読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

サイコー君のくま父さん

くま父さんがアニメ化されるまでアピールするぞ! オリジナル漫画・ラノベ作品を大量に公開中!

にほんブログ村 小説ブログ ライトノベル(小説)へ ゲーム・古本・DVD・CD・トレカ・フィギュア 通販ショップの駿河屋

『大泥棒』 その2

  2 ノースデンという都市

 ここまで来れば、あとは徒歩で行くことができる。まずは換金だ。腹も減っていたが、飯はその後。
 俺は珍品屋を営んでいるルーシーの元へ訪ねた。
 ……店に入るのは二日ぶりぐらいか。
 一人でやっているには、やや広い店である。決して綺麗とは言えない古い外観。そのところどころには埃がたまっている。
 ……あいつは掃除なんかやらないタイプだからな。
 客へのもてなしなんて一度も考えたことがないような奴。
 だが、ここで取り扱うものは実に多彩で、各国元首や外交団メンバー、銀行家などがお忍びでやって来ることもよくあるらしい。
 中にはすげえヤバイもんも商品として平然と並べられている。
 悪魔の尻尾や、魔女の媚薬、ドラゴンの化石、バハムートの鱗……それが本物なのか本人もよくわかってねえらしいが。自分で珍品屋と名乗るだけのことはあった。
 この店は、その筋について詳しく知らないとたどりつけないような、いわゆる隠れた名店だった。
 
 カランッ……ギイィィィ……。
 ……相変わらず扉の開け閉めの音が耳に障る。
 店主は大金を持っているのだから、早いところ買い替えればいいのに。
 俺はそんなどうでもいいことを考えながら店の中に入った。
 店に入るやいなや、煙草の臭いがつんとした。……懐かしいと言えば懐かしいこの臭い。昔から変わっていない。
 部屋に客と見られる人間がちらほらいた。こんなマニアな店だが、少しは繁盛しているようだ。
 奥にはこの店の店主であるルーシーがいた。
 俺は数歩歩いて、カウンターに立っているその男に話をかけた。
「よう、景気はどうだい? ルーシー」
「ジェダ……ふっ、変わらないな。いつもの通りだ。……それよりどうだった? あの巨大ネズミは? 役立ったか?」
「ああ、役に立ったぜ。……でも、もうあんなもんいらねえからな。どこで手に入れたものだかわかんねえけど、もうもらってくるなよ」
「そうか。役に立ったのならいい。あのネズミたちもきっと喜んでるよ」
「踏みつぶして死んじまったネズミが……ねえ」
 この金髪の野郎がルーシーだ。
 歳は二十二歳だっけか? ちなみに俺は二十四歳だった。
 甘いマスクで女のウケはいいが、キレるととんでもなく凶暴になる。
 ……見ろ。テーブルに肘をつき、まるでやる気がねえ。
 店主はお前だけだろ。その店主がカウンターで堂々と煙草を吸っている。信じられねえだろ?
 昔はルーシーと組んで、よく盗みをしたものだ。
 盗みの技術なら俺の方が上だが、戦闘になると圧倒的にルーシーの方が上だった。
 もっともこいつは今、完全に足を洗っているがな。というか、こいつはこう見えても本当のところは……
 
「で、今日は何をかっぱらってきたんだ?」
 ルーシーが機嫌良さそうに言った。
 俺がこの店に寄るとはつまりそういうことだ。このやり取りも二人にとったら、何ら特別なことではなかった。
 俺は腰掛け鞄から、先ほど宝石店から盗んできた指輪を取り出した。
「これだ。このでかい宝石がついて指輪だろう。高値で買ってくれよ」
「どれ……ほう、なかなかいい品じゃないか」
「そりゃそうさ。宝石店で、千二百ゴルダー(一ゴルダーは二十ゴル)の値段で売っていたぐらいだからな」
「……八百ゴルダーでどうだ?」
「OK! 十分だ。いつものように全額現金で頼む」
「ああ、ちょっと待ってくれ。金庫から取り出すよ。……しかし、また腕を上げたんじゃないか? これだけのものを盗むなんて苦労するだろう。最近のセキュリティはどうなんだ?」
「なぁに、大したことない。俺の手にかかれば、どんなもんでもぬるく感じる。もっとスリルのある盗みをしたいとまで思えてくるぜ」
「ま、俺は助かるけどな。お前の盗んだもの、けっこう評判がいいんだぜ。違法は違法だが、それでも客は欲しがるからな」
「そりゃどーも……じゃあ、ますます頑張らないとな」
 ルーシーが、「くくくっ」と小さく笑った。
 自分で言ったことだが、頑張って盗むなど変な言葉だった。俺もつられて苦笑した。
 ルーシーが金を揃えるまで少し時間がかかる。
 俺は店の商品に目をやった。どういったものに需要があるのか。この店は物と値段の相場を知るには適した場所だ。
 俺も昔はよくここで商品を見て、ある程度は目が肥えたと思っている。実際、贋作作りの技術はここで身につけたようなものだ。
 ルーシーならどんな高級品でも触らせてくれるし、より近くで見ることもできた。贋作作りは泥棒をする上で、俺には欠かせないことの一つだ。
 これ一つで相手が盗まれたことに気づかなかったり、また、気づいても大幅な時間を稼げたりできるからな。
 俺は商品を見ている中で、一つの帽子が目に留まった。
 この帽子は少し変わった色と装飾で、一度目にすれば忘れようと思ってもなかなか忘れられない帽子だ。
「これは……白銀帽子」
「何だ、そんなもん気になるのか? お前には似合わねーと思うけどな。十ゴルダーだ。買うか?」
「いや、そうじゃないんだ。何日か前にこれをかぶったおっさんが言っていたんだ。……空を飛ぶ人間を見たってね」
「空を飛ぶ人間? ……それってまさかジャックのことか?」
 ここ三、四年の間、ジャックの話は一部の人間の間で有名だった。
 しかし、その話も噂話の域を脱していなく、直接的に儲かる話ではないと俺はずっと遠ざけていた。
 だが、今の俺の実力からすれば、そろそろこの伝説に挑む頃合だと思った。
 確か、ジャックはとんでもなく価値のある宝石を持っている……。
 
「そうだ。あの伝説ような話……」
「ジャックの話なら金持ちの間でも有名だぜ。最近、目撃情報も多い。聞くかい?」
「いくらだ?」
「そうだな……まあ、この話は眉唾だからな。十五ゴルダーでどうだ?」
「買う買う。教えてくれ」
 ルーシーは情報屋でもあった。
 彼の情報網は半端ではない。特に裏の話については他の誰よりも精通していた。
 ただあまりにもその話がヤバイので、ルーシーが情報屋だとは常連客でもその中の常連客でしか知らなかった。
 この店に来る情報目当ての客は俺を入れて五人いるか、いないかだろう。
 また、情報を買うだけでなく、売ることもできた。値段は内容によってピンキリだが、情報を売るだけで生計を立てている者もいるらしい。
 
「名はジャック。人と接することを好まず、森や洞窟で生活している。ジャックは空を飛ぶことができるらしい。そのため、仙人ではないかとも噂されている。仙人っていうのは東洋でいう仙術という不思議な術を使い、不老不死を得た人物とされる。もうそれは人と呼べるのかわからないがな。多くが謎に包まれた男だ。そしてジャックはセント・ストーンを手にしているらしい。……これはお前も知っているよな? 幻の宝石と呼ばれている代物だ。自然が生み出した奇跡の石、セント・ストーン。売れば三十万……いや、五十万ゴルダーにもなり得る。ここ数か月の間で、ジャックを見たと言う場所を教えてやるよ。お前ならその情報だけで、ジャックがどこに住んでいるのか探し出せるだろう」
「……今までジャックの行方なんて、ほとんど誰も知らなかったからな。ちょうどいいタイミングだ。俺もそろそろ大物に挑戦したかったと思っていたところだ。三十万ゴルダーか……今までのものよりケタが二つ違うんだからな。くくく、腕が鳴るぜ……」
「それともう一つ。話は変わるが、数年前から見かけなくなった人間が、この町でよく目撃されているらしい」
「どういうことだ?」
「見かけなくなった人間ってのは、ずっと前から生死がわからない人間のことだ。つまり死んだとされる人間が、ここ最近現われているらしい」
「何だ、幽霊の類か? 悪いが、俺はそういうのは全然信じない方なんでね」
「ま、あくまでそういう話が出ているということだ。俺も幽霊なんて信じないさ。一応、ジェダの耳にも入れておいた方がいいかなと思ってね。……さっそく行くのか?」
「ああ、今日は宿屋で休んで、明日決行だ」
「お前は相変わらずせわしないな。がんばれよ」
「おう……って、おいおいおい、指輪の代金! 忘れるなよな」
「ん、これのことか? 確かに八百ゴルダーって言ったぜ。だが、それはこの指輪が本物であった場合だ。……俺を騙そうなんて甘いんじゃないか、ジェダ?」
「ちっ……。ほら、これが本物だ」
 俺は腰掛け鞄からもう一つの指輪を出した。
 そう、最初にルーシーに見せたのは俺が作った偽物だった。
「やっぱりわかったか。お前も腕を上げたな。俺の贋作が見抜ける奴ってのは、そうはいないんだがな。さすが元相棒だぜ」
「……お前な、そんなことばっかりやっていると友達やめるぞ」

 ――十、二十、三十……八十。確かに。
 俺はルーシーから八百ゴルダーを受け取った。
「何、商売人としての目を鍛えてやっただけじゃねーか」
「……耳が痛いな。品物を見る目はもちろんだが、今は金を見る目も鍛えておいた方がいいぜ」
「金を見る? どういうことだ?」
「昨日、ラフラン・ピサロの絵が売れたんだがな、支払いは全て偽札。二百五十ゴルダーの絵だ。たまらねえぜ」
「二百五十ゴルダーか……けっこうな損失じゃねえか。何だ、お前がそんなもんに引っかかるなんて珍しいな」
「札は見た目も手触りも本物だった。だが三時間もしたら、全部葉っぱに変わっちまったんだ」
「葉っぱだと……」
「そう、信じられないだろ? だが、現にあったことだ。これはもう見抜ける見抜けないの話ではない。はっきり言って判断のしようがないからな。まるで妖術や魔術の類だ。お前も気をつけた方がいいぞ。自分を過信しすぎて、気づいたらパックリやられていることもあるからな」
「俺が過信? バカな……」
 俺は目をつむり、顔を左右に振った。
「……ジェダ?」
ルーシー、残念だがさっき渡した指輪も偽物だ」
「何っ?」
「そして、これが本物だ」
 俺は鞄の中から今度こそ本物の指輪を出した。
「いい加減にしろよ、てめー!」
「すまんすまん、でもやっぱり俺の腕は最高だろ?」
「……お前な、それほどの腕があるんなら、職人でも芸術家でも何にでもなれただろうが」
「まっとうな仕事に就くのは興味がなくてね。人生、スリルがないと物足りないもんだ」

 ん? ……妙だ。強い視線を感じる。
 誰だ。俺を見ている?
 俺は人差し指を口に当て、息をひそめる。ルーシーも俺のジェスチャーに気づき、完全に音を殺した。
 ……やはり、見られているな。どこだ?
 俺ですら特定できない? というと、かなりの実力を持った人間か?
 
 バアァ――――――――――――ンッッ!!!
 突然、入口の扉が乱暴に開かれる。
「静かにしろー! 殺されてーのか? あぁ?」
 ……うるさい奴が出てきた。
 まさか、さっき感じた視線はこいつ? 俺はこんなバカに気を張っていたのか。
「オラァッ! 店の主人以外は全員床に腹をつけろ! オラオラ早くしろ!」
 店の中には俺とルーシー以外に三十代半ばぐらいの男、二十歳半ばの女、四十代ぐらいの女の計三人がいた。
 この三人はうるさい男の言う通り、その場でうつ伏せになった。
「そこの男! お前もだよ!」
 男が俺を見て、そう叫んだ。
 あー、もう! 面倒くせーな。
 俺はルーシーの方に視線を動かすと、奴はゆっくりと後ろの棒に手が伸びていた。
 その長さ、およそ百八十センチメートル。使い慣れた感じがあり、構えるときに指が触れる部分にはシミができている。
 あらら、実戦なんて久しぶりなんじゃないか、ルーシーの奴。
「聞いてんのか? 殺すぞ!」
 うるさい男が、がなり立てて俺に近づく。
 何だ、お前の持っているその得物は? ……ただの剣か?
 笑わすなよ。ルーシーの店でそんなもん振り回して、強盗が成功するわけねえだろ。こいつは昔、俺の相棒だったんだぜ?
 
「すみません、皆さん。お騒がせして……すぐに排除しますので」
 ルーシーはゆっくりと、丁寧に、そして笑顔で客に言った。そこには少しも強盗にびびっている様子はない。
 むしろ、この意外な光景にうるさい男の方が驚怖していた。
「プッ、くくく……」
 ダメだ。笑いを堪えきれない。俺は思わず口出ししたくなった。
「おい、そこのうるさい男。俺は手出ししないでやる。お前の敵はあの店主だけだ。あいつさえ倒せば、お前に多額の金が懐に入る。奴の金庫の中身は五千ゴルダーぐらい入っているぜ、たぶん。……だが、倒すことができたらな」
「五千?」
 五千ゴルダーと聞いて、うるさい男の目の色が変わる。
「ジェダ……」
 ルーシーがジト目で俺を見る。
 よけいなことは言うなと言わんばかりの表情だ。
 そんな俺たちにとっては遊びみたいなノリだったが、ルーシーの瞳の奥には力強く、そして時には残虐性さえ感じるものが秘められていた。
 おっと、怖えぇ。昔のルーシーを思い出してぶるってしまった。
「すまねえ。さあ、続きをやってくれ」
 これ以上は手出しも口出しもする必要はない。
 あとは用心棒を兼ねているこの店主が、何事もなかったかのようにこいつの処理をしてくれるだろう。
「五千、五千! それだけあれば……し、死んでくれー」
 うるさい男がルーシーに向かって剣を大きく振りかぶった。
 ルーシーは少し笑みを浮かべ、棒を持つ右手に力を入れた。
 ――それは一瞬だった。
 棒を動かすモーションはほぼセロと言ってもいい。ルーシーの腕がわずかに動いた。
 その瞬間、うるさい男は出口の扉まで大きく吹っ飛んだ。
 
 ズドオォォ――――――――――――――――――――――ン!
 
 店全体が揺れる。
 その拍子にいくつかの商品が棚から落ちてきた。
 ボト……ボトッ
「あ~あ、大事な商品が……どこか痛んだりしてねえだろうなぁ」
 ルーシーはもう強盗のことなんか頭に入っていない。心配するのは店の商品のことだけだ。落ちた商品を一つ拾っては、丁寧に傷や破損しているところはないかをチェックしている。
「健在だな、ルーシー」
「いや、力の加減がよくわからなかった。そういう意味ではやっぱり稽古不足かな。チクショー、大事な商品が……にしても、弱すぎねえか? こいつ。こんな腕で俺の店に強盗に入るなんざ、完全にもぐりだろ?」
 ルーシーの戦闘力ははっきり言って俺以上だ。
 実はこいつ、警察官である。正義感など全くない奴だが、あまりにも腕っぷしが強くて警察の格闘の先生なんかしている。
 俺が生まれる二十数年前、国王の権力が剥奪されると、国王直属の警察機構は解体された。
 新たに革命政府の組織した警察機構がこれにとってかわることとなった。
 ノースデンには三十二区の街区に置かれた警察署がある。こいつはノースデン市に四十人しかいないという巡査部長の階級を持っていた。
 そのため、人脈は広いし、盗品を売買していてもたいていのことは許される。
 ……俺が気にしていた視線はもうない。やはりこのうるさい男がそうだったのであろうか。
 ここの客三人を見ても、実力はしれている。素人だ。
 ……それとも素人のように見せかけているだけか?
 念のため確認しておくか。
ルーシー、あの客三人はここの常連か?」
「ん? ああ、どちらの方も何度か店に来てもらっている。特にあやしいとは思わないが……お前、まだ何か気になっているのか?」
「うるさい男が来る前に強い視線を感じたんだ……今はもう感じないが」
「俺も少しはその違和感を覚えたが、ジェダが今その視線を感じないのなら、うるさい男がその視線の正体だったんだろう。何なら聞いてやろうか。あのお客さんたちに」
「……いや、お前も感じないんだったら、俺の気のせいだったんだろう。はは、最近どうも警戒心が強いみたいだ」
「……大丈夫か?」
 ルーシーが優しい口調で俺に言った。相変わらず面倒見のいい奴だ。
「ああ。……じゃあ、俺はもう行くぜ。また来る」
「ふふ、今度来るときはセント・ストーンを持って来なよ。気をつけてな」
 俺は外に出ようとしたところ、扉にはうるさい男が邪魔で通れなかった。
「おい、このバカはどうする」
 俺は倒れているうるさい男の手を軽く足で払ってやった。……意識を取り戻す気配はない。完全にのびている。
「すまん。どっか横にでもやっといてくれ。すぐ警察に連絡して引き取ってもらうよ」
「おお、それなら俺は早いとこ退散しないとな」
「はは、大泥棒ジェダがここにいるなんて警察が知ったら、泣いて喜ぶぜ」
「そんなに顔は割れちゃいないはずだ。……だが、念のためにな」
 俺はルーシーからもらった地図を見た。
 地図にはジャックの目撃されたところにチェックが入っていた。
「もっとも目撃された場所……ここからだと八十キロ以上あるな。……おっと、その前に寄るとこがあったな」
「ああ、またあの教会に行くのか? ……お前も物好きだな。まさかあの小娘に惚れているんじゃないだろうな?」
「バカ言うなよ。そんなことあるか」
「あの子はグリゼット(帽子、下着、婦人服の仕立てをする女性)なんだろ? 遊ぶのならほどほどにしておけよ。じゃないと、その女がかわいそうだ」
「……そういうのとは違うんだ。あいつは俺に似ている」
「お前は女子どもには甘いというか、弱いところがあるからな。行ってこいよ」

 ルーシーが言ったあの小娘とは、ここから近くにある教会によく出入りする女のことだ。
 名前はサラという。
 今は十六歳で、お針子(はりこ)をしている。それまでは修道院にある寄宿学校の寄宿生だったらしい。
 髪が短くて、大人しい子だ。長い睫毛に、ぱっちりとした目、形の整った小さな鼻をしている。
 今から俺も教会に行くのだが、別にサラ目当てに行っているわけではない。
 別に信心深いというわけでもなかったが、俺はどうも孤児が集まるこの教会に足を運んでしまう。……俺も孤児で幼いときはよく苦労したもんだ。
 教会の扉はいつでも開いている状態だった。
 中には多くの子どもたちがいた。この大半は孤児である。
 この子どもたちを見ていると、まるで昔の自分を見ているようだった。
 この頃の時代は、貴族と農民という主だった階級は、資本家と労働者に名前を変え、社会は真っ二つに分かれていた。
 
 ここの教会は一般のよくある教会を比べ、少し小さかった。もちろん天井も一般のものと比べて低い。奥には祭壇があった。
 俺は教会の扉を開けて中に入った。
 すると、すぐ目の前には司祭と数人の子ども、そしてサラがいた。
「――よう、司祭さん」
「……これはジェダさん、こんにちは」
 この人の良さそうなのがこの教会の司祭だ。
 歳は三十から四十といったぐらいだろうか。擦り切れたダマスク織りの古い司祭服を着ている。
 誰にでも優しく振る舞い、特に子どもや女性には優しかった。周りの人間からの信頼も厚い。
 俺は司祭に簡単な挨拶を済ませてから、サラがいるところへ近づいた。
「何だ、やっぱりサラもいたのか」
「あ、ジェダ……もしかしてわたしに会いに来てくれたの?」
「んなわけねえだろ。……けど、お前も俺をからかうまでになったか。最初の頃は俺がいくら話しても返事もしてくれなかったのにな」
「ふふ、ごめんなさい。だって困った顔をしたあなたって、とってもかわいいから……」
「おいおい、冗談じゃねえ。俺をこいつらみたいなガキと一緒にするんじゃねえぞ。……ふっ、はははっ」
「あはは。ジェダ、ゆっくりしていってね
「……おう」
 俺は司祭が立っている近くの椅子に座った。
 そして、周りに子どもがいないことを確認して小声で呟いた。
「これ……またこいつらに何か買ってやってくれよ。そうだな、人形なんていいんじゃないか?」
「いつもいつも、すみません」
 俺は盗品を売り捌いては、その金の一部を教会に渡している。
 これで盗みの罪が軽くなるなんてことは一切思っていない。ただ、子どもたちを見ると昔の自分を思い出し、何か援助してやりたいと思ってしまうのだ。
 司祭もバカではない。俺がまともに働いていないのは知っている。おそらく、この金も盗品を売った金、また盗んできた金だとわかっているだろう。
 だが、教会には金がない。そういうことで俺が持ってきた金でも、司祭は喜んで受け取ってくれた。
 この金は捨て子のため、孤児のため、貧しい人々のために正しく使われていた。
「ジェダお兄ちゃんだ! ねえ、遊んで、遊んで」
 子どもたちが俺に近づいてきた。
「兄ちゃんは疲れてんだー。サラとでも遊んどけよー」
 俺は自分のことを犯罪者だと自覚している。
 だから、この純粋な子どもたちの前で俺が長居することは、あまり良くないことだとわかっている。

 ――この微笑ましい光景をしばらく見て、俺はすっくと立ち上がり、そのまま教会を出ようとした。
「ねー、もう帰るのー? せっかく来てくれたんだから、もっとゆっくりしていってよー」
 その動作に気づいた一人の子どもが俺にそう言ってきた。
「ああ……今度またゆっくり来る。今日はこのあとでちょっと用事があるからな」
「……ぼくたち知っているんだよ。今、こうやってここでパンが食べられるの……全部、ジェダお兄ちゃんのおかげなんだよね?」
 何でそんなこと、こいつらが知ってるんだ?
 俺は反射的に司祭とサラの顔を見た。
 司祭は慌てたように首を振るが、サラの奴は意識して下を向いていやがる。
 ……全く、バカ正直な反応だぜ。だから、まだまだ子どもだっていうんだ。
 俺が教会に援助していることを子どもたちが知ると、何かとまずいだろ。どうやってそのお金を手に入れたの? なんて聞かれてみろ。
 そうなると俺だけじゃなく、司祭にも迷惑がかかる。結果、ここにいる子どもたち全員にも影響するだろうが。
 俺はこのまま話が続いてはまずいと、さっさと教会を出た。
 
 ――すると、すぐサラが追いかけてきた。
 サラは自分のあとに子どもたちがついて来ないように、後ろで扉を閉めている。
「ごめんなさい、ジェダ……」
 眉のハの字にしてサラがそう言った。
「全く、勘弁してくれよ、サラ。子どもには知らない方がいいってこともあるんだ。お前もそんなの、もうわかる年齢だろ?」
「ごめんなさい、つい……。ねえ、また、どこかに行っちゃうの?」
「ああ、俺はこんなことしかできないからな。……サラは俺の生き方が間違っていると思うか?」
「……そんなのわからないよ」
「こんな世の中だ。少しは目をつむっていてくれ」
「……行ってらっしゃい」
「……!」
「ジェダの生き方が正しいかどうかなんかはわからない。でも、気をつけて……行ってらっしゃい!」
「ああ……」
 なかなか良い言葉をもらった気がする。
 少し救われた気がした。やはりここに来てよかったな。
 さて、明日に向けてしっかり休んでおかないとな。俺は近くの安宿で一泊することにした。