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サイコー君のくま父さん

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『ネクラだとなぜかモテるんです』 その3

第二章 旧校舎

  1 虎松鬼門(とらまつきもん)

 旧校舎……それは一体どこにあるのか?
 ボクは高倉さんのあとをついていった。
 廊下で彼女がボクの方を振り向いた。
 え、何……?
 直感。ボクはすぐに背中を丸めた。ネクラな歩き方。背筋をピンとして歩いていたら普通の人と何ら変わりない。そういうのはきっと高倉さんは求めていない。
「……ふふっ」
 やった。高倉さんは満足気な感じだった。……このままでは歩きにくいので、高倉さんと目が合ったときだけ、猫背になろう。いろいろ大変だ。
「旧校舎……それってどこにあるの?」
「やっぱり知らなかったかぁ。わたしもね、ついこないだ知ったのよ。それも一週間前ぐらい前に」
「ふーん、そうなんだ」
「旧校舎は学校の端っこの方にあるの。今では何の利用もされていない、ただ存在するだけ。早く潰した方がいいんじゃないかっていう意見も出ているんだけど、かといってなくなったらなくなったで、特にいいこともないのよ。だからずっと放置されたまま。……そうしてもう十年以上もたつらしいよ」
「そんなところ、ボクらが勝手に出入りしていいの?」
「本当はダメなんだけどねー。わたしが旧校舎の入り口を見つけて、それを彼氏に教えたんだ。だから今はわたしと彼氏だけの秘密の場所」
「その……彼氏っていつからの彼氏なの?」
「うん?」
 聞き方に工夫する必要があるな。彼女に興味を持っていると思われてはいけない。
「いや、二人の間に何があったのかなんて興味ないんだけど、一応知っておいてもいいかなって……」
「……入学して一週間ぐらいだったかな。彼、学校に来ても全然授業に出てこなかったの。初めのね、五日ぐらいはちゃんと授業を受けていたのよ。わたし、気になって彼を探したわ。そしたら彼、屋上で漫画読んでいた。これってすごいネクラじゃない? わたしは彼に興味を持ったわ。告白したのはそれからしばらくたったあと。だからまだ付き合って、一か月とかそんな感じなの。……これでいい?」
「え、うん……わかった」
 よかった。そんなに深く付き合っているわけでもなさそうだ。やっぱりキープの男だな。
 でも、高倉さんは言ったぞ。ネクラな男に興味を持ったと……
 やっぱりそうなんだ。イケメンなんかでなく、ネクラを選ぶ。
 マジでどういう神経してるんだよ。その彼氏ってのもきっと変な男なんだろうな。

 ――歩くこと、十分。本当に学校の端にそれはあった。
「これが……旧校舎?」
 横幅がとても狭かった。
 三階……四階建て? 中はどうなっているんだろう。
 そもそもこれ、どうやって中に入るんだ?
 唯一の入り口であろう場所は完全に閉鎖されている。鎖がジャラジャラと金属の取っ手に絡まってあった。そして大きな錠前。
 これだと正面から入るのは無理だ。となると……?
「もちろん、正面からじゃ入れない。……裏からよ!」
 と言っても、裏に体を入れるスペースなんかない。ギリギリ、あるのはあるんだが、その幅は二十センチほど。まさかそんなところから入るのか?
「裏って言っても正確には横ね。ま、どっちも同じような感じだけど。勇戸君、来て」
 そう言って彼女が案内したのは、校舎にほぼ面した壁。ブロック塀。それを越えたら学校の敷地内でなくなる。まさか……
「このブロック塀に登るの。で、そこからちょっとカニ歩きすれば、窓があるわ。そこから旧校舎に侵入するってわけ」
 マジか? これ、絶対してはいけないことだろ。こんなの一般人にブロック塀を登っているところを見られちゃうじゃないか。もし、見つかったら通報されるレベルだぞ。
「さあさあ、登るわよ。塀にはご親切に覗き穴があるわ。そこに足をかけたら何とか登れるわよ。……よっと!」
 彼女のきれいな白い足がブロック塀の穴にかかって、そのままひらりと登っていく。
 わずか一秒。その間に彼女はブロック塀に登っていた。
 そして、見えたんだ。純白の眩しいパンツが……
「ほらぁー、何やってんの? 旧校舎に入ろうよぉ」
「う、うん……」
 彼女が誘うなら行くしかないじゃないか。旧校舎……その中で彼女と二人っきり。いや、すでに彼氏が中にいるのか。
 これは行くしかない! ぜひ、行かせて下さい。
 ボクも高倉さんと同じように、ブロック塀の穴に足をかけて登ろうとするのだが……
「うっ、くく……」
 身長があんまりない分、彼女のように華麗に登ることはできない。けっこう苦戦する。
 その理由は身長だけではない。高倉さんはスポーツ万能なんだ。こういう体を動かすことには慣れている。反面、ボクは運動音痴。これはけっこキツイ……!
 ロッククライミングみたいなもんだ。
「いけないっ!」
 彼女が突然そう叫んだ。そして、そのまま……飛び込む。
 ブロック塀から学校の敷地内へ。
 でもそれだと……見えるんですけど。しかも正面ということで、その……ダイレクトに。
 ……眼福だった。さっきはお尻から、今度は正面から。……幸せだ。カメラに撮って一生の宝物にしておきたいぐらい。
 華麗に着地を決める高倉さん。
 彼女が体勢を整えるまでに、ボクはこのにやけヅラをどうにかしなければいけない。
 ……見てない。ボクは何も見ていなかった。
「急に下りて……どうしたの?」
「人よ。ここの通りってほとんど人が通らないんだけど……たまたまね。それより、勇戸君。もっとシャンっと登ってよぉ!」
「そんな、シャンって言われても……ボクの体力じゃあちょっと難しいよ」
「仕方ないわね~、ちょっと待ってなさい」
 ……高倉さんは何も言わなくなった。耳を澄ましているようだった。
 そうか、通行人が通りすぎるのを待っているんだな。
「……よし、今がチャンス。今なら誰も向こうにいないはず。さ、先に行って」
「先に行ってって……さっきも言ったけど、ボクだとこの塀を登ることは……」
「いいから! ほら、足あげる!」
 ボクはとりあえず高倉さんの言う通りに、足をブロック塀の穴にかけた。で、もう片方の足を上げたとき……
「ほっ! っと……」
 加速! 下から何かで押されるような……それは高倉さんの手。ボクのお尻をぐっと持ち上げ、そのため体が浮いた。
 結果、簡単に塀に登ることができた。……でも、高倉さん、ボクのあそこまで触っていた。ちょっと痛かったし。
 でも、そんなこと全然気にしていないんだろうなぁ。彼女はボクが塀に登ったのを見て、爽やかな笑顔をしていた。
 ボクに続き、高倉さんも塀に登った。
 こんなに軽々と登られたらボクの立場が……
「登れたね。じゃあ、カニ歩き♪ できるでしょ?」
「うん……」
 ブロック塀の足場はかなり狭い。慎重に動かないと落ちてしまいそうだった。
 でも、高倉さんは軽くボクの服の袖を持っている。万が一、落ちそうになったらすぐにフォローしてくれるつもりなのだろう。
 ……ここで落ちたらいけない。
 スポーツができないということはネクラっぽいが、この空気を破ることはそれ以上にやってはいけないこと。たかがカニ歩き。そして窓から侵入するだけだ。これぐらいできないと……!
 幸い、窓のある位置には恵まれていた。
 窓の部分に手を引っ掛け、そのままボクでも簡単に入れそうだった。もちろん鍵はかかっていない。
「入るよ……」
「うん、先に入って。わたしもそのあとで入るから」
 これ、入るのはけっこう簡単そうなんだけど、出るときは逆のことをしないといけないのか。けっこう危険かもしれないな。でも、先のことはあとで考えよう。とにかく旧校舎の中に入るぞ。
 旧校舎に侵入……そこはもう見た目で全体が古いというのがわかった。
 床は埃がたまっていた。
 ちょっぴり怖い。明かりはついていなかった。たぶん、電気も通っていないんだろう。
 ボクに続いて、高倉さんも校舎の中に入った。
 この場所……もしかして図書室?
 辺りを見回すが、そこには部屋を埋め尽くすほどの本棚と大きな机、それにたくさんの椅子しかない。どう見ても図書室だ。
「そう、ここは図書室。今となってはもう古い本しかないけどね。新校舎……つまり、わたしたちが普段使っている校舎に図書室を作ったとき、ここの本も移動したらよかったんだけどね。先生たちの話によると、どれも古臭いから、移動する価値さえないんだって。かわいそうでしょ?」
「うん……それは、ね」
 誰も利用していない図書室。ちょっと異様な雰囲気だった。
「この中で一人でいたらネクラ王だわ」
「いやぁ、さすがにここでは、ちょっと……」
「って思うでしょ? でもいるのよ。学校に来て、ずっとここで本を読んで過ごしている人が」
 まさか? ……ウソだろ。
 あっ、そうか。それが高倉さんの彼氏。
 ……ネクラってレベルじゃあないだろ。意味がない行為じゃん。なんで進んで、こんなとこで本読んでんだ? こんな異様な雰囲気の中で……
「さ、もう少し奥に進みましょう。きっと、今日もいるはずだから」
「本当に……いるの? でも、明かりもついていない。陽の光しか差していない。天候が曇っていたらほとんど真っ暗だよ」
「わたしの彼氏だもん。それぐらいネクラじゃないとね」
 もうネクラじゃないよ。異常者だよ。
 ボクのティッシュアートがまだかわいく思えてきた。
 ガタッ、ガタ……
 ……何かいる。
 人? やっぱりいたんだ?
「ねえ、鬼門。いるんでしょ?」
 鬼門、だって? それが高倉さんの彼氏の名前? 一体、どんな奴なんだ。
「……物音が聞こえたと思ったら、やっぱり笑美か」
 声が聞こえた。男の声。かっこいい声とは言えない。
 か、顔……顔が見えない。角度の問題か。もっと奥に行って、確かめないと。
 もう少し進むと、一人の男の後ろ姿が見えた。
 手には何か本らしきものを持っている。髪が長い。ロンゲだ。かなり太っている。身長はボクよりわずかに高いものの、それでもおそらく百六十センチ前後だろう。高校一年生の男子にしてはそれほど高いとは言えない。
 ふっと振り向いたその顔。
 ……何だ、こりゃあ?
 人の顔を見てこう思うのも失礼だが、典型的なオタク顔だった。
 額が脂で光っている。眼鏡はダサくて、大きい。鼻が大きく、口もでかかった。顎は二重顎になっている。やはりけっこうな肥満だ。
 こんな……こんな容姿の男が高倉さんの彼氏?
 全く似合っていない。どこのオタクだよって感じだ。
 おそらくある電気街に行けば、こういう男はたくさんいるだろう。
 かなりあやしい男。
 ……マジか。こんな奴に高倉さんはよく告白したよ。
 それにキープだって? もう悪趣味としか思えない。高倉さんだったらどんな男でもよりどりみどりだろう。
 それを……何度も強調するが、なんでこんな男なんかにっ?
 それは数学や物理などの難問以上に理解しがたいこと。
 百人の女子がいても、九十九人が彼を彼氏にしようなどとは考えないだろう。
 いや、千に一人、万に一人……
 もしかしたら世界に一人、高倉さんだけが彼に興味を示した。それぐらい奇跡的なこと。

「その男……誰?」
 鬼門と呼ばれた男が不機嫌そうに言った。
「彼は陰見勇戸君。わたしたちと一緒のクラスメートよ」
「ふーん、彼もネクラなのか。……確かにそんな感じもするな。あー、思い出した。そう、そんな名前だ。入学初日で自己紹介があったからな。覚えているよ。小さくて、豆粒みたいな奴だなぁって思ってたから。そうか、君だったか……」
 ウンウンと納得している様子。
 ちなみにボクはこいつが自己紹介していたことなんて覚えていない。席がボクより後ろだったのかな。後ろの人までは見てないや。
「俺は虎松鬼門だ。よろしくな。……笑美がここに連れてきたってことは君も相当なネクラ……そうなんだろ?」
 そうさ。じゃあこいつもそうだな。
 ということはボクとこいつはネクラ同士。どちらが彼女にふさわしいか、恋のライバル的存在だな。
 ボクも自分の容姿には自信はない。こいつの言った通り豆みたいに体は小さいし、顔も女の子っぽい顔をしているなんて周りからよく言われる。
 でも、こいつよりはマシだと思いたい。
 高倉さんにふさわしいのはこいつではなく、ボク!
「ボクは陰見勇戸。よろしく」
「陰見……そうか、名前からして有利だな。陰ね……なるほど」
 珍しいだろうな、ボクの名前。
 本当、この名前のせいで、ボクの性格がこんなんになっちゃったのかもって思うぐらいだ。
 でも、そっちも相当変だ。虎松鬼門? 虎松もすごいけど、鬼門ってのもかなりおかしいよ。よく親はそんな名前つけたな。
「鬼門、あんた何の本を読んでたの?」
 そう言ったのは高倉さんだ。
 確かにボクも気になっていた。こんな薄暗いところなんかで読む本。それにここにある本は全て古いものだ。授業も出ないで、ずっとここで過ごしているんだろ? 一体、どんな内容のものを……
「あれ? 君に言ってなかったかい? ……なら、見てみるかい。でも、残念だけど本じゃない」
 本じゃない? 本じゃなかったら何なんだ?
 よく見ると、鬼門が手にしていたのはノートのようなものだった。
 ちょっと使っている感じはあった。おそらく何度も読み返しているのだろう。そこには何が書かれているんだ。
 ノートが鬼門から高倉さんの手に渡った。
「これ……すごい!」
 高倉さんが大きな声を上げた。
 ……何だ、そんなにすごいことが書かれてあったのか? 一体、何……
 ボクは高倉さんの横から、鬼門のノートを見た。
 ……驚愕だった。
 鬼門のノート、それには何も書かれていない。
 ただ、何回も読んだ証拠であろう手についた脂や汚れが、ところどころについていた。
 これを……読む?
 読むと表現できるのか? この男は全く白紙のノートを、学校がある間ずっと読んでいたのか。
 それは全く意味のない行為だった。
 こんなこと……まともな人間なら一分ともたないだろう。そういう意味ではすごい奴だ。
 高倉さんの反応は……
「すごすぎるよ! これは無駄すぎる! ネクラ王どころじゃない。ネクラキングよ!」
「ははっ、そうだろ! なんせ俺は君の彼氏だぜ? それぐらいネクラじゃないといけないだろ」
 鬼門が喜んでいる……? でも高倉さん、それにはお咎めなしだ。
 それもそのはず。このノートの一件はでかい。そのことを考えるとちょっと喜ぶぐらいでは、まだ十分にネクラ。いや、ネクラすぎる!
 ボクのティッシュアートは意味がないけど、一応、ものを作るという行為だった。何かを作っている。それ自体が何の意味もないものだとしてもだ。
 だが、鬼門の方は完全に意味がない。何かを作っているということでもなく、読んでいるわけでもなかった。そうだろ? 白紙のノートを読むと言えるだろうか。
 本当に無駄な行為だった。
 でも、さすが……高倉さんが彼氏にしようと思っただけのことはある。
 今の時点では鬼門の方が完全にボクよりネクランは上だ。素晴らしいネクラだよ。
 おそらく学年、学校……日本一のネクラかもしれない。
「彼はその……何級?」
 思わず聞いてしまった。知りたい、ボクとこいつとの差を。
 高倉さんは少し考えて口を開いた。
「そうね、八段……ってとこかな」
「八っ……!!!」
 待ってくれ、ボクは一級だろ? それもかなりがんばってようやく今日、一級だと高倉さんに認めてもらったばっかりだ。それをこの男……八段?
 どれだけの差だよ。
 ……悔しい。ボクは高倉さんの彼氏にはなれないのか? こんな気持ち悪い男に高倉さんが取られるなんて……悔しい!
 こんなこと許させるべきではない。
 鬼門は毎日学校に来て、この図書室にいるんだろ?
 ……ウソだ。そんなことできるはずがない。彼も人間なんだ。そんなこと、変人でもできやしない。きっとウソが隠れている。
 
「……ウソだよ」
「え?」
「ん?」
 二人がボクを見た。
「ウソだよ……だって証拠がないじゃないか。白紙のノート? そんなの毎日ずっと読んでるなんて信じられない」
 少し間が開いて、鬼門が言った。
「俺がウソをついているとでも?」
「そうだ。だってそうだろ。証拠を見せろよ!」
「なら、そうじゃないって証拠……お前は持ってんだな?」
「なっ?」
「水掛け論……つまりお互いが証明できない。となるとこれ以上、話をしても無駄だ。違うか?」
 確かに……こいつの言う通りだ。
 しばらく何も話さなかった高倉さんが口を開いた。
「二人ともどうしたの? なんだか熱く議論してるようだけど……」
 いけない。こんなのネクラじゃない。ネクラは争いをしない。基本的なことだが、高倉さんがボクたちに冷めた感情を示している?
 つい、ボクも熱くなってしまった。
「はっは、笑美。違うんだ。ネクラな俺がそんなことでいちいち怒ったりするわけないだろ? さあ、もういいじゃないか。俺は白紙のノートを読みたい。もっとネクラ道を追求したいんだ。お前らも一緒にするか?」
「いや、ボクはいい……」
 このまま鬼門と一緒にいたのでは、取っ組み合いのケンカになってしまうかもしれない。
 でもそれは誰も求めていないし、誰も得しない。
 それにネクラは誰かと一緒に行動なんてはしない。
 この場はお互いが離れた方がいいんだ。高倉さんもきっとそう思っている。
「高倉さん、もう行こう。まだお昼食べてないでしょ? この場所……教えてくれてありがとう。また来ようよ。いい場所だよね。いつかボクもここに来て時間を過ごすよ」
「ああ、そのときは歓迎する。いつでも来なよ。ネクラの先輩として教えてあげる」と鬼門が言った。
 さりげなく、先輩と後輩の関係になってしまった。しかし、それもそのはず。八段と一級ではレベルが違いすぎる。
「じゃあ、行こうか勇戸君。……鬼門、がんばってネクラ道を邁進してね!」
「ふっ、がんばらないよ。それがネクラってもんさ」
 おい、高倉さん。ぽーっとするな。よく見てみろ、あんな男だぞ。
 ルックスが大事とは言わないが、ちょっとは参考にしてよ。いかにも悪役顔じゃないか。

 ボクと高倉さんは旧校舎に入ったルートのまるっきり逆を辿った。
 今日の出来事はなかなか体験できないことだった。そして、最大のライバルの存在を知った。
 虎松鬼門。ボクは高倉さんからお前を引き離さなければならない。あんなのが高倉さんの彼氏になったら彼女の不幸は目に見えている。
 きっとあいつにはウソがあるはずだ。そのウソの証拠、ボクが絶対に見つけてやる!
「……何、それ? 決意に満ちたような目は?」
「別に……花粉じゃないの。目がかゆいよ。言っとくけどボク、君たちのことなんか全然興味ないから」
「ふーん。ま、君も一応、キープしておこうかな」
 嬉しかった。高倉さんの彼氏候補にボクはなったんだ。
 でも敵は八段……やっぱりこの差は大きいな。

 ――一週間後。
 高倉さんがボクにほとんど声をかけてくれなくなった。
 ティッシュアートではやはり無理か。
 彼女は昼休み、三日に一度ぐらいの割合で旧校舎に行った。この一週間では二回ほどだ。そのときはボクもついていくようにした。
 鬼門は渋った顔を見せるが、ボクを追い払うことはしなかった。……で、毎度鬼門はあの白紙のノートを読んでいた。やっぱり本当……なのだろうか。
 ボクは毎日、旧校舎の付近にいたんだ。高倉さんと鬼門がいつ会うのか、それが気になった。
 嫉妬かもしれない。軽いストーカー行為なのかな……。
 ボク、間違っているのかな。
 そして決心する。
 毎日、旧校舎に行くことを。
 別に高倉さんと一緒でなくてもいい。鬼門の行動をボクは把握しておきたい。きっとボロが出るはずだ。……だって見えたんだもん。
 鬼門がノートを読んでいたとき、彼の座っている椅子の下には鞄があった。そこから見えたものは携帯ゲーム機と雑誌のようなもの。二つともネクラっぽくないよね。
 だから思うんだ。こいつ、もしかしたら全然ネクラではない。
 だったら、ネクラの演技をしていることになる。そのメリットは何か?
 ……それはやはり高倉さんだろう。
 彼女目当てに彼は自分がネクラだと演技しているんだ。きっと、彼女が旧校舎に入ったときだけ鬼門はネクラっぽく振舞っているだけにすぎない。
 それをボクが暴いてやる。
 その日が今日だ。高倉さんはいない。
 ボクは一人でブロック塀に登ることができるようになった。
 ボクの私生活にも変化が現れる。
 学校では以前と同様にネクラ道を通した。
 だが、家では地味に筋トレなどしている。それに学校の勉強もしていた。
 授業ではティッシュアートばかりしていたので、予習と復習をしなければ授業についいくことができなかった。……だから鬼門もきっとどこかで勉強しているはず。
 だって、もうしばらくしたら中間テストがある。さすがに進級できないとまずいだろう。いくらネクラ道を極めたからって、進級ができなければ卒業することもできないということだ。
 ボクはブロック塀に登り、カニ歩きで窓に近づいた。
 この動作も慣れた。もしかしたら高倉さんより、短い時間で旧校舎に入ることができるかもしれない。短い日数で大した進歩だ。
 今、ボクは人生が楽しい。充実していた。
 これも全部、高倉さんのおかげだ。だから何としても鬼門のウソを暴いてやろう。
 ボクは旧校舎に静かに入った。だから、たぶん鬼門にはボクがこの図書室に入ったことは気づいていないだろう。体重が軽いのが役に立った。わずかな音しかしない。
 ボクは身を屈め、鬼門がいるところへゆっくりと近づく。
 気分はまるでスパイか探偵だ。ケータイもあるから録画や録音もできる。
 証拠……どんなものでもいい。彼がウソの事実を作っているという証拠が欲しかった。
 ……何か聞こえるな。
 本当に小さい音だけど、機械音……これはゲームの音か?
 ゲーム?
 これはネクラか? ……うん、ネクラだろう。でも白紙のノートは見ていないってことになる。これは明らかに捏造だった。
 ゲームをやっているのなら八段もいかない。
 白紙のノートを毎日読んでいるということで、八段の称号を得ているのだ。こんなのウソっぱちじゃないか。
 他にはないか? 調べればもっとボロが出そうだ。
 ボクは鬼門の後ろから近づいた。もうほふく前進状態だ。
 あっ、あれは……
 また見つけてしまった。
 鞄の中に前、入っていたもの。それが机の上に置かれていた。タイトルを見てみよう。雑誌の表紙には大きく、『今後の経済』と書かれていた。
 経済誌ぃ?
 おいおい、また見つけてしまったよ。鬼門がネクラではないという証拠。こんな本、読んでいたんだ。生粋のネクラは絶対、こんな雑誌読まないって。
 他にも気になる点はいろいろあった。
 机の上にはオーディオ機器、お菓子、最新型のケータイ、学校の教科書や参考書。
 普通じゃん! 全然、ネクラじゃないじゃん!
 ということはやっぱり、高倉さんが来たときだけそれらのものを鞄に隠し、白紙のノートを読んでいるように見せかけていたのか。
 この映像をケータイに撮って、高倉さんに見せれば……
 
 ピラリラリン♪
 ……しまった!
 録画するときは音が鳴るんだっけ?
 図書室は静かだったから、ちょっとした音でもよく目立った。
 鬼門はすぐにボクの存在に気がついた。
「だっ、誰だ?」
 鬼門は慌てた様子でボクの方に近づいた。
「あっ……お前は陰見勇戸。……はっは、お前か。いやぁ、ビックリした」
 もっとあせると思っていたが、鬼門の反応はこんなものだった。
 なぜ落ち着いている? ボクはお前のウソを見つけたんだ。これを高倉さんに報告すれば……わかってるよな。
「一人か? 今日は……」
「ああ、そうだ。……いや、そんなことはどうでもいい。あんた、やっぱりウソだったな。何が毎日ずっと白紙のノートを見ているだ。完全にウソじゃないか。机の上にあるそれら全部……立派な趣味じゃないか。ボクにはわかる。あんたが本当のネクラでないことぐらい!」
「くっく、くっくっく……」
 何だ、こいつ……。
「良かった。ちょっと気が緩んでいた。……いいね。もう少しで笑美にバレるところだったよ。もっと気をつけるべきだった」
「おい、わかっているのか? 今、録画してんだぞ。これ、全部高倉さんに見せるからな。それでお前は終わりだ。高倉さんは本当のネクラしか愛さない。お前なんかじゃあ無理なんだよ」
「なら、君は本当のネクラとでも言うのかい?」
「ああ、ボクはな、小学校高学年から中学を卒業するまで、ほとんど引きこもりだった。家では漫画とゲームぐらいしかしなかったよ。これ以上の引きこもりがあるっていうのか?」
「それ、本当かい? 君のような男が」
「……どういう意味だよ?」
「いやね、君って絶対モテるタイプじゃないか。俺とは正反対だ。だから俺にとってみれば、君の方がウソなんかじゃないかと疑ってしまう」
 俺がモテるだと? そんなこと考えたこともない。
「でも、今の君の態度からして、ウソをつけないタイプだとわかる。だから高校に入るまでずっと引きこもりをしていたというのは本当なんだろう。でも、俺、笑美は譲らないよ。だってすっげえいい女じゃん! 俺なんか彼女がいなくなると、もうあれぐらいの超上玉、一生相手にされないって。だから俺も必死なのさ。でも……ずっとネクラでいることは無理だ。限界がある。だからこの旧校舎ってわけさ。ここはネクラ道を極めるための場所なんかじゃない。笑美に隠れて人間らしい行動を取ることができる憩いの場なんだよ」
「それ……高倉さんを騙しているってことなんじゃないのか?」
「君は違うとでも? ……君が本当のネクラであることは認めるよ。でも、今の姿が本当の君の姿ってわけじゃないだろ。絶対、笑美に好かれるために自分を偽っているところがあるはずだ。俺は笑美と関わってきたからわかる。俺は君より笑美のことを知っているつもりだ」
「……ああ、そうだよ。俺も偽っている。でも、お前ほどじゃない」
「いいや、一緒だ。……それに君は絶対俺に負ける」
「負ける? なぜ? 切り札を持っているのはボクだ!」
「その切り札……俺がそのまま持って帰らすと思うかい?」
 鬼門が席を立った。そして……ボクの方に近づいてくる!
 力づくで回収する気だ、ボクのケータイを。
「逃げるなよ。置いていきなよ、そのケータイ。な?」
 誰が……!
 窓からブロック塀に飛び移ったら、逃げることはできる。でも、鬼門はすぐ近くだ。
 ボクがこのルートでここから脱出しようと思っても、たぶん窓の枠に手をかけたところで捕まってしまう。
 わずか数秒のため、窓から逃げることは不可能だった!
 取っ組み合いになれば、おそらくボクはこいつに負けるだろう。
 ……じゃあ違うルートだ!
 ここは二階。ということは一階はあるし、二階や三階もある。図書室の隣に別の部屋だってあるかもしれない。こんなことならもっと高倉さん旧校舎の内容を聞いておくべきだった。どこに何があるのかさっぱりわからない。
「待て~!」
 ゾンビのように追いかけてくる鬼門。そのスピードはあまり速くない。ボクより速くないってどういうことだ? やはりその腹の周りについている無駄な肉が邪魔なんだろう。
 ボクは図書室を出た。これも幸いなことに鍵がかかっていなかった。
 次の問題は下りるか上がるかだ。どっちにする……
 上だ!
 ほぼ直感だった。
 この建物は三階か四階。ということは四階がある可能性がある。
 一方、下に行ったら一階しかない。逃げるのなら、広く逃げれる場所の方がいいに決まっている。
 それに一階は二階より陽が当たらないイメージがあった。
 ……それは素直に怖かった。人間、暗闇のところだと恐怖を感じるものだ。
 ……あ、しまった。三階からどう逃げたらいいんだ?
 三階の窓からブロック塀に飛び降りる。そんなことしたら確実に怪我をしてしまう。
 あんな狭い足場のところへ見事に着地を決めるなんて、ボクにはできそうになかった。