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サイコー君のくま父さん

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『大泥棒』 その4

  4 ジャックが住む森

 ――翌日、俺は宿駅に向かった。
 そして辻馬車に乗り、ジャックのいる土地まで移動する。
 
 ……馬車に乗って何時間ぐらいたっただろう。俺は狭い車内で完全に眠ってしまった。
 そんな中、馬車の揺れが突然止まった。……その動きの変化で俺は目を覚ましてしまった。
「……御者、馬の休憩か?」
「起きたかい、兄さん。……よぉく寝てたな。そうさ、兄さんも何か飲んで食っておかないと体がもたねえぞ」
 確かに……。
 馬が止まったところは宿屋だった。
 御者はそこで馬を休ませ、燕麦を与えようとした。
 俺も腹が減っていたので近くの料理店に入り、そこで食事をすることにした。
 
 ――店の中に入ると、どのテーブルも食べかすだらけだった。料理のうまい匂いもしたが、同時に煙草の臭い匂いもした。
 客は学生が多かった。また、中には下級聖職者、下っ端俳優、駆け出し弁護士と思しき人間も何人かいた。
 俺は肉と野菜を一皿ずつ注文し、それにパンとチーズ、葡萄酒も少し飲んだ。
 料理の味はなかなかのものだ。銀の食器は少し汚らしかった。
 しかし……また、こんな小料理屋でも視線を感じるな。
 一見してみるが、ここも大した奴がいる気配はいない。
 皆、飲むことや食うことを目的にしている。一般の料理店そのものだ。
 ……ダメだ、ダメだ。昨日から俺の勘が冴えない。
「こんなんでジャックを捕えることなんてできるのか……」

 俺は食事を終え、また馬車に乗った。
 まだまだ目的地までは遠い。馬もすっかり元気になっていた。
 そしてまた馬に乗ること数時間……

「……兄さん、兄さんっ」
 御者の声が聞こえる。馬の揺れも止まっているようだ。
 ということはようやく着いたのか? ジャックのいる森の付近に。
 ただ、馬車に乗ってからはずっと寝ていたので、時間の感覚がすぐにはわからない。
「ん……何だ。もう着いたか?」
「ああ、着いたぜ。ここでいいんだろ?」
 町から離れた場所。人なんか住んでいそうにない。ここで間違いないだろう。
「ああ、ありがとう。ここからは俺一人で大丈夫だ。これはチップだ。もらっといてくれ」
 俺は料金とは別に、小金を御者に手渡した。
「おお、こいつはすまねえ。……それより大丈夫かい? 兄さん、ちゃんと目を開けて行きなよ?」
「大丈夫、大丈夫……ふぁ……」
 こんなに寝たのは久しぶりだ。一日八時間も馬車にいれば体もなまってしまう。
 全く、ジャックの野郎、こんな田舎に住みやがって。
 ――辺りはほとんど山だ。
 俺が歩く先に一人の中年ぐらいの男が立っていた。
 ……人だ。こんなところでも人がいるんだな。まさか、同業の者か?
 男は黄土色のフロックコートを着ていた。旧式なポケットの付いたチョッキに、膝のところが灰色に変わってしまった黒のズボンを履いている。
「ちょっと、すまない」
 俺はこの中年の男に声をかけた。
「ん、何だ?」
「ここらへんで空を飛ぶ人間は見なかったか?」
「ああ、そういう話はよく聞くな。その仙人みたいな人間に会った人もいるみたいだよ」
「会った? ということは実在するのか?」
「ああ、何でも大柄な男で髪が長いらしいよ」
 ……眉唾ではなかったのか。
 そして、これも確認しなければいけない。
「おっさん、セント・ストーンは知っているか?」
「セント・ストーン? ん、聞いたことがあるようなないような……」
「しっかり思い出してくれ、おっさん」
「いや、でも……誰かがそんなこと言っていた気もせんでもない」
 はっきりしないおっさんだな。
 イライラとする気持ちは抑え、少しでも有利になる情報を聞き出そうとした。
「ジャックの住みかはどこらへんになる? おっさん、地元の人間だったらいろいろ知っているだろ?」
 俺は十ゴルをおっさんの手に握らした。
「へ、へへ……思い出した。何か、洞窟に住んでいるとかいないとか。ここから北へ八百メートルほど行ったところだ。だが、かなり地形が悪いみたいだ。洞窟は急な崖の下にある。行くなら相応の準備をしていかなくちゃ。登山靴は持っているかい? 雨具ももしかしたら必要になるぜ」
「大丈夫だ。俺は身が軽く、すばしっこいからな……おっさん。あんた、ジャックをネタにして商売しているな?」
「いや、そんな! とんでもない。あっしはただ……」
「いい。なかなかいいところに目をつけたな。だが、おっさん、気をつけな。俺なんかよりよっぽどひどい盗賊もいるもんだ。そいつらから襲われないように気をつけろよ」
「あ……ひっ……!」
 おっさんの表情が青ざめる。
「……いや、俺はおっさんから盗もうとはしてないぜ。小物から小銭を奪う気はねえ。狙いはセント・ストーンだけだ」

 俺は森の中に入っていく。
 高低差が激しい。これでは登るのに苦労する。足場もろくに整っていなかった。ちょっとでも気を緩めれば、そのまま崖から落ちることもあり得る。
 ……さすが仙人だ。こんな利便性の悪いところに住んでいるとはな。俺なら到底耐えられない。
 目の前には大きな崖があった。俺でも見下ろすとゾッとするような光景だ。
 ……落ちたらすぐ即死だろうな。その下にジャックがいるという。
 しかし、ここまで奴の居場所がわかっているんだ。過去に力ずくでもセント・ストーンを奪ってやろうって思う奴もかなりいたはず。でも、成功例は今まで一度も聞いたことがない。
 ……奪えなかった理由でもあったのか?
 俺は小さな木の根、草の根を何とか足場にして、慎重に下りた。登山の経験は少々あった。
 泥棒で一番大切なことは逃げきることである。そのためどんなルートを通ってでも逃げきる必要があった。それが例え、こんな崖からでも……。
 ――慎重に崖を下りること約十分。そこには洞窟があった。
 五メートルぐらいの高さ。人が住もうと思えば、どうにか住める広さである。道は奥に続いていた。入り口からでは奥まで見えそうにない。つまり、奥行きまでの距離感覚が全くわからなかった。
 こんな場所、普通の登山者だったら見つけようもない。隠れ家にはもってこいだった。
 さて、いよいよジャックとの対面か。
 ……ふう、少し緊張してやがる。
 普段あまり緊張しない俺だったが、さすがに今回は別物だ。
 仙人に会うのは初めてだからな。いきなり殺されたりしないように気をつけなければ……。
 聞いた話によると、性格はこっちが黙っていれば大人しい奴だが、少しでも邪心を抱くとまるで鬼のように変貌するらしい。こいつに殺された人間も多数いるはずだ。
 どんな攻撃を繰り出し、どんな武器を使うのかは知らない。仙人と呼ばれるぐらいだ。人間には理解できない術など持っているかもしれない。
 ……嫌な汗が出てきやがる。
 洞窟の中に入れば、進めば進むほど暗くなっていった。太陽の光が入らない場所。暗くなるのは当然だった。
 俺は明かりをつけた。……用意してきたカンテラが役立った。
 
 さらに奥に進むと何かの動きが確認できる。
 獣か……? その大きさからして鼠や蝙蝠でないことがわかる。
 もっと大きいもの。人間?
「……何だ?」
 突然の声に俺は驚く。それは低く、男の声だった。まだ相手がよく見えない。もしかしてこいつが仙人か? 一体、どんな顔してやがる?
 緊張はピークに達している。いつ襲われても反応できるように、俺はすぐに戦闘体勢に入った。
「誰だ!」
 俺は声のする方に向かって威嚇するように声を張り上げた。そして、カンテラを持った手を前に突き出した。
「……まぶしい。その光、もっと遠ざけてくれ」
 俺はさらにカンテラをかざし、その声の主の姿を確認することができた。
 
 ……人間だ。
 そこには男の人間が座っていた。そして思っていたより近くにいた。その距離は三メートルもない。すぐそこにいたと表現しても間違いではない。
 相手の体はかなり大きかった。
 髪が長かった。座っていると髪が地面につくほどだ。
 ゴツゴツした頑丈そうな体をしている。おまけに広い肩と大きな拳を持っていた。……すると、こいつがジャックか?
 俺はカンテラを男から離れたところに置いた。
「やあ、邪魔するぜ。あんた、ジャックかい?」
「何だ、お前は?」
「俺の名前はジェダ」
「ジェダ……初めて見る顔だ。何をやっている?」
「ちょっとな。登山の途中に変わった洞窟があったから気になって入っただけさ。いけなかったかい?」
「……お前、人間がこの洞窟に入ることは至難の業だ。ただの登山者にそんな芸当はできんと思うがな。お前の職業は何だ?」
 職業? いきなりそんなこと聞くかよ?
 何だ? なんて答える?
 ……ええい! 思いつかねえよ! 骨董屋でいい。
 現に骨董屋の仕入れみたいなことはしているからな。まさか泥棒だとは言えないだろう。やっていることは同じであっても。
「……骨董屋だ」
「骨董屋だと? ……どうせ目当てはセント・ストーンだろ?」
 しまった! そう連想するか?
 肉屋とでも言った方がよかったかな? だが肉屋は普通、こんな山奥には来ねーよな。
 こうなると警戒されるのはもう避けられない。
 もうばれちまっているなら、隠していても仕方ねえ。正直に話した方が良さそうだ。これ以上、ジャックに不信感を抱かせるのは得策ではない。
「話が早そうだな、ジャック。そのセント・ストーンを……」
「帰れ」
 こいつ……! 俺が言い終わる間もなく遮りやがった。
「セント・ストーンは自然が生み出した奇跡だ。お前ら人間が持つことは相応しくない」
「そう言うお前も人間だろ……ジャック?」
「ふ、痛いところを突くな。俺も昔は人間だった。だが、あることをきっかけに俺は仙人になったんだ。だからもう人ではない」
「そして空を飛ぶことができるようになった……違うか?」
「知っているのか。まあ、空を飛ぶなど簡単だ。中には不真面目な奴もいて、ずっと修得できなかったなんてこともあるがな」
「今までセント・ストーンを奪いに来る奴なんかはいたのか?」
「ああ、特にここ最近は多いな。毎月に一回ほどそういうバカが来る。そのたびに追い返しているのだが……人間たちは全く懲りないようだ。勢い余って、もう何十人か殺してしまったよ」
 殺してしまっただと? 簡単に言うな。
 しかしこいつ……、かなり強いな。
 強引に石を奪いにいっても返り討ちに遭うだけか。
 こんな強そうな奴に俺が勝つ自信はない。……だが逃げる自信ならある。
 となると、騙して奪うしかないようだな。そのための準備ならしている。
「奪うだのくれだの、そんなことは言わない。ただ、見るだけ……見るだけでもダメなのかい?」
「見るだけでいい? ……お前は今まで会った奴らとは少し違うようだな。まあいい。少し待っていろ」
 ジャックがそう言い、奥の方に行った。
 夜目が利くのだろう。こんな暗い洞窟の中、明かりなしで自由に動き回るジャックを見て、やはり普通の人間とは少し違うと思った。
 ジャックが奥に行った理由……
 もしやセント・ストーンを持ってくるのか?
 いや、それしかない! セント・ストーンとの対面がすぐそこまで来ている!
 だが、ジャックが立ち上がったときの奴の肉……何を食ってやがるんだ?
 筋肉で膨れ上がった二の腕、丸太のように太い脚。
 それは人間離れした鍛え上げられた肉体だった。まるで虎のようなしなやかさを持ちながら、熊のような頑強な体をしてやがる。
 俺が百八十三センチメートルある。こいつはおそらく、百九十五センチメートル以上はあるだろう。
 ――おっと、奴が戻ってきやがった。
 奴の手に持っているもの……手の中から何かが光ったように見えた。
 これがセント・ストーンか?
 この暗い洞窟の中でもそれがはっきりわかる。この輝きは今まで見たことがない。
 近づくにつれて、石の持つすごさがわかる。……これほど輝くものなのか? こんな石がこの世に存在したのか?
 石という言い方はあまりにも陳腐だった。それはまるで小さな惑星。小さな星。
 眩しくてじっと見つめることができない。俺は今までいくつもの宝石を見てきた。だが、それら全てがこの石と比べたら、ただの石っころだ。あんなものを夢中になって追いかけていた自分が惨めになるほどだった。
 まさに自然の神秘! これが……セント・ストーン。
「これがセント・ストーンだ」とジャックが言った。

 奇跡の石。近くで見ればそう呼ばれる理由がよくわかる。
 これが三十万ゴルダー以上の価値があることや、大富豪の連中らがこぞってこいつを欲しがる理由までも。
 ……魔性の石。そう、まるで見る者全ての魂を吸い込むかのような、そんな特別な石。手に入れれば、人生を極めた者の象徴だった。
 これ一つを巡って戦争が起きるぐらい、不思議でないぐらいの圧倒的な存在感があった。
 
「この輝き……一体ジャックはこれをどこで?」
「昔、ちょっとしたことで手に入れたものだ。俺にとってこれは大切な石であり、当然、お前たち人間に渡すことはない。お前たち人間がこれを持つ資格はないのだ」
「納得だ。こんな石……あれば、戦争の一つや二つどころじゃすまない。ジャックの言う通りだと思うよ。本当に素晴らしい。記念にその……さっ、触らせてくれないか?」
「触りたい? ……まあいいだろう」
「きれいだ……素晴らしい」
 この大きさ、輝き、色、形……俺は全てを記憶する。
 そして、俺が持ってきた石の中で一番合うのは……これだ!
 俺は腰掛け鞄を後に回し、手探りでその石を見つける。
 俺の爪は贋作作りのために鋭く尖らせている。つまりこれはどんなものでも削るヤスリの役目をする。
 右手はセント・ストーンを持ち、左手は贋作作りに没頭する。
 素早く指を動かし、形を整えるのだ。
 カリ、カリ、カリ……
 その音はできるだけ小さいものでなければならない。そして素早く!
 磨く、磨く……磨く!
 俺にはどんなものでも観察して、その質感を知ることで贋作を作ることができる。それが絵画や壺や貨幣であってもだ。
 中でも宝石の贋作作りは得意中の得意だった。これなら数十秒ほどでそっくりなものが作れる。
 だが、もちろん贋作は贋作。専門家に売り捌くことはできない。それが貴重なものであるほど……。
 だからセント・ストーンは本物を奪って来ないと意味がないのだ。
 今はできるだけ時間を稼いで、この贋作作りを成功させる!
 ジャック! お前との勝負はもう始まっているんだ。
 
「……ところで、ジャックはいつもどんなものを食べているんだい?」
「そうだな、木の実を食べることが多いな」
「木の実? へぇー、そうか。じゃあ肉なんかはどうしてんだ? まさか仙人だからと言って、全く肉を食べないわけにもいかないだろ? 町に下りて肉屋にでも行ってるのか? それとも森にいい動物がいるのかよ?」
「ふふっ、面白いことを言う奴だな。まあいい、答えてやろう。肉は食べん。この体はそういうふうにできている。だから例え、数か月何も口にしなくても生きることは可能だ。腹は減るがな」
「すげえんだな、やっぱり仙人ってのは。あれか? 水だけで生きられるってやつか? 食費がかからなくていいなぁ」
「ああ、水さえあれば何日でも……お前、後ろで何をやっている?」
「ジェダだ。俺の名前だよ。言ってなかったか? ……おいおい、そいつは冷たいぜ。もう俺とジャックは知り合いだ。そう、友人じゃないか」
「ジェダ……後ろで何をやっていると聞いているんだ」
 バレたか? ……全く、こいつは警戒心が強い。
 さすが今までセント・ストーンを奪われなかっただけのことはある。仙人になると感覚が研ぎ澄まされるのだろうか。こいつもいい骨董屋になれるよ。
 だが、この贋作作りにはまだ時間がかかる。あと少し……どうにかして時間を引き伸ばす必要があった。
「ああ、背中がかゆくてな……」
「背中ぁ……?」
「ここに来るとき、虫に刺されたのかな? なぁ、ジャック。お前、虫さされにいい薬なんか持ってないか? ほら、薬草だよ。ずっとこの森の中に住んでるんだ。そういうのって持ってるんだろう? 悪いけど少し分けてくれないか?」
「お前の背中のことなんかどうでもいい。セント・ストーンを返せ。もういいだろう」
「もう少しぐらいいいだろう。この輝きを目に焼きつけておきたいんだ。こんなチャンスもう二度とねえ。一生に一度の機会だ。ジャック、何をそんなに急かす必要がある? この通り、俺は逃げも隠れもしない。ただ純粋にこの石を……」
「早く石を返せ!」
「わ、わかった。今返すよ……今」
 俺はさりげなく視線を横の壁に移した。
 すると、ほんの一瞬だがジャックも同じ方向に視線を向けた。今、ジャックの意識は壁に集中していた。
 俺はこの一瞬を逃さない。
 本物のセント・ストーンと贋作をすり替えるには絶好のチャンスだった。
 今だ……!
 俺は手品師のような早業で右手を後ろに、左手を前にやった。
 
「返すよ。ありがとう。また、見に来てもいいかい?」
 そして、石をジャックの手の上に堂々と置いてやった。
「…………」
 俺がすんなりセント・ストーンを返したことに戸惑っているな。
 ジャックが石をまじまじと見ている。腑に落ちないといった表情だな。
 さて、お前はこれを見抜ける目を持っているのか?
 もう目的は果たした。あとはどうこの場から逃げるかが問題だった。
「じゃあ、俺はもう帰るぜ」
「待て……ジェダ……」
「寂しいのかい、ジャック? ……ま、ずっとこんなとこにいたんじゃ、人が恋しくなることもある。また遊びに来てやるよ。そんときはまたセント・ストーンを見せてくれよな」
「いや……そう言うことを言っているのではない。少し……少し待ってくれ」
「悪い、俺は今からちょっと用事があるんだ。今度、山を下りてきなよ。そのときは俺が歓楽場でも案内してやる。そこには賭博場なんかもあって楽しいぞぉ」
「ジェダ……待て……」
 ジャックはまだ石を疑って見ていた。……どうだ、精巧にできているだろう。
 俺は、やや早歩きで洞窟を出ようとした。
 本当は走って逃げたかったのだが、今それをやるといかにも不自然だ。まるですり替えましたよ、と言っているかのように。
 ……。
 ――少し歩いたが、ジャックが追いかけてくる様子はない。騙せたか?
 それならジャックは俺が思ったより、ちょろい奴だった。
 このまま逃げきれれば俺は大金持ちだ。一生かかっても使えきれないような大金を得ることになる。
 
「ジェダ――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!」

 突然、洞窟に怒号が響く。
 ……まるで恐竜の唸り声のようだ。鼓膜が潰れるのか思うぐらいだった。
 これはもうジャックが贋作であるのを気づいたと考えるべきだろう。なら、俺はこんな悠長に逃げているわけにはいかない。
 俺はもう洞窟の出口まで来ていた。
 ジャックの移動スピードはわからなかったが、俺は恐ろしく加速した。
 脱兎の勢いで走る。それはおそらく常人からしてみれば、目にも留まらぬ速さだった。
 ジャックの声が響き終わるまでに洞窟から脱出。
 そして、崖から飛び下りた。
 ……地面まで百五十メートルほどか。並の人間が飛び下りたら死ぬわな。だが、俺だったらそうはならない。
 木の枝をクッションにするように器用に着地をする。崖から下は森の中だった。
 ここまで来ればひとまずは安心だ。今の時点では俺の方が断然有利!
 空を飛ぶことができる? 仙人だ? そんなこと知ったことか!
 森の中は視界が悪くて、障害物だらけだ。
 さらには俺のこの移動速度。捕まることなどあり得ない。
 くく……やったぜ。まんまと出し抜いてやった。
 俺の勝ちだ、ジャック!
 
 ……待て! まただ。また視線を感じやがる。
 どこだ……ジャックのものか?
 俺は前後左右、特に注意をして辺りを確かめる。
 だが、人らしき存在はいない。……こんなときに! 全くどうかしてやがる。
 いや、待てよ。上?
 俺はとっさに上を見た。
 まさか……信じられない光景だが、空に一人の男が浮かんでいた。
 それはジャックだった。
 本当に空を飛んでいる。これが仙人ジャックか!
「くっそおぉぉー! ジェダ、どこにいるー!」
 俺は空から死角になるように、木の後ろに隠れた。
 しかし、仙人でもキレるもんだな。
 早く逃げたいのは山々だが、ジャックの行動が読めない。
 仙人とは空を飛ぶ以外にも、変わった力を持っているのだろうか。
 ……よし、念のために一つ対策をしておくか。
 俺は鞄から輝く石を取り出した。それをさっき作った贋作のように、もう一度同じようなものを作る。
 
 ――その時間、二十秒足らずだ。
「……できた」
 じゃあ、こっちの方を……あそこがいいな。
 そのとき上空から、かすかに声が聞こえた。それはとても小さなものだった。
「あれを使うか……」
 何、何と言った?
 聴力もある程度は優れる俺だったが、あまりにもジャックとの距離が離れすぎているため、正しく聞き取ることはできない。
 あれを使うと言ったのか? ……あれとは何だ?
 思わず脚を止めてしまった。
 
 ザワ……ザワ……!
 
 ……ん? 妙だ。風か?
 音。それは風の音。さっきまでは何ともなかった風が急に音を立てた。
 ……不気味な音だ。風が強く吹いているのがわかる。俺の髪も風でなびいていた。
 木々が揺れ、まるで今にでも動きそうだ。まさかこんな大木が?
 俺の真上からものすごい勢いで枝が襲いかかる。
 こんなことがあるのか? 俺は襲いかかる枝を寸前でかわす。
 だが、次は縦横無尽に枝が襲いかかってきた。……まるで森全体が俺を捕まえようとするかのように。
 これは回避できない!
 枝が俺に襲いかかるスピードはかなり速かった。さらにそれが複数のものとなれば、全て回避するのは難しい。……いや、できない。
 枝同士が俺の体に器用に絡み、身動きが完全に取れなくなった。
 枝はぎゅうぎゅうと俺の体を引き締める。
「痛えっ! 何だぁ、このっ……?」
 この一瞬の出来事に俺は思わず叫んだ。

 ……まずい。今の声でジャックに俺の居場所が見つかっただろう。
 これが仙人ジャックの力か。
 俺はジャックを甘く見ていた。これじゃあ、何人もの人間がセント・ストーンを奪うのに失敗するわけだ。
「……気分はどうだ?」
 ジャック! 奴は地面に着地し、ゆっくりと俺に近づいてきた。
 俺はすぐにこの場から離れようとするが、絡まって枝のせいでどうすることもできない。どんどん、ジャックと俺の距離が縮まる。
「何か言ってみろ。この盗人が」
 奴がそう言うと、さらに絡んだ枝が俺を締めつけた。……枝が全身に食い込む。その痛みは想像を絶するものだった。
「くっ、がああっ!」
「これだから人間は信用できない」
「返す……返すよっ! 悪かった。セント・ストーンは返す! だからこの木を体からはずしてくれ! なっ、できるんだろ?」
「返すのは当たり前だ。……ブツブツ」
 ジャックが呪文のようなものを唱えると、俺に絡まった枝がするりと本来の位置に戻った。同時に俺は痛みから解放される。
「助かった。ふー……」
「早く返せ」
 今、ジャックと俺の間に距離はない。
 
 シャンッ……!
 
「くっ!」
 ……やっぱりこの程度の不意打ちじゃあ当たらねえか。
 ナイフによる攻撃。これがジャックに当たると、致命傷を負わせていたのだが、素早い動きでよけやがった。
 やるじゃねえか、ジャック! 仕方ねえ。久しぶりに本気を出すとするか!
「貴様……! どういうつもりだ?」
 ジャックは目を白黒させていた。だが、まだ奴には余裕があるように感じられた。
 まだお互いに実力を出していない。お互いの力量がわからないのだ。
 不安にもなるし、緊張もする。これをわかろうとするには直接衝突する以外にはない。
 ……熱いな。ゾクゾクする。
 これが俺の求めていた盗みのスリル、醍醐味ってやつか?
「今のがよけられるとはな。さすがにタダ者じゃねえのな。……どうするかだと? どうするもこうするもねえっ! 力ずくで奪ってやるぜ!」

 俺の扱うファイティングナイフとは、コンバットナイフの一種だ。
 あえてナイフを使う利点は、ピンポイントで硬い物体が人体に当たるため命中率が高いこと。そしてナイフを持っている分、間合いが伸びることだ。
 対武器格闘に慣れていない人間だと、ナイフを意識させるだけで相手の動きを制限することができる。
 俺のスピードと、このナイフテクニック。
 ナイフは剣と比べ間合いが狭い。ピストルと比べたらその差はとてつもなく大きい。
 しかし接近戦でもっとも有効なダメージを負わせられる。相手の懐に入れば、もうこっちのものだ。
 俺は広場があるところまで移動した。それもかなり速くだ。
 ジャックは余裕で俺の後を追って来る。
 もしかしたらと思っていたが、こいつを脚で撒くことはできないな。
 こういう森での闘いは慣れているが、対ジャックの場合は別だ。また木を操られ、捕えられると今度こそ命がない。
 
 ――俺はある程度視界のいい広場にまで移動すると、独特の構えをした。
 それは自分の腹を地面スレスレのところまで持っていくというもの。主に相手の足元から攻撃するスタイルだ。これは完全に俺のオリジナルである。
 この構えは前に逃走用のときに使ったが、本来、これは逃走用のものではない。これこそ、俺の本気の戦闘の構えだ。
 この構えのメリットは相手の攻撃スタイルを全く無視できることだ。
 例えば、飛び蹴りやアッパーが得意な者が相手なら、その二つを封じることができる。
 足で蹴り飛ばすか、拳でなら振り下ろすぐらいしかできない。
 寝技に持ち込むこともできるが、俺はナイフを持っている。
 仮にピストルを持っていようが、たいてい誰もが下に向けて標的を打つ練習はしていないものだ。
 さて、ジャックはどうだろうか。
「奇妙な構えをする奴……何だ、それは?」
 ジャックは明らかに動揺していた。俺との距離を十分に取っている。
 俺はこのかがんだ状態から一気に近づいた。その姿はまるで地を這う虫のような動きだ。
 俺はジャックのすねを切りかかるが、ジャックが後ろに跳ぶことでそれをよけられてしまう。
 すかさず俺も移動し、またジャックのすねを狙う。
 だが、次は大きく距離を取られた。奴も相当警戒しているようだ。慎重に行動している。敵ながらなかなかやるなと評価したいものだ。
「その奇っ怪な攻め……自己流か?」
「ふん、答える必要はない」
 この構えは腹筋と背筋にとても負担がかかる。あまりこの戦闘が長引くのは避けたいところだ。
 ジャックが空を飛び、上空から襲いかかる。
 俺はその動きを見切り、寸前でかわした。
 チャンス……! すぐに体勢を整えて、ジャックの腹を目がけて刺す。一瞬の隙を狙って致命傷を与えるのが、俺の勝ちパターンだ。
 だがジャックはこの一突きをかわし、俺の腕を取った。
 超反応? こいつも戦闘のプロだ。
 動きが素早く、格闘センスもいい。それに俺にはないパワーを持っている。
 ……こいつは厄介だ。
 
「むん!」
 ジャックは屈んで、ふくらはぎを俺の足元に出した。そして、俺の腕を強引に前方に引っ張った。
自然に俺の体は宙で一回転する。
 このまま地面に背中を叩きつけられ、腕を折られたり、顔面にあのでかい拳で殴られたりされたら一撃でアウトだ。
 俺は宙でナイフを振って暴れた。
 ……ジャックには届かないか。位置が悪い。
 なら、投げるしかないだろう。この位置からだとジャックの顔は見えない。振り向こうにもそのわずかな時間さえない。
 俺はジャックの位置を勘でとらえ、持っていたナイフを投げた。ナイフはジャックの脳天にめがけて襲いかかった。
 ジャックは掴んでいた俺の腕を放し、紙一重でこれをかわす。
 やはりこの反応……一筋縄ではいかないようだな。
 一瞬の判断が生死を決めた。――これが達人同士の闘いだ。
 
 地面に突き刺さったナイフを見つめ、何かを考えているジャック。
 俺は鞄の中から予備のナイフを取り出す。
 俺には身軽さ、柔軟性、そしてオリジナルの体術があった。それが俺の勝ちの要素だ。
 ……さっき、奴は俺を投げようとしたな。投げが得意なのか?
 なら、次からはそれに気をつければいい。
 俺はジャックが殴りにかかるとき、その拳に合わせてナイフをかざした。……防御に徹する構え。先程までのアグレッシブな攻めから一転する。
 これでジャックは簡単に殴りかかることはできない。
 だが、これだけでは進展しない。こいつのことだ。また奇妙な術をいつ使って来るかわからない。もしくはその長い足で蹴りを繰り出して来るか?
 投げが得意なこいつは急にタックルしてくるかもしれないな。
 奴の攻撃にナイフを合わせる戦法……これは単なる一時しのぎだ。
 見ろ。奴の拳が引っ込んだ。
 左右に動きを振って俺の出方を待ってやがる。冷静だ。
 こんなことになるなら、ルーシーと二人でくればよかったな。ルーシーならこいつにでも勝てそうな気がする。いや、いつまでもルーシーに頼るわけにもいかないか。
 俺はこの手でジャックを倒す……できるのであればな。
 
 間合いが詰められる。俺はナイフを振り回した。
 奴は寸前でそれをよけた。
 寸前でよけることによって、次の反撃がしやすくなる。
 ……やはりこいつ、闘い方を知っているな。
 ジャックの反応スピードが速くなった。
 ちっ、まずいな。身体能力でいえば奴の方が俺より上。この反応、到底真似できない。俺は思わず、後ろに引いてしまった。
 ここぞとばかりに攻めを継続するジャック。
 
 ドッ……!
「ちぃっ!」
 奴が足払いをしてきた。片足に体重をかけていた俺は宙を舞ってしまう。
 まずい……空中では無防備だ。
 地面に落ちるまでの時間がとても長く感じた。
 ……が、これも計算通り。俺はそのまま足を広げて回転した。
 普通ならこの足が当たってもどうってこのないダメージ。だが、俺の靴には細工が施されてあった。
 俺の靴のつま先からはナイフが飛び出ていた。
 ブーツに鞘を取り付けて使用する、いわゆるブーツナイフと呼ばれるものだ。
 ジャックはこれを初めて見るようだ。
 致命傷は与えられなかったが、頬をかすったようで血を流している。
「くっ! そんなところから武器が?」
 俺は一変して、足で攻める。
 手で持ったナイフの動きにジャックは反応したが、足によるナイフ攻撃は不慣れと見た。
 ジャックは思った間合いを取ることができず、ジャックの腕が切り裂かれた。
 ……が、これも大きなダメージにはなっていない。
 完全に間合いの外から出ようとジャックは、正面をこちらに向けたままで後ろへ走った。
 ジャックの両手は自分の顔をガードしていたため、俺が反撃を受ける心配は少ない。
 俺は顎から蹴り上げるように蹴りを放った。
 これをジャックは強引に右手を突き出して、俺の狙うポイントをずらした。
 ナイフは腕に刺さるが、足の伸びきった俺は不安定だった。
 この一瞬の隙を突いて、ジャックの右足が俺の顔面に目がけて飛んで来る。
 でかい足。まともに食らいはしなかったものの、かなり後ろに吹っ飛ばされてしまった。
 やはりパワーは向こうにかなり分がある。おまけに反応スピードも速い。これ以上厄介な相手は今まで見たことがなかった。
 
「……かなり好き勝手にやってくれたな」
 ジャックは平静さを取り戻したようだ。
 ……一方、俺は徐々に追い詰められている感覚だ。
 ちっ、今の状況、三対七ぐらいで俺が不利か?
 俺は靴からナイフをはずした。
 元々、これは奇襲用の武器だ。一度見られたら、もうネタはばれている。それに機敏に動くにはこのナイフが邪魔だった。
 ……ジャックがじりじり俺に近づいて来る。
 緊張しやがる……いいぜ、来いよ!
 ジャックが飛び出した瞬間、俺は奴の顔を目がけて砂をかけた。
「ぐっ?」
 さっき、こいつから蹴りをもらったときに、地面の土を握っていたのだ。目つぶしが成功した。
 俺は飛び出しナイフを使った。ばね仕掛けで刃の部分が飛び出すようになっているナイフだ。
 目が見えない者にこれはよけきれない。
 俺は下から斜め上に軌道が行くように、角度をつけて発射した。
 狙いは首だ!
 ……これで決まるはずだった。
 だが、ジャックはこれをかわす。ほんの寸前で!
「バカな!」
 そう言わざるを得なかった。かわされる道理がない。
 なぜよけられる?

 ケンジュウノタマヲカワスノハ、イッパンニカンガエラレテイルホドムズカシイモノデハナイ

 ルーシー……。
 俺はルーシーの父親の言葉を思い出した。
 その言葉通り、奴は目をつむったまま全神経を集中していた。そして、かわしたのである。
 どうせなら奴が目を閉じていない、そういう場面でいきなり使うべきだった。
 俺の奥の手がなくなる。
 次第にジャックの目が開き出した。毎回、いちいち回復が早い。
 ジャックはもう怒り心頭に発していた。激高していたのだ。
 怒りは動きを単調にする。しかし彼の場合は簡単にそうとは言いきれない。
 ジャックの動きが速すぎて、攻撃をしてくるタイミングはだいたいわかるものの、俺はそれに反応することができない。
 怒ることでジャックは彼の持つ、最大限の力を出す結果になった。
 もうこれでは人間一人が敵う相手ではない。それが例えルーシーであってもたぶん……
 俺はジャックとの間合いを広く取った。このまますんなりと帰してもらえたらどんなにいいだろうか。
 俺に死という言葉がよぎった。
「勝つためだけに生きているような男だ……接近戦は避けた方がいいな」
 ジャックがそう言った。
 接近戦は避ける?
 ……なら遠距離から攻撃できる手段を持っているというわけか?
 見た目は丸腰。ピストルのような飛び道具を持っているようには見えない。
 
 ジャックがまた呪文のようなものを唱え始めた。
 ……また、木を操る術か? あれをされるとまずい!
 俺はすぐにジャックに襲いかかろうとするが、その前にジャックの方から何かが飛び出してきた。
 もっと具体的に言うと、ジャックが右の拳を水平に突くと同時に、腕の一部が変形して何かが飛び出したのだ。
 ……何だ?
 飛んで来るスピードが速すぎて、一瞬しかそれが何なのか見られない。
 見たことのない動物? 粘液を持った有機物。化け物?
 こいつは……何だ?
「ギギギギギギ……ヤアァァー!」
 化け物が奇声を上げる。
「うわっ!」
 べちゃ、べちゃと俺の体にくっつきやがって。
 この……奇妙な生物三体が俺の体に貼りついた。
「……剥がれない?」
 奇妙な生物が俺の目の前でギャア、ギャア言ってうるさい。
 攻撃されているのか、それとも動きを止めるためなのか目的がわからない。
 有害な物質でも出すのだろうか。それとも俺の体を乗っ取るつもりなのだろうか。
 
 俺の独特な動きはジャックにはわからない。
 しかし、それ以上に俺はジャックの動きがわからない。人間離れした技を何度も使って来る。
 俺が奇妙な生物に戸惑っている最中に、ジャックがこっちに向かって飛んでくる。
 そのままジャックは腰を回し、美しい、見事な飛び蹴りを繰り出した。
 この大男の蹴りは非常に重い。俺は二十メートルぐらい吹っ飛んでしまった。
 木に背中を強く当たり、うつ伏せの状態で倒れる。
 ジャックはゆっくり歩いて俺に近づいた。
「バカめ。欲にかられた愚かな人間よ」
 もう俺の体に奇妙な生物はついていない。
 ジャックが俺の腰掛け鞄の中に手を入れ、宝石を持っていった。
「セント・ストーンは返してもらった」
 ……これが最後だ。
 俺は自分の懐に手を入れ、隠していたピストルを撃った。

 ズギュンッ!

 ジャックの足元から木が飛び出て、弾丸を防いだ。
「ふん! お前のことだ。最後に手を残していることは明らかだ。それが……このピストルか。お前のような格闘に秀でる人間がピストルを使うとなると、もうこれが本当の最後の手だと考えてもよさそうだな」
 何だこいつ、どこまで先を読んでいる。
 強すぎるだろ? こんな奴に……勝てるわけねーじゃねーか。
「久しぶりに手ごたえのある男に出会えた。お前もこのような力をまっとうなものに向けていれば、良かったものを」
「来るな、来るなよー!」
 ウソだろ……強すぎる。俺はここで死ぬのか?
 怖い……ジャックの前では俺なんか、蛇に睨まれた蛙のようだった。同時に背筋が寒くなる。
 いつの間にかピストルは蔦に巻かれ、絡み取られていた。
 地面から木が俺の両足を足枷のように絡みつく。
 身動きが取れなくなった。どう考えても脱出は不可能。
 ジャックを……甘く見過ぎていた。
 俺を生かすも殺すも、もはやジャックの気分次第だった。
「もうこの森には来るな」
 ジャックはそう言って、空を飛んでどこかに行ってしまった。
 意識がもうろうとしていた俺は、ジャックがいなくなるのを確認して、そのまま気を失ってしまった。

 ――数時間後。
「……いて、痛て!」
 ジャックにやられたところが痛む。
 だが、生きている?
 俺は助かったんだ!
 さっきから背中が痛むのはジャックに蹴られたとき、背中を痛めたんだな。
 まあ、命まで取られなかっただけよかった。
 ……それに三十万ゴルダーだ。文句は言えない。
 
 この空の明るさからして、気を失っていたのは一時間から二時間ぐらいだろう。
 俺は先ほどジャックが宝石を持っていく、と言った。
 ……セント・ストーンを持っていくとは言っていない。
 そう、ジャックが持っていったのはセント・ストーンではない。あれは俺が作った贋作だった。
 なぜジャックにばれなかったのかを考えると、いくつか理由がある。
 まず、この土壇場でまさかセント・ストーンが贋作なわけがないという思いこみ。
 俺の迫真の演技……実際は殺されそうになったのだが、これぐらいの緊張感がなければ上手くいっていなかったかもしれない。
 あっさり俺が諦めるようだったら、ジャックはその点を疑問に思い、俺の持つセント・ストーンを本物と思いこませることができなかったかもしれない。
 次に二度目の贋作作りということで、一度目のものより贋作の出来が向上していた。
 それと、本物のセント・ストーンの隠し場所だ。
 まさかセント・ストーンをそこらの木の根っこに隠しているとは思わないだろう。
 あとの苦労と言えば、この森の中でセント・ストーンを隠した木を探すことだった。
 骨の折れることだが、これぐらいはな……。
 ジャックが一時間以上たっても俺を再び探しに来ないということは、完全に騙せたということか。
 
――その後、俺は数時間の捜索のあと、セント・ストーンを見つけることができた。
 逃走中に万が一、ジャックにばれないよう、石が見えないように土や葉っぱをかけてカモフラージュしていた。
 これでミッションコンプリートというやつだ。