サイコー君のくま父さん

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『売るが屋』 その3

  3 二人の妹が登場

「――たっだいまぁ~っ!!」
 玄関のほうから元気な女の子の声が聞こえた。もしかして日向の妹さんかな。
 ドタドタと走ってこっちにやってくる。
「ねぇねぇ、聞いて聞いてぇー! 途中、由美子ねえに会ってさー! 一緒に帰ってきちゃ――……あんた、誰?」
 赤いランドセルを背負った子。やっぱり小学生って小さいんだな。日向に似て、かわいい顔してる。
 彼女はぼくを見て、後ずさりする。そりゃあいきなり知らない男が家の中にいるんだもん。警戒するのは最もだった。
「あ、ぼく水科って言うんだ。えーと、日向の妹さんだよね。今日からお店でバイトさせてもらうことになったんだ。よろしく……」
「わたし、千佳。お父さんは?」
「くま父さんだったら台所じゃないかな。スコール、取りに行くとか言ってたし。もう来るよ」
 彼女の後ろにもう一人女の子が立っている。中学校の制服を着ていた。この子も妹さんだな。この子は落ち着いた感じの子だ。そういうのは日向っぽい。さすが姉妹だ。ところどころで似ている。
「やぁ、ぼく水科。今日からアルバイトさせてもらうことになったんだ。よろしくぅ……」
 女の子は小さく頷いた。人見知りする子なのかな。
「――お待たせ、スコール持ってきたで……おぉっ! なんやお前ら帰っとったんか? 帰っとったんやったら、ただ今の一言でも言ったらどうや?」
 すると千佳ちゃんが、
「言ったよぉ? お父さんのことだからどうせトイレにでも行ってたんじゃない? 由美子ねえ、わたしちゃんとただいまって言ったよねぇ?」
 由美子ちゃんがうんうんと頷く。
「さよか。そうや、ワシトイレに行っとったんや。ここのトイレは古いからな。あ、いや和式とかそれほど古くはないで? 水流すとめっちゃ音すんねん。ゴォォーッ!! って音するからな。まるで滝みたいな音。まあ、一回使ったらわかるわ。初見やとまずビビる。トイレ壊したんかなって思うかもしれんけど、それが正常やから。な?」
「千佳ちゃんと由美子ちゃん。さっき紹介してもらったよ。娘さんは三人なんだよね?」
「そや。どの子がお気に入りですか、お客さん。ヒッヒッヒ……」
 そんなこと娘の前で言うか。さて、この二人の娘からくま父さんはどんな扱いになっているんだろう。
「お父さんがいるってことは、もう天音ねえも帰ってるの?」
「おう。今、倉庫におるはずや。――おっとぉ、このタイミングでブルったぁ! ……あー、噂をすればなんとかってやつやな。天音や。はよ来い言うことやろ。せっかちな奴やなぁ、ゆっくりスコールも飲めん。水科、娘の名前とかおいおい覚えると思うから。さ、倉庫に行くで。スコールは向こうで飲も。コップ運ぶん手伝って」
「う、うん……」
 ガラスのコップを二つ受け取る。なんか慌ただしくなってきた。この子たちもお店の手伝いをするんだよね。それぞれ担当分野とかあるんだろうか。由美子ちゃんならまだわかるけど、千佳ちゃんなんて小学生だ。買取とか検品ってできるのかな。
 千佳ちゃんはくま父さんと一緒に外へ出るようだったが、由美子ちゃんは家の中に残るようだ。なんでだろう?
「あの、くま父さん。由美子ちゃんは行かないの?」
「由美子は事務処理担当や。お客さんにメール送ったり、サイトの更新なんかもしてる。あとは買取の査定もやってくれるで。倉庫内は販売する商品でいっぱいやから、家にも置いてんねん」
「うまいことお仕事を分担しているんだね。ホント、なんか忙しいって感じ……」
「そやろ。実際急がんと仕事終わらんからな。今までこいつらが学校から帰るまでワシ一頭でやっとってんぞ。商店街の奴らの相手とかしてて、全然作業進まへんわ。行くで」
「商店街の奴ら?」
「あぁ、行ったらわかる。暇なんか知らんけど、やたらウチの店に絡んでくるからな」
 よくわからないけど、ぼくたち二人と一頭は店に向かった。歩いて一分もかからない。そういう意味で便利な立地だな。
「――あ、お父さん。遅ーい。お父さんがいない間にまた商店街の人たち来たよ。お金払えって」
 お金? 借金でもしてるんだろうか。
「あぁ、あいつらか。ホンマ、ハイエナみたいな奴らやな。マジたまらん」
「どういうことなの、くま父さん。お金を払えだなんて……」
「勘違いせんとってや。別にワシ、どっかで借金作ってるわけやないからな。かろうじて無借金経営や。借金せんためにがんばってる。それやのに商店街の奴らは金払えってばっか言うねん。こんなおんぼろ商店街のくせにな。まずは商店街の運営費やろ。それに町会費。アーケードの修繕費、照明代、地図の登録料……商店街で店構えるだけでこんなに金取られんねんで。そりゃ、シャッター街になるっちゅうねん」
 ちなみに商店街の運営費が毎月千五百円。チラシ代や、ガラガラ抽選の景品などに使われる。
 町会費が毎月三百円。町会のイベント代に使われる。主に夏のお祭など。打ち上げで関係者の食べる寿司とビール代になる。
 アーケードの修繕費が毎月千円。意味がわからない。お金かけすぎ。
 照明代が二か月で千五百円。その割に雨が降ると、商店街の中は真っ暗になる。
 地図の登録料が二か月で二千円。地図なんか誰も見ない。
 家賃以外にもこれだけの費用がかかってしまうんだ。……っていうか、ほとんど意味ないよね。町会費の用途ってマジでこうなの?
「おう、これか。ホンマやで。だってワシ、町会のお祭りに参加したもん。お祭り言うか、ただの露店やけどな。金魚すくいやったりとか、綿菓子とかああいうの売ったりするんや。ちなみにワシはヨーヨー釣り、手伝ったわ。お客さんから金券受け取って、ヨーヨーの釣るあのクリップみたいなん渡す係な。紙のところが溶けたら終わりですよってやつ。ガキらはそこそこ楽しんだみたいやで。途中、雨が降ってワケわからんようなったけどな。雨降りそうやったら中止しろっていうねん。そういや、祭りって売れ残った金魚とかどうするんやろな。野良猫とかに食わすんかな……。ま、これはええわ。ヨーヨー釣りってそないにお金がかかるもんやない。お金儲けが目的とちゃうからな。人件費なんてタダや。材料費ぐらいはお客さんの出すお金で十分まかなえる。それやったら町会費ってなにに使ってんねん? ……ワシ、その現場見たで。祭りが終わったら打ち上げあんねんやん。祭りの関係者三十人ぐらいが集まって寿司食って、ビール飲んでんねん。ワシらはガキんちょたちのために町会費払ってんねんやったらまあ、納得したるで。でもな、おっさんたちの胃袋満たすために町会費払ってるんやない。打ち上げしたいんやったらコーラと柿ピーだけでええやろ。それでも寿司とビールを口にしたいんやったら、自腹で払えやって。ワシ、そのとき寿司ちょっとだけ食ってんやけどな、めっちゃまずかったよ。だって人の金やん。こんなん町会費でもなんでもないで。おっさんの寿司費って名前変えろやって言いたい。ま、それでもこの町会に住んでる以上、払わなあかんねんやけどな。ひどい世の中やろ?」
「そうだね……ちょっとかわいそう」
 いろいろ苦労してるんだな、くま父さん。
 店の前に行くと、日向が威勢よく腕まくりをしている。なんかいいな、こういうのって。学校じゃあこういう姿見られないもんな。
「――どうせまたあいつら来るやろ。こっちから行ったる必要はない。ワシらは黙々と仕事やっとこ」
「薬屋さんも来たわよ。警察呼ぶって」
「あのババアまた来たんか。かなわんなー、ホンマ。マジ営業妨害やわ」
 薬屋さん? 警察? ババア? ……なんかピンとこないんだけど、どういうことなの?
「薬屋ってもしかして……あそこのこと言ってるの?」
 ぼくが指さしたのは向かいの福祉事業所から一軒隣の小さな薬屋。こことは目と鼻の先だ。
「そや。ここにいるババアやねんけど、奥が生活するスペースになってんねや。住宅と店が合体した感じっていうんかな。で、家の後ろのほうな、そこに子どもらが遊戯王の開封した袋を捨てんねん」
「なに? え……遊戯王?」
「ほら、ワシ前はトレカ屋やっとったって言ったやん。でもメインは中古やから新品の商品なんか置いてないねんで。コンビニで売ってるやつや。子どもはそれを買って、薬屋のとこで開けてんねんな。で、その袋はその場でポイ捨て」
「なんとなく意味はわかったけど、なんでくま父さんが警察に呼ばれるわけ?」
「そのババア、捨てられたゴミがウチの店で買った商品やと思い込んでねん。ワシな、何度も『違うよ』って言ってんやん。でも聞いてくれへん。やばいで、この無駄な争い、もう何年も続いてる。警察が来ることは二度や三度やない。こっちから交番行くことだってあるからな。警察もそれに慣れて、お茶とか出してくれるし。地元の権力者なんかようわからんけど、警察は対応が甘いな。いちいちババアの言うこと鵜呑みにすんなって。こっちは大迷惑やで」
 するとまたくま父さんから電話の着信音が鳴る。体の中に手を入れてケータイを取り出すくま父さん。よく見ると、体毛がポケットのようになっていた。便利だな。
「……あ、これあかんわ。警察や。ってことはまた薬屋のババアが連絡したんやな。また時間取られるわ」
 くま父さんはひどく落ち込んでいた。これがなければ仕事もはかどるのに、とグチをこぼしている。
「ほんなら、ちょっと行ってくるわ。水科、仕事のやり方は千佳から聞いて。小学生やけどしっかりしてるから」
「日向が……いや、天音さんが教えてくれるんじゃないの?」
「いや、天音は夕食作る担当やねん。ほら、仕事が忙しくて夕食が店屋物になるのって、それはワシ違うと思うから。夕食だけはちゃんとした手料理で、家族揃って食事するんがくま父さん流。水科も食べていき。四食分作んのも、五食分作んのもそないに手間は変わりない。じゃ、行ってきます……あー、気が進まんなぁ」
 そして、くま父さんはトボトボと近くの交番に向かっていった。徒歩十分圏内にあるみたいだ。
 ホント、いい迷惑だな。かわいそうに。
「水科君。なにか食べたいものある?」
 日向がそう言った。日向が作ってくれるのならなんだって、ごちそうだ。なにがいい? 食べたいもの、食べたいもの……。
「唐揚げ。……が、食べたいけど、いいかな?」
「もちろん。お父さんも大好物よ。よかった、好みがあってて」
 彼女はとびっきりの笑顔を見せてくれた。なんか親公認の許嫁にでもなったみたいだ。やはりバイトを引き受けてよかった。最高だ!
「千佳。水科君にお仕事教えてあげてね」
「うん。いいよー」
 そうして日向は店から出ていってしまう。ぼくは千佳ちゃんと二人になった。
「千佳ちゃん? じゃあぼくにお仕事のやり方教えてくれる?」
「いいよ。えと、なんて呼べばいいの? 水科さん? 水科君? 弁慶? ……いや、弁慶って顔してないもんな、お兄ちゃんは。なんでそんなに名前負けしてるの?」
「わかんないよ。親がつけた名前なんだから」
「そっかぁ。お兄ちゃんも親には苦労してるんだぁ。って、あれ?」
 言ってるじゃん、お兄ちゃんって。
「お兄ちゃん……でいいよ。嬉しい。妹ができたみたいで」
「も、もしかしてロリコンの人ぉ? お兄ちゃんなんて言ってもらって嬉しいとか」
「あはは、もしかしたらそうかもねー。千佳ちゃんかわいいから好きになってしまいそうだ」
「そういう冗談は言わないの! もうっ!」
 そう言って彼女は頬をぷくっと膨らませる。日向と結婚したら、マジで義理の妹になるんだもんな。まったくない話ではない。
「でも、すごいよね。くま父さんも日向……お姉ちゃんも。君のこと、信頼しているんだもん。その歳じゃなかなかできないことだと思うよ。偉いんだね」
「うん、まあ……そうかなっ☆」
 あは、機嫌が良くなった。こういう素直なところはやっぱり子ども。コロコロ表情がかわって傍にいて楽しい。
「じゃ、ぼくはさっそくなにをしたらいい? なんでも言ってよ。ここでは千佳ちゃんが先輩なんだからさ」
「そうね……。検品してもらおうかな。お客さんが注文したリストがあるから、その商品を集めてみてくれる? 商品数が多いから初めはどこになにがあるか難しいと思うけど」
 確かに。店の入り口はまだスペースがあるが、奥のほうは商品でギッシリだ。これ、あの丸いくま父さんだと検品なんてできないよな。ってことは検品は娘さんたちが担当しているってわけか。
「わかった、いいよ。どれから始めたらいい?」
「ここにリストがあるからお願いね。四日前の注文がまだ処理しきれてないの。古い順からお願い」
 四日前に注文したのがまだ発送できていないわけね。アマゾンなんかは大抵注文の翌日に品物が届くというのに。けっこうのんびりした店のスタイルなんだな。
 普通に考えたら、リピーターはいないはず。でも注文の数は多いようだ。買い取りも多いって言うし。
 だとしたらもっと儲かっているはずなんじゃないかな。……ま、いいか。こんなこと今考えても仕方ない。まずは目の前にある仕事をこなしていくのが先決だ。
 千佳ちゃんに二センチほどカサのあるA4用紙を渡された。これ、全部が注文書なわけ?
「すごい、二百件ぐらいあるんじゃないの?」
「だから大変なのよ。検品したら梱包して発送の手続きもしなくちゃいけないんだから。送ったら発送メールしないといけないし、待たせてるお客さんには遅延メールしないとダメなんだからね。大変でしょ?」
 大変っていうか……無理なんじゃあ? よくこんなのたった四人で回していたよ。人手が足りないっていうのは本当なんだ。
 ぼく一人が増えても相当な仕事の量だぞ。もう二、三人は欲しいところだった。
 一枚目の注文書を見ると、同人誌が二冊書かれていた。八百円と千円の同人誌で合計千八百円。二冊なら探すのも簡単だろう。
 店の中は十坪から十五坪ぐらいか。
 同人誌ね。えーと、この棚か。作者順に商品が並べてあって、さらにタイトル順に並べられている。きれいに整頓されているな。日向がしたのかな? しっかりした子だから、こういう細かい作業なんか得意そうだし。
 目当ての同人誌を見つけたが、表紙がエロかった。つまり、十八禁の本なわけ。
「うわ、すっげ……」
 エロ本なんて、もはや古いだろう。今の時代には動画サイトがある。オカズなんてよりどりみどりさ。エロ同人誌のダウンロードもそういうサイトでは落とし放題。ぼくの知っている同人誌もこの店にあった。
 でも実物を見るのがこれが初めて。パソコンの画像より、実物のほうがやっぱり迫力がある。色とか本の厚みとか、そういうリアルさがやたらとエロく感じる。……ゴクリ。思わず生つばを飲み込んでしまった。ここは宝の山じゃないか。
「――あの、ねえ。エロ同人誌見て、なにニヤニヤしてるの? さっさとお仕事してほしいんだけど?」
「いや、別になんでもっ!」
 千佳ちゃんが後ろにいることに気づかなかった。……危ない。そんなにぼくって、これに夢中になっていたの? さっさと検品を続けねば。変な目で見られたら、信用を欠かすことになるぞ。
「千佳ちゃん、注文書に書いてた二冊の同人誌、見つけたよー」
 千佳ちゃんは注文書と同人誌を受け取ると、パソコンの前にあるハンドスキャナーで注文書のバーコードをピッと通す。
「うん、画像のものと同じね。管理番号もあってるようだし。じゃ、次は梱包といこうか」
「はーい」
 検品のどこか難しいのかわかったよ。バーコードがない商品があるんだ。同人誌はもちろん、箱のないゲームだってあるし、昔の漫画だとバーコードがついていない。
 ゲームセンターのプライズにもついていないだろう。注文された品と合っているかどうか、見極める力が必要だな。
「お兄ちゃん、こういう少量のものだったらウチはゆうメールで送ってるの。そっちのほうが送料は安くつくからね」
「ふーん、そうなんだ。わかった」
 ラベルを印刷して、商品の入った封筒にそれをピタリ。あとは翌朝にドライバーさんに渡すだけだ。そのときに発送完了メールをお客さんのアドレスに入れる。
 買い物客の立場だったらこれが普通の流れなんだけど、いざ店側としてやるのはけっこうな手間だな。これがあと、およそ二百件……。
 しかも、日に日に注文数は増える。こうしてぼくたちが話をしている間にも。
「じゃあ、次行くか、次ぃ!」
 二枚目の注文書を目にして、ぼくは動きが止まってしまう。……なんだこれ? ビック……シール? シールぅ?
「――あぁ、これね。なに変な顔してるんだと思ったら。ビックリマンシールよ。知らない?」
「うん、知らない。有名なの?」
「昔、はやったおまけシールなんだって。今、三十代の男の人たちに人気があったみたいよ」
「そんなマニアックなものまで取り扱ってんの? この店……」
「うん。お父さんがいろいろジャンルを増やしていったから。『ビックリマンシール扱ってる通販のショップなんかないから独占状態や~』なんて。まあ、たまにこうして売れてるわ。買い取りもたまにあるし」
「そうなんだ。昔のおまけシールね、ホントに幅広い商品を扱っているんだね」
 くま父さんのモノマネをした千佳ちゃんが全然似てなかった。でも目を細めて声を低くする仕草はとてもかわいらしい。
 ビックリマン。どのジャンルだ?
「千佳ちゃ~ん、ごめん。ビックリマンシールってどういうジャンルなの? 玩具?」
ビックリマンシールは雑貨よ。雑貨のコーナーならほら、定食屋さんの壁寄りにあるわ」
 あ、確かに。商品で隠れているが、『雑貨』の大きな札が貼ってある。
 そこまで移動するが、そこからまた大変だ。……なんだこりゃ?
 シールとカードが山のようにある。ここから数枚のシールを見つけるわけ? 一体どれだけ時間がかかるんだ? ってか、たぶん遊戯王だと思うんだけど、これって何万枚あるんだろう?
「大変でしょー? たった一枚探すってだけで三十分ぐらいかかったりねー。まー、わたしだったらどんなものでも五分以内に見つけられるけど」
「これ、大変だな。せめてもうちょっと店のスペースがあったらマシなんだけど……」
 白いプラスチックケースには『遊戯王』やら『デュエルマスターズ』やら書かれている。ここからビックリマンシールを探すってわけだ。見つけてもそこからが難関。
「えーと、注文書には……復刻版? 復刻版ってどれ?」
 ブラックゼウスと書かれていても、いろんなバリエーションがあるみたいだ。見た目はほとんど同じ。光り方のわずかな違いや、裏面の色なんかで判断する。時間がかかるわけだ。
 最悪なのはミスって違うものを発送したパターンだな。お客さんからはクレームが来るし、記録にはない商品があったり、ある商品がなかったりする状態になる。くれぐれも商品管理には気をつけないと。
「お兄ちゃん。もしわからないのがあったらわたしに聞いてね。難しいのは後回しにしてもいいから。わかりやすいやつからやっつけていくほうが確実だよ」
「うん、わかったよ」
 ホントにそうだ。しかし千佳ちゃんはしっかりしている。これだけの商品を把握してるんだもんな。これでまだ小学生だなんて信じられないよ。こういうの大人になったとき、貴重なスキルになるかもしれない。
 くま父さん、あなたの教育は間違ってないのかも。
 検品と梱包をして、十件ほどが終わった頃だった。店の前でくま父さんの声が聞こえる。
「――すまんすまん、お待た。警官、ホンマワシのこと好きやで。お茶と菓子出しよってな。『まあまあ、ゆっくりしていってよ』なんて言うんねん。ワシ、仕事あるからはよ帰らしてくれって言ったわ。どうせ薬屋のババアのことやねんし。特に問題ないってこと、あいつらもようわかってんのにな。さりげなくワシの体毛触ってくるし。ホンマ、もうクマハラ嫌。クマハラ嫌ぁ――っ! ……っと、痛。なんや?」
 ゴツッと音がした。くま父さんがなにかにぶつかったんだ。
「あっ、これガチャガチャの台。今日という今日は勘弁ならん。ガチャ業者に鬼電かけまくったんねん」
 よく見ると店の前にはガチャガチャが置いてある。これもちょっとした収益になるのだろうか。
 くま父さんの電話のやりとりを聞いてみることにした。
「――あ、かかったわ。珍しいな。おうっ! お前んとこ、いつなったらこっちに来んねんや! もう半年も前から来てないやろ。やる気ないんやったらガチャガチャ持って帰ってくれ。ずっと故障と売り切れのガチャガチャなんか置いとくスペースないんや! ……あ? 明日来るって? お前なぁ、たまに繋がったと思ったらずっとそういうことばっかりやん。で、明日になっても取りに来うへんのやろ? それ、わかってるってマジで。ワシの店にガチャの一台置いとっても大した売上にはならんやろ。お前さえこまめに来たら、そらそこそこいい稼ぎなると思うよ? でも来うへんやん。仕事、やる気ないんか、ワシに対する嫌がらせかのどっちやねん? ……ん? 嫌がらせやないやと? そらそうやろな。お前がもし嫌がらせや言ったら、このガチャの本体ヤフオクにでも売り飛ばしとったで。なぁ、もう縁切ろーや。お前もクマにこんな説教されんのも嫌やろ? ……あ? 快感やって? おまっ……! 変態やったんか。なんや、ワシとの関係なくしたなかったんかい。それやからずっとガチャ、放置しとったんかい。それやったらガチャの商品補充せぇよ。これ、何代前のプリキュアや思ってんねん。初代やぞ? 逆にレアでプレミア付くわ。それもガキんちょがガム入れて壊したけどな。台紙は白黒やし……いつの時代やねん、ホンマ。とにかく明日来てくれ。来んかったらマジでオクで売るからな? わかったか? ……あー、しんど」
「お父さん、どうしたの?」と千佳ちゃんが聞いた。
「聞いての通りや。このガチャ台の持ち主に電話したところ。引き取ってくれって」
「やっと電話繋がったの。それ、前からクッソ邪魔だったもんね。今も外に出してるけど、単に置いとく場所がないだけだもん」
 ここで気になったのでぼくは質問する。
「ガチャガチャの本体って置いてるだけで、誰かが買ってくれるんでしょ? 本体と中の商品は別の業者が管理しているみたいだし、デメリットとかあるの?」
「まあな。玩具屋やっとったときは確かにそれなりに売上があった。業者もまだ力入れてたときやな。ナルトのカードダスとか、よう売れたもんや。でも、業者の仕事ぶりが怠慢なってな。めったに店に来んようなった。ガチャはずっと故障と売り切れの札貼ってるわ。ガキは乱暴やからいろんなもんコインの投入口に入れんで。……ガムやろ。お菓子のビニールやろ。中には一回百円やからって五十円玉二枚入れて、強引に回した子もおる。当然、そんなんされると壊れる。故障については別に修理代とか払う必要ないねんやけどな。その間、ガチャ置くスペースが無駄になるやろ。業者は連絡してもすぐに来うへんし、子どもは故障中の札、剥がしてお金入れようとする。お金が入っても商品は出てこうへんからな。そのたびに百円建て替えて返してるよ。百円入れてないのに『入れた』って言う子どももおるしな。明らか詐欺やん。子どもやからって甘く見てもらえるとか思うなや。……でも、そんなん警察に言ったかて証拠もないし、相手は子どもやからな。そないなこと言っても時間の無駄や。ホンマやってられへん。今では簡単にお金入れられへんよう、ガムテープで何重にもしてるからな。これでガムテープ剥がしてお金入れたら相当なアホやで」
 ガチャガチャ一台にしてもいい思い出も嫌な思い出もいろいろあるんだなぁ……。
「――ところで作業ははかどってるか? なに、今検品やってんの?」
「うん。千佳ちゃん、教え方がすごくいいよね。しっかりしてるよ。初めは慣れないと思うけど、ちょっとずつスピードアップしていくから」
 千佳ちゃんが「いやぁ……」と頭をかいた。
「ほぉ、やるやん。千佳。助かるわ、この調子でな。……よし、ほならワシも買い取りするか。デブやから検品は苦手やん。奥、行かれへんわ」
 やっぱり検品は苦手なんだ。くま父さんはご機嫌で鼻歌を歌いながら、買取で送られてたダンボールを開封していく。そんなとき、
「おうっ、クマか! このクマッ! 俺のビール勝手に捨てやがって! コラ! こっち向け! 聞いてんのか!」
 いきなりの怒号。ビックリしちゃった……なにが起こったんだ?
 店の前には一人のおっさんがくま父さんに向かって罵声を浴びせていた。くま父さんは表情を曇らす。
「はぁ~、またあの人来たよ。酔っぱらい」と言ったのは千佳ちゃんだ。
 千佳ちゃんもよく知っている人物らしい。誰なんだ?
 男はメガネをかけていて、ダサい服装。髭の手入れもしていない。髪もボサボサだ。これで好印象を持てというのはとても無理。
 店をやっていたらこういう輩に絡まれるリスクがあるんだ。会社なら責任を分散することができるが、個人事業ならもろに個人にかかってくる。一人の迷惑者がいるだけで、事業が失敗するなんてケースだってあるかも。
「誰、あの人?」
「酔っぱらいだよ~。今も飲んでるんじゃないの? 玩具屋のときから来る人でさ、まあ冷やかしなんだけど。ビールを飲みながら店にやってくるの。初めはお父さんもマナーの悪いお客だと思ったけど、たった一回ふらっと寄っただけなら見過ごそうとしたの。でも二回目もビールを片手にやってきたから注意してやったわ。『ここは居酒屋やないんや。ビール飲むんやったら別のとこで飲んでくれるか』って」
 くま父さんの主張が正しいよ。だって当時は玩具屋だったんだろ。お客さんの層は子どもがほとんど。酔っぱらいのおっさんが店をうろついていたら、安心して買い物もできないよ。
「酔っぱらいはその場で立ち去ったわ。飲んでいた缶ビールを置いてね。これで厄介の種がなくなったと思った。でも、五分としないうちに戻ってきたのよ。そしたらこんなことを言ったわ。『お前、なに缶ビール捨ててるんだ!』って」
「え、つまり……どういうこと?」
「お父さんが缶ビールを捨てちゃったのよ。中にほんのちょっぴりだけ入っていたんだって。でも一口分もないのよ? あんなのずっと放置してたら、お父さんが飲んでいるみたいじゃない」
「確かにそうだよな。普通は捨てるよ、うん」
「お店の中で入って大声で怒鳴って。そのとき、わたしも店にいたんだけどね。すっごく怖かった。今でも覚えてる。一年ぐらい前のことなんだけど」
「それでもまだ来るの? とんでもないなぁ」
「結局、お父さんは警察を呼んだわ。警官が二人来てくれたんだけど、野次馬もたくさん集まった。当たり前よね。さびれた商店街でクマと酔っぱらいが大声で怒鳴り合ってんだもん。お父さんもキレちゃって……。酔っぱらいは酔いが醒めたみたいで、そのまま帰っていったわ。警察からは簡単な注意を受けただけ。でもこれでウチの店の評判は下がったわ。お客さんは来なくなった。だからトレカ屋にしたのよ。年齢層をもう少し引き上げる必要があったから」
 だったらあの男のせいじゃん。それになんでまだ来るの? 警察に注意を受けたんじゃないの?
 その辺は酔っ払いだからたぶんどうでもいいんだね、きっと。
 くま父さんと酔っぱらいは今も激しく怒鳴り合っていた。
「お前、もう来んなって。前に缶ビール代、弁償したやろ? クソみたいにしか残ってないのに、一本分まるまる払ってんぞ。だからもう来んなや! 店、横切っても黙って横切れや!」
「まだや! まだ謝罪の言葉を聞いてない! 警察呼びやがって。どっちが悪いんかわかってんのか、おう!」
 おっさんは百八十センチぐらいあるな。まるっこいくま父さんだとなめられる。ここはぼくが行くか。警察もぼく相手ならちゃんと対応もしてくれるだろう。
「――くま父さん、ぼくに任せてよ。ぼくが警察に電話する」
「あかん。それはあかんで。よう思い出してみ。水科はもうウチの従業員や。時給五百円で働かせてるってわかってみぃ? 逆にワシの立場が不利になんで?」
「あ……そうか」
「それにもし警察が本来あるべき対応をしてくれたとしても、時間を取られるんは必至や。そないな時間、ワシらにあると思うか? ……ないに決まってるやろ。だからここはガン無視するしかないんや。ムカつくけど、そうするしかない」
 くま父さんは酔っぱらいに向き合い、強気でこう言った。
「おう、酔っぱらい。ここはもう自由に出入りできる店とちゃうんや。倉庫としての機能しか役割果たしてない。もし店の中に入ってみぃ。お前、不法侵入で訴えたるからな。ワシのガラケーでばっちし証拠動画撮ったんぞ」
「ぐっ……うっ、うぅ……」
 おっさんは口ごもる。このままおとなしくなると思ったが、静かになったのはたったの五秒ほどだ。
「お前はクマなんだぞ! クマ! クマが店出していいと思ってんのか? あぁん? しょせんはクマ。クマなんだよ、クマクマ!」
「無視や、無視無視……」
「クマめ! この、クマめっ!」
 酔っぱらいの罵詈雑言はしばらく続いた。そして飽きたのか、いつの間にかいなくなった。
 くま父さんは少し泣いていた。かわいそうに。
「やっと……いったね、あの酔っぱらい」
「ごめんな、水科。この地域、ちょっとおかしい奴多いやろ? おかしいねん。ワシがようわかってる。ここの住人は皆、暇で頭が狂ってるんや。こんな場所、とっとと引き払いたいけど、礼金もったいないし、在庫とかめっちゃ抱えてるから簡単に移動することはできへん。ここで耐えるしか選択肢はないんや」
 そう言いながらせっせと手を動かすくま父さん。こんな短くて丸い手で一生懸命やってるのに、クマクマってバカにして……ひどいよ。ひどすぎる!
「早くお店が儲かるようになって、もっと大きな店舗に移ろう。そのためにぼくも必死になってがんばるよ」
「あ……ありがとう。ありがとう!」
 くま父さんはぼくに抱きついてきた。……体が震えている。怖かったんだろ。辛かったんだろう。
 でも大丈夫。これからはぼくも一緒だからな。
 この日、ぼくたちは八十件の検品と発送をした。後半になるにつれ、ぼくの作業スピードもアップする。
 同時に買取作業もだいぶ進んだ。まだ終わってない分はキャリーに積んで家に持って帰る。家でもまた仕事するんだ。ホント、がんばりすぎだろ。

 夜七時。ぼくはくま父さんに夕食を招待してもらった。自分の家にはちょっと遅くなると電話を入れておいた。
 そうだよ、日向の作ってくれた夕食を食べられるんだ。楽しみで仕方がない。
 ぼくたちはくま父さんの家に着き、そのまま居間へと移った。そこには豪勢な食事が並んでいる。
「お帰り、皆!」
 エプロン姿の日向。か、かわいい……。
「――ん、どうしたの、水科君? やっぱり疲れた?」
「い、いや、そんなことないよ。もうだいぶ慣れてきたし。でも、もっともっと正確に、迅速にやらないとね。ハハッ」
 笑ってごまかしたが、ニヤニヤが止まらない。たった一日で彼女をこんなに身近に感じることができるなんて。
「ぼくはどこに座ったらいいのかな、えっとぉ……」
「わたしの隣に座りなよ。ここ!」
 服をグイッと引っ張られ、ぼくはそこに座った。千佳ちゃんの隣か。距離がかなり近い。
「嫌か? 天音ねえの隣のほうがよかった?」
「嫌なんかじゃないよ。千佳ちゃんの隣で嬉しいな」
「やったー! えへへ、わたしも嬉しいなっ☆」
 無邪気な顔を見せて……。仕事のときはなかなかこういう表情は見せないもんな。これが本当の顔なんだろう。
 あれ? なんかドキドキしてるぞ。って、相手はまだ小学生だ。大丈夫か、ぼく?
「はれ? どうしたの? 顔、赤いよ?」
「そんなことないって。千佳ちゃんの気のせいだよ」
「ホントだってば。じっとしてて、なんで顔隠すの?」
 顔はウソがつけない。そういうことか。
「あ……もしかしてお兄ちゃん」
 ギクッ! ギクギク、ギクッ!
「わたしに興奮してるんじゃあ……!」
「してないって、そんなことないよ!」
「えぇ~、そうなの~? ……わたしって、どうしようもないブスなんだ!」
 どうしてそうなる? なんかテンションの下がり方が尋常じゃないんだけど。
「あーあ、泣かしたー。ひどい男。小学生をイジメて泣かすなんて……」
 そんなことを言うのは向かい側に座っている次女の由美子ちゃんだ。もしかして小悪魔系ですか?
「イジメないってしてないって。……千佳ちゃん? ホントは泣いてなんかないよね? 泣いてるふりしてるだけだよね?」
 ひくひく鼻をすする音を立てて、それがピタリと止まる。顔を覆う両手をサッと離して……。
「アハハハハ、バッカでー!! アハハハハッ、こんなので泣く奴がどこにいんだよー? こんなので泣かねーよ。キャッハハハハハ!」
 からかわれた……のか?
「すっごい盛り上がってるじゃん。千佳がこんなに大きな声出して笑うのって初めて」
「天音ねえ、いい旦那さん連れてきたね!」
「「ぶっ!」」
 日向と同時に変な音出たよ。突然、なにを言うのやら。
「バ、バカ。そんなんじゃないったら。水科君が優しいからって、からかうようなこと言うんじゃありません。そんなこと言ってたら水科君、怒って帰っちゃうかもしれないわよ。……ねぇ、水科君?」
 こんな幸せな環境で、どうして帰れますか。最高です、ここは。
「――おう、おうおう。お前らイチャつくんはええけどな。お父さんは早いとこご飯食べたいねん。いただきます、まだ?」
 いただきます、まだ? っていうところがかわいいな。
 女性としてのかわいさは日向たち姉妹が。動物的なかわいさはくま父さんが。すごいよ、この家庭は。全然飽きそうにない。
「これで全部揃ったわ。じゃ食べましょうか? ……いただきます」
「「いただきますっ!」」
 まずは皆、唐揚げに食いつく。見た目もおいしそうだし、香りだっていい。なにより日向が揚げてくれた唐揚げだ。
「むしゃ、くちゃ……おいしい! すごくおいしいよ、日向!」
「ふふ、ありがとう。まだお皿に盛ってない分があるから、よかったら食べてね」
 味噌汁だっておいしい。大根の切り方もきれいに整っている。料理も得意なのかぁ。ますます日向が魅力的に見える。
「うん、この唐揚げはおいしい。確かにおいしい。最高」
 くま父さんも絶賛だ。箸が進む。
 ……食事を終えると、くま父さんはその場ですぐに寝だした。
「くま父さん、寝ちゃったね。朝から働いていたのかな?」
「そうよ。わたしたちの生活費を稼ぐためにね。こんなにがんばってくれてるお父さん、わたしたちは大好きなの」
「その気持ち、わかるよ。愛されてる……ぼくが見ててもそう思う」
「水科君、ありがとうね。お店、手伝ってくれて。お父さんの負担もこれでだいぶ軽くなると思うわ。本当にありがとう」
「いやぁ、そんなぁ。こっちこそ、ありがとう。家族の絆みたいなのを感じた。ぼく、こんな気持ちになるなんて初めてだよ。もっと親に感謝しないといけないなぁって思う。それに気づかせてくれた。ありがとう」
 二人が頭を下げる。なんか変な感じだな。
「それと、おいしかったよ。日向の作った料理。おいしいし、温かかった。ホッとする味だったよ」
「そう言ってくれると嬉しいな。また食べてってね」
「ああ! ぼく、大好きだよ! 大好き……あ、こっ、この料理がね。はは……」
 この一日でわかったよ。ぼくが日向を好きだってことが。
「水科君……」
「あ、ごめんね。変なこと言って。じゃあ明日も学校の帰りにここに寄るから。……っていうか、また二人で帰ろっか? 行き先は一緒なんだし」
「そうね。明日も一緒に帰ろうね」
 やった、これで毎日日向と一緒に下校できるぞ。二人が付き合う日も近いかもしれない。
「わたし、買取の査定してくる。じゃあ……」
 そう言って席を立つのは次女の由美子ちゃん。そうか、彼女たちにはまだ仕事が残っているんだな。
 くま父さんも今は寝ているけど、これはきっと仮眠だろう。起きたらまた仕事の続きをするに違いない。
「食器、洗うの手伝おうか?」
「いいよ。ありがとう、気を遣ってくれて。水科君はそろそろ帰らないとね」
 まだお手伝いをしたい気持ちがあるが、これ以上は図々しいか。日向には日向家の生活リズムがあるってもんだ。邪魔にならないうちに帰ろう。
「今日はごちそう様。ホントにおいしかったよ、また明――」
 ……ん? なんだ? 立ち上がろうとして中腰になった途端、ズボンを引っ張られ、後ろに転びそうになる。振り向くと千佳ちゃんがいたずらっ子の目をして言った。
「お兄ちゃん、お風呂入っていかないんだ?」
「お風呂って……そこまではさすがにね。これ以上いたら迷惑だと思うし」
「入ってくれないの? わたしと……」
 わたし? え、千佳ちゃん。もしかしてぼくと一緒にお風呂……って、待て待て。だから相手は小学生だって。それにこの目、これまでされたこと。トータルで考えてもからかわれていることは明白。ここは大人の返しをだな……。
「よし! じゃあお兄ちゃんとお風呂に入るか、千佳!」
「ぎょっ! ウッソ? なに言ってんの? 冗談なのにさぁっ! まさか本気にしたってわけ? うっげー、こいつロリコンだ。本物のロリコンだぁー!」
 ふふっ、顔を赤くして。今度、照れ照れになるのはそっちのほうだ。
「わたしも自分の部屋に戻るー! ついてくんなよ、変態ー!」
 さっきまでお兄ちゃんだったのに、今じゃあ変態か。……あ、あれ?
 日向、そのジト目……。違う、違うぞ! 断じて違う。あれはからかわれたから、からかい返しという高等なテクニックをだなぁ。
「一緒に入ってやらないの? ロリコンさんなんでしょ、水科君……」
 ぐはっ!! グサッと来た! 心臓にぶっとい剣が、グサッと。
「ちっ、違うんだぁ、日向ぁ。これはね……」
 もう泣きそうになっていた。明日、ここに来れなくなるかもしれない。それがどんなに悲しいことか。
「アハハ、わかってるって。千佳にはお灸を据える、いい機会だったわ。あの子、調子に乗り過ぎるところがあると思うけど、これからも仲良くしてあげてね。水科君♪ ……って、ちょっと! なんで倒れるの? 水科君っ、ちょっと……大丈夫ぅ?」
 この日で一番萌え度の高い攻撃でした。はい、倒れました。あまりのダメージで。