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『玉碁高校 アイラブ・シンブン』 その2

  2 新聞拡張部

 ここは新聞拡張部の部屋。
 中には見覚えのある二人の女の子がいた。一人は中学生みたいな感じのチビた女の子。鼻も口も小さいくせに目だけは大きかった。髪の毛がちょっとクシャクシャしている。
 もう一人のほうは丸っぽい眼鏡をかけて巨乳な大人っぽい女の子。顔のパーツは整っており、優しくて美人のお姉ちゃんって感じだ。
 この子たちも新聞拡張部の部員だったんだよなぁ。
「さっさと入れ、この!」
「うわぁっ!」
 入り口で止まっていた俺は北大路に蹴り飛ばされた。……蹴り? おい、それって。
「いったぁぁ~いぃッッ!!!!」
 北大路の絶叫。当たり前だ。ケガした足で人を蹴るからだ。
「痛っててて……くそ! この野郎っ! 拡張してやるっ!」
 拡張してやるってなんだよ。この野郎! とか、くそぉっ! とか、そんな意味か?
 ものすごい目つきで俺のことを睨んでるけど、お前が俺を蹴っただけなんだからな。こっちは何も手を出していないぞ。むしろこっちのほうが被害者だよ。
「――ようこそ、新聞拡張部へ。笹宮宗太郎さん」
「あ……、こんにちは」
 この丁寧な挨拶……眼鏡をかけた女の子。この子はまだまともなほうか。
「わたしは椎名みゆきといいます。あなたと同じ二年生ですよ。クラスはA組です」
「そうですか。俺、笹宮宗太郎です……って言わなくても、もうご存知ですよね」
「はい、うふふ」
 北大路は足を引きずる感じで部屋の奥にあるソファに腰をかけた。
「あー、大変。最悪だ、本当にこの男のせいで」
「悪かったよ。足のケガ」
「協力するって言ったよな? それだけじゃあ済まされないからな。もはや奴隷だ、奴隷」
「……帰っていいか?」
バッカ、ふざけんな。さーて、初めに何やらせよっかなー♪」
 最悪だ。この北大路恋って奴は。まず名前からして変。恋だって? そんな感じのような女に見えるか? 同じ一字なら鬼とか糞とか、そっちのほうがお似合いだぜ。
「――あのー、わたしまだ自己紹介してないんですけど?」
 おずおずとそう言い出したのはすっかり忘れていたあのチビた女の子だ。
「君もまさか二年生?」
「ううん、違う。一年生」
「なら年下じゃねーか。敬語使えよなー。にしても一年生でもビックリだ。その姿、中学生……いや、小学生にしか見えねーぞ」
 ちょっと機嫌の悪い俺は意地悪そうに言ってやった。
「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!!」
「るっせえ、ホントにガキだな。こいつは」
「カバカバカバぁ……」
「おい、いつの間にかカバになってるぞ。自己紹介したいんだろ? 聞いてやるからさっさとしろ」
「伊波奈津美。皆はナッツって呼んでる」
「ナッツぅ~? ああ、奈津美だからか」
「それもあるけど、チビでピーナッツみたいって意味もあるけどなぁ」
 北大路がチビた女をからかう。
「……あれ? 向こうにいる三人は?」
 部室の隅のほうで三人の女子が小さくまとまっていた。それぞれがパソコンに向かってなにか打ち込んでいる。
「あぁ、あの子たちはわたしが報道部から引き抜いてきた。彼女たちも東条のやり方についていけないんだと。我々の味方だ」
 へぇー。しかしきれいな姿勢しているよなぁ。とても落ち着いた感じで仕事熱心だし。
「紹介してくれと言いたいんだろ? まったく男というのは頭の中がエロのことでいっぱいだからな。くれぐれもナンパなんかするなよ。業務に差し支える。紹介だけはしてやるからついてこい」
 ひどい言われようだ。この部に男が一人もいない理由がわかったよ。悪い虫がつかないように北大路が徹底しているんだな。まあ、不純な動機で入部する奴に対してはいいかもしれない。……ん? もしかして俺のことか。
「――ちょっと手を止めてくれ。昨日わたしが言ってた奴だ。新聞についてはド素人だ。即戦力には使えん。だから雑務をやらせようと思ってる。コピーでもお茶汲みでもなんでもこの男に言ってくれ。もし従わないようなときは一言こう言えばいい。……おめぇ、部長さんの足にケガ負わせたんだろ? サツにチクっぞ、ボケが……ってな」
 絶対言わない。こんな可憐な子たちはそんなこと絶対言わないから。
「「はぁーい!」」
 女の子たちが元気に声を揃えて返事する。こんな北大路の元で仕事するなんてな。正直よくできるよ。しかも楽しそうにやってんだもんな。よっぽど好きなんだ、新聞……。
 彼女たちとの挨拶はこれだけだったが、北大路がさらに詳細を教えてくれた。
 三人とも元新聞部の人間。一年のときは部長と一緒に仕事をしていたからお互いのことはよく知っているらしい。
 彼女たちは拡張行為は一切行わない。それを条件に新聞拡張部に入った。メインは新聞の編集作業。第一に新聞を作れなかったら、もちろん読者の元には届けられない。大事な生命線だ。
 今は北大路、椎名さん、ナッツ、そしてこの三人で新聞を作っているらしい。で、手の空いた時間は新聞拡張をするといった感じだった。
 左から木下久里絵、中沢詩乃舞、良田映美。三人とも二年生だ。
 木下は髪が長く、賢そうなイメージ。優等生っぽい感じだ。茶道とか似合ってそうなんだけどな。なんで新聞なんか作っているんだろう。
 中沢は一見、スポーツ選手っぽい。そう思うのも髪が短かったから。サッパリした女の子で、まるで中学生男子のようだ。
 良田は確か俺と同じクラスかな。うん、少し見覚えがあった。小柄で少女のようだな。もちろんナッツよりは大人っぽいが。大きな目をして、髪は後ろのだいぶ上のほうでまとめてある。肩ぐらいの長さだな。こいつは男子に人気があるんだ。確かにかわいい……。
「――おい。……おいっ!」
「えっ、ご、ごめん。……なに、北大路?」
「いかんな。そんなに鼻の下を伸ばされたら神聖な部室が汚れるというもの。今日は昼の作業をしなくていいから、校庭三十周でもして身を清めてこい」
 はぁ? 校庭三十周? おまっ、ろくに飯も食ってねぇのに、そんなことさせる気かよ? 陸上部でも昼練なんかしてねぇよ。せいぜいグラウンドにトンボかけて整備するぐらいだ。……そうだよ、陸上部は整備してんだよ! そのグラウンドで俺が走ったら意味ないじゃねぇか。
「部長、あのな、俺はこんなことを――」
 部長が右手を前に突き出して言った。そして……。
「うるさい、黙れ。黙ってそのまま走ってこい。いいな?」
 あの、俺……訴えてもいいですか? 裁判部とかないのかな、この学校……。
「ちゃんと力になってやるから走らせるのだけはやめろ。マジで泣くぞ。それよりこれで全部員の名前も学年もわかった。さっそく俺はどうしたらいいんだ? 新聞の勧誘か? それとも新聞を作るのか? 俺は長年、新聞とは縁のない生活を送ってきた。新聞についてはまったくのド素人だぜ」
「ったく、アホが。そんなの胸張って言えることか。それにまだ全部員じゃない。今日は一年生が二人休んでいるし、まだ春香だっている……まあいい。その三人はいずれまた紹介してやる。みゆき、とりあえず部の説明をしてやってくれ」
「はいはい、じゃあ部長はゆっくり休んでいて下さいね」と椎名さんが言った。
「え……部長って?」
「三年生がいないから二年生の北大路さんが部長なんです。では説明に入らせてもらいますね。我が新聞拡張部は新聞を販売することが主な活動内容です」
「あのー、それって昨日俺にやったようなあれ?」
「はい。ちなみに笹宮宗太郎さんの住所は学校の名簿で見つけました」
 プライバシーも何もないな。よく卒業アルバムが変なルートで売買されていると聞くが、あれにけっこう近い。
「とりあえず本校の学生が集中しているところから片っ端に声をかけてみました」
「学生中心なんだ……あっ! そういや言ってたな。北大路の奴が玉碁高校で発行している新聞には二種類あって、一般と学生向けがあるとか」
「そうです。……でも、本当のところ四種類の新聞を発行しているんですよ」
「え? それってどういうこと?」
「報道部が発行する新聞と、わたしたち新聞拡張部が発行する新聞。各二種ずつで、計四種類」
「ふーん、でもちょっとおかしくね、それ。なんで同じ学校で校内新聞がそんなにあるんだよ」
「新年度になるまでは新聞部の二種類の新聞だけだったんです。わたしたちはその新聞の拡張をしていました。でも、わたしたちには新聞の内容に不満があった。だってつまらないんです。ある日、部長がそのことを今の報道部の部長に言ったんです。もっと面白くしろ、読者のためになるものにしろって」
 北大路ならやりそうだな。あいつには遠慮ってもんがなさそうだから。なんでもズケズケ言うタイプだ。
「新聞部は部長の言葉に激怒。むしろ拡張の仕事をもっと真面目にやれだなんて言ってきたんですよ」
「……悔しい。あぁ、悔しい。だからわたしたちは闘う。報道部の人間と」
 後半、決めゼリフはなぜか北大路が言った。
「でも闘うってどうするんだよ。まさかマジで殴り合いでもするのか?」
バッカだなー、そんなことしたら一発で停学か退学もんだ。報道部と新聞拡張部。共通するものは新聞。どちらが優れた新聞を作り、どれだけの新聞を購読してもらえるか。部の存続をかけて勝負しているところだ。現在進行形でな」
 ふざけた部活だと思っていたが、そうでもないのか。勝負ということはお互いなにかを賭けているのだろう。勝てばなにかを手にするが、負ければなにかを失う。闘うとはそういうことだ。
「勝負の期間はいつまで? 今はどっちの部が優勢なんだ?」
「五月の末まで。……どの部が優勢か? 残念ながら今の時点では報道部だ」
「報道部が? でも報道部の新聞はつまんないって言ってたじゃないか。だったら新聞拡張部の作る新聞のほうが面白いはずだろ?」
「もちろん内容はいいと思う。他にも部長の東条についていけない部員がいたから何人か引き抜いてやったわ。新聞を書くスキルは持っている。だがな、新規参入した新聞というものは知名度がない。それに報道部が発行する新聞にはすでに大量の購読者がいる」
「そんなの勝てるわけねぇよ。あと一か月ちょいだろ? 五月末の時点で定期購読者の数を競うってことか?」
「そう。だから六月の購読者数で競うという考え方でいい」
 期間が短すぎる。本当にどっちの部の新聞が優秀か競うのだったら、もっと長期間に及んでもいいはずだ。できることは限られる。しかし……待てよ。負けたときのリスクはなんだ? 北大路はかなりあせっているように見えた。となると、当然リスクも大きいものと考えるのが自然……。
「まさか負ければ廃部……なんてことになっちゃったり?」
 北大路は返事の代わりに小さく頷いた。
「そもそもお前らが新聞を作ったのっていつからだよ?」
「四月十五日からだ」
「まだたったの五日しかたってないのかよ!」
「当たり前だ。新年度が始まったのが今月の八日。で、十日の日に揉めてケンカになった。これでも急いで新体制を作ったつもりだ」
「なるほどな。で、昨日俺の家に来たわけか」
「同じ学校の人間ならすぐ購読してもらえると思ったのにお前はケチな奴だ!」
「財布の紐が固いと言ってくれ。……で、一部数の値段はいくらなんだ?」
 普通の新聞だと百四十円ぐらいか。だが個人で作るとなると当然コストも高くなる。加えて印刷費用や新聞を折る手間、配達なんかの経費もかかる。……となると二百円以上? それはいくらなんでも高すぎる。高校生なんか大して金なんか持ってねーぞ。せめて百円……いや、百二十円!
「学生向けは一部五十円だ」
「おい、安いな!」
「金のためにやってるわけじゃないからな。あくまで新聞の良さを皆に伝えたいだけだ」
「新聞の良さってなんだよ?」
「まずは確かな情報がいち早く得られることだ。特に学生向けはすっごくお得! 各先生のテストの傾向や恋愛相談のページもあるんだから」
「マジか? そりゃあ読みたい。……っていうか、お前ら営業が下手だよ。昨日のあれはなんだ? ちゃんと説明してくれたら俺も購読していたかもしれないぞ。月で計算するといくらだ? えっと……」
「千五百円」
「そう、千五百円。毎月雑誌を二冊買ったと考えると全然高くない。むしろかなりお買い得だ」
 バサッ……。
 チビ女――ナッツがニコニコして俺の胸に新聞を突きつける。
「わたしたちが作った新聞だよ!」
 どれ、読んでみるか。
 ペラッ、ペラッ……。
 ページは十六ページ。学生向けのほうは一般のニュースに加え、学校行事のイベントが多数掲載されている。北大路が言った恋愛相談のページもあった。
 北大路、椎名さん、ナッツが黙って俺の感想を待っている。
 なんだこれ? 『北大路恋による恋のレクチャー。その名もダブル恋コーナー(ハートマーク多数)』
 ……ふざけてんのか? 暗殺術コーナーにでもしておけ。そっちのほうがお似合いだ。自分のコーナー作ってんのかよ。これ、ないほうがいいんじゃないか。ファンとかついてんの? このコーナーに。
「お前、これどう思う?」
 思わず近くにいたナッツに聞いてしまった。
「うん、面白いよ。けっこうためになる」
「マジかよ。……男の俺でも参考になんのかな」
 ちょっくら読んでみるか。しかし、ところどころに散りばめられたハートがなんともうざったい……。
『男とはエロい生き物なので女の体が最大の武器になる。これぞと思う男が現れたときにゲットする方法を教えよう』
 ……やめていいかな、読むの。
『男は皆、胸に弱い。たかが体の前についている二つの球体に男は我を忘れる。胸は男を惑わすいい武器にはなるのだが、いかんせん、胸のサイズや形は簡単に変えられん。色の違いとかもあるしな』
 こいつ、男を見下しているどころか女も見下しているだろ。なんだよ、色って。ただの北大路の妄想話じゃねーか。こんなコーナー、人気があるわけねぇだろ。
 さらに北大路の恋愛コーナーは続く。なんというか、これって新聞より雑誌に近いよな。
『だが、胸以外にも強力な女の武器がある。……それはパンツだ』
 これ、どんな顔して記事を書いてたんだろう。小学生の校内新聞ならまだ許せるが、高校でこれはない……。
『足の鍛錬を怠ってはいけない。男子はパンツならなんでも見たいというものではない。脚線美が必要になる。美しい体に包まれてこそ、パンツの価値は急激に上がるというものだ。パンツだけ見て興奮する男がいるか? 答えはノーだ。女が履くからパンツに価値がある。脚の形が良いということは尻の形も良い。だから脚を鍛えろ、磨くのだ』
「ナッツ……これが本当にためになる話なのか? 男は皆、こんなこと考えていると思うのか?」
「うん、思う」
 ダメだ、これ。読者に偏見植えつけてどうすんだよ。
「宗太郎はパンツ嫌いなの? 男の子なのに?」
 ……いかん。墓穴を掘ってしまった系か? こんな素の顔したナッツになんて言えばいいんだよ。俺は年上だぞ。
 すると部長が割って入ってきた。
「ナッツよ。当たり前のことを聞くんじゃない。男が女の履くパンツに興味がない? そんなのホモだっ! お前はホモなのか?」
「いや……パンツ、好きです」
「だろう。わたしの記事にウソがないじゃないか。このエロ魔神め」
 くそっ、イジメか? どっちを選んでも正解がないじゃねぇか。ホモかエロの二択かよ。
 こいつの偏見記事はもういいから他の記事を読もう。もっとまともなやつがあるはずだ。
 次に留まったのが学校近辺の食の情報だ。こういうのは助かる。学校の周りには飲食店ってけっこう多いからな。全部の店の味を知るのは難しい。ピンポイントで美味い店を案内してくれるのは非常に助かる。よし、読もう。
『北大路恋の学校周辺の飲食店マップ』
 ……またお前が出てくるのかよ。だったら読むまでもねぇ、どうせ偏見マップだろう。でも一応読んでやるか。
『玉碁高校を出て、徒歩五分のところにホームセンターがあるのは知っているな? 一階に本屋があり、二階が電気量販店の店だ。あそこは便利だぞ。そこを通ってさらに五分前進したところに牛丼屋がある。わたしは先日、この店に行ったのだがとても不思議な経験をしてしまった。わたしはそこで牛丼の特盛りとおしんこを注文したのだ。値段は五百六十六円。で、わたしは千円札しか持っていなかった。だとするとお釣りは四百四十四円じゃないか。わたしはあせったよ。なんと不吉な数字。こんな数字を見ることになるとは恐ろしい。きっとこの店にはなにかある。というかこんな牛丼の特盛りとおしんこの組み合わせなどする客はいくらでもいるだろう。店の配慮で値段の設定をもっと考えるべきではないか』
 確かに不思議な体験だが、もっと食のリポートをしろよ。前ふりが長すぎだろ。
『味はとてもおいしかった。牛丼におしんこはやっぱり合うな。ピリッとくる辛い感じがより食欲をそそられる。だが、特盛りはちと量が多すぎた。大盛りで十分だった。特盛りのさらに上級のメガ盛りというのがあったが、どれほどの量なんだろう。一度食べてみたいものだ』
 うん、後半はちょっとマシだな。うまいんだな。そりゃよかった。でも俺もその店知ってるわ。全国チェーン店だからどこも味は一緒だろう。もっと隠れた名店とか紹介してくれよ。
『わたしはなんとか特盛りを完食し、お勘定を払おうとしたんだ。お釣りは四百四十四円だよな。いきなり不吉なことが起こったよ。やはり四百四十四なんて縁起が悪いんだ。店員がお釣りを四百四円しか渡さなかった。四十円かすめられていたんだ。すぐに抗議したよ。こら、四十円少ないでしょうが! ってな。受け取った釣りとレシートをその状態のまま店員に見せた。店員はすみませんの一言もなく、わたしの掌に四十円乗せたよ。とても不愉快だった。もうあの店には二度と……いや、やはり牛丼はうまい。これからも通うだろう』
 なんだよ、通うのかよ。そんな不愉快な思いしてまだ行くのか。よっぽど牛丼が好きなんだな。
「お前、これ実話なの?」
「もちろんだ。リアリティ迫る記事だったろうが」
「新聞はお前の日記帳じゃねぇ……」
 あとはどんな記事がある? なにせ十六ページもあるんだ。なんだかんだいってけっこう読んでしまうな。どうも個人的な内容が多いが、なにかグッと惹きつけられるものがある。
 次はテストで高得点を取る方法か。これは面白そうだな。この記事読もう……。
『北大路恋の現国、西田先生のテストで高得点を取る方法!』
 現国で西田先生限定かよ。受験とかに全然使えねぇじゃん。内申点上げるにはいいかもしれないが。で、どんな内容だ? しかも西田先生って俺の担任の先生じゃねぇか。あの人もこの記事読んでいるのかな。
『わたしはこの方法で毎回九十点以上という高得点を叩き出している。コツは暗記することだ。西田先生は授業中にチョークを黄色に変えることがある。それがテストの答えだ。答えなんだ。だから丸暗記すれば楽に得点することができる。テストの範囲をノートにまとめるとほんの一枚程度だ。これで八十点はゲットできる。容易いものだな。あとの二十点はドリルから出る。解答付きドリルだから答えはわかるだろう。これも丸暗記だ。選択問題でも記号を変えたりしない。まったくそのままだ。……ここまで素直すぎる出題だと逆にこの先生は真面目に問題を作ろうとはしないとさえ思えてしまう。やる気があるのか? と。普通、国語のテストで必要なのは読解力だろう。暗記力なんてあまり関係ないんじゃないか? この素直すぎる問題で平均点は五十五点ぐらいだ。もう少し上でもいいはずなのだがな。記憶力のいい奴だと一夜漬けところか三十分暗記しただけで満点が取れる内容だ。板書したノートがあれば恐れるに足りない』
 おい、ぶっちゃけすぎだって。ここまで書かれたら傾向変えてくるだろうが。やる気があるのか? とか書くなよ。先生、ショックだろうが。
 これも話がピンポイントすぎる。……おっ、先生の人事異動の記事じゃないか。こういうのいいな。どの先生が異動して入ってきたのか出ていったのかわかるって、生徒だとそういう情報が手に入らないからな。なになに……。
『今年異動した体育の中村先生だが、実はこれは単なる異動ではない。わたしが成敗してやった』
 ……は? なに言ってんの? えっ、おまっ……お前が異動に追いやったの?
『今年の二月、一年生は学校行事でプチ旅行があったな。多目的室でスキー靴のサイズを合わせていたんだ。自分で靴を履いてサイズを確かめればいいものを、そこにいた体育教師はベタベタと女子の脚を触っていた。あれはやばい! 見ていたわたしはその場で抗議。でも、確かにスキー靴のサイズを合わすのは難しいだろう。スキー未経験者は特にな。わたしもそのときはこの体育教師がエロ目的で女子の脚を触っている確信はなかった。……で、立てと言った。中村が立つと勃っていたんだ。これがなによりの証拠だった。その話を校長にすると、あっさり飛んだよ。悪は成敗した』
 マジか……セクハラで異動かよ。恋愛のことといい、食事やテストのことだってそうだ。女の子目線なんだ。だからこの新聞、女子から人気がありそうだな。いや、男の俺だって読んでいて面白い。雑誌っぽくてもいいじゃないか。読んで面白ければそれでOK。
 こんな記事が毎日読めるんだ。すごいよ、北大路。
「そうそう、こっちのほうも読め」
 そう言って北大路から受け取ったのは新聞。だが、なにやら固い記事が多いようだ。
「これは?」
「報道の新聞だ。ぜひ読み比べてみてほしい」
 報道部の新聞か……。こっちの新聞はどうなんだろう。……あん? なんだこれは?
『ボリンジャー・バンドは定められた期間の移動平均線を用い、この移動平均線の上下に標準偏差を加味したラインを示したものである。株価の動きがある期間の平均値から統計的な要素を盛り込んだ上下のバンド内で動くことを予想し、バンドの域外に出た数値を異常値として捉えるものである』
 え? ウソ? なにこれ……?
「これは新聞なのか?」
「そうだ。報道部が発行している新聞な。向こうさんはどうも学生用の新聞でも大人向けにしたいらしい。最終目標の購買層は大人だ。だから株がメインだ。これをウチの生徒の誰が楽しんで読む?」
「いや、ちょっと……これはマジで一方通行だな。読者のこと考えてないっていうか……お前の記事がまだ優しく見えるよ」
『数年前、ブロッコリー株を九十円ちょっとで一万株ほど購入したのだが、買ったその日にストップ安になってビビって売ってしまった。――で、今見ると千円以上になっているではないか。あまりにも悔しすぎて死にそうだ。なぜわたしはあのとき売ってしまったのだろう。株で人は死ぬことだってある。それをテレビなどで明るく、そして簡単に儲かるように宣伝するのはいかがなものだろうか』
 ……重いな。これもリアルだ。絶対この記事、高校生向きじゃない。数年前から株を買ってたっていうけど、いつから株始めてんだ、この人は。
「これが報道部の新聞か……ま、確かにこれだとお前も離れたくなるわな。なんだよ、このストレス社会に対向する術って。お酒とタバコはほどほどに……ほっとけ! ほどほどというか、両方のめんわ。大人向きというおっさん向きだな」
「お前はどちらの新聞が正しいと思う? ウチかそれとも報道部のほうか?」
 そりゃあ新聞拡張部のほうだろう。まだマシだった。これなら次も読みたいと思う。校内新聞が一つだけになるなら、新聞拡張部が残るべきだ。
「いーんじゃねぇか、拡張部のほうで。面白いよ。これなら購読したい、脅しとか同情じゃなくマジで」
「笹宮……」
 北大路がすっくと立ち上がるが――。
「いたたたた……」
 ほうら、やっぱり。
「おい、無茶すんなって。……俺も手伝うからよ。新聞ってこんなに楽しいもんだったんだな。知らなかった。その、悪かったな。新聞はつまんないもんって偏見があったからお前たちの作る新聞もそれと大して変わらないと思ってた。でも違う。この新聞はいいよ。もしよかったら他のも読ませてくれ。一般の部もあるんだろ? ……って、あれ?」
 なんで三人が泣いているの?
「あっ、ありがとう! お前が違いのわかる人間でよかった」
「ふぇーん、嬉しいよー。宗太郎ー」
「あなたの言う通りなんです。新聞って本当は素晴らしいものなんですよ。そしてもちろん残すのでしたら、より優れているほうを残すべきです」
 新聞に誇りを持っているんだな。一般のニュースはネットやテレビなんかで見たらいい。でもこういう地方ネタっつーか、一部の情報については今も昔も新聞なんだ。
「はい、これ。一般の部の新聞」
 新聞を持ってきてくれたのはナッツだった。頬が涙で濡れている。この子、なんでこれほど新聞に熱意を持ってんだ?
「おい、ナッツ。なんでお前、そんなに新聞が好きなんだよ?」
「わたしはね、前にとっても大事にしていた犬がいなくなったんだけど、新聞に掲載されたことで見つかったの」
「犬ぅ? そんなんで新聞に載っけてくれるのかよ?」
「新聞社にハガキを出したら電話がかかってきて、ほんの五行ほどだったけど猫の特徴といなくなった場所を載せてもらったの」
 あぁ、こいつ確かに犬とか動物好きそうな顔してるわ。……ふーん、しかしそんなことがあったのか。運命だな。その犬の件がなければナッツは新聞に興味を持つことはなかったし、当然新聞拡張部には入っていなかった。
 俺もそうだ。この子たちが家にやってこなかったら今でも帰宅部のままだったはずだ。
「それで見つかったのってすごい偶然だな。で、それから新聞が大好きになって多くの人に読んでもらおうと思ったわけだ」
「偶然じゃない……これが新聞の強さなの。皆で情報を分かち合うことで助け合いができる。だからわたし、新聞って大好き!」
「なら、作る側……そう、報道部に残ったほうがよかったんじゃないのか?」
「わたしは作るより、皆が読んでもらうお手伝いのほうがいい」
 なるほどね。新聞に携わる仕事はたくさんある。ナッツは拡張のほうを選んだのか。
「……わたしも、いいでしょうか?」
 おっと、椎名さんだ。彼女にも新聞の思い入れがあるのか。自分が通っている高校にこれほど新聞を愛する女の子たちがいるのは驚きだった。
「笹宮さんは新聞に広告が載っているのは知っていますか?」
「もちろん。っていうか広告が半分ぐらいスペースを取ってるからね。はっきり言って多いんだよ。あれも俺が新聞を毛嫌う理由の一つだな」
「わたしの場合はそれの逆。広告に命を救ってもらったんです」
 命? 新聞で? それだけ聞くといまいち想像できない。でも新聞のなにかが彼女を救ったのだろう。ナッツのことといい、新聞ってのは人を救うこともできるのか?
「わたしのお婆ちゃんがですね、ずっと寝たきりでベッドから動こうとしなかったんです。足腰が弱くて食卓にもつけない。病院にも行こうとしない。いつも寂しいことばかり言っていました。死にたいだの、殺してだの……体の自由が利かなくなったときの気持ち。ちょっと考えたらそれがとっても苦しいことだってわかったんです」
 病気……いや、この場合は老化か。筋力の低下。確かに絶望するには最もな理由だ。
「もう半年もずっとベッドでの生活でしたわ。でも、そのときわたしは新聞の広告欄で見つけたんです。足腰が良くなるっていうサプリメント
「あ、それってグルコサミンとかってやつじゃない? 聞いたことあるよ」
「半信半疑に購入してお婆ちゃんに飲んでもらいましたわ。そしたら……」
「そ、そしたら?」
「一か月で歩けるようになったんです。自分でトイレに行って、食堂で皆と一緒にご飯を食べる。それが普通だと思っている人にとっては全然大したことじゃないかもしれない。でも、お婆ちゃんはすごく嬉しかったんだと思います。それからはもう健康そのもので、毎週デイサービスに行くのが何よりも楽しいって」
 よく見るような広告だけどちゃんと効果があったんだ。ワケのわからん地元情報誌の怪しい記事よりずっと信用できる。なにせ発行部数が違う。新聞に載せる広告料はけっこう高いと聞く。だからある程度資金力のある企業でしか載せられない。それだけで消費者は安心して商品を選ぶことができるんだ。
 と、最後は北大路か。……あんまり興味ないけどついでに聞いてやるか。
「北大路、お前はどうなんだ。なんでそんなに新聞が好きなんだよ?」
 俺がそう言うと今まで楽しい雰囲気がガラリと変わった。
 ナッツも椎名さんも顔がこわばった。北大路はいつもむすっとしている顔にさらに拍車がかかる。
 もしかしたら聞いちゃいけないことだったのか?
 でも普通このノリだと聞いてしまうだろう。ナッツと椎名さんだけ聞いて、北大路だけ聞かないっていうのはハブいているみたいだからな。
 でもこの空気……いかん。流れを変えなければ。
「別に言いたくなければ言わなくたっていいんだ。ついでに聞いただけだし」
 ナッツと椎名さんは不安そうに北大路を見る。これどうなるの……まずい?
 しばらくの沈黙のあと、口火を切ったのは北大路だった。
「ふん、いいだろう。お前にも言っておいてやる。この北大路恋の秘密をな!」
「言わなくていいって。秘密なんだろ? じゃあ秘密にしておけよ」
「いや、わたしの新聞に対する熱い思いを伝えなければ、お前は真面目に働こうとはしないだろ? だったらここで秘密を打ち上げて、お前も新聞拡張部と一蓮托生だ」
「……わかった。聞くよ」
「新聞はな、わたしと父との大事な思い出なのだ」
「思い出って……もしかして」
「父は亡くなった。五年前に事故死だ」
 それは知らなかった。いつもふざけた真似ばっかりしてるから、新聞が好きだといってもつまらない理由だとばかり思っていた。
「相手は居眠り運転のトラックだ。父が気づいたときにはもう遅い。すぐに病院に運ばれたが、その一時間後に息を引き取ったよ。わたしと母が駆けつけたときには、すでに父は亡くなっていた」
「……それはつらかったな。でもそれがなんで新聞がお前のオヤジさんとの思い出になるんだ?」
「話は最後まで聞け。父はな、毎朝わたしに新聞を読んでくれた。経済や政治に疎いわたしでもわかるように噛み砕いてな。わたしは学校に行くまでの、その十分から十五分が何よりも好きだった。世の中で起きていることを知っておくことは大切だと父はいつも言っていた。だからわたしは父が愛した新聞を愛する! それゆえ、わたしは玉碁高校で新聞拡張部を発足したのだ!」
 こいつ、本当に新聞が好きなんだな。
 ……わかったよ。お前たちを認めるしかないじゃないか。
「北大路……いや、部長。しばらくの間は俺も新聞拡張部に入る。とりあえず報道部との勝負がある五月末まではな。よろしく頼むぜ!」
「こちらこそよろしく頼む。笹宮」
 俺は部長と熱い握手を交わした。
 変な感じだぜ。あんなに嫌いだった新聞がちょっとだけ好きになっちまった。