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サイコー君のくま父さん

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『大泥棒』 その1

第一章 大泥棒ジェダ

  1 職業は泥棒

 一八三〇年代、この国もようやく産業革命の時代になった。
 王の代わりに力を持ったのは、お金と生産手段を持つブルジョワジー(資本家階級)だった。彼らは多くの貧しい人たちを雇って働かせた。
 当時の労働条件はとても悪く、もちろん週休二日制もなく、労働時間に制限もなく、早朝多くの人は生活のために、悪い条件でも働くしかなかった。
 当然、働かなければ死が待っている。
 その結果、ブルジョワはどんどんお金持ちになり、貧乏人はどんどん貧乏になっていったのだ。
 貧しい者は夢見ている。いつか、金持ちになってやると。
 そう考えているうちはいい。だが、やがて現実を知り、それがいかに難しいのかがわかる。そのとき、人は生きる希望をなくし、死んだように生きるしか道はなくなるのだ。
 俺はそんな人生、嫌だ。
 俺は変わってやるぞ。金持ちになって、このどうしようもない世の中を変えてやる。そのためなら手段を選ばない。

 ここらの地方は年間を通じて気温の変化はあまりない。
 冬も比較的温かく、夏は涼しかった。
 歓楽場には高級な仕立屋、宝石店、装飾品店、時計屋、書店、カフェ、レストランなどが並んでいる。
 店内の壁はきれいな模様の装飾が施されてあった。床には美しいペルシャ絨毯が敷いてある。
 客は身分が高そうな人間ばかりだ。
 ……どいつも上品な帽子をかぶり、きれいな上着に、艶のいいズボンを履いている。
 一方、俺は古着屋で買った古い上着にズボン、長靴だ。明らかにこの店では場違いだった。
 店の人間が俺のことをジロジロ見やがる。
 ……俺がこんな高級な店にいてるのはおかしいかい?
 お前ら、金持ちはそうやっていつも貧乏人を卑下するものだ。
 構わねえ! 俺はそういう奴らが大嫌いだが、利用できるという面では大好きだ!
 
ルーシーにもらったこいつが……どこまで通用するかな」
 俺は大きな布袋を床に置いた。すると、勢いよくそこから飛び出した。……大ネズミがな。
「きゃあっ」
「うわっ! なんだぁー?」
 くく、店中パニックになってるな。
 そうだ、今俺が放したネズミは異常種。普通のサイズの五倍はある。
 そんなサイズのネズミが十匹も店のあちこちを回るんだ。そりゃあ、びびっちまうわな。
「はいはい、ちょっとごめんよぉ~」
 俺は店の中のネズミを踏みつぶした。
 一匹……そしてもう一匹。
 調子に乗った俺はカウンターの中にまで入った。
 ……いた。そこにも一匹、ネズミちゃんが。
 ネズミはコレラを運ぶからな。誰でも嫌がるってもんだ。
 ……そう、コレラは恐ろしい。
 へっ、何を思い出してんだ。
 仕事だ、仕事!
 俺はネズミちゃんを踏み殺さなければいけないのよ~ん。

 ――それから約十分がたった。
「……よし! まあこんなもんだろう。おい、ここの店長はいるか?」
「あ、はい……」
 初老の男がやってきた。店の責任者。
「とんだ災難だったな。まさかこんな大きなネズミが店で暴れまわるなんて」
「あ……あんたは誰だ?」
「俺か? ……俺の名前はジャンだ」
「ジャン……その、これは一体?」
「おい! 俺はお前の店でネズミ退治をしてやった。それも無償で! 何か言うことがないのか?」
「や……すみません。ありがとうございました」
「……よーし、ならいい。俺はその言葉が聞きたかったんだ。……別に俺はネズミ退治の専門家じゃねえ。たまたまだ。たまたま、通りかかった店の前でお前さんらが慌てふためいていたから助けてやったまでよ! ……じゃあな、こいつはいるかい?」
 俺はネズミの死がいが十一匹入った布袋を店主の前に突きだした。
「い、いえっ……いりません!」
「いりませんじゃねえよ。こんなもん俺もいらねえっ! ……だが、仕方ねえ。ついでに、捨ててきてやるぜ。こんな親切な男、いやしねえよ」
「あ、ありがとうございます……」
「おう。……店は繁盛、いいねえ。客は上層のブルジョワかい? そんなに儲けてんならよ、少しは貧しい人間たちに施しでもしてやれよ。金持ちってのは皆、ケチくせえな!」
 そう言って、俺は布袋を肩に担いで店を出た。

「……重い。このサイズ、やっぱり巨大だ。ルーシーの野郎、こんな動物実験の失敗体なんかよく手に入ったもんだよ。おかげで仕事がはかどる、はかどる♪」
 俺は人目につかないところに行き、布袋からネズミの死がいを取り出した。
 この中に一匹だけ、大きな宝石がついた指輪を腹の中に隠しているネズミがいる。
 ま、俺が予め殺して臓物を全て抜き取ったネズミだ。
 つまり、布袋に入ってあったネズミは十一匹。そのうち、一匹はすでに死んでいた。
 誰もネズミの死体に指輪が入ってるなんて思わねえ。店の出口から堂々と奪いとってやったぜ。

 ……俺はジェダ。大泥棒ジェダだ。
 別に毎回、ネズミを使って盗みをやってるわけじゃないがな。同じ手口だと不審に思われてバレちまう。
「くっく、ありがとな。お前ら十一匹の命は無駄にしないよ。……お前らの場合は自業自得かもしれんがな」
「――ちょっと兄さん、待ちなよ」
「あん……?」
 なんだ……悪そうなツラした男が五人……囲まれているな。気づかなかった、俺としたことが。
 仕事が済んでちょっと気が抜けたか。
 しかし、こいつら、俺に何の用だ? ……まさか。
「あんた、何してる?」
「何してるだぁ……お前らは見てなかったかもしれねえがな、俺はついさっき、歓楽場の宝石店で……」
「見てたよ。……その上で聞いている。あんた、何してんだ?」
「……ネズミの死がいの処理だ」
「そこは死がい置き場じゃねえ」
「ちょっと休憩しただけだ。重くて疲れたからな。すぐ出発するよ。……ここの近所のもんか? なら、悪かったよ」
「俺たちは用心棒みたいなもんだ……お前の言った宝石店のな」
 ……バレちまったか?
 いけると思ったんだがな、見てる奴は見てるわ。
 俺はこうまで手の込んだ仕掛けをしたんだ。気持ち悪いネズミまで運んで。
 当然、このまま指輪を諦めることはしない。となると……戦闘になるな。

「そのネズミの死がい、全部改めさせてもらう。……いいな?」
「いや……」
「何っ!」
「調べる必要もねえよ。大体、気持ち悪いぜ。死んだネズミの体をいじくるなんてよ。……お前らの目当てはこの指輪だろ?」
 俺は五人に指輪が見えるようにして言った。
「あ! お前……やっぱり!」
「大したもんだよ、てめーら。よく俺の盗みを見破った。それに免じて、無傷で帰してやろう。ラッキーだったな。これからは町で俺を見かけても、こういった真似はするな。さ、道をあけろ」
「はぁ? ……バカか、こいつは。誰が無傷で帰すと言った?」
「俺がお前らを無傷で帰してやる……そう言ったはずだが?」
「この野郎、とことんなめやがって! ぶっ殺すぞ!!」
 男たち五人がいっせいにかかってきた。
 ……もうネズミの死がいや布袋は必要ない。ここで捨てていく。
 俺は素早く指輪を腰掛け鞄の中にしまい、その場で一気に屈んだ。……それも膝の位置より低くだ。
「あ……消えた。え?」
 俺を囲んでいた男たちが一斉に声を上げる。
 視界の中から相手が完全にいなくなり、こいつらはまるで俺が消えたかのように見えたのだろう。
 俺はそのまま地を這うようにして、男たちの間を通り抜けた。
「いや、いた……な、何て奴だ。まるで……蛇のようだ!」
 男たちが数秒後、口を揃えて言った。
「追え、追うんだー!」
「ダメダメ。おっさんらの足じゃあ、俺に追いつくことはできん……万が一、追いついたら死ぬことになるぜ。ここは素直に引き返しな。そのネズミの死がいだったらくれてやるからよぉ」
 俺は一瞬にして体勢を整え、そのまま走って逃げた。
 こいつらは俺に全く触れられることができない。足には自信がある。馬でもない限り、人間が俺に走って追いつくなんて不可能だ。
「この、泥棒がぁー!」
 確かに! 俺は泥棒だ。
 この店からでかい宝石がついた指輪を盗んでやった。
 でも、盗んだ宝石はたった一つだけだ。ケチケチ言うなよ。どうせこんなの、そこそこ値が張るだけの石ころだぜ。

 ――俺は泥棒をして盗んだ物を現金に換えて生計を立てている。
 世の中は間抜けな人間だらけだ。生活に必要な金なんて、こいつらから奪い取ったら済むだけの話だ。そっちの方が簡単で儲かる。だから俺は泥棒をする。
 そのために幼少の頃から泥棒に必要な訓練を受け、誰からでも逃げきれる技術は身につけている。
 他にも贋作を作る技術、贋作を見抜く技術、格闘術、ナイフ術……どれも超一級品だぜ。美術品や骨董の知識もある。これだけ揃えばただの泥棒じゃない、大泥棒だ。
 
 ……宝石店から三キロほど走ったところで俺は足を止めた……そして後ろを確認する。
「誰も追いかけては……来ないな」
 息切れすらしていない。今回の盗みは楽だった。
 今日の空は青々と晴れ、澄み渡っていた。穏やかな陽気が心地よい。
「いらんかぁ~? 魚はいらんかぁ~? 新鮮でおいしいた~くさんの魚やぁー!」
 おっと、呼売り(よびうり)人だ。……この町じゃあ男女の呼売り人が、かん高くつき通すような声を響かせている。
 屋根の上をとび越えて、彼らの力いっぱいの売り声が聞こえてくる。
 魚売り以外にも野菜売り、兎の皮屋、屑鉄屋、水売り、古帽子売り……など売っているものは様々。
 皆、高く引き裂くような声を出して競い合い、その品物を売っていた。
 貧しい人間が自分の算段でこの国で生きていこうとする場合、最も簡単にやれる商売が呼売りであることは今でも変わりないな。
「そこのお兄さん、買っていかんかね? 焼いて食ったら、うんまいよー、このお魚。一匹どうね?」
「いや、遠慮しとくよ。今は腹がいっぱいなんだ」
「なら、今晩の夕飯のおかずにするといい。十ゴルでどうだい?」
「いや……まいったな。実は同業の者なんだ。今は手にしてないが、魚だったらいくらでも手に入る。……どうだい、ばあさん。俺のとこでとった魚、買わねえか? 脂が乗っててうまいぞ」
「なんね、同業のもんかい。じゃったら帰んな。魚売りが他のとこで魚買ってどうなる?」
「はは、また頼むよ。じゃあ……」

 ……ふぅ、一度捕まったらなかなか逃げられないな。
 まだ泥棒で追っかけられる方が逃げやすいよ。
 活気があるのはいいことだ。この土地は賑わっている。
 俺が子どものときはこんな光景、見たことがなかったからな。そう思えば平和になったものだ。

 さて、奪ってやった宝石をルーシーの店で売り捌くか。
 ルーシーとは俺の悪友のこと。
 珍品屋ルーシーでなら、盗品でも高く買い取ってくれる。
 ここからだと少し距離が離れすぎている。
 俺は辺りを見回し、宿駅で辻馬車を見つけた。
 そして軽く、御者と馬を観察した。
 ……なるほど。こいつぁ、人の良さそうな顔をしている。
 歳は四十を超えているだろう。恰幅のいい男だった。身なりもそれなりに整っており、見た目なところ、まず悪人ではない。
 馬は頭と腹が大きく、首は太くはないが、胸は広くて尻が大きい。脚は細いが足先は丈夫そうだった。
「……旦那、乗るんですかい?」
「ああ、ノースデンまで頼む」
「ノースデンまでですか……それならここからだと、四十キロってところですね。……二十ゴルを前払いでいただきたいのですが?」
「ああ、構わないよ」
 中にはふっかける御者もいるんだが、今回はまともな御者でよかった。
 俺は二十ゴルをこのオヤジに渡してやった。
 金を前払いにすることは決して珍しいことではない。なにせ、今の時代は多くの者が飢えている時代だ。
 馬に乗っても料金を払わない不届き者もいる。
 だが、それはまだマシな方でもっとひどい場合だと御者を脅し、金品を奪う者もいるときやがる。
 馬車の移動速歩はおよそ時速十キロ。つまり、ノースデンまでは四時間かかる。
「俺は寝るぜ。町に着いたら起こしてくれ」
「へい」
 馬車に乗っている間は他にやることもない。
 四時間もあるからな。いざというときのためにも体力を回復しておく必要があった。
 馬車の揺れは多少あったが、俺はそれを気にもせず眠りについた。
 
 ――しばらくして、周りが騒がしくなるのに気づく。
 ガシャ、ガシャ……。ガシャ、ガシャ……。
 ……何かあったのか?
 俺はもう少し寝たかったが、騒ぎが気になったので目を開けた。
 すると馬車の周りに、複数の騎馬憲兵が俺を取り囲んでいるではないか。
「だっ、旦那……これは一体?」
 ちっ! さっきの宝石屋め、憲兵にチクリやがったな。何人……三人か。
 たった三人で俺が捕まえられると思っているのか。
「そこのお前! 今すぐに降りろ!」
 憲兵が俺の方を向いて怒鳴った。
 御者は何のことだかわからないように慌てている。
 それはそうだ。こんな憲兵らに囲まれるなんていうのは、なかなかできない体験だからな。
「やれやれ、出発してから何キロぐらい進んだ?」
「へえ、もう三十キロは進んだものかと……」
 すると出発して三時間ぐらいたったのか。目的地まであと約十キロだった。
 ……まあ、いいか。それぐらいの距離なら俺の足で行ってやる。
「さっさと止まらないか!」
 なかなか止まろうとしない馬車の様子に我慢ができなくなり、一人の憲兵が御者に怒鳴った。
「ひっ……!」
 御者が思わず馬を止めた。
 寝起きの運動には申し分ない。軽くこいつらを撒いてやるか。
「おい、残り十キロ分はチップだ。もう帰っていいぞ」
 俺はそう言って、馬車から降りようとする。
「へえ……旦那はどうするんですかい?」
「俺か? 俺は……逃げる!」
 俺は馬車から飛び出し、猛烈なスピードで憲兵から逃げる。
「ま、待てー!」
 単純に考えて、人間が馬より速く走れるわけがない。だがすぐ隣には林があった。
 ちょっと走り方を工夫すれば、例え馬といえども俺に追いつくはできない。
 俺はあらゆる場所、あらゆる状態の上で逃げきる訓練をしてきた。それが崖でも、雨で地面がぬかるんでいても……。
 俺がすぐ横にある林に入ると、憲兵が乗る馬もそれに続いた。しかし、差は縮まるどころか、広がる一方だった。
「すばしっこい奴め!」
 俺を追っている憲兵がそう呟いたのが聞こえた。
 実際、俺はすばしっこかった。
 直線を走り抜ける力も人並み以上にあったが、真骨頂は横と縦の移動。
 それに足場も悪いし、障害物による死角も多い。追手を撒こうと思えば、このような林は絶好の場所だった。

 さらに林の中を進んで行くと、目の前にはノースデン市門があった。
 そこで俺はさっさと自分のパスポートを見せ、ノースデン市内に入った。
 ……一応、ルーシーからいただいた偽装(ジャン)のパスポートもあるがな。
 さっきの騎馬憲兵が先回りしているかもしれないと一応警戒はしたものの、そういった様子は一切なかった。
 おそらくまだ、林の中で俺を探しているのだろう。
 俺は近くで辻馬車に乗り、二十分ほど町の中を走った。そして町の広場に着いたところで馬車から降りることにした。