サイコー君のくま父さん

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『神の子』 その1

第一章 突然の訪問者

  1 復讐のために生きる女

 広く平坦な白い地面。そこに十六歳になったマーラが堂々と立っていた。
 悠然とした振る舞い。近づけば斬られるような張り詰めた空気が漂っていた。それはマーラの間合いともいえる。
 戦闘の素人だってわかる。彼女が只者ではないということ。わずか十六歳にしてこの域までに達したのは彼女が天才だということを証明している。
 長い髪を後ろで束ねているが、それはファッションを目的としたものではない。背後からの攻撃の際、髪が首を守る役目を果たしているのだ。
 パワードスーツと呼ばれる特殊な生地を使った服は薄い鎧のようだった。体の動かしやすさ、素材の耐久性。さらには世界の術者と謳われた百々山の強化術を併用することで、今やマーラに勝てる人間など一人もいない。
 黒のパワードスーツは体のシルエットがはっきりとわかった。彼女は寝る以外、これを着ていた。
 マーラが息吹く。……空気が震えるようだな。俺は彼女のはるか上。二階のモニター室でこの様子を見ていた。マイクを使ってマーラと会話をする。
『マーラ、準備はいいか?』
 彼女は答える代わりに小さく頷いた。
「よし、じゃあ放せ」
 俺は研究スタッフにライオンを檻から出すよう指示をした。するとマーラの前後にある二か所の扉が開かれた。ライオンが出てくる。
 一見、マーラには逃げ場がない。だがライオンなど神に比べたらチンケな生き物だ。こんな動物にやられるようではまるでダメだ。彼女にとってはウォーミングアップにすぎなかった。
 マーラがライオンと闘って初めて勝利したのは九歳の頃だ。
 ライオンという動物は力も強く、爪や牙も大きい。アフリカ大陸では彼らの右に出る肉食動物は存在しない。
 しかし、そんな彼らでも主に相手とするのは体重五百五十キログラムまでの獲物だけで、それより大きなものは逆に返り討ちに遭う危険性がある。
 ちなみにオスはメスと比べものにならないぐらい強い。複数のメスライオンが倒せない動物をたった一匹のオスライオンが一撃で倒すこともある。……もちろん、用意したライオンは二頭ともオスだ。
 こいつらにはしばらくの間、エサを与えていない。ライオンはマーラを見て、すぐにそれがエサであると判断した。もはや食えるものならなんでもいいのだろう。飢えたライオンはとても凶暴になる。食わないと誰だって死んでしまうからな。命懸けというのは人間も動物に真剣にさせるものだ。
 彼らは大きな爪と牙を俺たちに見せた。普通の人間が襲われたら間違いなく死ぬだろう。
 二頭のライオンが同時にマーラに襲いかかる。マーラはライオンを十分に引きつけて、高く飛び上がった。
「高いな……跳躍力がまた伸びたのかもしれない」
 ライオンはマーラの姿を見失う。このときマーラは上空およそ八メートルの高さにいた。彼女はそのまま落下すると一頭のライオンの頭に肘を下ろした。ライオンの額はパックリと割れ、噴水のように血が噴き出す。
 ライオンはそのままぐったりと倒れた。たった一撃でマーラはライオンを倒す。ライオンに爪や牙のような武器があるように人間にも生まれたときから武器を持っている。マーラにとっては拳や脚、肘や膝だ。ほぼ全身が武器。
 もう一頭のライオンがマーラに飛びかかった。それを彼女は軽くかわす。
 正面からライオンを迎え撃つ気か。……だが、このままライオンを倒しても大した意味はない。これではウォーミングアップにすらなっていなかった。もう少しハードルを上げる必要があるな。
『マーラ……待て』
 マーラは俺の声を聞いてこちらを振り向いた。
「プロフェッサー、なにか?」
『そのままあっさり殺すんじゃない。召喚術で決めるんだ』
 マーラは集中する。ライオンが襲いかかることにも注意を払った。
 召喚術――それがマーラの切り札だ。
「人間の生命や精神の源よ。肉体および精神活動をつかさどる人格的な実在……。五感的感覚による認識を超えた永遠不滅の存在……宮崎千依!」
 マーラが唱えると彼女の正面が薄っすらと光る。そこから眩しく輝く女性の姿が現れた。
 俺はこの女性を知っている。今は幽体だが共に暮らし、長い間家族だった。……宮崎千依。紛れもない俺の妹だ。

 千依の体は死んだときのままのサイズだった。全身が白く、表情は固い。俺が声をかけても虚ろな感じだ。
もちろんこれは召喚というだけで千依が生き返ったわけではない。術者の力量が完成度を決めた。
 千依は両手に槍を持っている。自分のサイズよりはるかに大きいものだ。これを軽々と操る。初めは拙い動きだったが術者がレベルアップすることで、霊体のパワーも格段にアップした。これはもう実戦で取り入れられる精度だ。
 千依は宙を低く、そして速く飛び、持っている槍をライオンの額に突き刺した。
「ウオォォー……」
 大きくて低いライオンの鳴き声。血を流し、そのまま崩れるように倒れた。
 ……ライオンなんかではマーラの力は計れないな。
『――そこまでだ』
「はい。ありがとうございます」
 千依は俺を少し見て、フッと消えた。
 召喚術は異次元の世界に潜む何者かに請願し、一時的に自分がその者を従者とするものだ。
 すべてが試行錯誤だった。研究者たちは何度もマーラの細かいデータを取った。足りないものは何か? 必要なものは何か?
 未知なる世界への挑戦。まるで雲を掴むような話。研究者たちの努力がなければ今のマーラは存在しない。長い歳月をかけ研究に研究を重ね、ようやく千依の霊を召喚することに成功した。
 通常の物理攻撃では神にダメージを与えることができない。なら霊魂での攻撃ならどうだ?
 マーラにはあらゆる可能性に賭けて、幅広いジャンルの訓練を受けさせた。氷を作り出し、先端を尖らせてみてはどうか? 風を操って移動速度を向上させることはできないか? その結果、数多くのことができるようになった。
 
 訓練が終わり、データをまとめたあとだった。マーラは部屋に戻って休んでいる。俺は彼女の部屋を訪れた。
 ドアから少し離れたところにインターホンがある。壁には小さなモニターがはめ込んであった。モニターにマーラの顔が映る。
「俺だ。開けろ」
「はい、今開けます」
 部屋には生活に必要なものしか置いていない。漫画やゲーム、そういった今時の女の子が好むようなものは何もなかった。
 ケータイ電話を持たせているが、主に俺が訓練で呼び出すために使うものだった。
「どうぞ……」
 マーラが部屋の中から出てきた。
「話はすぐ終わる。残りは一週間。時間がない」
 マーラの部屋の中に入った。少し歩いて部屋の中央にある、赤いソファに腰を掛ける。彼女はソファから一メートルほど離れた椅子に座った。
「体の具合はどうだ?」
「特に問題ありません……健康です」
「そろそろ作戦実行のときだ。それまで万全な体制にしておいてくれ。くれぐれもつまらないケガなどはするな」
「はい」
「もう一度確認するが一週間後、俺たちは血のつながり上ではお前の父にあたる神を殺しにかかる。わかっているな?」
「はい。わたしの父は母にひどい目に遭わせましたから」
「そうだ。だが勘違いするな。復讐だけが目的ではない。奴の傍若無人な振る舞いからして、またいつ被害者が出るかもしれない。それを防ぐために俺たちは闘うのだ。事前に被害を食い止める。お前は最後まで俺に力を貸してくれるな?」
「はい……すみません」
 すみませんというのは、自分の父が周囲の人間に迷惑をかけたことに対して娘である自分が代わりに謝罪した、といったところか。
 まさか神もマーラが誕生し、ここまで強くなることは想定していないだろう。神の子は特別な力を持つことができる。おそらく神はそれを知っていた。だから人間界を去るときに家ごと焼失させようとした。
 今、奴は俺たちの存在に気づいていない。復讐を考えている人間がいるなんて夢にも思わないだろう。だから油断しているはずだ。
 あの日から十六年がたったが、ようやく復讐することができる。準備が整った。
「これから一週間、訓練は比較的軽いものにしよう。イメージトレーニングに重点を置くんだ」
「了解しました」
「もし、神を倒したとする。そしたらお前はどうしたい? 十六年も訓練に付き合わせてきたな。残りの人生ぐらいお前の好きなようにさせたいと思っている。一般の高校に通うか? 友達というものを知らないだろう。いいものだ、友だちは。悩み事があったら相談できるし、力になってくれる。一緒に困難に立ち向かってくれるはずだ」
「プロフェッサーとどう違うんですか?」
「ん……?」
「プロフェッサーもそう。わたしが悩んだとき、今のようにこうして相談に乗ってくれる。力になってくる。一緒に困難に立ち向かってくれる」
「……下らないな。いや、そもそも俺の言ったことが下らないか。意味のない話をした。忘れろ」
「わたしは……例え父を殺したとしても、プロフェッサーと一緒にいたいです。ダメですか?」
「なにを言ってるんだ? 俺はお前を神を倒す道具でしか見ていない。そんなつもりで言ったつもりじゃない。……明日はいつも通り九時に起床だ。基礎トレーニングとイメージトレーニング。それに作戦会議にも出てもらう。いいな?」
「はい……」
 俺もおかしいな。皆が不安になってきている。もうすぐ本番だ。緊張するのも無理はない。もし勝てたら……そんなこと今考えることではないな。目の前にあることを集中しないと。
 マーラの緊張を和らげるつもりだったが裏目に出てしまったか。たまに器用なことをしようとするとこうなってしまう。

 翌日。
 ……空が明るかった。なにも悩み事がなければ清々しい朝などと思っていたんだろうな。
 あの日もこんな晴れの日だった。俺が学校から帰ったらあいつが家にいた。思い出すだけで吐き気がする。あれさえなければ俺の人生はまったく別ものだった。千依や茜さんもまだ当然生きている。
 千依が生きていたら二十五歳ぐらいになるのか。結婚していてもおかしくない年齢だ。……どうして今こんなことを考える? 気が緩んでいる証拠だ。もう神に勝った気でいるのか? まだ闘ってもいない。相手はあの神だ。あの恐ろしい過去を思い出せ!
 ――ガンッ!
 抑えきれない苛立ちをぶつけるかのように、俺は左手で壁を殴った。左手は温もりを失った作られた腕だ。……俺の体もこんなふうにはなっていなかったはずだ。
 思いにふけってつい時間を忘れてしまった。そんなとき電話がかかってくる。
 プルルルル、プルルルル……。
「……父さんか。すまない。少しな……あぁ、問題ない。すぐに行く」
 電話は父からだった。すでに会議に参加するメンツは集まっているらしい。あとは俺だけだった。
 俺は会議室まで誰とも会うことはなかった。研究所の隅にある極秘の会議室。入れるのは限られた人間しか許されない。別名、隠れ部屋とも言う。
 大きなドアを開けた。四角いテーブルを囲んで椅子が九脚。一番奥には父が座っている。ここの指揮官だ。
 テーブルを挟むようにして左右に四脚ずつ椅子があった。残った空席が俺の座る椅子か。
「……少し遅れてしまった。始めてくれ」
 俺の右隣りにはマーラがいる。左には同じ研究所のとりわけ優秀なスタッフだ。
「さて、残るところあと一週間を切ってしまった。作戦に変更はないが、もう一度確認しておこう。よろしいね?」
 作戦。決行日は今日から六日後。
 内容として、まず神が人間界に現れなければ話にならない。それには一体どうするか?
 神が俺の家に入り、その悪行の数々を映像化したものを作成した。それを全世界で流す。その結果、世界は騒ぎ出すだろう。初めはそんな話あるものかと疑う者ばかりだろうがな。だが何度も同じ映像を流すことにより、その信憑性を本人たちに考えさせる。……神が疑われる。
 神に不満を抱く者は多くなるはずだ。そんな事態を好ましくないと思う者がいる。……神だ。神がいる世界――そこを仮に天界と呼ぶ。
 前に神は天使がうるさいなど、確かそんなことを言っていた。もう十六年も前のことなのでその記憶は多少曖昧だったが。
 神は人間界で自分を悪く言われることに気を良くしないはずだ。もしかしたら天使と揉めるかもしれない。完全なイメージダウンだ。
 悪行の数々はすべて本当のこと。ウソなどなにもない。よって神は現れる。そう信じたい。もし神が人間界に現れるとしたら、映像を流した発信源であるこの研究所だ。
 奴は雲になることさえできる。ここの施設の機材をフルに使えば空間の歪や温度の小さな変化などを読み取ることができる。
 その変化が異常なものであれば間違いなく、それは神。神を発見できればすぐに部屋に閉じ込める。だが、その程度のものではすぐに破られてしまうだろう。相手は神だ。
 人間が作ったものなどで防げるはずがない。あらゆる手段をもってして脱出を試みるだろう。だがそれも予想の範囲内だ。……ここからが本番。攻略の鍵となるマーラを投入する。
 マーラは霊魂の千依を召喚する。火、水、雷といった攻撃方法もできるので、マーラ自身も闘いに参加する。
 術の内容が高度になるほど詠唱時間は長くなる。そこは千依と協力し、いかに隙をなくすかが課題になる。
 ――以上、闘いに参加する人間はマーラ一人。他の研究スタッフは全員サポートに回る。
 自衛隊の協力も考えたが相手が神の場合、それほど期待はできなかった。欲しい人材は人間ではない。神に対抗できる存在。
 
「――宮崎指揮官っ!」
「なんですか? ……えっと、あなたは?」
「榎本です。前に何度かお会いしたでしょう。共明新党党首の榎本です。お忘れですか?」
「すまない。必要でないことは覚えないようにしている」
「バッ、バカにしているのですか? わたしもこんな重要人物が集まらなければ、こんなところなど来たくはなかった!」
 ここに座っているメンツは各分野で超一級の人たちばかりだ。
 榎本の二つ横の椅子に座っている大統領もメンバーの一人。首相もいる。と言っても、俺や父はそれをまったく気にすることはない。どんな人間がここに来ようがそれに臆することはなかった。
 研究所内にある特別なボタンを一つ押すだけで、地球を破壊することもできた。
「宮崎指揮官。あなたたちは神がいるとか言っていますがそれって本当ですか? 一体どこの情報です?」
「息子からの情報だ」
「息子? ……宮崎プロフェッサーか」
 榎本が額にシワを刻み、小さく舌打ちをした。
「わたしは信じられないんですよ。だって神ですよ! そんな存在を簡単に信じられますか? 仮に神がいたとしましょう。だとしたら、なぜあえて神に逆らう必要がある? 神に背くというのは普通してはいけないことでしょう!」
「……以上かな?」
「はぁ? あぁ、そう。そうですよ! だからもうこの話は白紙でよろしいのではないですか? 指揮官」
「下らんな」
「そう、下らないですよ。すぐにこの計画を中止するべきです」
「いや、君の言っていることが下らんと言ったのだ。神はいる。神がわたしの娘を殺した。当時、隣に住んでいた女性も殺した。……いるんだ、神は。存在を信じていない君は知らないだけだ。そして神は残酷なことをする。その行為、もし人間だったらすぐに捕まるでしょうな。もしかしたら死刑になるかもしれない。だが神を取り締まるべき警察的組織が、今のところまったくないのです。これはいかん。何度も泣き寝入りすることは支配されていると同じですよ。場合によっては抵抗しなければ。なにをうろたえているのです。闘いましょう。世界を味方につけるのです。あなただけに責任を背負わせない。……わたしはね、どうしても仇をとりたいのですよ。わかるでしょう? 同じ人間なんですから。例えばあなたは自分の娘を殺した犯人を放っておけますか? すぐに捕まえて罰を与える。それが当たり前のことです。……もうよろしいですか?」
「いや、認めないね。認めない!」
 否定する理由はわかる。信憑性のない話。普通なら信じろと言っても信じられない内容だ。だがそんなことはこっちもわかっている。これ以上押し問答しても無駄だ。父もこんな話はもう限界だろう。
「榎本さん。ここは作戦会議をするところだ。神を攻撃することは決まっている。問題はどうやって神をおびき出すか。そして倒すかだ。……言っては悪いが、ここでのあなたの発言は的をはずしている。まるで話にならない。神への闘いに反対しているのなら席を外してもらってけっこうだ。出て行ってくれ!」
「くっ……!」
 榎本は苦い顔をして席に座った。
「……すみませんね、大統領。騒がしくて」
 翻訳者が父の言葉を話す。大統領はそれに頷いた。
「さて、少し話が脱線したな。……では、神を見つけたとする。そこからどうすればいいか? 切り札であるマーラをすぐに出すか? だったらマーラはどこに待機させておこうか? なにせ彼女がいなければ神殺しなどとても不可能だ。部屋の広さはどうする? 狭いところなら体が固まってしまうんじゃないか。寒さにも注意しなければならない。いざ戦闘のときに動きが鈍っては困る。石橋を叩いて渡れ、だ。場所や環境だけじゃない。時間も大切だ。何時から隠れたらいい? 食べ物にだって工夫しよう。待機中の食事はどうする? 寒ければ暖房をつけたらいいか? 使い捨てカイロを使えばどうだろう?」
 作戦内容がこと細かに煮詰まってくる。これは勝利の可能性を上げる意味で必要不可欠なことだった。
 
 そして会議が始まって三時間がたった。
「――以上で今日の作戦会議は終わりだ。では解散」
 会議が終わると一人の男がこちらに向かってやってきた。……首相か。
 牧谷条介――生まれた歳は一九四二年。日本の政治家、実業家。共明新党所属の衆議院議員。現在の内閣総理大臣である。
 襟元に毛皮がついた黒のロングコートに、斜めにかぶった黒のボルサリーノ帽を着こなす姿ははどこかのギャングのような雰囲気さえあった。
「よぉ、プロフェッサー。どうだい、神には勝てそうかい?」
「まだわからないな。そんな決まりきったことを聞いてどういうつもりだ?」
「はっは、こりゃ怖ぇ。……しかし、俺ぁ首相だぜ? なんで一般人の、しかも初対面のガキにタメ口利かれるんだ、あぁ?」
「無駄な話はしない主義だ。研究が忙しい。もっとしゃべりたいなら他の奴としゃべっておけ。俺は政治家でもなんでもない。神を倒そうとするだけの者だ」
 俺はこの男から離れようとした。――が、彼は後ろから俺の肩に手を置いた。
「待った! 待ってくれ。すまねぇ、ちょっと試しただけだ。どれぐらい肝が据わっている男なのかをな。で、わかった。あんた本気だな。本気で神の存在を信じ、倒そうとしている」
「そうだ。さっきからそう言っているじゃないか」
「俺もな、初めはそりゃあ信じていなかったよ。でも信じる! あんたとこうしてサシで話して信じたくなったよ」
「そうか。ならいい。俺は忙しいから戻るぞ」
「だから待ってくれって。日本の自衛隊が信用ねぇんだったらアメリカにでも頼めよ。なんだったら俺が頼んでやろうか? 俺ぁ、首相だ。これぐらいの要請はできる」
 自衛隊とは基本的に外部からの侵略に対し、国を防衛することを主たる任務としている。
 現在、自衛官の定員は陸上自衛隊十五万千六十三人。海上自衛隊四万五千五百十七人。航空自衛隊四万七千九十七人――合計二十四万七千百七十二人の自衛官がいる。
 戦力についてだが、主力戦車など兵器の能力(89式装甲戦闘車や96式装輪装甲車)は世界的にも一線級を維持している。
「どこの国であろうと似たようなものだ。軍隊よりももっと欲しい人材はいる。頼んでいいか?」
「あ? あぁ、言ってくれよ。そいつぁ誰だよ?」
「超能力者がいい。念じるだけで殺せる奴だ。用意できるか?」
「へ、へへ……ホント、イカれてやがる。だが神を殺すんだ。それぐらいでなけりゃあいけねぇよ。わかった! 一応探しておいてやるぜ。そんなぶっ飛んだ奴、いればいいんだがよぉ」
 正直期待はしていない。そんな奴らがいるならもう名乗り出ているはずだ。いろんなつては使った。それでもまだ探すそうと言うのなら妖怪の類でも探したほうが早そうだ。
 だが万一、そういう者が現れたとしてもマーラとの連携はどうする? 付け焼刃のコンビネーションなど神に通用するとは思えん。……が、榎本のように神殺しの計画を反対しているわけではない。一国の首相が我々の計画を承諾してくれたんだ。それだけで十分だ。
 プルルルルル、プルルルルル……。
 電話? 誰だからだ。
「――宮崎プロフェッサー、あなたを訪ねてきた人たちがいるんですが……お通ししてよろしいでしょうか?」
 受付の中田か。訪問者だと? そんなこと俺は聞いていない。アポなしか。
「相手は誰だ。時間を割いてまで会う価値のある人間か?」
「その……テレビ局の記者の方らしいです。で、あと怖そうな人が一人……」
 テレビ局? もう噂を聞きつけたか。確かにこんな田舎で高級車が何台も集まれば疑問に思うだろう。普通だったら会わずに追い出すのだが、神をおびき出す計画の一つに映像をテレビで流すという工程が含まれている。なんらかの形で役立つかもしれない。ここは少し相手をして恩を売っておくか。
「わかった。会いに行ってやろう。そこで待たせておけ」
「えっ? 会われるのですか?」
 変な声を出すものだ。そんなに意外か?
「ダメなのか。会ったら」
「いえ、そんなことは……ではそのようにお伝えしておきます」
「ついでにマーラも呼んでおけ。あいつがいたほうが話は早い。きっと取材かなにかだろう」

 研究所の入口まで行くと、そこにはスーツ姿の男。機材を持っている男。……それと二メートルを超す大男。こいつは道着姿だ。格闘家なのか? 大した腕には思えないが。とりあえずその三人がいた。
「待たせたな。お前らか? 俺に会いたいという者は」
「宮崎プロフェッサー? お待ちしていましたよ。わたくし、こういうものです」
 男が俺に見せたのは名刺。……やっぱりテレビ局の記者か。
「で、なにしに来た?」
「噂を小耳に挟んだのですが、あなたたちはとても大きな敵を相手に闘おうとしている。それも国を巻き込んでまで。相手は誰ですか? 海外? それとも……もしかして宇宙人とか?」
 最後のはバカにした言い方だった。だが、こっちは神がどうのこうの言っているんだ。宇宙人の存在も十分あり得る。
「残念だが宇宙人ではない。それに似た存在ではあるかもしれないがな」
「そうですか。クク、クック……」
 あぁ、こういう系統の人間か。会わないほうがよかったな。
「六年前、ここで百億もの賞金を賭けて格闘技大会を行ったという話も聞いたのですが?」
「格闘技ではない。武器も使用可能だ。殺し合いの大会だ。もう開くことはないと思う」
「そうなんですか? いやぁー、残念だな。せっかくとびっきりの選手をお連れしたんですけどねー」
 ……その後ろの奴か。試さなくてもわかる。彼は弱いよ。
「宮崎プロフェッサー。あなたは彼をご存知ですか? もちろん知っていますよね。彼こそ総合格闘技のチャンピオン、ウィ・リーです!」
「日本人じゃないのか。確かにでかいな」
「そうでしょう。テレビで観たことありますよね? 宇宙人だか神だか知らないですけど、ウィ・リーだったらどんな相手でも倒せると思いませんか?」
「ふふ、そんな楽だったら苦労しないよ」
「あー、言ったぁ。言いましたね。だとするとあなたたちにはウィ・リーより強い人間がいると。そう言いたいんですね?」
 話を早く打ち切りたいんだがな。思った通りのうざさだ。
「要はそいつとウチの者を闘わせたいんだろ? やってやるよ。その代わり死んでも文句は言うな」
「死ぬ? ウィ・リーがまさか死ぬ? ……はっは、ギャグセンスがおありのようだ。これはホント楽しい。はっは、はるばる遠くから来たかいがありましたよ。ひゃひゃひゃ!」
 俺は後ろのマーラに言った。
「こいつ、殺せ」
「ここでですか?」
「まあ別にいいだろ。構わんさ」
 だがマーラは躊躇した。……なるほど。すでにカメラは録画状態にある。さすがにこれを全国的に流すのはまずいか。神と闘う前に国民全員が俺たちの敵になると厄介だ。
 戦力ではこちらのほうがはるかに上回っているが研究所を破壊されては非常に困る。あくまでこいつらが望む試合形式でやってやるとするか。
「わかった。じゃあお前ら三人こっちにこい。訓練室に連れていってやる。よかったな、普通なら一般人には入れない場所だ」
 ちょっと散歩にでも行くかのような気持ちで訓練室に向かう。こんなに緊張感のない闘いも珍しいな。

 研究室に着くと、またこれで彼らは騒ぐ。まったく幼稚な奴らだ。
「へぇー、ここが訓練室ですか? で、相手はどこに?」
「ここだ、ここ。さっきからずっといただろう」
 俺は親指でマーラのほうをさした。
「へ? もしかしてお嬢ちゃんが? ……ウソ?」
「ウソじゃない。棄権しておくか? そっちのほうが利口だぞ」
「いやいやいやいや……それはないでしょ? あり得ないですよ、そんなの。だって相手は女の子ですよ?」
「人は外見によらないものだ。そんなこともわからないなんて、あんた人間として三流以下だな」
「ハッハ。こんな子、わたしだって倒せますよ。えぇ」
「お前が? ……やれやれ、無知もここまでくると泣きたくなるな。お前のお花畑の脳に同情する」
「そこまで言うんならやりましょう。……でも、泣いても知りませんからね」
 男はスーツを脱いだ。……本気でやる気なのか?
「わたしはね、こう見えて学生の頃はラグビー部だったんですよ。体力には自信があります」
「そうか。よかったな。だったらギリギリで死なないかもしれないな」
「そのお嬢さんがわたしに勝てると思うんだったらかかってきて下さいよ。さあっ! いつでも来いっ!」
 どう料理してやろうか……時間がもったいない。一瞬でいいだろう。死んだら不慮の事故という形で処理できるだろう。
「一瞬でいい。死んだとしたも事故死として見せかける。死因はこいつがバカだったことだ」
「了解しました、プロフェッサー」
 ――本当に一瞬で終わった。踏み込みからの右の縦拳。男は顔を歪ませ、後ろにぶっ倒れる。鼻の骨は砕け、歯も何本か折れた。
 こいつの仲間がそれに気づくのに十秒は要した。なにが起こったか未だに理解できていない。
「これ……は?」
「はぎゃっ! はぎゃが……きゅっ、きゅーきゅーしゃ。はぎゃが折れひゃっ!」
 総合格闘家のチャンピオンという奴も青ざめる。これをテレビで流してもなんの面白みもない。あまりにも静かで一瞬すぎた。
「まだやるか……こっちはお前らが死のうが生きようが、まったく関係ない。こっちの望みは早く引き上げてくれ、だ。お前たちの力はいずれ必要になる。だが、それは武力ではなく情報を伝える力としてだ。それで国民の精神は一つになるだろう」
 三人はさっさと帰ってしまった。ちょっとやりすぎたかな……。
「マーラ……」
「はい?」
「飯でも食うか?」
「はいっ!」

 研究所にある食堂では様々な食事が用意されている。日本料理に中華、フランス料理、メキシコ料理……他にもデザートや菓子もあった。
 さっそく俺はピザを頼む。マーラは寿司を注文した。
「……ここでいいだろう。座ろうか?」
「はい」
 さっきの奴らははなかなか疲れた。会議も決行の日まで毎日続く。
 マーラは寿司を一口食べ、そのまま動きが止まってしまった。
「どうした? 考え事か?」
「わたしのお母さん、それに父はどんな方だったのかと……ちょっと考えていたのです」
「俺の知っている範囲なら教えられるが今は大事なときだ。話を聞いて不安になることはないか?」
「はい。闘う前に知っておきたいんです」
「わかった。じゃあ話してやる。まず、茜さん……お前のお母さんだ。優しくて明るくて、いざとなったらとんでもなく強い、素晴らしい女性だった。彼女を失ったことは非常に残念だ。守ってやれなくてすまないと思っている」
「よかった。優しい人で」
「外見はお前に少し似ているな。ま、向こうはずっと大人びていたが……きれいだったよ」
「え?」
「おかしな話だ。さぞ男にモテただろうに、そんな話一度も聞いたことがなかったな。時間を作っては俺と千依の面倒をよく見てくれた。茜さんは俺の家に両親がいないことを知っていたんだ。彼女には幼稚園の先生なんか合っていたかもな。今となってはそんなこと話してもなにもならないが」
「プロフェッサーはその……わたしのお母さんのことをどう思っていたんですか?」
「さっき言った通りだが? 優しい人だったよ」
「わたしに似ているって……きれいって」
「そんなことお前も考えたりするのか? よかったな、母親に似て。お前も十分美しい。父親が神でなかったらそういう人生もあったということだ。お前も被害者だよ。そう考えると神への憎しみも増してくるだろう」
「わたし……プロフェッサーに……」
「妹も優しい子だった。お前は霊体の千依を見ているがあれにはまだほとんど表情がない。……本来だったらいい顔して笑うんだ。お前に見せたいぐらいだよ。ケーキやプリンなんかが好きでな。買ってやると、とても喜ぶんだ。あの年齢にしてはけっこうしっかりした子だったな。いつも千依を見守っていたよ。幸せになってほしかった」
「惜しい人を……失われましたね」
「あぁ、本当にな」
 二人が小学生のときはよく一緒に公園に遊びに行ったっけ。家族揃って遊園地に行ったことも大切な思い出だ。学習塾に通わせるのにどれだけ説得したことか。くくっ、思い出せば笑ってしまうな。あのふくれっ面は。……もう一度、会いたいな。
「プロフェッサー?」
「あ、いや。すまない。つい昔のことを思い出してしまった。茜さんも千依も大事な人だ。今でもな……。じゃあ次にお前の父親のことな。あれは最悪だ。力があることは認める。だが問題なのはその使い方だ。性格は恐ろしいほど残酷。俺たち人間のことを家畜とまで言いきったからな」
「家畜……それって?」
「人間を対等だと思っていない。自分の存在が一番だと信じて疑わない。極端に力を持つと傲慢になるものさ」
「そんなのがわたしの父……」
「そうだ。そして、お前の母さんを殺した。俺の妹、千依も一緒にな。あのときの炎は言葉では言い表せないほどの地獄だった。肉が焼けるにおい……いや、こげるにおいだ。それでも俺は外に出ようと進んだ。目は熱くて開けていられない。手探りだったよ。助かったのは執念だった。何がなんでも生き延びよう。そして、いつかは神に復讐を果たそうと。……食事中だ。もうこれぐらいでいいだろう」
「わたし、絶対に父を許しません」
「俺も同じ気持ちだ。父だと思うな。奴は鬼畜だ。……そういえば奴は閻魔のことをダチだと言っていたな。となると、もし殺せる状況になったとしてもそのまま殺すのはまずいか。封印するのが一番だな。その封印方法は……」
 食事中でも闘いのことで頭がいっぱいだ。後悔したくない。だからやれることはすべてやる。
 今から話すのはずっと前の話。まだ俺が高校生のときだった。