サイコー君のくま父さん

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『売るが屋』 その6

  3 福袋販売、始動!

 この日は日向の家で夕飯をごちそうになっていた。
 今日は中華で来たな。餃子は冷凍したものではなく、日向の手作りだ。肉が少なめで野菜が多いのでとてもヘルシー。これならいくらでも食べれられる。
 皆が餃子をつついているときにぼくは言った。
「ねぇ、皆……買取〇円の商品ってさ、今まで捨ててきたじゃん。あれってもったいないと思うんだよね」
 ぼくの隣にいた千佳ちゃんが一番早く反応する。餃子を取るときにキャミソールから腋チラ……ピンクのポッチまで見えてしまった。ちょっとは隠せ。この距離だぞ。
 しかし彼女はそれにまったく気づかない。
「もったいないって言ってもさー、他に使い道ないじゃん。ブックオフにでも持っていく? でも、傷つきとか不備ありだからきっと買い取ってくれないよ」
 テーブルの向かいのいる由美子ちゃんが餃子を口に含みながら、「うん」と頷く。
「そや。どうしようもない。ディスクの傷は研磨したらまだマシになるかもしれへんけど、時間かかるやろ。値段の高い商品やったらする価値はあると思うけどな。でも、面倒やないか?」と、くま父さん。
 日向も表情を渋らせる。つまり全員、廃棄が一番いいと思ってるわけね。
「ぼくはそうじゃないと思う。ジャンクはジャンクとして売ってもいいと思う。もちろん起動しないディスクなんかは売らない。箱の状態が悪かったり、歌詞カードがなかったり……そういうのはまだ利用価値があるんだ。だって、もったいないじゃん。お客さんだって商品が安ければちょっとぐらいの傷や不備ぐらい、なんてことないんじゃないかな」
「しかしそうなると、サイトの商品説明に『これは箱がないです』『こっちは歌詞カードがないです』って書かなあかんやん。めっちゃ手間やで。商品登録する手間とかも考えてやなぁ……」
 くま父さんの言いたいことはわかる。しかし、ぼくはそれを遮った。
「――福袋……」
「うん?」
「福袋にして売ったらいい。ジャンク福袋だ!」
「「ジャ、ジャンク福袋~??」」
「ゲームだったら機種ごとに分けるんだ。例えばPS3ソフト十本、XBOX360ソフトが十本って感じでね」
「値段はどうするんや? あ? 言ってみ?」
 くま父さんは体をわなわなさせていた。持っている箸も落ちそうだ。そう、画期的!
 くま父さんはそのことに気づき始めている。他の皆もね。
「元は捨てるものだったんだ。いくらの値段をつけてもお店は儲かる。でも在庫はなるべく抱えておきたくない。そう思うのは皆だって同じだろう? まずは実験だ。リスクはほとんどないと言っていい。千円から二千円ぐらいで売れないだろうか?」
 ゲームだけじゃない。将来的には漫画やトレカなども売りたい。まずはゲームで試す!
「どうくま父さん、どう皆? いけるんじゃないかな……」
 各々、自分の頭の中で計算する。元はタダ。それが千円や二千円の福袋になるのだ。一日どれくらいの福袋が作れるのか計算しているな。
「よっしゃ、こうしちゃおれんな! その策、ワシは乗ったで! さっそく捨てる予定やったゲームソフト、裏から取ってくるわ。たぶん五十本ぐらいあったかな」
 くま父さんは立ち上がる。まだ食事中だっていうのに。
「くま父さん、ハードはなに?」
「確か……PS2やったかな。うん、PS2や。あ……しまった。昼に一回ゴミに出したな。そっちはDSとかPSPもあったのに。ジャケット破けとかが理由で」
「もったいない! 中身は無事なのに」
「ワシらは今まで時間とか、面倒やからとか。そういう理由で大きな販売チャンスを逃しとったんかもしれんな。そうや、元はタダなんや。こんなに利益率のええ商売、黙って見逃す手はないわな。へへっ、腕が鳴るで」
 くま父さんが部屋を出ると、ほんの二十秒ほどで戻ってきた。すげぇかっこつけてたわりにはあっさり戻ってきた。
「早いね、くま父さん」
「だから裏にある言ったやろ。ちょいっと行ってサッと持ってきた。早いに決まってるやん」
 くま父さんは少し大きめのビニール袋から、ゲームソフトを一本ずつ取り出していく。
「これは百円で売るやつ……状態よかったらな。こっちは二百円。こっちは……千円か、高いな。こっちは五百円」
 バーコードをスキャンするまでもない。毎日、査定に検品をしているんだ。ゲームの値段なんてくま父さんの頭の中に入っている。
「――ありゃ! これ、わからんわ。思い出されへん。由美子、これいくらやったっけ?」
 ゲームを高く掲げる。由美子ちゃんは箸を口に咥えたまま、「べンエン」と言った。千円ね……。
「いやぁ、あいつの記憶力にはホンマ恐れ入るで。さて、じゃあこれはこっち。あれは……」
 ざっくり査定すること、二分。合計五十八本のゲームソフトが揃う。状態さえよければ販売価格は合計二万円ほどになる。
「これをいくらで売んねん。千円か? それとも二千円?」
「PS2だよね。だったら今はあんまり需要がないな。……五十本で二千五百円でどうだろう?」
「五十本、二千五百円……というと、一本五十円か。そりゃ安いな。平均一枚二百円ちょいはする。四分の一の値段や」
「これで売ってみよう。送料の分を引いても十分利益が出るはずだ」
「――ん……クチャクチャ。わたし、やっといたげる」
「由美子ちゃん……」
 由美子ちゃんがやる気になった。日向の表情も緩む。
「今はたまたまゲームが残っとっただけやけど、本とかCDもいっぱい捨ててるからなー。それぞれのジャンルでジャンク福袋売ったら、そらえらい儲けなんで」
「それが狙いだよ、くま父さん。明日から忙しくなるけど、その分リターンも大きい。がんばろう!」
「わかった! ワシもがんばるっ!」
 ――この日、ぼくは家に帰ることにした。
 お風呂に入って、漫画なんか読んで時間を潰し、さて寝ようと思った頃に日向からメールが届いた。
 こんな時間に? なんの用だろう?
 もう十一時半を過ぎていた。けっこう夜更かししてるんだな。内容を確認すると、例の福袋が売れたらしい。
 商品登録をしてまだ十五分もたっていなかったようだ。
 この福袋、限定数は一だ。他に買いたかった人もいたに違いない。
 普通、福袋と言ったら正月の風物詩。一年でたった一回の買い物イベントである。それを待っている人は多い。年中、福袋を売っている店があったら面白くないか? 売るが屋がそれを初めてするんだ。アニメやゲームのジャンク福袋! 売れる、絶対売れる!

 次の日、ぼくと日向が店に着くと、くま父さんの他に千佳ちゃんと由美子ちゃんも揃っていた。
「あれ、どうしたの皆。今日は早いんだね」
「走って帰ってきちゃった。だって、今日は特別面白そうだったもん!」
 元気にそう言ったのは千佳ちゃんだ。あぁ、面白くなるよ。今日から始まるんだ。福袋の大セールをね。
 くま父さんがお店のシャッターを閉めた。外から中の様子は見られなくなる。
「くま父さん、なんで閉めたの?」
「これは極秘事項や。捨てるもんに値段つけて売って儲けるなんて聞かれてみぃ。この店、やばいんちゃうかって思われるやろ?」
「別に悪いことしてるわけじゃないからそんなことしなくてもいいのに~。それで、どれぐらいあるの、その福袋になりそうなやつって」
「あ、これや。ここにあるダンボール全部な。と言ってもまだ査定してないやつあるから、まだ出てくると思うけど」
 ぼくたちが学校に行っている間、くま父さんは買取査定をメインにやっている。よくこんなに出てきたものだ。
 福袋にしたいがために、無理にこうして集めたわけではない。商品の一つ一つにジャンク扱いされる理由があった。
「これ……きれいそうだけど?」
「あぁ、それ。在庫がクソ多いCDや。CDなんて今どき誰も買わんからな。ウチの店でも同じのが五枚ある。それ以上は在庫持ちたくないで」
 なるほど。きれいな状態でも買取〇円になる可能性があるってことね。だとしたら、すべてがジャンク品ってわけじゃないな。ジャンク品も含まれている福袋として売るか。そのほうが正直だし、お客さんも感じる印象が違うだろう。
 ぼくはダンボールの中身を確認していく。
「CD……CD。今日はCDが多いようだね」
「いや、今日だけやないねんやけどな。毎日こんなもんや。CDの場合、ジャンクになる要素が多いで。ケースのひび割れやろ。歌詞カードの紛失、濡れ、破れ。あとな、レンタル落ちっていうのも多いんや。ほら、レンタルショップが古くなったCDまとめて売ってるやろ。ほとんど捨て値みたいなやつ。ああゆうのがウチの買取にも来るんやー。ぶっちゃけいらんくて、ええ迷惑やったわ。買取不可や言っても送ってくる奴は送ってくるしのぉ」
「レンタル落ちでも売れるよ。でも、CDはゲームより人気がないと思うから……五十枚五百円ぐらいにしようか」
「一枚十円か。……ほー、けっこう勝負に出たな」
「高いかな。そんなことないと思うけど……」
「ワシらの時代はな、CD一枚三千円やった。中古でCDなんか売ってるとこないから、買うとしたら新品。それも三千円。CDなんて高級品やったわ。それが今ではこれや。惨めなもんやで。どこぞのアイドルグループはCDと握手券なんか抱き合わせで売ってるからな。ビックリマンチョコかって……」
「え? なんで抱き合わせだとビックリマンチョコになるの? CDの話してるんじゃなかったの?」
「ごめん。例え悪かったな。若者にわかるネタやないわな。ごめん、忘れて……」
 なんのことだかよくわからなかったけど……いいか。気を取り直して、チェック……。
 ん? 二百円ガチャのフィギュアかな、これ。小さいし、売れないよね。出来もいまいちだから。こういうフィギュア福袋もいけるな。いや、雑貨にしておくべきか。雑貨だと範囲も広い。例えば皿や団扇、ぬいぐるみ、クリアファイル。全部雑貨だ。
 漫画は何冊まとめて売ろう。十冊や二十冊だとインパクトがない。百円にしても買ってくれるかどうかだな。だったら五十冊、百冊ぐらいまで増やしてみようか。二百冊だっていけるかもしれない。
 郵便局とは個人契約をしているからダンボール一箱の送料が五百円でいける。一箱に百冊の漫画を入れるとして、ダンボール二箱。送料の負担は千円か。
 じゃあ、二百冊二千円ぐらいが妥当かな。これで千円の儲け。梱包のスピードさえ早くすれば、利益率も高い。商品化への時間を短くするべきだ。本に書き込みや破けなんかもあっていい。とにかく入れるだけ入れる。
 冊数が万が一少ないとクレームにつながるからな。五パーセントほど多くいれておこう。
 二百冊セットなら二百十冊前後入れるべし。
 フィギュアなんてのは大きさがそれぞれだから『箱いっぱいセット』なんてものにしたらいいな。それからそれから……。
「由美子ちゃん、カメラ持ってる? あ、ケータイでいいよね。ケータイで画像撮って。一応こんなのが入ってますよっていう見本。背景とかも気にして撮ってね。……家で撮ったほうがいいか」
 すると由美子ちゃんは、
「大丈夫よ。店の中に撮影キットがあるから」
「そっか、じゃあ頼むよ。まずはCD五十枚セットだ。これを……」
「――あ! わたし並べる! こういうレイアウトって好きなんだもん!」
 千佳ちゃん。……よし、彼女に任せるか。
「フィギュア福袋もできるだろ。ぬいぐるみ福袋、トレカ福袋、同人誌福袋だってできる。ん? ……これって」
 やおい本か。これも福袋にするか。――おうっ、ページをめくってみるとけっこうキツイな。男は普通、こういう免疫がない。
 やおいの福袋も需要があるかな?
「え~と、日向? 君ってこういうの好き?」
「わっ、わたしに聞くわけぇ? それを? ……やだぁ、水科君。そういうこと言う人だったぁ?」
 明らかに嫌がられている。でも、千佳ちゃんや由美子ちゃんには聞けないだろ。この中じゃあ君にしか聞けないんだって。
「どうなの……女の子ならこういうの読みたくなるのかなぁ? 福袋があったら買いたいと思う?」
「それ、やばいって。もろセクハラだよ、水科君……? 変態みたい」
 確かに変態みたいだ。ぼくもちょっと調子に乗りすぎた。話の流れを変えるためもあり、ぼくはくま父さんに聞いてみた。
「これも売れないからって理由でジャンク(廃棄)なの?」
「そや。けっこう多いねんで、こういうやおい本買い取りに出す婦女子。種類が多いし、バーコードないからぶっちゃけ査定めっちゃ面倒でな。だから画力の低いもんとか、それだけの理由で買取〇にしてるわ。まあ、ワシにしてみたら未知の領域やで、やおいは」
「そうだね、男のぼくたちにとったらやおいはちょっとね……」
「――やおいじゃないって」
「「ん?」」
 ぼくとくま父さんは同時に日向を見た。
「日向、なにか言った?」
「だからやおいじゃないって。そういうの、BL本って言うんだから!」
 BL本。つまりボーイズ・ラブってわけね。
ボーイズラブは青少年同士の恋愛ものなの。普通の男女の恋愛もの同様、起承転結のストーリー性がある。やおいは『やまなし・おちなし・いみなし』の頭をそれぞれ取ってや・お・い。文字通りストーリー性に欠けた、その……ヤってる? シーンばっかりのものなの。だから全然違うんだって――はっ!」
 これが、素の日向。まさか、やお……違う。BL好きだったなんて。
「や、やだっ、違うのよ、水科君。わたし、そういう本が好きとかそう言ってるんじゃないからね。その、友達? そう、友達がわたしに見せてくれたことがあったの。わたしはそんなのいいって言ったのよ? でも、友達がね! やおいとBLの違いだってそのとき知ったんだもん。だから、だからね? だからそんな目でわたしを見るなぁぁ――――――ッッ!!!!」
 爆発した。真っ赤になって爆発……。でも、これほとんど自滅だぞ。自分で追い込んだんだ。
 シャッターが閉まっていることがまだ唯一の救いか。どうすんだ、この空気……。
「株を買うならカブドットコム♪ 株を売るならカブドットコム♪ 株、株、株、株、株、株、株……」
 隣でくま父さんがいきなり歌い出した。なに、その変な歌。
「なに言ってんの、くま父さん?」
「ありゃ? これ知らんか? ほら、稲垣がやってるやつ。株のCMや。ワシ、このリズム感が好きで、一頭でおるときも知らんうちに口ずさんでんで。株、株、株、株、株、株、株……って」
「あぁ、聞いたことあるな。でもそのネタ、マイナー……あ」
 そういうことか。くま父さんは意味のないことはしない。いや、たまにするか。
 でも今回のこれは、娘の日向に恥ずかしい思いをさせないため。断ち切るためだったのか。
 さすが三人の娘を持つだけのことはある。なんて気配りなんだ。……それに比べてぼくは最低ヤローだ。別に日向がBL好きでもなんでもいいじゃないか。ぼくだってエロ本の一冊や二冊ぐらい読む。やらしい動画だって観るし。
 女の子はそういうことには興味がない? 誰だよ、そんなこと言う奴は。
 彼女だって恋愛するんだ。男が好きなんだ。男同士の絡みを漫画が読みたい欲求だって……あるのか?
 そういう目で見ているのか? ぼくたち、男子を?
 こっちまで照れてきたぞ。ぼくもカブドットコムの歌を歌うか? 逆にわざとらしい?
 くま父さん、この空気、断ち切れてない。なんか中半端なままだ。どうにかしてくれ!
 すると、くま父さんはBL本をパラパラとめくり出した。
「お前、こんなキモいもん読んどったんか? ……あちゃー、男が男にチンコ咥えられて、はぁはぁ言ってるわ。お前、これ明らかやばいやろ?」
 気遣いじゃなかったんだ。ただ、本当に口ずさみたかっただけなんだ、あのカブドットコム証券。ホントに意味のない間だった。
 そしてこれだ。話題を断ち切るどころか、鎮静しつつあった話題をほじくり返して、真正面からぶつかった。全力の体当たり! これをどう受け止める? 日向!
「……株を買うならカブドットコム
 えっ? ……な、なに?
「か、株を売るならカブドットコム♪」
 おい、なんだよ。どうした?
「なんや、天音もこの歌好きなんか? ワシと一緒やな。つい口ずさみたくなるやろ。株を買うならカブドットコム♪」
「「株、株、株、株、カブドットコム証券♪」」
 合唱してしまった。ぼくも……。
「――さ、アホなことせんと福袋詰めていこか。おら、同人はお前がやれや。ワシはエロ本の福袋作るから。水科はフィギュアの福袋作ってくれ」
 いい感じに収まった。さすがくま父さん。日向のあんな壊れ具合を見たのは初めてだったよ。カブドットコム証券の歌、すごいな。

 一日で出た廃棄物(廃棄物って言うと汚そうに聞こえるな)で福袋は三十個作ることができた。細かく言えば、ダンボールで発送するので福袋ではなく福箱だ。さあ、これを売るぞ。
「由美子ちゃん、商品登録は全部終わった?」
「終わったわ。あとはクリック一つよ。……じゃあ、行くね」
 四人がかりで一時間ほどかかった。でも面白かったな。福袋を詰める作業。こんなのだったら毎日していいよ。売上がほぼそのまま利益につながるしね。もう、最高だ。
 これが定着して、ヒット商品になればいいのだが……。
「お兄ちゃん、全部売れるかなぁ? わたしの作ったゲーム箱、売れてくれるかなぁ?」
 不安と期待を込めて千佳ちゃんが言った。
 ぼくは彼女の頭に手を乗せて、優しくこう囁く。
「大丈夫。きっと売れるさ。千佳ちゃんの作った福袋が、日本のどこかで誰かが開ける。そのとき、幸せを感じるはずだ。感謝してくれるよ、必ず……」
 かっこをつけすぎてしまったか。女性陣二人からの視線が冷たい。
 小学生にもわかるように言ったつもりなんだけどな。
「お兄ちゃん、優しい。わたし、これからも福袋作るんだもーん」
 千佳ちゃんは頭と体をぼくの胸の辺りに寄せてきた。……女の子のいい香りがふわりと匂う。自然とぼくは彼女の胴回りを両手で……りょう……抱きしめたらどんなに気持ちいいだろうか。
 誤解される、誤解される。ぼくは心の中で念仏でも唱えるように、本能脱却を試みた。――その結果、ぼくは彼女のいいお兄ちゃんでいられた。セーフだ。
 しかしこのまま花の蜜のような、とろける甘い香りを嗅いでいては気が変になりそうだ。そういう気がなくてもクラクラする。
「ん……どうしたの、お兄ちゃん? なんでわたしから遠ざかるの?」
 あぁ、お前は危険だよ。危険なミツバチさ。しっかり者だから大人の色気もあるんだよな。子どもの無邪気さと混ざれば化学反応が起きる。そうなれば、どんな男もほうっておかない絶世の美女ができあがる。
「――お、おい。なんでワシの真横来んねんや? 狭っ、当たっとるがな!」
「お願い、くま父さん。気を紛らわさせて。ぼく、自分をロリコンだって認めたくない……シクシク」
 ぼくはくま父さんをモフることに夢中になった。高まった感情もこれで抑えることができた。ありがとう、くま父さん。
 福袋を販売し、そろそろ三十分がたつ頃だ。売れ行きのほうはどうだろう。
 サイトを管理する由美子ちゃんに聞いてみた。
「どんな感じ? 売れてる?」
「そうね、三十個中、半分が売れたかな。いい感じじゃない? 今日中に売り切れになるかも」
 マジか。そりゃよかった。……でも、一つ気になる点が残っていたんだ。
 それは福袋を受け取ったお客さんがそれに喜んでくれているかどうか。最悪、クレームになるかもしれない。
 商品説明にジャンクの説明は入れておいたんだけど、それでも納得しないお客さんが現れるかもしれない。
 こればっかりは直接お客さんに聞くしかないよなぁ。誰かウチで買った福袋の開封ブログなんか書いてないだろうか。動画でもいい。
 喜んでいるのか、いないのか。リピーターが大勢いると安心だな。このまま福袋の販売を続けて様子を見ようか。それによっては縮小、もしくは拡大。どちらかに舵を切ることになるだろう。
「うわ、やおいの福袋も売れてんぞ。すごいな……」
 くま父さんが素の感想を言った。ぼくもすごいと思うよ。腐女子市場ってけっこう大きいもんだな。

 福袋は好調に売れた。リピート率もけっこう大きいみたいだ。でも、まだお客さんの生の声を聞いたわけじゃない。アンケートでも取るか? その手もありだと思った。
 そんなある日、ぼくはある記事を見つけてしまう。それは売るが屋のことばかりを書き綴ったファンサイト――ブログだった。
 記事の大半を売るが屋の内容で占められていた。つまり、ウチの店の大ファンってことだ。
 彼なら本音を書いてくれるはず。ぼくは関連記事を初めから読むことにした。
『売るが屋のジャンク福袋買ったけど、めちゃくちゃいいの入ってたぞ! ジャンクって言っても起動しないとかそういうのじゃなかった。ゲームだったら説明書なしとか、ディスクに傷とかそういうの。大満足!』
『漫画の福袋を買ってみた。すごいボリューム。これだけあったらかなり時間潰せる。漫画喫茶のスタンプ押してるやつもあったけど、あまり気にしない』
『フィギュアの福袋買ったけど、特撮とかそういうのいっぱいだった。あんまり趣味に合った商品は入ってなかったけど、価格が安いのでなかなかいい感じ。いらないものは兄弟や友達にあげたらいいしな。オススメ。たぶんまた買うと思う。競争率高そうだけど』

 ――という内容が記事に書かれてた。
 なんとも嬉しい限りだ。やっぱり値段を下げたのはよかったな。これで高かったら、不満の声が上がっていたはずだ。元はタダだ。値段はそのままにして売り続けよう……ん? なんだ、これは?
 気になる記事があった。タイトルは『すげー! 売るが屋の雑貨袋絶対間違ってる。スタッフは価値を知らない(笑)』……だった。なんだよ、このスタッフは価値を知らないって。
 もしかして不備なしの高価商品でも紛れていたのかな。
 続きを読むと以下のことが書かれていた。
ウェッジウッドのマグカップが入ってた。これ普通に買ったら一万円ぐらいするやつだ。五百円で買えたときラッキーすぎる。売るが屋の人、ありがとう(笑)』
 ……なんだって? ウェッジウッド
 ぼくも名前だけは聞いたことがある。たぶん値段の高かった食器だと記憶している。そんなものが福袋に入っていたのか? 福袋の購入金額は五百円か。確かにその値段で買えたら安いな。でも、誰が袋に詰めたんだろう。ぼくでないことは確かだ。そんな覚えはないから。
 後日、そのことをくま父さんに話すと、こんな答えが返ってくる。
「――あ、それワシやと思う。なんなん、高い食器やったん?」
 くま父さんだったのか。福袋に詰めるとき、一声かけてくれたらよかったのに。っていうか、福袋に詰めるってことは買取金額が〇円。もしくはそれに近い値段で買い取ったものだ。いくら買い取ったんだろう。
「それ、一万円ぐらいするんだって。普通に買ったら。……いくらで買い取ったの?」
「え、マジ? こんなカップが? ……ウソやん。ワシ、こんなもんいらんと思って買取不可にしてしまったで。だってこれ、ゲームでもDVDでもないやん。フィギュアでもぬいぐるみでもあらへん。こんなん、どのジャンルで売ったらいいねん?」
 売るが屋の買取対象商品は幅広い。もはやなんでも買います状態だ。
 でも基本はアニメやゲームに関するもの。たぶんお客さんが普通の総合リサイクルショップだと勘違いしたんだろうな。でも買取〇円で、そのお客さんもよく承諾したよ。
「うわー、しまったー。こんなんやったらワシらが使ったらよかったな。もしくはヤフオクなんかで高く売れたかもしれへん」
「この見落としは仕方ないかもね。プラス思考で考えたら、これで多くのお客さんが福袋には高価なものも入ってるって認識してくれたのかもしれないよ。しっかりブログで宣伝してくれてるし。……それにしても、ブログに書いてもらうと宣伝効果がすごいな。その人、売るが屋の常連客みたいなんだけど、福袋を購入するごとに画像をアップしてレビューしてくれるんだ。ありがたいね」
「そやなー。それ、拡散って言うんやろ? なんかお礼したいぐらいやな」
 サイトで宣伝してもらうか……これ、いいかもしれない。
「くま父さん、アフィリエイトって知ってる?」
「えっ、エイ……エイト? 八のことか?」
「アフィリのところが抜けてるって。アフィリエイト。ホームページやブログ、それにツイッターなんかでも、お客さんにウチの商品を宣伝してもらうんだ。誰かがそこのリンクを踏んで購入してくれたら、宣伝の対価として貼ってくれた人に報酬を渡すんだよ。それがアフィリエイトってやつ」
「その、アフィ……なんとかってやつ、店としてはデメリットないんか?」
「特にないよ。問題は報酬率だね。くま父さん、楽天市場って知ってる?」
「知ってるよ。だって玩具屋始めたとき、楽天で什器とか商品仕入れたもん。楽天カードも持ってる。よくCMなんかでもやってるし」
「あの楽天市場アフィリエイトをやってるんだ。基本は売上の一パーセントを報酬として支払っている。つまり、誘導してもらってそのお客さんが一万円お買い物したら、百円支払うってこと。……そんなに負担じゃないと思うんだけどいいかな?」
「いやいや、むしろ低すぎるやろ。もっと払ってもええんとちゃうか?」
 ヤフーやアマゾンだと報酬は二パーセントだ。楽天だって基本が一パーセントであって、十パーセント以上報酬を渡すショップも存在する。様々だ。
「確かにくま父さんの言う通りかもしれないね。楽天の一パーセントはそれなりに意味がある。まず認知度が高い。その点、楽天と比べると売るが屋はほとんど知られていない。リンクを貼ってくれる人――アフィリエイターもそれだと渋るんじゃ……」
 ここは少し強気に出るか。くま父さんも乗り気だし。五パーセントまで引き上げるのもいいかもしれない。
「三パー……いや、四パー……」
 難しそうな顔をして考えてるな。一パーセントの違いは大きい。百万円なら一万円。千万円なら十万円だ。
「四パーはどうやろ? ちょっとせこいかな? それやったら五パーでいくか?」
「いや、四パーセントでもいいと思うよ。もしアフィリエイターがたくさんお客さんを誘導してくれたら、その人たちをスーパーアフィリエイターとして昇格させ、そのときに五パーセントに引き上げたらいい。報酬率が上がるほうが宣伝する側にとっても、魅力を感じると思うんだ」
「ほぉー、確かにな……よし、じゃあやってみるか。アフィリエイト。で、どうやったらいいん?」
「ぼくもそういうのがあることは知ってるんだけど、実際にやるとしたら……どうしたらいいんだろう? ネットで検索してみようか?」
「待って、あいつやったら知ってるかもしれんな。ホンマ、ワシはええ娘を持ったもんや」
 あいつ? ……それってもしかして?
「――あぁ、アフィリエイトね。できるよ」
 夕食のときに由美子ちゃんに聞いてみたら、あっさりできると答えてくれた。でも、なんで彼女にそんなことができるの?
アフィリエイトって知ってたの、由美子ちゃん」
「うん、知ってる。わたし、ネットが趣味みたいなもんだから。時間が空いたらずっとパソコンやってるぐらい。ブログも持ってるからアフィリエイトについては知ってる。でも、ウチが導入するなんてね。わたしも完璧にできる自信がないから、操作してみてわからないところがあれば、その道のプロに聞いてみるわ」
「頼むわ。相談料とかでお金かかるんやったら、ワシ出すし」とくま父さん。
「お金はかからないと思う。ツイッターで知り合った人で、そういうの詳しい人がいるから。もちろんプロの人で」
 人脈もあるんだな。けっこう人見知りする子だと思っていたけど、意外に友達や知り合いが多い。なんて頼りになるんだ。
「報酬率はどうするの? 基本は一パーだけど、ウチの店のことを考えるとちょっと低いかも」
「うん。くま父さんと相談して四パーセントにしようと思うんだ。たくさん誘導してくれた人にはその都度パーセンテージを上げる。どうかな?」
「……いいんじゃない。よかったね、お父さん。水科がいてくれてさ。いいアイディア出してくれるじゃん♪」
「そやな。こんなしっかりしたお婿さんが来てくれたら日向家も安泰やな」とくま父さん。……そんなこと食事中に言うか? 三姉妹が揃ってテーブルについているっていうのに。
「えー! お兄ちゃんと由美子ねえって結婚するの?」
「そうじゃないよ。なんでいきなり結婚とかになるの? 付き合ってもいないのに……」
「じゃあお付き合いから始めるのね。あー、わたしもお兄ちゃん狙ってたのに。ね、半分こにしない?」
 どこまで本気で言っているんだろうか、千佳ちゃん。いや、からかい度百パーセントか。
 そんなこと、冷静な由美子ちゃんなら一瞬で気づくはずだ。なのに彼女は珍しく冷静さを失っていた。
「わっ、わわ、わ……!」
「なになに、どうしたの? わわわわ、言って」
「わたし、水科となんか付き合わないからね! 結婚だって、しないんだから!」
「ホント? じゃあ、わたしがもらっちゃうよ? お兄ちゃん」
「う……い、いいわよ。あげる。あげるわよ!」
 ぼくの所有権はあなたが持ってるんですか? それより微妙な間があったな。もしかしてちょっと本気で考えたとか?
「――もぉー、二人ともなに言ってるのよ。お父さんがちょっとからかって言っただけに決まってるじゃない。二人がそんな調子だから水科君だって困ってる、ごほっ、ごほっ、ごほ!」
「あー、むせたー♪ もしかして天音ねえもお兄ちゃんのこと狙ってたりして♪」
「そんな……う、うぅ」
 あれ? 否定しない? ……いいの、それちょっとは脈ありだって思ってしまうよ。将来、日向とぼくが結婚だなんて。しかもかわいい妹が二人もついている。クマのお父さんだってついてくるぞ。
 楽しい食事だった。そして、この三日後にアフィリエイト制度を実現させた。
 由美子ちゃん、本当に行動が早いんだから。
 各方面からアフィリエイターが売上に協力してくれる。そのかいあって、売上は今までの二倍になった。すごい効果だ!
 アフィリエイターに支払う報酬を引いても十分プラスになる計算だった。
 あれほどあった店の中の商品がスッキリになるぐらい。やがて買取を誘導したときも、その査定額の四パーセントを支払うようにした。
 すると買取件数も大幅アップ。すべてが順調に推移していた。

 ある日、くま父さんがこんなことを言った。
「おう、今まで無理なシフト言ってホンマ悪かったな。これからはもうちょっと緩くするで」
 シフトというか、毎日来てたから今さらシフト? って感じだけど。
 でもどうしたんだろう。仕事はより忙しくなっている。休みをくれるって言いたいんだろうけど、それだったらお店が回らないんじゃあ……?
「お休みくれるってこと、くま父さん?」
「そや。ゴールデンウィークも働かせっぱなしやったやろ。朝から夜まで。だからお休み取ってもらおうかと思って。リフレッシュ休暇や」
「それはまあいいんだけど、お店回るの? 日向たちに負担がかかるんじゃない?」
「ん、大丈夫。あいつらも曜日ごとに休みの日、入れといたから」
「今までフル動員だったのに? ……なにがあったの?」
「へへ、驚くなや。なんと! 売るが屋に新しいスタッフが入ってきます!」
「えっ、マジ? それ、聞いてないよ?」
「そらそうや。だって言ったん初めてやもん。娘たちにも言ってないわ」
「でもこのタイミングで新人って……仕事覚えるのにけっこう時間もかかるよ」
「おう、わかってる。ワシが手取り足取り教えたら一週間ぐらいで使い物になるやろ。でな、驚くところはそことちゃうねん。なんとそいつらの人件費はめっちゃ安い! ズバリ、時給三百円!」
 安いとかそういう問題じゃなかった。思いっきり違法じゃないの?
「三百円……それで誰が働くっていうの? 外国の人? まさか小学生とか中学生って言わないよね?」
「そんなんするわけないがな。捕まるってそんなんしたら」
「だったら一体誰を……もしかして、人じゃない?」
「ピンポーンや。新規スタッフはクマ! しかもワシのダチやで」
 クマがスタッフ……。店長であるくま父さんもクマだ。クマだらけの店になってしまうな。
「どんなクマなの? くま父さんみたいにヒグマ?」
「いや、ツキノワグマとシロクマや。これで黒と白、ワシが茶色やろ、体毛。色とりどりやで」
「言葉はどうするの? 文字とか読める? なんかめちゃくちゃ不安なんだけど」
「大丈夫。ワシ、日本語のマニュアル渡したもん。ワシの声入ったプレイヤーも渡した。これで文字も言葉もマスターせぇよって。森におるクマ百頭近くに声かけたわ。それで優秀な奴、上から二頭選んだった。ワシ、頭ええやろ?」
 まあくま父さんも理解できてるんだ。小さい頃、頭に石が当たって変異したとかそんな無茶な理由で。
 だからこの件についても完全に否定はできない。できるかもしれない。
 時給三百円の人件費。クマにとっては破格なのかもしれない。店の経営からしても大助かりだ。まさか警察がこのことで労働基準法うんぬんと責めてくることもないだろう。
 さすがくま父さんだ。目の付け所が違う。
「いいかもしれないね、それ。いつから働いてもらうの?」
「明日ぐらいから働いてもらおか。あ、ちなみにワシも休み取らせてもらうからな。ちょっとやりたいことあんねん」
「珍しいね。やりたいことってなんなの?」
「へへ、それはまだ言われへんけど、皆にとってええことになる。へへ……」
 変な笑い方だなぁ。きっとなにか企んでるよ。それが悪い方向に働かなきゃいいんだけど。
 ――翌日。
 学校から直接お店に着くと、そこには大きなクマが二頭いた。このクマたちが昨日、くま父さんが言っていた新規スタッフだな。
「――お! 水科。帰ってきたか」
「うん……大きいね。二頭ともくま父さんよりでかいや」
「まあな。紹介するわ。天音もおいで」
 日向はクマに圧倒され、五メートルぐらい距離を取っていた。
 商店街を通る者もクマたちを見て、途中で来た道を引き返すなんてことをしていた。
「黒い奴がマサシ。白い奴がヨシオな。まあ、仲良くしたってくれ」
「水科、弁慶です。よろしく……」
 二頭のクマはニヤリと笑って、手を差し伸べた。握手だろうか。うわ、手が短くて丸いや。そのへんはくま父さんと一緒だな、かわいい。
 その顔は自信に満ち溢れていた。おそらく自分たちがエリートのクマだと自負しているのだろう。
「俺の名前はマサシ。今じゃあ流暢に人間語を話すが、マスターするのにえらく時間がかかったぜ。なあ、ヨシオ」
「まったくだ。水科君だね。俺はヨシオ。ははっ、君はちっちゃいな。初めはいろいろとわからんことも多いが、お手柔らかに頼むよ。握手、握手……」
 シロクマのヨシオ。当たり前だけど体毛が真っ白だ。それに背が高い。軽く二メートルを超すぞ。
 普通に立つと余裕で天井につくので、座って作業をしていた。
 初めてこの店を見る人はなんの店がわからないだろうな。クマが三頭、漫画やゲームを持ってなにかしているんだもん。シュールすぎるよ。
「――そこのお嬢ちゃんは?」
 クマたちは日向に気づく。……が、日向はやはりこっちに来ない。えらく警戒しているな。慣れたらけっこうかわいいのに。
「日向、大丈夫だって。このクマさんたち、優しいから」
「優しいって言ってもお父さんと全然タイプが違うし……。けっこう男らしいじゃない、水科君」
 ようやく彼女が店の前まで来た。が、まだクマたちと二メートルほど距離を空けている。
「ふふん、このお嬢ちゃん、お前のアレかい?」
 シロクマのヨシオがニヤニヤ笑って小指を立てた。……って、手が丸いから指なんてほとんど見えないんだけど。
 そこに歩いてきたのは、あの酔っ払いだった。
「おう、くま父さん、来いや……くま父さん、来いやっ!!」
 またくま父さんに絡みにきたのか。どんだけくま父さんのこと好きなんだよ。
 くま父さんは酔っぱらいをチラリと見て、ヨシオに短く用件を伝える。
「ヨシオ、あの酔っ払いの処理頼むわ。前から迷惑してんねん。殺さん程度にな……」
「おう! がってん!」
 ヨシオは右腕を曲げて力こぶを強調……したつもりだが、やっぱり短いのでわからない。
 ヨシオは酔っぱらいに向かってノッシノシと向かっていった。
「お、おう……でかいやんけ」
 店の中でヨシオは屈んでいた。だが、店の外に出ると本当の大きさがわかる。
 かなりでかい。酔っ払いなんか子どものように見える。身長は約倍。体重は十倍ほどあるだろう。
「おっさん、お前くま父さんに迷惑かけてんだってなぁ、あ?」
「あ……あが、が……なんで、しゃべる?」
「あぁん? しゃべるクマはくま父さんだけと思ったかい? くま父さんが丸くて癒やし系だからって好き勝手やってくれたよなぁ、あ? ……殺すぞ」
「ひっ、い……! ひっ、ひぃぃっ!!」
 酔っぱらいの酔いは醒めたみたいだ。全力で店から離れていった。
「……すごいね、ヨシオ」
「ま、人間も動物だからな。これだけガタイの違いを見せつけられたら怖がるさ。ははっ」
 なんと。スタッフ兼、用心棒だな。リアルクマにケンカを売るバカな人間はいない。くま父さんもさぞ気分がよさそうだ。
「すまんな、ヨシオ。さ、仕事に戻ってくれ」
「おう」
 くま父さんは頭脳派だな。いろいろずる賢いことも考えるし、人間との交渉術も優れている。彼らと組めば最強のコンビだ。
 酔っぱらいが去ったと思えば、今度は小さなお婆さんが店の前に現れた。なんの用だろう?
「くま父さんや。くま父さんはいるかい?」
 この人もくま父さん目当てか。けっこう人気あるんだな。
「ん、なんや……あ! くそ、薬屋のババアか」
 薬屋? ……って、毎度のごとく警察を呼ぶあのお婆さんか。
 薬屋の裏口に子どもがコンビニで買ったトレカの福袋を捨てているという。
 思ったより高齢だな。売るが屋と薬屋の距離は五メートルほど。お婆さんは怒った様子をしていた。
「なんやねん、ババア。また警察呼ぶとか言いたいんか?」
「そうだよ。子どもがあんたのとこで買った商品の袋を、ウチの裏口に捨ててるんだよ。何度言ったらわかるんだろうね、くま父さんは!」
「……いや、それまったくこっちのセリフやって。何度言ったらわかんねん? それはコンビニで売ってる商品や言ってるやろ。そもそもこの店ではなんも売ってないわ。通販専門や。言いがかりつけんのもたいがいにせぇや」
「ごまかせられないよ、わたしの目は!」
 こんな理不尽なことで、くま父さんは毎回警察に呼ばれていたのか。これではくま父さんがかわいそすぎる。
「ふぅ……わかった。マサシ、今度はお前頼むわ」
「おうよ! 任せておきな!」
 威勢よくお婆さんに向かっていくのはツキノワグマのマサシ。体格はヨシオとほぼ同等だった。
 体毛が黒いのでその存在感はまさに圧巻!
「な、なんだい。この大きなクマは?」
 お婆さんはほぼ首を垂直に上げる。そうしないとマサシの顔が見えないのだ。
「婆さん、あんたもうくま父さんにちょっかいをかけるのはやめてくんねーか? ぶっちゃけ迷惑なんだよ」
「なに言ってんだい。わたしは正しいことを……」
「文句言うんならセブイレに言いなよ。くま父さんが温厚だからっていつまでも調子に乗ってるんじゃねぇぜ。なんなら試してみるか? さっきまで野生の暮らしをしていたクマの実力がどんなんだってのを……フッ、フッ!」
 マサシはその場でシャドーボクシングをする。風を切る音はしなくて、ややスローだったが、巨大なパワーは感じた。こんなのお婆さんに当たったら、まず死を覚悟しなければならない。
「どうだい、この鋭いパンチは? こいつを顔面にブチ当てられたくなきゃあ、とっととここから去るんだな」
「は、はぁぁ~っ!」
 お婆さんは腰を曲げて、自分の店(薬屋)に逃げ込んだ。……って、これっていいの? なんか脅してるみたいじゃん。
 くま父さんはぼくを見て、なにを考えているかすぐにわかったようだ。
「水科、お前の言いたいことはわかる。ちょっとやりすぎや……そう言いたいんやろ? わかってる。でもな、ワシもホンマはこんな態度に出たくないねん。でも、一発キツくガツンと言わな、あいつらはどんどんつけあがるんや。それは今までのことを見ててよくわかるやろ?」
「う、うん……」
「な。あの二人がワシにちょっかいかけんかったら、どんなに負担が軽くなるか。あ、泣けてきた。今までイジメられてきたこと思い出したら泣けてきた」
「――くま父さん、奥で休んでなよ。あとは俺たちが検品とかやるぜ」とマサシ。
「いや、でもお前検品のやり方とかよう知らんやろ。まあ基本は教えたけど……なんかわからんことあったら水科と天音に聞き」
 ということで、狭い店の中、クマ三頭と人間二人が入る。普通に狭い。
「ねぇ、くま父さん。身動きほとんど取れないんだけど」
「そやな、思ったより窮屈やな……よし、じゃあ天音はもう夕食作りしててくれてええわ。水科はヨシオとマンツーマンな。ワシはマサシとマンツーマンになって教えるから」
 えぇ~、つきっきりかぁ。
「よろしく頼むぜ、アンちゃん」
 堂々としすぎてるんだよな、別にいいんだけど。迫力ありすぎて、こんなに近くだと圧迫感がすごいよ。
 それでも必死に仕事を覚えようとするヨシオの前向きな姿勢に、ぼくは感銘を受ける。
 クマってさ、真面目なんだよな。純粋っていうか、素直なんだよ。……なんだかヨシオのことがかわいく思えてきた。
「……ダメだぜ、水科」と、ヨシオが言う。
「え、なにが?」
「そんなに熱い視線を飛ばしてもよぉ、俺はクマであんたは人間だ。それも男同士。性的な意味で好きにならないでくれよ?」
 クマがこんなこと言うか? ……前言撤回。クマはお調子乗りだ。今度隙を見て、モフってやる。
 それから二十分ぐらいたつと、明るい声が商店街の通りから聞こえてきた。その聞き慣れた声は千佳ちゃんだな。
「――たっだ今ー! さーて、今日もお仕事がんばりクマァァァァァァァ????」
 彼女の声が商店街に響いた。約八百メートル続く商店街らしいが、たぶん端から端まで届いただろう。
「……くま父さん、千佳ちゃんに言ってなかったの? 今日、ヨシオとマサシが来るってこと」
「いや、言ったよ。言った言った。千佳、お前、驚きすぎやぞ。見てみぃ、おとなしいクマさん二頭がお前のでかい声聞いて放心状態やないかい」
 ホントだ。二頭とも固まってる。こういう意外性のあることに弱いんだな。剥製の置物みたいになってる。
「ヨシオ……ヨシオったら」
「――お、おっと。ビックリした。ちょっと別の世界に行ってたわ」
 さりげなく体毛をモフったのをヨシオは気づいていなかった。
「千佳、このクマさんら怖いか? まあ、ワシと違ってけっこうリアルなほうやからな……」
 くま父さんは申し訳なさそうに言うと、千佳ちゃんの表情が明るくなる。
「ううん! 全っ然怖くないよ! むしろ大好きなぐらい! モフらせて!」
 千佳ちゃんはツキノワグマのマサシにダイビングした。マサシは彼女の体を受け止める。
「――うげっ!」
 突然、変な声を出したのは千佳ちゃんだ。すぐにその理由がわかる。
 マサシのパワーがありすぎて、優しくキャッチするどころか彼女の背中をサバ折りしていたのだ。
「ちょっと、マサシ……ホンダじゃないんだから」
「はよ、やめやぁぁ――っ! マサシっ! 千佳が死んでまうがな!」
 マサシはハッと気づき、腕の力を緩める。
「ご、ごめん。でもいきなりモフってくるなんて……」
「いいよ、気にしないで。これから毎日モフり放題だと思ったら、これぐらいのこと……」
 千佳ちゃんはそのまま気を失ってしまった。骨とかに異常ないのかな。それがちょっと怖い。
 よく見たら店の前で由美子ちゃんがこの様子を見ていた。
「由美子ちゃん、今帰ったの?」
「……ううん。千佳と一緒に帰ってきた」
 そうなんだ。千佳ちゃんと違ってクマを見て一つも声を上げない由美子ちゃんって……。
 それだけ肝が据わってるってことなのかな。
 由美子ちゃんはクマに怖がる様子もなく、そしてモフろうともせず、まっすぐに店に入ってきた。
 彼女はマサシの正面に立つ。……なにを考えているんだろう。
「あんたがツキノワグマのマサシ? お父さんとはだいぶタイプが違うようね」
「そうだ……妹をサバ折りしたことを謝れってか? あれは不可抗力だったんだ。悪いと思ってるよ」
「違う。そうじゃない」
「なに? ……ははーん、わかったぞ。お前も俺をモフりたいんだな? 仕方ねぇお嬢ちゃんたちだ。いいぜ、でも五秒だけだ。それ以上モフらすと、俺の体がこそばくなっちまう」
「違うって。あんたがどれぐらい使えるのか知能テストするのよ。千引く十は?」
「え……九百九十?」
「正解。じゃ千÷十は?」
「千÷十……千÷十かぁ……ちょっと待って。なにそれ? いきなり難しくなってるやん。なんかメモ用紙貸してよ」
「小学三年生ぐらいの知能か……。ま、調教次第に使えるようになるかも。ビシバシ叩き込んであげるからね」
 うわぁ、強気だなぁ。由美子ちゃんがくま父さんの娘だってこと、マサシも知ってるから逆らえないよ。でも調教って。あは、由美子ちゃんの迫力に負けたみたいだ。おとなしく言うこと聞いてる。
 ヨシオとマサシが仕事に慣れた頃、ぼくや日向たちにも定期的に休みがもらえるようになった。くま父さんも同様に。
 そんなある日、ふとこんなことに気がつく。
「――あれ? 今日もくま父さんお店に来てないの?」
 今日のシフトはぼくと日向、それにヨシオだった。家のほうでは由美子ちゃんがパソコンでサイトの更新なんかをやっている。
「そうなの。わたし、昨日もシフトに入っていたんだけど、そのときもお父さんはいなかったわ。一昨日はどう?」
「いや、一昨日もいなかったよ。その前の日もだ。……くま父さん、全然仕事してないんじゃないかな?」
 そう言えば休めるようになったら、したいことがあるなんて言っていたな。それか……。
「でも休みすぎじゃない? 四日も休んでるってことでしょ? もしかしたらそれ以上かも」
 休みがもらえるようになってから、日向の家で食事することはめっきり減った。
 週に一度や二度の頻度になるが、そのとき家を訪問したときもくま父さんの姿はない。
「家でもいないの? 夜は? 朝は?」
「家にいることは減ったわね。珍しく家にいても『ちょっくら行ってくるわ』って言って、すぐにどこか行っちゃうし。行き先は聞いても教えてくれないの」
 風俗でも行ってるのかな、クマの。
「メールや電話をしてもガン無視だからね。生きてるのかどうかもちょっと心配だよ」
 ――プルルルル、プルルルル。
 そんな話をしているときに一本の電話がかかってきた。かけてきたのはくま父さんだった。
「噂をすればだ……くま父さん? もう、なんで今まで連絡くれなかったんだよ。今どこにいるの?」
 くま父さんはなかなかしゃべろうとしなかった。それに、なんでぼくに電話をしたのだろうか。しばらく家に帰ってきていないのなら、まずは長女の日向に電話するんじゃないか。
「くま父さん? 聞こえてる? ……電波悪いのかなぁ、ガラケーみたいだし」
『……ごめん。ガラケーで』
「あ、くま父さん。どうしたの? なにかあった? お店のほうには全然来てないみたいだけど」
 なんか元気がない。いつものくま父さんらしくなかった。
『あのな、水科はな。今、どこにおるん?』
「どこって、お店だよ。今日はシフトに入ってるから」
『そか。そしたら他にも誰かおるな、店の中に』
「うん……日向に、ヨシオ。それがどうかした?」
『いや、ちょっとな。あのな、ちょっと悪いけどジャンカラまで来てくれへんかなぁ?』
「へ? ジャンカラ? ……なんで?」
『しっ! あんまり大きな声出さんとって。来るときは二人に気づかれへんように来てほしいねん。お願い』
「でも、まだお仕事残ってるし……」
『サトシ、今日休みやろ。ワシが電話して出勤してもらうことにするわ。お詫びとして来月からのシフト融通利かしたるって言って。なぁ、頼むわ。来たってぇや』
 こんなに熱心に頼み込むなんて初めてだ。きっと大事な用件があるんだろう。それも、日向には言えないような……。
 どんな内容なのかは全然わからない。行くしかないだろう。
「わかったよ。二人にはくま父さんがシフトを間違って作ったって言っておく。だったらぼくがここで抜けても不審に思われないだろ?」
『ありがとぉ、恩に着るで。じゃ、ジャンカラに来て。部屋、予約しとくわ。あとでメール打っとくから』
 最後までやっぱり元気がなかった。体調でも崩しているかな。重い病気になってるんじゃないだろうか。不安は募る一方だ。
「――水科君、お父さんなんだって?」
「ん? ……シフトを間違って作ったんだって。本来ならぼくが休みでサトシが出勤だったらしいよ。うっかり屋だな。そういうの、くま父さんらしいよね」
 日向はぼくの言うことを鵜呑みにしない。ぼくの表情や口調から、なにかを感じ取ったのだろうか。勘のいい女の子だ。
「じゃあ、ぼくはお店を抜けるよ。すぐにサトシが来てくれるから。二人で大丈夫かな?」
 ヨシオはいつも通りに元気な声で「がってん!」と言った。がってん、好きだな。
「日向……? 大丈夫?」
「わたしは大丈夫よ。……ねぇ、水科君。約束してくれる? 大事なことだったらわたしに話してくれるって」
 ほとんどバレてるじゃん。日向には言っておくべきだよな。でもくま父さんなりに考えがあってのことだろう。
「わかった。約束する。君にはウソをつかない」
 ぼくはそのまま自転車でジャンカラに向かった。十五分もあれば着くな。今から覚悟しておこう。どんなことを聞かされても慌てないように。