいかと言われれば、そうだとは言いきれないところがある。
 受験費用もかかるし、仮に合格することができても莫大な金がかかるんだ。親が費用を出してくれるとしてもそこはやっぱり遠慮がちになってしまう。
「椎名さんはやっぱり新聞拡張員に?」
「いいえ、拡張員は高校生の間だけ。わたし、健康食品に関する仕事に就きたいんです。お婆ちゃんを救ってくれましたから。憧れ……ですかね」
「いいなぁ。もうやりたいことが決まっているなんて」
「今日の部活内容なんですけど、まずは昼休みに新聞を売り込む計画を立てて、放課後は新聞の売り込み。拡張員の本来のお仕事ですね」
「計画はもちろん必要だけど放課後新聞の売り込みっていうのがね……。実は昨日、ナッツと一緒にクラス名簿を見て何件か回ったんだけど、ほとんどの学生がいなかったよ。これじゃあ今日も結果は変わらないんじゃないかな?」
 昨日は嫌というほど経験したからな。しかしやっぱり新聞の拡張行為って難しいわ。今なら家に一般の新聞拡張員が来ても優しく対応するだろう。新聞はとらないけどね。玉碁新聞だけで十分だ。
 椎名さんなら男子相手だとけっこう新聞とってくれると思うんだけどな、強引な勧誘さえしなければ。なんならデートの一つでもセットにするとか。そしたら絶対食いつく! 部数倍増間違いなし! ……なんて、そんなやり方でもしうまくいっても長続きはしないだろう。アホなことを考えるのはよそう。やっぱり地道に一軒ずつあたっていくのが確実だ。
「だったら学生に売り込むのではなくて、一般の方を対象に売り込みましょう!」
「一般人を? ……いいけど」

 というわけで、放課後は椎名さんと新聞の売り込みをすることになった。
 昼休みは今まで疑問に思っていたことを聞いた。計画を立てる時間だったが実際は新聞に関する勉強会。
 玉碁高校、新聞拡張部独自のシステムがあるので、一般的に持っている新聞の知識は一度捨てたほうがよかった。
 昨日ナッツがチラッと言ったウェブ版ってやつ。あれはその名の通り、ウェブで新聞に掲載されている内容と同じものが見られる。
 紙を消費しないし、届ける手間がなくていい。値段も安いからな。作る側も読む側もメリットがある。素晴らしいことだ。
 ただ、どうしても紙で読みたいという人もいるから、これからも新聞が完全になくなるということはないだろう。
 配達についてだが、校内には配達部というのがあって、そこでは新聞や牛乳の配達を行っている。なぜこんなに変わった部があるのかは俺にも謎だ。どうやら入学して一年間、俺はただぼーっとしていただけだったようだ。
 そしてこれは抑えておきたい、今の新聞拡張部と報道部の勢力図。
 新聞拡張部が十六部に対して報道部が二百六十三部。
 圧倒的な差である。俺としてはあの強引な勧誘で十六部も確約が取れていることに驚いたが。
 しかし二百六十三部か……。これじゃあ一日十部前後の契約を取る必要があるな。今のペースじゃあ、そんなのできるわけないな。
 報道部の部数は言ってみれば今まで新聞拡張部が行ってきた実績だ。それに対してこちらはゼロから始めるなんてやっぱり無理じゃないのか。
 拡張部も今までなにかと試してはいるのだろう。それがこの結果だ。
 ということは新たに何か画期的な案を出さなければ到底勝ち目はない。
 俺たちにその案が出せるだろうか。一発逆転できる何かを……。

 ――放課後、俺は校門を出るところだった。横には椎名さんがついている。
「あの……歩いていくの?」
「自転車はときに邪魔になることもあるんです。今回、行動範囲はかなり狭いですし」
「ってことは学校周辺かー。……そうだ、椎名さんって行動範囲広いんでしょ? 昨日、ナッツが言ってたよ。確か半径八キロ把握しているって。これってすごいことだよね」
「わたしは一年生からずっと新聞拡張をしていましたし、ナッツは小さい頃から神高さんのところに、ちょくちょく通っていたみたいですから」
「神高? ……って誰?」
「今はちょっとお休みしているんですが新聞拡張部の部員なんですよ。わたしたちと同じで高校二年生。そう言えば笹宮さんはC組だから一緒のクラスのですけど……」
「そんな目立つ名前だったらすぐにわかるはず……あ!」
「どうしたんですか? 急に大きな声出して」
「ごめん。……思い出した。神高春香! そうだ、いたな、そんな奴。確か新年度になる直前に交通事故したっていう」
 テレビにも報道されていたな。身近な存在すぎてすっかり忘れていた。新年度、早々ずっと学校を休んでいたが、その理由は事故だったようだ。
「今も学校を休んでいるでしょ? 彼女」
「あぁ。へぇー、新聞拡張部だったんだ」
「……どんな子か知りたいですか?」
「いいや、どうせ変な奴なんだろ? ナッツや部長を見ているとわかるよ」
「あら、わたしももしかして変な奴……でしょうか?」
「あんたはまだマシだが……でも新聞の勧誘の仕方は変だった」
「ふふ、と~ってもかわいい子ですよ」
「マジで?」
「マジですよ♪」
 楽しい会話をしながら一件目の交渉に入る。
 相手は喫茶店のオーナー。実はここ、すでに新聞をとっているようだ。しかも五紙もとっている。喫茶店だからな、いろんな種類の新聞があったほうが客も喜ぶ。
 玉碁新聞もとっているのだが、これは報道部の発行する新聞。これを新聞拡張部のものに変更してもらうという、ちょっと頼みにくいことをこれからする。
「椎名さん、なんでまたこんなことを……。これなら別のところを回ったほうが」
「いいえ。ここで報道部の新聞を断り、わたしたちの新聞をとっていただけたら、効果は倍! 報道部はマイナス一部。わたしたちはプラス一部!」
「おぉ、つまり二部の差が出るわけか」
「そうです。ならば多少難しくてもチャレンジしてみるべきじゃないですか」
「考えてるな、椎名さん」
「はい。笹宮さんはまだ交渉テクについて不慣れですから、後ろで見ていて下さいね。わたしがお手本を見せて差し上げますわ」
 お手本……このパターン、昨日見たぞ。嫌な予感がするんだけどいいのかな。
 椎名さんが店の中に入った。続いて俺も入る。
 ――カランッ。
「いらっしゃいませ~!」
 陽気なおじさんの声。ちょっと体型が丸めな人だ。
 ラフな黒のTシャツに赤のエプロンをしている。
「すみません。新聞についてご相談があるんですけど、ちょっとお時間よろしいでしょうか?」と椎名さんが言った。
「新聞? その制服だと玉碁高校の生徒さんだよね。一応、ウチは一般の部をとってんだけど……もしかして集金?」
「いえ、そうじゃないんです。実は今月から二種類の新聞が発行されて、お客様が現在とっていらっしゃる新聞を解約して、ウチのほうをとってもらえたら嬉しいかなって……」
 ストレートだ。ここで引かないのが新聞拡張員のすごいところだ。押しが強いというか、図々しいというか。そうでなかったら拡張員なんてやってられないもんな。
「ん~、確かまだ三か月ぐらい契約期間が残っているしなぁ。っていうか、君が契約のとき手続きしてくれたんじゃなかったっけ?」
「はい。覚えていただけたのですか。ありがとうございます。実は報道部と新聞拡張部という二つの派閥があって……」
 おじさんが両の手を突き出し、椎名さんの言葉を遮る。
「すまねぇ。なんとなくだが言いたいことはわかった。でもよぉ、俺んとこの店もそんなに景気がいいわけじゃねぇしなぁ。今とっている新聞をあんたの言う新しい新聞に変更するわけにはいかねぇのか?」
「それは……すみません、無理です。もうわたしは報道部の人間と関わりがありませんから」
「なら悪いがこっちも無理だ。力になれなくてすまんね」
「でも……」
 俺は椎名さんの肩に手を置いて、そっと呟く。
「椎名さん……ちょっと強引だと思う。この人、前は椎名さんが新聞を頼んだとき、契約してくれたんだろ? しかも長期の。だったらいいじゃないか」
「え、でも?」
「あんまりやりすぎると、この人はきっと椎名さんのことを嫌いになると思う。……新聞もね。そんなの望んでいないだろ?」
「……そうですね。では、ここは引き下がりましょう」
 椎名さんは頭を深く下げ、店主に言った。
「すみませんでした! わたし、周りが見えていなくて……すみませんっ!」
「契約が切れたらあんたのところを取るから。そのときは来てくんな。歓迎するぜ」
 契約はとれなかったが、おじさんのいいスマイルが見られた。
 なんでも強引にしたらいいってもんじゃない。確かに気の弱そうな人なら押しの強さでどうにかなるが、それだけでは双方が幸せにならない。できるならどちらも幸せな気持ちで新聞を読んでもらいたいもんだ。
 そんなの理想だ、と言われるだろうか。でも今までの考え方ではダメなような気がする。
 玉碁高校だけではない。全国的に新聞拡張員が見直すべきだ。
 このまま押し売りを続けると、いずれその存在はなくなってしまうだろう。そうならないためにも手を打たなければ。
「あの、笹宮さん?」
「えっ……。ごめん、さっきはちょっと言い過ぎたかな」
「いえ、そんなことないですよ。でも不思議……新聞拡張員としては素人同然の笹宮さんが、どうしてお客様の気持ちがわかるのでしょうか?」
「それは俺がずっと客の立場だったからじゃないか。嫌なことをされたら嫌。これって基本だと思うぜ。でも世の中の新聞拡張員はこれをわかっていない。忘れているんだ。できるだけ新聞を大量に売ろうとするあまりね」
「そうですか……新聞を楽しく読んでもらう。それはわかっていたんですけど、いざ勧誘となったら忘れてしまう。確かにそうかもしれません」
「って言っても部長だってそんな感じだろ? だったら気にすることない。少しずつ思い出せばいい」
 でもな、ちょっと引っかかるぞ。
 お世辞にもナッツや椎名さんのやり方で新聞が売れるとは思えない。部長も無理だろう。
 とすると今までの報道部の二百六十以上もの契約数。あれはどうやって可能にしたんだ。
 ずっと前からの積み重ね。古い常連さんがいる?
 ……いや、何かあるはずだ、俺のまだ知らない何かが。
「椎名さん。さっき言っていたあの神高って人……」
「彼女がどうかしましたか?」
「どんな人なの?」
「そうですねー。かわいくて頭がよくて……ちょっとドジな子ですね。新聞拡張部員なのにご実家の配達の手伝いもしていて……」
「それって、もしかして例の事故と関係ある?」
「それはもう。新聞の配達中、車に撥ねられましたから……」
「よく助かったな、それ」
「本当、命に関わるところでしたよ。あとは……そうそう、とってくる新聞の契約数がダントツなんです」
「それだよ! 彼女だよ。彼女の交渉テクを部員の皆が使えばいいんだ! 契約数ってどれぐらい? 割合で言うと」
 上を向いたまま椎名さんが止まってしまった。
 おーい……ダメだ。完全に上の空。まるで急に電池が切れた玩具のよう。
「椎名さん、聞いてる? そんなに細かくて計算しなくていいよ。大体でいいからさ」
「九十……」
「九十? 九十パーセントか! それってほとんどその神高って奴の実績じゃん!」
「……八パーセント」
 ウソだろ、おい。そんなすげー奴がいて、なんで肝心の部長がゴミみたいな契約数なんだよ。むしろ二パーセントの契約数のほうが気になるが。ぜってー部長になる人選間違ってんな。
「神高の退院日っていつ?」
「明日ですけど」
 グッドタイミングすぎるだろ。