サイコー君のくま父さん

くま父さんがアニメ化されるまでアピールするぞ! オリジナル漫画・ラノベ作品を大量に公開中!

にほんブログ村 小説ブログ ライトノベル(小説)へ ゲーム・古本・DVD・CD・トレカ・フィギュア 通販ショップの駿河屋

『大泥棒』 その11

  7 再会

 ――大きな屋敷。
 市長を辞めてからは、わたしはこの広大な土地で暮らすことになった。
 建物はもちろん、庭もとてつもなく広い。土地も景色も全てわたしのものだ。
 ここらは大貴族や富裕なブルジョワが建てた、広壮な邸宅が建ち並ぶ界隈だ。
 朝になると、木立ちの中では雀が可愛い鳴き声を立てている。わたしは毎朝、その声で起きるのだ。すると素晴らしい目覚めになる。最高の一日になるのだ。
 誰もいない静かな庭。全てが落ち着いている。ここはまるで天国のようだった。
 天下を治めたものだけが味わえる充実感と達成感。もう、あせりも不安も心配も何もない。あとは死ぬだけだった。
 気がつくと、わたしは七十七歳になっていた。体も歳相応に衰弱している。
 ……もう満足だ。やりたいことは全てした。
 社会にも幾分は貢献したつもりだ。今では町に仕事が溢れている。やる気さえあれば誰でも働くことができる町になった。国全体が良い方向に傾き始めた。
 飢えや搾取、貧苦のための売春や、失業による悲惨も、やがてはなくなるだろう。
 さて、そろそろ死ぬ準備をしよう。
 ある日、わたしは雇っている一人のメイドにこう言った。
「おい……遺書を書く。紙とペンを持ってくれ」
「はい」
「わたしの財産についてだが……かわいそうな孤児のために全て寄付することにするよ。君らメイドや使用人にはわずかばかりだが、分け前は渡すつもりだ。それでいいかね?」
「……よろしいかと」
「じゃあ、そうするよ。わたしも疲れた。言ってみればわたしが手に入れた金は国が市民から巻きあげた金だ。……それを元に返すだけだ。わたしも捨て子だった。幼い頃から親がいないというのは辛いものだろう」
 遺書を書き終えて、しばらくして訪問客がやって来た。
 訪問客には心当たりがあった。わたしが先日、ここに来てもらうように頼んでおいた人物だ。
「モンキ様、お客様がお見えになりましたが」
「……その者はジャックと名乗っていたか?」
「はい、そう申されております」
「通してくれ」
 ジャックか、会うのは久しぶりだ。
 最後に会ってもう五十年か。……歳月が過ぎるのは早いものだ。
 
 ――背の高い男が部屋に入ってきた。
 ふふ、変わらないな、この男は。仙人……ジャック。
 顔も服装も雰囲気も何も変わっていない。
 若々しい肉体。体力がベストな状態だ。仙人はそれを維持できる。全く、羨ましい。
 ……見事だよ、ジャック。力がみなぎっているのがよくわかる。強靭でしなやかな肉体は美しくも感じるものだ。
「……久しぶりだな、モンキ。なかなか立派なところに住んでいるじゃないか?」
「ジャック……君は老けないな。前に会ったときと同じ顔をしている。今でも生命力に満ち溢れている」
「そうか? お前は老けたようだな」
「ふふっ、当たり前だ。わたしは君と違って、ただの人間だからな。歳を重ねたら自然に老ける。それが自然のルールだ。……ほら、返すよ。君のセント・ストーンだ」
 わたしは杖をついて部屋の金庫があるところまで歩いた。
 ずっと大切に保管していたセント・ストーン。それをようやく持ち主に返すことができる。
 この世のものとは思えないような、力強い輝き。何十年たってもそれは変わらない。
 世話になったものだ。この石一つでわたしの人生は大きく変わった。ありがとう、セント・ストーン……

「……確かに受け取った。約束だったからな。どうだった? これを持って……お前の言う天下は取れたのか」
「ああ、君には礼を言わないとな。この石のおかげでわたしはこの町の市長になることができたし、金もこのように余るほどある。わたしは金を運用することには長けていたからな。たくさんの工場を作り、労働者を増やした。これで金に困る市民は大幅に減っただろう。労働者に有利な法律もたくさん作った。もう、わたしのような孤児はこれから少なくなるはずだ。世界は変わったよ。それも元はといえば君のおかげだ、ジャック」
「お前は前からズル賢かったからな。上手いこと石を利用できたようじゃないか」
「まあ、そう言うな。わたしも必死に生きようとしたんだ。……だが、もう思い残すことはない。君にこの石を渡したことで、もうわたしの生きる意味はなくなった。おそらくもうすぐ死ぬだろう」
「何だ、病気か?」
「いや、病気ではない。わたしももう歳だ。これ以上生きたいとも思わん。気力のなくなった老人は死ぬ。そう相場は決まっているものだ」
「なるほど。ではもう会うこともないだろう。安らかに眠れ、変化のモンキよ」
「先に死んであの世で待っている。また、そのときゆっくり話そう」
「俺の寿命は俺にもわからない。何年、何百年待たせるか……まあ、気長に待っていろ」

 ……さて、返すものも返した。これで本当にわたしの役目は終わったな。
 うっ、痛む……足が、それに腰も。
 ちょっと歩いただけでこの疲労だ。体中どこも相当ガタがきている。
 やれやれ、すっかり老いぼれじいさんだ。さっさと引退してよかったよ。
 わたしはベッドで横になろうと思った。
 しかし、そのとき!
 突然、ものすごい衝撃がわたしの頭にぶつかった。
 例えるなら、姿の見えない何者かが全力で殴りかかってきたようだった。
「がっ……!」
 ……いかん。首が……
 わたしは大きく後ろに吹っ飛んでしまった。
 ……動けない。首も手も足もだ。やられてしまった。動くのはまぶただけだ。
 それにしても誰だ? 年老いたわたしなんぞ、ほうっておけばもうじき死んだというのに。
 なんという最期! やはりセント・ストーンという非人道的なものなどを使った罰なのか。
 死んでゆく前に、誰がわたしにこんなことをしたのか顔を見てやろうと思った。
 そしてわたしがそこで見た光景があまりにもあり得ない……何度も何度も自分の目を疑った。
 死んだ人間がそこに立っているのだから。
 その人間はわたしが一度この手で殺した人物だった。

「……ははっ。面白いように吹っ飛んだな、変化のモンキ♪ ……よう、お前らいつからそんなに仲良しになったんだ? ジャック、お前に友達なんて一人もいないと思っていたがな。いいコンビじゃないか。こいつの変化の能力、厄介だったぜ。まさかお前の息がかかっていたとはな」

 う……、くそ。なぜだ?
 なぜ奴は生きている?
 いや、それよりももっと注目すべきところは奴の顔だ。
 なぜ老けていない? なぜ五十年前の顔をしているのだ?
 これじゃあ、まるでジャックと同じじゃないか。
 ジャックのような仙人でもない限り……仙人?
 仙人か……待てよ。まさか……
「……静かになったな。じゃあ、死んだか。……衰えたねぇ。昔は一度お前と手合わせしたが、そのときはまんまと騙し討ちに遭ってしまった。変化の力を戦闘に応用するとは考えたもんだ。おかげで数十分、気を失ったよ」

 こいつ……仙人だったのか。
 まさか……そんな……。
 ということは、おそらくジェダもそのことに気づいていなかっただろう。灯台下暗しとはまさにこのことだ。
 貴様は友人であるジェダをも欺いたのだな。
 ……信じられん。全然気がつかなかった。
 ああ、もう……意識……が……。
 わたしはこれで、終わりなのか?

 珍品屋、ルーシー……。

『神の子』 その12

  4 天使たちが来る

 この日、俺は研究所に泊まった。千依も研究所に泊まる。茜さんも。
 亀になった神は俺が管理していた。今はアクリル製の飼育ケースに入れている。
「……マーラの奴、ちょっとおかしかったな」
 もう神の恐怖から脅かされることはなくなった。復讐も果たした。唯一引っかかるのはあのマーラの態度。もしかして俺のことを好いていたのか?
 俺はあいつを一度もそういう目で見たことはなかった。だからマーラも俺のことをひどくスパルタな上司としか見ていないと思っていた。でも本当は……。
 いや、考えすぎだろう。年齢も倍近く離れている。
 寝よう。明日になれば彼女も元に戻っているだろう。一度にいろいろなことがあったから情緒が少し不安定になっているだけだ。
 久しぶりによく眠れそうだった。明日からは千依と家族四人で暮らそうか。母さんはどれほど喜ぶだろう。
 茜さんとはまだ始まったばかりだ。過ぎてしまった時間をゆっくりと埋めていけばいい。
 やっと俺の人生の針も進む。ずっと止まっていた時間の針。それが十六年もの歳月がたってようやく進み始めるのだ。

 翌日。朝八時になる前にケータイが鳴った。起きる時間といえば確かにそうなのだが、今日ぐらいはもう少し寝ておきたかった。
 電話は誰からだろう? 着信先を見ると父からだった。
「……おはよう。早いね。なんだい?」
「早く応接間に来い! とんでもないことが起こっている。とにかく早く来るんだっ!」
「父さん? ……あぁ、わかった。すぐに行く」
 どうしたんだろう? とんでもないこと? すぐに来い? まったく想像がつかない。でも緊急だ。
 素早く白衣を着て応接間に向かう。……おっと、神をこのまま部屋に置いていたらまずい。俺は飼育ケースを脇に抱えた。しかし飼育ケースに入っている亀を神と呼ぶのもバカみたいだな。
 応接間に俺を呼んだということはたぶん誰か訪問者が来たんだろう。研究内容だったら研究室に行けばいいことだ。
 応接間の入り口正面に着いた。部屋に入ると父、千依、茜さん、マーラ……それと見知らぬ女性が六人いた。それぞれが真っ白な服を着ている。
 ドレスか? 見慣れない服だ。頭の上には輪っからしきものが見える。……これってまさか。俺の中になんとも言えぬ不安が生まれた。
 皆は一つのテーブルを囲んでソファに腰掛けていた。
「広造っ、待っていたぞ」
 父は落ち着きがないように見えた。
「初めまして、宮崎広造様。突然の来訪、誠に申し訳ありません」
 代表者らしき者が言った。西洋人? 彼女たちは見事な金髪に青い目をしていた。見た目とは裏腹に流暢な日本語だった。
「いえ、別に……どのようなご用件で?」
「まずは先に非礼をお詫びいたします。神があなた方に大変ご無礼なことをしました」
 神。天界の……だとするとやはり。
「あなた方は? どちらから来たのです?」
「はい、お察しの通り……わたしたちは天使です。神の助手をするような存在、と思っていただければけっこうです」
 ここにいる全員が天使か。……どうする? まずは情報収集だ。こいつらがなぜここにやってきたのか。神の復讐? そうなれば当然、どこかのタイミングで攻撃を仕掛けてくるはず。だが待てよ。もしそうだとしたらなぜこうして俺たちにこんな形で現れる? 復讐なら不意打ちがもっとも成功率が高い。わざわざ名乗る必要なんてないいんだ。
「昨日、神が突然天界からいなくなりました。そこで調べてみると人間界に行ったことがわかったのです。さらに疑問に思った者が詳しく調べてみました。すると、とんでもないことがわかったのです。あなた方にはもう説明する必要もないでしょう。十六年前のこと。あれは神、単独の行為。わたしどもはそのことを昨日まで一切知りませんでした。本当に申し訳ありませんでした」
 六人の天使たちは立ち上がり、俺たちに頭を下げた。
 天使……か。まさかこんな形で会うなんてな。急すぎる。しかし考えられなくもない。神が天界からいなくなったのだ。問題はこの天使たちが俺たちを恨んでいないかということ。
 身内がいなくなった。その原因が俺たちであることは明白だった。
 普通なら俺たちを殺そうとしにきたのではないかと疑うのが当然。だが、彼女たちは謝罪をしに来たのだ。
 これをどう捉えればいい? 素直に喜べばいいのか?
 神の十六年前の行動。それによって俺たち周りの人間が皆不幸になった。死んだ者もいる。
 まだわからないことが多すぎた。もっと話を聞いて質問もしなければほとんどなにもわからない。
「……頭を上げて下さい。別にあなたたちが神をそそのかしたわけでもないのでしょう? だったらあなたたちに責任はありません。皆、神が悪いのですから」
 本当にただ謝罪に来ただけなのか? ……違うな。これからたぶん本題に入るのだろう。狙いはなんだ?
 一応、警戒はしておいたほうがいい。そのことに気づいたマーラは俺をチラチラと見ていた。彼女も感じたのだろう、この天使と名乗る者たちの異様さに。
 俺は簡単なジェスチャーでマーラに臨戦態勢に入っておくように合図をした。
 天界にいる者とまともに闘えるのはマーラだけだ。もはや霊体でなくなった千依も茜さんも戦力にならない。当然、俺や父も……。
「実は二、三お聞きしたいことがあるのですが」
 ――きたか。なにを言うつもりだ?
「神は今、どちらへ?」
「マーラっ!!」
 俺がそう叫ぶとマーラはソファから立ち上がり、後ろへ距離を取った。そして詠唱を始める。
「待って下さい! なにか勘違いされていませんか?」
「勘違いだと?」
 天使たちはざわざわと慌てる。……白々しい。神をそう簡単に渡せるかよ。
「神がどこにいるのか聞いたな? 神を助けに来たのだろう? こうやって下手に出ていれば俺たちに警戒されずに済むからな。あんたたちは神と違って格好やマナーもまともだ。うっかり信用してしまいそうだったぜ」
「警戒されるのは当たり前です。それなりのことを神はあなたたちにしたのですから。ですがわたしたちが神を助けに来たなど、そんなことは絶対にありません! それだけは信じていただきたい。……いえ、実のところあなた方が知っているアレは、もう神ではないのです」
「なに? どういうことだ?」
 話には続きがあるようだ。俺の持っているこいつがもう神ではない? 一応聞いておく価値はあるかもしれないな。
 俺は念のため、マーラに詠唱を完了するように伝える。こいつらが少しでも怪しい行動を取ったらすぐにでもそいつを発動するようにも伝えた。もう誰も失いたくはないからな。
「それにしてもこの席になんで千依や茜さんが……?」
「彼女たちにも非常にご迷惑をおかけしました。ですからここに来ていただいてもらったのです」
「彼女たちはもうあんたたちとは関わりたくないと思っている。このままそっとしておいてもらえないか?」
「ですから話には続きが……」
 相手は六人。天使一人一人の力量まではわからないが、いざとなったらマーラ一人でどうこうできるものじゃない。マーラ以外は足手まとい。人質みたいなもんだ。
 この状況、とても危険だ! できればすぐにでもこの場から離れたい。
 しかもこの場所は狭い。訓練室と違って間合いの調節が難しい。もし闘うことになれば行動がかなり制限されてしまう。状況が不利すぎてパニックを起こしそうだ。
「あんたたちの話は聞く。だが聞く場所はここではない」
「……どういう意味か、わかりかねますが」
「ここでは危険が多すぎる。もっと広いところがいい。いっそのこと部屋は別々にしよう。ケータイは持っているか? なければ各部屋には固定電話が設置されている。電話で話そう。そっちのほうがはるかに安心で安全だ」
「やはりわたしたちのことをお疑いなのですね?」
「当たり前だ! ふざけるなよ。天使だ? そう言えばなんでも許されると思っているのかよ? 俺は一生忘れない。お前ら天界の者が俺たちにした仕打ち。忘れるものか。……動くなよ。動いたらこの亀、元は神だ。こいつを殺す」
 ここで天使たちの様子を観察する。俺の取った行動でこいつらはどう反応するか? 化けの皮が剥がれて戦闘に持ち込むか? それともなにか別な反応を見せるだろうか。
 こんな小さい亀の頭など、少し指に力を入れるだけで潰すことができる。
「……なるほど。その亀が神なのですね。わかりました、いいでしょう。では殺しなさい」
 意外な反応。本当に殺してもいいのか?
「強がりか? 本当に殺すぞ?」
「けっこうですよ。それに対してわたしどもはなにもしません。ただ、じっと見ているだけです」
「……いいだろう、続きを話せ」
 とりあえず話だけは最後まで聞いてやるか。判断するのはそれからだ。
「現在、天界には神がいません。このような状態が長く続くことは好ましくないのです。すると次の神は誰になるか? ……わたしたちはマーラ様を次期、神として推薦したいのです」
「マーラが? バカな!」
「マーラ様は神の子です。次の神の候補としては妥当かと」
「待て、マーラはまだ十六歳だ。そんな彼女が神になる? バカな話はよせ」
「あなたのほうこそ、もっと真剣に話を聞いて下さい。マーラ様が次の神になるのはご不満ですか? それはなぜ? 年齢? だとすると、どれだけ歳を重ねれば神に相応しいと思われるのですか? わたしたちはその日が来るまで待てません。できることなら今日にでもマーラ様に神になってもらいたいのです」
「……それ、本当に言っているのか?」
「こんな大事なことを冗談で言えると思いますか?」
 話が変な方向に進んでしまった。マーラが神だと? ふざけるな、だ。そんなこと言われてすぐに、「はい、そうですか」といくわけがないだろう。マーラを天界には行かせない。
「断る。マーラは人間界で普通の人間として生きるべきだ」
「そうなるとマーラ様は今後、人間界でお暮らしになる。そう仰りたいのですね?」
「当たり前だ。あんたたちのところには連れて行かせない」
「では質問を変えましょう。茜様はマーラ様と仲良くお暮らしになることが本当にできるとお思いですか?」
 そこで茜さんに振るのか?
 茜さん、今日は一言も言葉を口にしていない。彼女には休息が必要なんだ。今はマーラが神になるかどうかなんて考えるときじゃない。
「わたし、大丈夫ですよ。マーラとは仲良く暮らしていけます。わたしはマーラの母親ですから」
「ですが、あなたと神の間には愛がなかった。それでもマーラ様と仲良くできると? それは本当ですか? いつの日か思い出しませんか? マーラ様の父親にあなたが乱暴されたことを」
「いい加減にしろっ!」
 ――ダンッ!!
 俺はテーブルを思いきり叩いた。
 ……こいつ、なんでそんなことを言うんだ。茜さんが忘れようとしているのに。
「いつかは思い出すのです。そのとき、茜様。あなたは本当にマーラ様が自分の娘だと言えますか? マーラ様を愛する自信はありますか?」
「……あります。ありますとも」
 マーラは俺に言われたことを守り、ずっと警戒態勢を取っているが、その目からは涙がこぼれる。
「なるほど。母親である茜様は反対。そして育ての親である広造様も反対……そうですね?」
「確認するまでもないだろう。皆、反対だ」
「そうですか。では最後に、マーラ様本人にも確認を取ってもらいましょう。あなたは天界に行って神になる気はありませんか?」
 本人に直接?
 バカな。これだけ俺と茜さんが反対しているんだ。マーラが天界に行くなどなんのメリットがある? 当然、答えはノーだ。
「…………」
「マーラ様? 黙っていてはわかりませんよ?」
「マーラはお前らと口を交わしたくもないのだろう。とっとと引き払ったほうがよさそうだな」
「――わたしは」
「マーラ様。ちょっとよろしいでしょうか……」
 一人の天使が立ち上がる。俺はマーラがそのことに気づいてすらいないように見えた。警戒を解くなとあれほど言ったのに!
「マーラっ! 警戒っ!!」
 俺がそう言うとマーラは素早く構えた。……完全に油断してやがる。
 次もまたこんな調子だと、ぶん殴ってやろう。平和ボケするにはまだ早すぎだ。
「あら、怖いお人」
「天使よ……もう答えはわかっただろう。早々に去れ」
「わかりました。では最後にもう一言だけ発言してもよろしいですか? 広造様」
「それさえ言えば帰るのか? じゃあさっさと言って帰れ」
「マーラ様。わたしたちについて来て下さると、あなたにはたくさんのメリットがあるんですよ。例えば広造様を……」
「えっ、どういうこと?」
 俺を……どういうことだ? しかしなんかヤバイ。俺はマーラのことを信じているが、こいつら天使たちはなにをしてくるかわからない。精神を乗っ取ったり、頭を混乱させたりすることだって可能かもしれない。長居は禁物。会話することさえリスキーだ。
「もういいだろ? 終わったぞ。お前は一言、言ったんだ。約束を守れ。天使なんだろ」
 そのとき、話している天使とは別の天使の目が大きく見開いた。……なにかした。そのなにかはわからないが。
 ふと横を見るとマーラの様子が明らかにおかしかった。マーラは瞬きすらしていない。目の焦点があっていない。目を開けたまま気絶しているようだった。
「マーラっ! ……貴様ッッ??」
 どう見ても戦闘ができる状態ではない。ここで天使たちが俺たちを襲ったら一巻の終わりだ。
「さあ、マーラ様。ご返事は?」
 意外にも天使は俺のことなど気にもせず、薄っすら笑みを浮かべて囁いた。
「えっ……? あっ……」
 マーラに意識が戻った。
 ……まさか。ここで俺たちを攻撃するには絶好のチャンスだったじゃないか。それを……なぜ? 天使が何を考えているのか俺にはさっぱりわからない。
「その話、お受けします」
 え……ウソだろ? そんなの、ウソだと言ってくれよ!
「マー……ラ?」
「プロフェッサー……ごめんなさい。お母さん、ごめんなさい!」
 マーラが俺たちに頭を下げる。俺たちは目を丸くし、自分たちが聞いた言葉を疑った。
 ……なぜ、なんだ? なんでこんな道を選択する? 俺たちではなく、なぜそいつらを選ぶ?
「――ではそういうわけで。わたしたちはマーラ様を天界へお連れします」
 天使たちが立ち上がる。ウソだろ、本当に連れていくつもりか? なんでマーラもそいつらと一緒に行く素振りを見せている?
 ……そうか。そうやって天使たちを油断させ、一気に召喚術で仕留めるつもりか。ということは今までのことはすべてマーラの芝居。
 ……やるじゃないか。成長したな、マーラ。欺くにはまずを味方からということか。
 しかしいくらなんでも長すぎる。天使たちは隙だらけだ。狙うなら今だ! 
「……マーラ」
「はい? プロフェッサー」
「もういいだろ?」
「……は?」
「そろそろいいだろと言っている。相手は油断しているぞ、さぁ」
 もう芝居はしなくていい。さっさとこいつらを蹴散らせてくれ。くっく、天使たちはまだ騙されていることに気づいていない。どんな顔をするだろう? マーラは策士だ。俺の指示など受けずに自ら作戦を立てる。終わりだ、天使たち。マーラにやられるか、それともさっさと天界とやらに戻るか選べ。それぐらいの情けはあるぞ。さあ、マーラ。なにをしている。今だ、行くんだ。マーラ!
「あらあら、かわいそうな広造様。少し頭がおかしくなったのではありませんか?」
「なに? 本当にそう思っているのか? なら、お笑いだ。マーラは今、芝居をしているんだ。なんのためか? それはお前らを倒すためだ。俺が育てたマーラを甘く見るなよ。お前らを油断させて……油断……ゆだん?」
 マーラが悲しそうに俺を見つめる。
 ……なんだ、その目は。その哀れむような目。もしかして本当に天界に行くのか。
「皆様、今までありがとうございました。わたしは天界に行き、神になります」
 マーラの口から信じられないような言葉が出た。俺も、俺以外の人も……皆が驚いている。信じられる状況ではなかった。あの笑顔、あの喜び! お前はこれから人間界で暮らすんじゃなかったのかよ。高校生になる。恋人もできるかもしれない。楽しいことなんてたくさんある! 闘うことしか知らなかったお前には想像することもできないだろう。
 せっかく仲良く暮らしていけると思ったのに。やっとこれからの人生だというのに。マーラはその希望をすべて捨てる気なのか? なぜ俺たちの気持ちが伝わらない!
「マーラ……どうしても行くのか? 芝居や演技なんかじゃなく……本気で?」
「はい。すみません、プロフェッサー」
「わかったよ……じゃあな、最後に答えていけ。お前はなにが不満でここから出ていく? 言えっ、最後の命令だ!」
「それは……わたしが望む道だからです。ここに残っていてはわたしの本当の願いは叶いません」
「お前の本当の願いとはなんだ? 母親と一緒に暮らすことじゃないのか? ふざけるなるよ。茜さん……お前のお母さんを捨てるのか?」
「それ以上は……お願いですから言わないで下さい」
「なんだって?」
「――さあ、もういいでしょう。別れるのは寂しいかと思いますが、いい加減にマーラ様を離してあげて下さい。いつまでもあなたの言うことを聞く人形だと思わないで下さいね」 
 天使が俺たちの会話を遮る。……元はと言えば、こいつらが現れなければこんなことにはならなかった。
「行きましょう、マーラ様。では皆様、さようなら」
 天使たちとマーラが光る! 点滅している。眩しくて目が開けらない。
 本当に行ってしまうのか? 俺たちを残して……。

 ――次に目を開けたとき、天使たちとマーラは部屋にいなかった。
「本当に行ってしまったんだな」
「広造君……あっ!」
 茜さんが声を上げる。
 どうした? マーラはもう天界に行ったんだ。神になるんだ。……もう手遅れなんだよ。なにを見たっていうんだ。
「広造君……。手……」
「え?」
 義手の左手と義足の右足に、ないはずの感覚があった。懐かしい生身の感覚。これ、動くの……か?
 俺は恐る恐る左手を上にあげようとした。……上がる。上がった。自分の意志で。続けて右足も上げようとした……これも上がる。
 しかしこれは一体……もしかして。
「きっとこれはマーラが天界に行く代わりに、広造君の手と足を治してもらえるように天使に頼んだのよ」
 そんな……マーラがそんなこと。俺のため? 俺のためにマーラが?
 ……なんだよ、それ。そんなことして俺が喜ぶとでも思っていたのか? ふざけるなよ! そんなの俺が一回でも頼んだか? そんな勝手なことするなよ!
「うっ……俺は……俺のせいだ。俺のせいっ!」
 千依が俺の傍に寄ってくる。
「お兄ちゃん……歩いて。その足で歩いてみて」
 俺は歩こうとした。歩けるのか?
 一生、義手と義足だと思っていた。それが……まさか……。
「あっ……歩けた」
 一歩一歩、俺はしっかりと床に足の裏をつけて歩いた。横には俺が倒れないように千依が支えてくれている。
「千依、歩ける……夢のようだ」
「その夢がマーラちゃんの本当の願いだったんだよ」
「マーラの……あいつの夢?」
 あのバカは最後までバカだった。
 あいつに楽しい思い出なんて、なに一つ残せてやれなかった。毎日、起きたら戦闘の訓練。そればっかりだ。学校に行ったこともない。友達と遊んだこともない。こんなひどい人生を俺は彼女に背負わせてしまった。
 これからだというのに。お前はこんな俺のために……。
「マーラちゃんが神様ならきっと大丈夫だよ。だからもう、泣かないで……」

 この事実、受け入れよう。マーラがくれた手と足。大事に使わせてもらう。心から礼を言おう。お前のおかげで失ったものをすべて取り戻すことができた。感謝してもしきれないほどだ。俺はこの恩にどうやって報いればいい?
 お前は俺の小さい頃に思い描いていた本物の神様のような奴だったな。千依の言う通り、お前ならきっとできるよ。ありがとう……マーラ。
 
 気づけば、さっきまで手に持っていた飼育ケースがなくなっていた。あれには神が入っていたのに。
 天使たちが持って行ったのだろうか。神の復活? まさか、な……。

『玉碁高校 アイラブ・シンブン』 その10

  6 椎名さんと不思議なデート

「――ん?」
「あら?」
 今日は日曜日。俺はこの周辺で一番大きい靴屋に行った帰りだった。バス停に私服姿の椎名さんがいた。偶然だな、もしかして椎名さんも靴を買いに来たのか?
「こんなとこで会うとはね。なにしてたの?」
「ちょっと祖母と付き添いで病院に行っていたんです」
 椎名さんの前にはお婆さんがいた。こちらの人が椎名さんのお婆さんなのか。なにせ椎名さんが新聞好きになったきっかけはこのお婆さんにあるんだよな。挨拶、挨拶っと。
「こんにちは、みゆきさんと同じ高校で、同じ部に所属している笹宮と申します」
 俺はそう言って、ぺこりとお辞儀をした。しっかりした足腰だな。背筋も伸びている。見た目は健康そのものだった。
「これはご丁寧に……わたしはこの子のお婆ちゃんです。いつも仲良くしていただいて、ありがとうございます」
「いえ、みゆきさんにはいろいろ教えてもらっているので」
「いろいろ? 教えてもらってる?」
 あれ? 俺、ちょっとミスったこと言った?
「いや、違いますよ! 部活動のことです。新聞についてですよ」
「そう思っておったが……他になにか?」
 お年寄りに「他になにか?」なんて言われるとは思わなかった。なかなか曲者だな、このお婆ちゃん。椎名さんはなにもわかっていないみたいで、ただニコニコとしていた。
「笹宮さんはお買い物ですか? えぇっと靴?」
「そうなんだ。たまには気分転換と思ってね。家に閉じこもっているだけだと、いいアイディアも思い浮かばないよ」
 そんなことを話していると、椎名さんのお婆ちゃんが自分のバッグから紙の束を取り出した。
「これ、みゆき。これで彼氏とご飯でも食べておいで」
 まさか。紙はお札? ……違う。なんかカラフルだ。食事券?
「彼氏じゃないってばぁ、お婆ちゃん。そんなこと言うと笹宮さん怒っちゃうわよ」
 いえ、別に怒りませんが……。
「いいから。わたしは一人で帰れるよ。せっかく彼氏さんに会えたんじゃ。思いきり楽しんでこい」
 ちょうどそのときバスがやってきた。
 バスを待つ列に並ぼうとするとお婆ちゃんが、
「笹宮君? この子と一緒に食事してやってくれんのかの? お願いだから」
 優しい眼差しでお婆ちゃんは言う。……断れそうな雰囲気じゃない。元々断る理由なんてないのだが。
「すみせん、じゃあ行ってきます」
「お婆ちゃん、本当に一人で帰れる? 笹宮さんとお食事だったら別にここでじゃなくても……」
 お婆ちゃんは椎名さんが持っている紙を指さして言った。
「それが使える店はここだけなの。よかった、持っておいて」
 食事券だから店は限定されているか。おっと、そんなこと言ってる間にバスが行っちまう。ちゃっかりお婆ちゃんは先に乗ってるし。
 椎名さんのお婆ちゃんは元気そうに手を振って俺たちと別れた。椎名さんと食事……二人きりか。
「じゃあ行きましょうか、笹宮さん」
「そうだな。椎名さんのお婆ちゃん、どの店のこと言ってたんだろう。ちょっと買い物券見せてくれる?」
 買い物券を見ると、そこには『しゃぶしゃぶOH! 野菜』と大きく書かれていた。五百円の食券だ。それが十枚。……ってことは五千円分のしゃぶしゃぶが食べられるのか。いいな。
「俺、ちょっと出そうか? 全部ごちそうだったらなんだか悪い気がして」
「せっかく食券をもらったんですから遠慮せずに使いましょうよ。それにほら、有効期限もそろそろ近いですし」
「あ、ホントだ……」
 有効期限は今年の六月までだ。あと一か月ちょっとしかない。また、ちょっと気になることもあった。椎名さんのお婆ちゃんがしゃぶしゃぶなんか食べるだろうか? これはきっと椎名さんにあげようとしていたんだ。……ありがたく使わせてもらうよ。ありがとう、椎名さんのお婆ちゃん。
「笹宮さん、よく見るとこれ、食券には違いないんですけど株主優待券ですね」
株主優待? あぁ、株を保有していたらもらえるってあれか。なんかそれ、東条の範囲だな」
 お婆ちゃんが株を所有していたのか、それともネットオークションか金券ショップで買ったのか。謎だ。
 二人はさっそく『しゃぶしゃぶOH! 野菜』に行くことにした。地下街にあるのか。確かにここからならそんなに遠くない。
「じゃ、行くとしましょうか」
「はい!」
 二人っきりで歩くなんて、なんだかデートでもしてるみたいだな。意識すると緊張してしまう。こんなことならもっとマシな服装で来とけばよかった。綿パンに黒のTシャツ一枚だもんな。華奢でなまっちろい腕があらわになって非常に残念だ。
 椎名さんは俺の横にピッタリついてきた。う、心拍数が上がる。
 ――店の前に着くと、看板には大きく店名が書かれてあった。店の規模は大きい。百人ぐらい軽く入れそうだ。
「ここで間違いないな。入ろう」
 受付の人がテーブルまで案内してくれた。で、初めにダシを決めるらしい。途中でダシの変更はできない。
 昆布味、旨辛火鍋ダシ、豆乳ダシ、完熟トマトダシ、ゆず塩ダシなど、けっこう種類がある。しゃぶしゃぶ屋に入るのは初めてなので悩んでしまうな。
「椎名さん、どうする? 試したいダシでもあった?」
「そうですねぇ……笹宮さんが決めてくれませんか? わたし、こういうお店に入るのは初めてで」
 俺も初めてだよ。……そうだなぁ、無難に昆布ダシにしておくのもいいが、せっかくだからここは期間限定の蒙古火鍋ダシにでもするか。
「椎名さん、辛いの大丈夫かな?」
「はい、大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ、すみません。蒙古火鍋ダシでお願いします」
「はい、少々お待ち下さい」
 へへっ、どんな鍋が出てくるんだろうな。家でやるやつなんか比べ物にならないんじゃないか。ここはしゃぶしゃぶ本場の店だぞ。
 テーブルにメニュー表が置かれている。食べ放題で一人千九百八十円だった。食後にデザートを頼めば大体五千円か。ピッタリじゃないか。
 そして、たった数分で店員さんがこちらに来た。
 早いな。さすがチェーン店だ。段取りが早い。……と思ったが、やってきた店員は手ぶら。しかもこんなことを言ってくる。
「あの、モウコヒナベダッシってなんなん?」
 は? ……なにこいつ?
 男は店のエプロンを着けていた。ということは従業員だ。……言っている意味がわからない。
「あの、蒙古火鍋ダシです。ほら、メニューにもあるじゃないですか」
 男は顔をしかめてメニュー表を見る。すると、思い出したかのように声を弾ませた。
「あっ! なるほど! 蒙古火鍋ダシな。僕、てっきり魔法か呪文かと思ったわ。そっかー、期間限定で最近登場したメニューやったからわからんかったわ」
 この能天気なしゃべり方には少し覚えがあった。……一体どこでだろう? 顔を上げて男の顔を見たらすぐに思い出した。俺が拡張をして初めて新聞をとってくれた人だ。名前は確か、リー・芦花。
「芦花さんですか?」
 思わず大きな声を上げてしまった。芦花さんはまた顔をしかめて、俺のことを不審な目で見る。
「……なんで僕の名前知ってるん?」
「ほら、俺ですよ。笹宮です。玉碁高校の新聞拡張部の……」
「新聞? 新聞……新聞」
 難しい顔をしてその場で思い出そうとする芦花さん。……いや、長いって。
「あ! 思い出したわ。自分やったんか。そっか、つい忘れてたで」
「あのときはどうも。新聞は毎日ちゃんと届いていますか?」
「うん、届いてるよ。毎日読んでるわ。亀の甲羅干しなんかしてるとき暇やからな」
 そうだ、この人確か自分で店をもってペットショップを経営していなかったっけ? なんでしゃぶしゃぶ屋なんかにいるんだよ。
「芦花さん、ペットショップのほうは……?」
「ん? 亀ショップは夕方までしか営業してないねん。七時になったらここでバイトや。深夜の二時までな。そうせな生活費足りんようなる」
 大変なんだな。体を休める暇もなさそうだ。でも彼はとても亀を愛しているんだろう。だからこうやってバイトも続けることができる。
「亀、本当に大好きなんですね。羨ましいです、そんなに夢中になれるものがあって」
「へへっ、まあね。でも亀ショップもお金になるから。将来はもっと大きな店を構えたいと思ってねん。そのときはぜひ来てや」
「亀は買いませんが……はい、そのときは喜んで」
「じゃ、僕お鍋持ってくるから。今日はホールのバイトが一人休んでるから、僕が厨房と両方回らなあかんねん。忙しいわ。ついでに追加注文言っといてや」
「そうですか……じゃあ注文いいですか?」
「ええよ。なんでも言って」
 ダシを頼むと基本セットというものがついてくる。あとはお好みでって感じか。せっかくだから普段食べないようなものでも頼んでみるか。どれがいいだろう……。
「じゃあトッポギを」
「トッ……え?」
「トッポギです」
「トッポ……ト……なにそれ?」
 え? この人トッポギ知らないのか? ……いや、知らない人はけっこういると思うよ。俺も食べるの初めてだし。でも、提供してる従業員が知らないのはまずいだろう。えぇ~……。
「あの、これですよ、これ。ほら」
 俺はメニューを指さして芦花に言った。
「あぁ、これね。りょーかい。他は?」
 りょーかい、か。まるで悪びれてない。ある意味潔いな。ここでもし彼が謝ったら彼が悪いと認めることになる。だが開き直れば? そのままスルーすれば? ……誰も悪くない。やるなぁ、この人。
「えっと、じゃあピーナッツもやしを」
「はいはい、ピーナッツともやしね」
「いえ……ピーナッツもやしです。一つの商品です」
「うそぉん? なに言ってるん自分。ピーナッツともやしやろ? なにややこしいこと言ってんねや」
 だからメニューにあるんだよ。ピーナッツもやしが。俺は再び芦花さんにメニュー表を見せた。すると、また「あぁ~、これね。ついうっかり」だって。
 芦花さん、ここに勤めて短いのかな。それとも今日たまたまホールに入ったから知らないだけか。自分のためにももっと自分とこの商品に興味持ったほうがいいよ、芦花さん。
「あとはこれとこれとこれ。あと、これとこれも……そう、全部二人前でお願いします」
「はいはい、了解です。じゃあちょこっとお待ちください。すぐ持ってきますんで」
 微妙な敬語だった。変な人だなぁ……。
 五分もたたないうちに、まずは基本セットがテーブルに運ばれた。皿が十枚ぐらい重なっている。上から豚肉、牛肉、野菜といった感じだ。
 味はなかなかのものだ。数多くのチェーン店があるのも頷ける。
「……おいしかった。ありがとうね、椎名さん」
「ホントおいしかったですね。一人だとたぶん来れませんでした。わたしのほうこそありがとうございます」
 うぅ、なんていい子なんだ、椎名さんは。拡張部の大抵の人は我が強いからな。こういうおしとやかなタイプがホント新鮮。
 俺たちはお会計を済まそうとレジへ移動した。――で、あの男……リー・芦花さんがレジの前で立っていた。
「芦花さん。えっと、ホールだったんじゃあ……?」
「あぁ、君か。いやな、上司にお前全然メニュー覚えてないやないかって文句つけられてん。結局レジ担当のバイトがホール行くことになったわ。で、僕がレジ係になった」
 たらい回しにされているな。バイトとしてあまり優秀じゃないんだろう。まあ、この人は本業があるからそれでも別にいいのかもしれない。でも、レジできるの? 芦花さん。
「ほなお会計やな。レシートっぽいやつ出して。ほら、あのテーブルの筒に入れてるあの紙」
 会計伝票。もしくはオーダー伝票だろ。覚えててよ。
「――え~、お二人さん合計で四千八百六十円ですね」
 デザートも食ったからな。ほぼ五千円だ。食券はお釣りが出るのかわからないから、五千円をちょっと出るまで食べたほうが得だったかもしれない。
 椎名さんが芦花さんに株主優待券を渡した。すると芦花さんの表情がみるみるうちに変わっていく。
「……なにこれ?」
株主優待券ですよ。ここで使えますよね?」
「優待券かぁ……言ってみればタダ券やんな」
「えっ?」
「タダ券とかやめてぇや。ちゃんと現金で払って」
「いや、ちょっと待って……株主優待券知らないんですか? これ、この店の会社の株を所有している特典でもらえるやつです。こちらの女性の祖母は株主なんですよ?」
「株主……? なんやようわからんけど、簡単に言ったらタダ券ってことやろ? あかんて、こんなん五千円も。通用するはずがない!」
 俺はこの人が本当のアホなんだと今わかった。株主優待券が使えないなんてあり得ない。株保有者はなにも椎名さんのお婆ちゃんだけじゃない。全株主を否定することになる。しかも一介のアルバイトが。
「ちょっと店長に言ってくるわ。タダ券で飲み食いしようとしてる人らがおるってな。僕、不正は見逃されへんタチやねん」
 あぁ、やめとけって。怒られるのはあんたなんだから。やめろー……ダメだ。本当に相談しにいってる。

「……そうなんです。タダ券です。ダメでしょ、こんなの? 警察に連絡入れますか?」
「俺が連絡したいぐらいだよ。店の営業を妨害してるバイトがいるってな。お前、もう帰っていいぞ」
 店長がすぐこちらにやってきて、何度も俺たちに頭を下げる。
「すみません、すみません! ウチのバカがとんだ失礼なことを……」
「いえ、いいんです。彼、本当は厨房担当の人でしょ? いきなりレジに入ったら誰だって戸惑いますよ。それにまだこちらで働いてまだ日が浅いんでしょ?」
 俺はフォローするつもりで言った。が……。
「……いえ、もう四年目になります」
「「えっ?」」
 俺と椎名さんは揃えて声を上げた。……ウソだろ。三年でこれかよ。っていうか、よく今までクビにならなかったな。この店長すげぇ心が広いよ。
「俺……芦花さんとちょっとした知り合いなんです。別に全然怒ってませんから。寛大な措置をお願いします」
「申し訳ありません。お恥ずしい限りです」
 芦花さんは少し離れたところでじっと俺のことを睨んでいた。まるで俺のせいで自分が怒られた、と言っているようだった。
 俺たちは詫びとして、店長から千円分のクオカードを一枚ずつもらった。なんだかこっちが申し訳ないや。
「椎名さん、ありがとう。楽しかったよ。これからどこか行く?」
 もう日が暮れかけていた。今から夜のデートが始まるのだろうか。
「いえ、帰ります。明日の新聞の記事もまとめておきたいので」
 俺たちはバスに乗って帰った。一つ、気づいたことがある。俺と椎名さんの家がかなり近いことがわかったんだ。もしかしたら小さい頃、どこかで会っていたかもしれないな。今日は楽しい一日だった。

 それから数日後。家で新聞を読んでいると、あることに気がついた。
 あれ? ちょっと……これ、あいつだよ!
 新聞の後ろから一枚めくったところに載っている。それほど大きな記事ではないが、顔写真がバッチリ載ってあった。
『亀の違法販売で逮捕。リー・芦花。三十二歳。』
 ……なんだこりゃ?
ワシントン条約タイマイは輸出できないことになっている。だが、リー・芦花はそれを無視して養殖、通信販売をしていた。それにより逮捕。』
 逮捕ぉ? こいつ、逮捕されたのかよ? 亀の甲羅を売って逮捕か……。あーあー、顔も名前も全部出てるぞ。なんか悲惨だな。……でも亀なんてそんなに高く売れるのか?
 俺は学校に着くと椎名さんのいる教室に行くことにした。法律関係だと彼女が詳しいと思ったからだ。それに彼女も芦花と面識がある。
「――あら、笹宮さん。どうしたんですか?」
 そういや、椎名さんの教室に入るなんて初めてだな。教室にいるときの彼女はまたどこか違った魅力があった。
「あのさ、今日の新聞読んだ? 一般のやつの」
「えぇ、読みましたけど」
「リー・芦花って覚えてる? あいつが捕まって記事になっていたんだけど」
「それならわたしも読みましたわ。怖いですよね。そんな犯罪者がウチの学校の近くにいたなんて」
「ウチが作ってる新聞、とってるんだよなぁ。複雑な感じ」
「それってなんかすごいですよね。……変な意味でですけど」
 だよなぁ、自慢できることじゃねぇ。新聞を契約してもらった人が犯罪をして、新聞に載る側になったってことだ。
 椎名さんは俯いてからゆっくりと顔を上げた。
「ん? 椎名さん、どうしたの?」
「それ、面白いですよ、笹宮さん!」
「まあね。相変わらず変な顔してるし、面白いと言っちゃあ面白いよ」
「ぜひこのことを皆に知らせましょう」
「いいって、そんなこと。俺までアホみたいな扱いされるじゃねーか」
「こういう話題は珍しいですよ。ウチの部員さんがそんなこと経験できるなんて、すごいじゃないですか。きっと部長も喜びます!」
 部長ね……確かにあの人にはウケそうなネタだ。
「でもなんで亀の輸出入ってダメなの? なにか問題でもあるのかな?」
「わたしも記事を読んで少し調べてみたのですが……笹宮さんはべっ甲をご存知ですか?」
「べっ甲。高級なクシなんかに使われるやつだろ。黄色に黒の模様がついているあれ」
「そう。それがべっ甲です。タイマイの甲羅なんですよ」
「え? マジ? 亀の甲羅なんかで髪をとかしてんの?」
 生まれてからずっと短髪な俺にはわからないことだ。なんで女の人は亀の甲羅なんかで髪をとくんだろう。プラスチック製のほうがずっと衛生的じゃないか。
「べっ甲の良さとして手触りがよく、柔らかみがあるんです。夏は熱をもたず、冬は冷たくないため、肌に馴染みやすいって感じですかね。天然素材なので、お肌に優しいです。
それに加工性が高いので、日本人の細やかな感性が発揮されて、優れた工芸品として発達してきました」
 なんと……目の付け所はよかったのか、あのおっさん。だとしたら亀を一匹一匹丁寧に甲羅干ししていたのも全部金のためだったんだ。彼は輸出禁止のことも知っていただろう。最低野郎だな。
「ひでぇ野郎だ。リー・芦花は」
「まあ、人はそれぞれといいますからね……」
 昼休み。
 さっそく部長がこのことで放送を流す。……だから校内放送を私用で使うなっての。
 俺はその放送を自分の教室で弁当を食いながら聴いていた。
『えー、今日はちょっぴり面白おかしいニュースがあるぞ。ウチの部員が前に新聞の契約をとったんだが、その客がなんと新聞に載ることになった。それも犯罪者として!』
「「おぉー!」」
 これが素晴らしい記事だったら俺も鼻が高いんだけどな。ワシントン条約なんたらで捕まったおっさんの話なんかそう盛り上がらないだろ。
『捕まった理由は亀だ。亀の甲羅を売ったのだ。ワシントン条約に引っかかってな、本来べっ甲の材料となる甲羅を持っているタイマイ……それを通販で売ったらしい。ちなみにタイマイからべっ甲を取り出すには亀を殺さんといかん。甲羅は亀にとって生命線だからな。採集した亀を殺し、肉を取り去った甲羅と腹甲が材料として使われる。肉は食用となった例もあるが、亀が食べているものの関係から毒性を帯びることもあり、あるところでは中毒死になったこともあったみたいだ』
 やめろ部長! 飯を食っているときにそんな話なんてするな。飯がまずくなる!
『わたしがその男をもっと詳しく調べた結果、ある恐ろしいことがわかった。男は笑顔で甲羅をトンカチで叩き割っていたのだ。信じられるか? 金のためとはいえ、自分が飼っていた亀だぞ? よくそんな非道なことができる。今まで殺した亀は百匹を超えるという。男の店には亀の死骸の腐臭が漂い、その臭いにはどんな者でも鼻を曲げるという、まるで地獄のような光景を……』
 やめろ、マジでやめてくれ。想像してしまう。なんか吐きそうだ。
『とまあ、亀の話はこれぐらいにしておこう。明日の新聞拡張部が作る校内新聞はこのリー・芦花特集でいこうと思う。興味のある者は買ってくれ。ついでに月契約をしてくれるという奇特な者がいるならば、特別に五パーセント引きを適用しよう。締め切りは本日PM六時まで。詳しくはお近くの新聞拡張部員か、部室にまで来てくれ。以上、新聞拡張部部長、北大路恋』
 やっと終わったか……こんなに気持ち悪くてむちゃくちゃな放送は初めてだ。残った飯は残そう。とても食う気にはなれない。
 このあと、新聞の契約が十件もとれてしまった。嬉しいことなのだが、たぶんグロ系好きのメンツだろう。かなりレアな層だ。部長はご機嫌だったが他の部員はまだ気持ち悪がっていた。
 俺もクラスメートにリー・芦花のことを聞かれたが、思い出したくもない。変なおっさんだとしか言えなかった。……そういや俺、あいつが経営する店に入ったんだよな。
 そのときもたくさん亀の死体があったのだろう。確かに臭かった。……う、やっぱり思い出したくねぇ。