サイコー君のくま父さん

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『神の子』 その2

  2 悪夢の記憶
 
 ――ガチャ。
 この日はいつもと違った。ぼくは玄関を開けると見慣れない靴があることに気がついた。この靴は誰のだろう……?
「ただいまー……。千依(ちい)、いるのか?」
「お兄ちゃん。おかえりー」
 奥から妹がパタパタとスリッパの音を立てて、ぼくの近くに寄ってきた。千依の格好は丸えりのブラウスに、網みたいなデザインの水色っぽいおしゃれな感じのスカート。前に二人で駅前の店で買ったやつだ。
「家に誰か来ているのか?」
「お兄ちゃんのお客さんじゃないの? もうすぐお兄ちゃんが帰ってくるって言ったら、『じゃあ待たせてもらう』なんて言って部屋に入ったよ」
 靴のデザインはどことなく変わったもので、「こんな靴、一体どこで売っているんだ?」というのがぼくの正直な感想だった。それはボロボロで、古く、汚らしい感じだった。
 友人にしてはあまりにもセンスが悪すぎる。それにもし訪問するなら、ケータイにメールの一件ぐらい連絡を入れるものだ。誰か見当がつかない。ぼくはそれが不思議で、少し怖かった。なにも問題でなければいいのだが……。すぐに居間に移るのではなく、もう少し千依から情報を聞き出そうとした。
「あんまり他人を簡単に家に上げるなよな。で、その人ってどんな人?」
「おじさんだよ。白髪で帽子かぶってた。お髭も白くて、もしゃもしゃ生えてる。服装は……ちょっと汚い感じ? あと鼻が大きくてちょっと赤かったかな」
「俺を待っているってことは居間にいるんだよな、その人」
「うん。……ごめんね。勝手に上がってもらって悪かったかな?」
 申し訳なさそうに眉を曲げる千依。これ以上責めたら悪いな。こいつは誰にでも優しいところがあるから。だから今回もきっとそうなんだろう。
 酔っぱらいのおじさんかセールスマンかな。やれやれ、面倒だが仕方ない。この家の平和を守るためだ。さっさと要件を済まして帰ってもらおう。
「今度から気をつけてくれたらいいよ。俺もそういうことをお前によく言っておかなかったからな。俺のほうこそごめんな」
 千依の頭を軽く撫でてやると、パッと笑顔になった。やっぱり千依はこっちの顔のほうが似合ってる。
 ぼくは居間に移った。――そこには確かに白髪のおじさんがソファに座っていた。
『はぁ……いやっ……、あン。あん……! やぁ……ん、えっちぃぃ……はぁぁっん。いやぁっ……。もっと……! やぁぁん。いやぁぁっ! はぁ……はぁ……』

 ……なに、コレ?
「あ……お、お兄ちゃん?」
 ぼくのあとをついてきた千依が咄嗟にぼくのほうに視線を移す。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。
「こらっ! おっさん!!」
 おじさんからおっさんに降格だ。それも一瞬にして。
 ぼくは白髪のおっさんのところに猛ダッシュで駆け寄った。
「なに観てんだよ? 勝手に人の家に入りやがって。こんなもん観るな!」
 こんなもん……言わなくてもわかるだろうが、おっさんが観ていたのはAV。しかもその内容にぼくは見覚えがあった。まさかとは思ったが、恥ずかしいやら悔しいやらでいっぱいだった。
 ぼくはテーブルの上に置いてあったリモコンを手に取り、すぐにDVDを停止した。
 白髪のおじさんはゆっくりとぼくのほうを向き、不機嫌そうにこう言った。
「あ~あ、せっかくいいところだったのに……。なに観ていたかだって? AVに決まってんだろうが? ガハ、それもお前のベッドの下にあったもんだ。ガッハッハ!」
「あんた、誰なんだよ?」
「タイトルがいけねぇや。ノーマルすぎて面白くもなんともねぇ。『濡れちゃう接吻』だぁ? ぬるいんだよなぁ! こういうのは。……そうだなぁ、例えば俺の今まで観た中でベスト3を発表するぞ。『恥ずかしすぎる? 最初で最後の大排泄』とか、『もしも綺麗な人妻のウ○コが喰えてオシッコが飲めたら最高』とか、『これが変態公衆便所タンツボ肉便器女』……とまあ、それぐらい刺激的なもんじゃねぇとな! うん、ちょっとスカトロに寄りすぎだってか? ハッハ、ほうっておいてくれや!」
「早く帰って下さい……」
「いや、悪い。人の性癖にいちゃもんつけちゃあ悪いってもんだ。ま、高校生ならこんなもんか。もっと俺みたいに歳を取るとマニアックなものを求めるようになる。例外なくな。そのときは思い出してくれ。いつか来たダンディーなオヤジさんが勧めたタイトルをな。ガハ、ガハハッ!」
「帰れッ!」
「うーん、そうカリカリすんなよ。ギャグだろ、ギャグ。ほれ、これ返す」
 おっさんはぼくの手に、さっきまで観ていたAVソフトを当ててきた。ぼくはすぐにそれを受け取り、素早く自分の鞄の中に入れた。
 妹はなにがなんだかよくわからないといった顔をしている。でもぼくだってわからないよ。こいつがなんでこんなことをしていたかって。
「さあ、もう用が済んだなら帰って……」
 おっさんはだるそうに首を回して行った。
「ビール、ある?」
「え……?」
「だからビール。高校生にもなればビールの一つや二つぐらい飲むだろ? どこに隠してんだ? さっき冷蔵庫の中を見たけどなかったぞ」
「ビールなんてない……」
「それはマジで言っているのか? いやぁ、残念。なんだよ、ビールか酒ぐらい常備しておけよな、まったく。気が利かねぇ!」
 なんだよ、こいつ。やりたい放題じゃないか。わからないよ。こういうとき、ぼくはどうしたらいい? 学校で習ったっけ? こんな人が家に押しかけてきたときの対処法なんて。
「――で、お前んとこのオヤジかオフクロ。いつ帰ってくるんだ?」
「もう五分もしないうちに帰ってくるよ!」
 ぼくはウソをついた。こう言えば、このおっさんも慌てて家から出ていくだろうと思ったからだ。
「ふーん、あと五分ね……。ま、そいつはいいか! じゃあ酒買ってきてくれよ! 酒!」
「はぁ? ……あんた、いい加減にしないとなぁ!」
 もう限界だ。ぼくはおっさんを胸ぐらを掴んだ。……すると一転したんだ。さっきまでのふざけた素振りはもうそこにはなかった。怖い……脅されている感じだ。ぼくはすぐに掴んだことを後悔した。
「おう、その手ぇ離せや、この鼻垂れ坊主が。イキがってもわかるんだよ。この家はお前とそこのちっこい嬢ちゃんと二人で暮らしているんだろ? お前がさっき『五分で両親が帰ってくる』と言ったとき、嬢ちゃんは驚いた様子でお前の顔を見ていたよ。つまり、これから五分たとうが五時間たとうが両親は帰ってこない」
 バレている? 危険を感じた。やられると思ったとき、先にこちらから仕掛けてやろうと思った。立ち位置ではこっちが有利。おっさんは呑気にソファに座っている。
 ぼくは右手に拳を作って、後ろに振り上げていた。
 ――パンッ!
「……だから甘いって」
 おっさんは左手でぼくのパンチを軽く止めた。
「もうちょっとおとなしくしとけや、兄ちゃん」
 おっさんは空いている右手でぼくの顔面を殴った。でも実際には軽く拳を当てたぐらいの感じだった。その衝撃があまりにも強かったため、ぼくは派手に後ろへ吹っ飛んでしまう。
「お兄ちゃんっ!」
「うん、静かになったな。どうだ、わかったか? 今度、俺に逆らおうとしたときは確実に殺すからな! これからはそのことをよく思い出してから行動するんだな。まずは血が止まったらビール買ってこいや。それもケースでまとめて買ってこい!」
 ようやく状況を理解した。……ぼくたちの家は今、強盗に入られている。

 ぼくはテーブルの上に置いてあるティッシュ箱を掴んで、玄関付近に移動した。
「お兄ちゃん、ごめんね。わたしが……わたしが」
 千依はポロポロ涙を流していた。
「いや、いいんだ」
 千依のした行為はそれほど問題ではない。むしろよかったのだ。もしおっさんが家に入ることをかたくなに拒んでいたら、千依が今のぼくみたいな状態になっていたかもしれない。
 それに人前で堂々とAVを観るような奴だ。万が一のことがあったらぼくはきっと自分の非力さに死にたくなるだろう。
「千依、ぼくの鞄から……いや、やっぱりいい。ぼくが出す」
 ぼくは鞄の中からケータイを取り出した。
 あのおっさん、ワケがわからないほど強かった。でも、アホだ。
 この位置だと居間からは完全に死角。ここで警察に電話をすれば、おっさんはもう終わりだ。
 プルルルルルル、プルルルルルル……。
『――はい、警察です。どうされましたか?』
「……あ、すみません。今、ぼくの家に強盗が入っているんです」
『強盗? ……君の名前は?』
「宮崎、広造……です」
『すみませんがもう少し大きな声で話してくれますか?』
「すみません……でもこれ以上大きな声は……まずいので」
 実際、ぼくはボソボソと話していた。わずかな声が漏れておっさんにあやしまれたら終わりだ。だが、今のところおっさんが来る足音は聞こえない。ということはまだ大丈夫だ。素早く、小さく、確実に。この電話一本で今度の運命が大きく変わるといってもいいだろう。
「そうですか……ではご住所は?」
「住所は……の、9の9……です」
『わかりました。では宮崎さん、すぐに警察官二人がそちらに向かいますので、もう少し待っていて下さい。受話器は切らないでそのまま』
「はい……」
 助かった。警察が来るまで十分ぐらいだろうか。千依だけでも外に逃がしておくべきだろう。
「千依。お前は先に外に出てろ」
「そんな、じゃあお兄ちゃんは?」
「俺はここに残るから。あいつが逃げないように」
「でも、危ない……」
「お前になにかあったら困るんだ。頼むよ。もしかしたら逃げられるチャンスが今しかないかもしれない。お前だけでも外に出ろ」
「こんな状態のお兄ちゃんを放っておけないわ」
 千依が動こうとしない。それは俺を思ってのことだった。こういうとき、こいつの優しさが邪魔になるんだよな。だとしたら言い方を変えればいい。外に出ることが俺を助けることだと思わせるんだ。
「もうすぐ警察がこの家に来る。警察の人が近くに来たら、強盗がいるのはこの家だって誘導してほしいんだ。それなら外にいてくれるだろ?」
 そう言うと千依はなにも言わず静かに外へ出た。……これで最悪な事態だけは免れたな。
 ぼくがずっとここにいては、おっさんにあやしまれる。鼻血が止まるとビールを買いに行かされるんだ。そうなると千依の存在を気にするはず。二人が同時に外に出たら、そのまま戻らない選択肢があるからな。
 千依が外に出たことを気づかせてはならない。ぼくは一旦居間に戻ることにした。
 
「おい……お前、ビールは?」
「すみません。まだ鼻血が止まっていないもんで……」
「まだか? ったく、貧弱な野郎だぜ。それでもお前は男か?」
「すみません」
「あと十分だ。あと十分たったら、血が止まっていなくても買いに行かせるからな!」
「はい……」
「ところで嬢ちゃんはどうした? お前の近くにはいねぇようだが」
「ショックを受けて二階で寝ています」
「ほう、二階ね。くく、まあそういうことにしておいてやろうか」
 十分だ。十分がたつ頃には警察が来ている。おっさんは妹のことを大して気にはしていない。このままやり過ごせるだろう。
「――おっと、なにか動くものが見えたな。なんだ、ありゃ? お前の家は犬か猫でも飼ってるのか?」
 おっさんが部屋を指さした。その部屋はドアが半分開いている状態だった。そこから見えたのあいつだろう。この家のペットのフクロウ。
「フクロウを飼っています」
「フクロウ? ほう、そいつは珍しいな。そうか、だからあそこだけ明かりが届いていないのか。フクロウと人間なんて生活スタイルが全然違うからな。飼うのは大変だろう?」
「えぇ、まあ」
「あのフクロウ、食っていいか?」
「……え?」
 ぼくは聞き違いだと思った。だが、おっさんはこれからとても信じられないような奇怪な行動に出る。
 フクロウの足をむんずと掴み、おっさんは大きな口を開いて、そのままフクロウを頭から食べ始めた。
「んんっ……んん……んっ! んー、んむんむ、んむ、クチャッ……くちゃくちゃぁ……」
 バサバサと翼を羽ばたかせるフクロウ。だがやがてその抵抗する力はなくなり、ぐったりとする。
「んー、うまうま。うまぁーっ!! うまいなぁ、これ……ボキボキゴキッ!」
 あまりの光景に、もどしてしまいそうだ。気分が悪い。
 千依を先に脱出させたのは正解だった。ぼくは当分、鶏肉を食えそうにない。
「美味、美味。いい鳥だったなぁ。だが死んじまったのは仕方ない。また飼いなよ、フクロウ」
「はい……」
「足、お前も食うか?」
「いえ、けっこうです」
「食え。けっこうですじゃねぇ。食えってんだ!」
 逆らったら殺される。ぼくはこいつの言うことなら断ることができない。じゃあ食うしかないのか、フクロウを。それもぼくがさっきまで飼っていたフクロウだぞ。
「いただきます」
 ぼくはおっさんからフクロウの足を受け取った。しかし当然、これを食べることなどできず、じっと動かずにいた。
「食えよッ!!」
 声を荒げるおっさん。こいつはぼくが食うまでずっとこうして言い続けるだろう。涙が出てきそうだ。ぼくが一体なにをやった? なんでこんな目に遭わなければならない? こんな理不尽なことは初めてだ。
「食えッ!!」
 おっさんがぼくの手を強引に持って、フクロウの足をぼくの口に近づけた。
「う……うぐっ!」
 ぼくは全力で食べるのを抵抗するが、おっさんの力が強すぎてフクロウの足が口の中に入ってしまった。
「ハハ、そうだ。食え! ……お! お前もう鼻血が止まってるじゃねぇか? ビール買いにいってこいよ」
 さっき抵抗したときに手を鼻から離してしまった。血が止まっていることがおっさんに気づかれてしまう。
 ぼくは後ろを向いてフクロウの足を吐き出した。口に入れた感触がまだ中に残っている。すぐに口をゆすぎたかった。
「ビール、買いに行ってきます」
「おう、高いビールな。発泡酒とか買ってきたら殺すからな。十五分で戻ってこい。つまみも買ってこいよ。そうだな、唐揚げと……カルパスな。肉のやつだ、わかるな? あと弁当も買ってきてくれ。適当なのを三つぐらい。金はないからお前の金で買ってこい」
 ぼくは外に出ようとした。おっさんが逃げる様子はない。今までの感じからして、物盗りではなさそうだ。ただ家に居座ってビールを飲むこと。それだけが目的なのか?
 早いところここから離れたほうがいい。そのときだった。
 ピンポーン……。
 やった。警察? どれほどこのときを待ったことか。これで助かるんだ!
 ぼくは小走りで玄関に出た。
「宮崎さんですね?」
「そうです。電話したのはぼくです。助かりました。ありがとうございます。イカレたおっさんが家の中に勝手に入ってぼくを殴ったり、ビールを買いに行かされたり……あいつはフクロウをまるごと食べたんです!」
「フクロウを? ……もう大丈夫ですから。ちょっとそこで待っていて下さい」
 警察官は二人いた。二人とも若いが、体のガッシリした頼もしい人たちだった。いくらおっさんが強くても警察官に敵うわけない。
 千依がぼくの近くに寄ってくる。彼女の無事な姿を見て、ぼくはホッとしたんだ。これで助かるんだと。
「お兄ちゃん。大丈夫だった?」
「あぁ、大丈夫だよ。言われた通りに警察の人を家まで誘導してくれたんだな。ありがとう」

 警察官が家の中に入った。
「おじさーん! いるんでしょー! どこですかー?」
 ぼくはその様子を遠くから見ていた。すると、おっさんが居間からずかずかとやってきたのだ。彼はかなり不機嫌な顔をしていた。
「あぁーん なんだ、おめぇは?」
「警察です。あなた、ここの家とはなにも関係ない人でしょう? どういう理由があってこの家に入ったんですか?」
「理由なんてねぇよ。ちょっと仕事が面倒になったんで、気晴らしにフラッと立ち寄っただけだ。悪いか?」
「……ちょっと、交番まで来てもらおうか?」
「嫌だ! 俺はここでビールを飲むんだ。ここのガキんちょがビールを買いにいったと思うんだが、ちょいと悪いけどそこらへんをちょっと見てきてくれねぇか? いたら言ってやってくれよ。早く俺のとこにビール持ってこいってな。でないとまたぶん殴るぞって」
「いいから。ついてきなさい」
 話が通じ合わないので警察の人がとうとうおっさんの腕を引っ張った。すると、
「――ちょいっと」
 おっさんが指で軽く警官の腕を弾く。警官の腕から勢いよく血が噴き出た。
「あ……ああぁぁ―――――――ッッ!!!!」
「勝手に俺の体に触んじゃねぇよ」
 ……なにをしたのだろう。
 遠くから見ていたぼくは、おっさんがほんのちょっと指で弾いただけにしか見えなかった。
「あぁっ!!!! こいつ……ッ! なにをしたぁ???」
 警官は負傷した腕を押さえ、必死に止血しようとする。だがこの出血量。すぐにでも救急車を呼ばないと助からないんじゃないか。
「ただのデコピンだよ。手首だったがな。今度はデコにしてやろう。そら!」
 おっさんの指が今度は警官のデコを弾いた。
 天井に大量の血が飛び散り、警官は後ろに倒れた。警官の額はえぐられている。中は真っ黒で血が止まることなく溢れていた。
 ぼくは自分の背中で千依にこの光景を見せないようにした。
「後ろだ……千依、後ろに行ってて」
 もう一人の警官がこの異常事態に気づき、警棒を振りかざす。だがすぐにそれをしまい、拳銃を取り出した。おそらく警棒だけでは歯が立たないと思ったのだろう。素手であんなことができるなんて普通では考えられないことだ。
「来るなっ!」
「来るな? ……お前さんらが勝手に入ったんだろう、この家に」
「ここはあんたの家じゃない。あんた、誰なんだ?」
「どいつもこいつも……お前らこそなんだ? こんなダンディーなおじさまに薄情な真似をすると罰が当たるってもんだ。いやはや、なんと心寂しい人間たちよのぉ」
 警官の腕は震えていた。
 ぼくは警官の後ろにいたからその表情はわからなかったが、声やその震え方を見ただけでどんな顔をしているのかがわかる。
 銃口を向けてもまったく動じない謎の男。そんな男を目の前にして恐怖と絶望が混じり、まるで未知の生物に対面しているようなどうしようもない気分だろう。
「ふぅんん~……!!!」
 おっさんがいきなり唸りだす。それに全身が震えている。一見、苦しそうにも見えた。さっき食べたフクロウで腹でも壊したのか?
「岩砕き、骸崩す、地に潜む者たち。集いて赤き炎となれ」
 おっさんが呟くと警官がすごい勢いで燃え始めた。
「ぎぃやあぁぁ~ッッ!!」
 なんとか自分の体についた火を消そうと床の上を転がるが、火は一向に消える気配がない。まるで石油でもかけられたかのように燃えていた。
 もうピクリとも動かなくなった。その後、不思議なことに火は勝手に消えた。
 そこにはほとんど原形をとどめていない、黒くなった警官官がいた。
「お兄……ちゃ」
「見るなっ!」
 最悪だ……夢であってほしい。こんなことがまだ続くのか? 初めのときから状況はまるっきり変わっていなかった。
「ま、いいじゃねぇか。こんなもん見てもただの黒い消し炭のようにしか見えねぇよ。……そういやお前、名前は? まだ聞いていなかったな」
 名前を言っていいものなのか。ここで名乗ると一生こいつに、つきまとわれるような気がした。
「おい、名前だっての。いい加減にしねぇとお前も焼き殺すぞ」
「ぼくは、宮崎広造です」
「宮崎……広造か。なるほど。じゃあ広造だな。で、嬢ちゃんは?」
「…………」
「嬢ちゃんはって聞いてんだ? お前、まだ自分の置かれた立場がわかってねぇみてぇだな」
「千依です。宮崎千依」
 千依がぼくの後ろから顔を横に出して言った。
「ほう、そーか、そーか。うん、わかった。互いに名前で呼び合うのが礼儀ってもんだ。礼儀は欠かしちゃあーいかんよな?」
 こいつが礼儀だと? よく言う……。
 今、ぼくのすべきことはこいつのご機嫌を取り、逃げ出す隙を見つけること。そして少しでも多くの情報を知ることだ。
「よかったらおじさんの名前も教えていただけませんか?」
「そうか、まだ言ってなかったな。悪い悪い、確かに名前も知らないモンが突然、家に押しかけてきたら警戒するわな。そりゃ当然だ。こっちが悪かった! ……俺は、神だ」